電撃的サポート
1.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス
リリララ〜。競馬行こうぜ〜。
俺は軍資金を手に【目抜き梟】クランハウスの門扉を叩いた。
今日の俺はバンシーモード。【目抜き梟】は男子禁制の女子クランだからな。
女に恵んで貰った金を競馬で増やす。俺の計画は完璧だ。以前に有り金をお馬さんにブチ込んだ時は破産の一歩寸前まで追い詰められたが、あの時のリリララの不調は俺のアビリティの影響を受けてのものかもしれない。だが今の俺なら、ある程度までアビリティを制御できる。試してみる価値はある。
【目抜き梟】のような女プレイヤーで構成されるクランは基本的に男性型のゴミとの接触を避けるが、俺は例外である。俺は先生の第一秘書だからな。世の中コネよ。
出迎えてくれたヒグマのミーちゃんに頭からガッと行かれてダッシュで死に戻りした俺は、【目抜き梟】のクランメンバーと思わしき女に案内されてトコトコとリリララの元に向かう。見覚えのない女だ。裏方のスタッフかもしれない。和風美人という感じの女キャラで、……いや、どこかで会ってる? 初めて会った感じがしない。
無愛想な女である。コイツ……ミーちゃんの飼い主か? カマを掛けてみるか。
「熊って飼えるんだな。初めて知ったよ」
「……手続きをすれば。飼育環境の監査は入りますけど」
やはり飼い主か。ふうん……。
なるほどね。ついでに言っとくか。
「トロッペとはたまに会ったりしてんのか?」
女がギョッとした。
「な、なんで……!」
なんで分かったかって? 簡単だよ。あの三人、俺の可愛い暗たまは育ちがいい。そういうのは話してれば分かるんだ。
そうか。お前がトロッペに付き纏うストーカー女か。熊のエサ代はバカにならないからな。おそらくは上流階級に属している女が、俺を目の敵にしている。
そして以前に俺が【目抜き梟】をプロデュースしてやった時、お前はその場に居なかった。居れば一悶着あったろう。俺はお前からトロッペを引き離した張本人だからな。
つまるところ候補は絞られていた。あとは当てずっぽうだ。語るに落ちたな。確信があった訳じゃねえんだ。悪いな。
まぁそんなところだ。
「ストーカーじゃありません! あなたなんか……! カズシを返して! 返せ!」
嫌だね。トロッペは俺の弟子だ。
と言いたいところだが……。まぁお前次第だな。トロッペは俺を慕ってくれている。俺はお前の暴挙を忘れてはいないが……。トロッペを監禁した件だ。あれは悪手だったな。しかし一方で、熱意は買おう。
俺は人差し指を立てた。
一つ。俺はお前がトロッペの幼馴染みという点を評価する。科学的に人間の恋愛感情というやつは数年で冷めるらしい。もちろん例外はあるだろうが、それは情の強さによるものだろうな。トロッペの幸せを思うなら、俺の勝手な思い込みでお前という選択肢を排除するべきじゃない。俺はそう思う。
俺は中指を立てた。
二つ。お前はそれなりに頭が回るようだ。お犬様主催のペット自慢コンテストに参加したのは俺を観察するためだろう。やるべきことを理解できている。悪くない。
しかし。俺は中指を折った。
トロッペ監禁事件でもそうだったが、お前は事実確認を怠る癖がある。感情的になると我を忘れる。
俺は人差し指を折った。
プライドが高すぎる。お前にはトロッペが会いに来るのを待っていたふしがある。誘いは掛けていたようだが、トロッペはあの性格だ。強引に約束を取り付けることもできた筈だ。それをしなかったのは、お前が自分を曲げなかったからだ。
だが。俺はぴょこんと人差し指を立てた。
俺は忘れていない。トロッペはお前のことを悪く言わなかった。
加点1か。いいだろう。俺はお前の協力者になってやる。積極的に仲人をしてやるつもりはないが、トロッペに悪い虫が付くようなら排除してやるさ。俺は口が達者でね。どんな優良物件だろうが、この俺の手に掛かれば即座に訳アリ物件に劇的リフォームさ。
「こ、コタタマさん……」
おそるおそる差し出された手を、俺をガッと握る。
大魔王バーン様論法でストーカー女と和解したぞ。やったぁ。
2.【目抜き梟】クランハウス-謁見の間
【目抜き梟】のクランハウスは外観こそお城だが、内部の造りはかなりいい加減だ。具体的には生活の場に近づくごとに普通の現代家屋みたいになっていく。
しかし謁見の間に関してはそれなりに気合を入れたらしく、きちんと時代錯誤な玉座が置かれている。難点を挙げるとすれば、その玉座の正体がマッサージチェアであるということだろう。
俺はストーカー女と別れ、ウィンウィンと手足を玉座に揉まれているリリララと対面した。そして、
「バンシーちゃんは私よりもお金が好きなの?」
いきなり核心を突かれた。
ちっ。余計なことを吹き込んだ輩が居るな。まずモッニカ女史だろう。この場には居ないが。
俺はニコッと笑った。
ん? 金はついでさ。どちらかと言えばアビリティの検証がメインだな。それと……まぁこれは内緒にしておきたかったんだが。男ってのは女の前じゃ見栄を張る生き物でね。上手い具合に稼げたならちょいとばかり豪勢にお前さんをエスコートできるかな、と。
リリララ。お前はトップクランのマスターだ。俺なんかよりもずっと稼ぎは上だろう。が、まぁ見栄くらいは張らせてくれや。女に金を出させるのは俺の流儀じゃねえ。
リリララはくんくんと鼻を鳴らした。この女は鼻が利く。嗅覚を強化している。犬並みの嗅覚に人間の知恵、精彩予測のアビリティが加われば相手の感情を読むくらいの芸当はこなせるだろう。
だが、俺は嘘発見器すら騙し切る自信がある。
リリララが緊張を緩めた。俺は歯列をギラつかせた。
だからリリララ……。言い掛けて、俺は口を噤んだ。
……どうしてモッニカ女史はここに居ない? 何か妙だぞ。ログインはしているようだ。あの女がリリララを置いて外出することはない。クランハウスに居るなら、俺がリリララを訪ねて来たことは把握している筈だ。どうして駆け付けて来ない。俺を……泳がせている?
俺は素早く路線変更した。
リリララ。俺がお前に近付くのは金目当てじゃない。とはいえ、金銭トラブルってやつは厄介だからな。配慮が足りなかった。少なくともモッニカには話を通しておくべきだったな。気を遣わせちまったか。すまん。
俺はぺこりと頭を下げた。
……おいでなすったな。モッニカ女史だ。やはり俺を監視してやがった。
「小賢しい男ですわね。心にもないことをぺらぺらと」
おお、モッニカ。今ちょうどお前の話をしてたんだよ。
「勘が良すぎる。先生の仰る通り……。あなたは野に放つべきではありませんね。よく分かりましたわ」
リリララは有名人だしな。出掛けるならお前も一緒がいいよなって思ってさ。
双方、自分にとって都合のいい話題に持って行こうとしている。そのため俺たちの会話は成立していなかった。
モッニカ女史は上品に微笑んだ。
「ですが、今回は私の勝ちですわね。バンシーさん。あなたは天に見放されているようですわ」
この物言い。何かある。俺は撤退することに決めた。
モッニカ。お前にも都合はあるだろう。残念だが今日は諦めるよ。日を改めて後日伺うとしよう。さらばだ。
俺は回れ右してダッと逃げ出した。しかしあえなくモッニカ女史に取り押さえられた。
「シロ様クロ様っ、こちらにいらしてくださいな!」
き、着ぐるみ部隊だと……?
シロ様とクロ様。着ぐるみ部隊の財務を担当するお二人だ。そして生産職相互組合のトップでもある。
おぅ、可愛い。しゃなりしゃなりと歩いてきた白猫さんと黒猫さんが手に持つ日傘をくるりと回した。
「一度は目こぼししてあげたけど、二度目はないかな。ね、クロ」
「そうだね、シロ。リリララさんのアビリティを使われると勝負にならないよ」
違うんです。シロ様クロ様。俺はそんな。
「こんにちは。崖っぷちくん。ヤギくんは元気?」
着ぐるみ部隊の皆様は、先生のことをヤギと呼ぶ。
俺はモッニカ女史に取り押さえられたまま敬礼した。はっ。壮健であらせられます。
シロ様クロ様は膝立ちになって俺の顔にぐいぐいと手のひらを押し付けてくる。肉球がくにくにと俺の頬に当たる。
「崖っぷちくんは優しいから私たちが困ることはしないでくれるよね?」
「もちろんだよ、シロ。崖っぷちくんは生産職だもの。私たちの味方をしてくれるよ」
はっ。是非もありません。
だ、ダメだ。逆らえん。俺は着ぐるみ部隊のファンなのだ。シロ様クロ様は先生と同じく個々人の遊び方にあまり口出しして来ないが、リリララの精彩予測を利用して当たり馬券を引くのはダメらしい。くそぉ、ゴミどもを食い物にできる完璧なプランだと思ったのに。
シロ様クロ様はさっと立ち上がると、日傘をくるくると回しながら去って行った。
「クロ。露店バザーに新しいお店ができたよ。見に行こうよ」
「大黒屋さんのお店だね。行こう行こう。楽しみだね、シロ」
モッニカ! 何してる! シロ様クロ様がお帰りだぞっ。お見送りしてっ。
俺は素早く拘束を脱して、シロ様クロ様をエスコートした。ささ、段差にお気を付けて。
「ありがとう。崖っぷちくんはいい男だね。モテるでしょう? いつも刺されて大変だね」
いえいえ。シロ様。何事も慣れですよ。
「崖っぷちくん。今度また組合に顔を出してね。君は私たちが居ない時に限って遊びに来るんだから。たまには顔を見せておくれ」
俺だってお二人に会いたいですよ。そんなこと言って、いつも居ないんだから。コタタマくん寂しいっスよ。
おや、シロ様クロ様の毛がぶわっと逆立ったぞ。マリモかな? おっと俺もぞくぞく来た。恒例の五感ジャックだ。意識が遠のく。
3.ちびナイ劇場
無人の劇場。
以前にも一度あったパターンだ。
あの時は、マーマレードとジョゼット爺さんの確執が公表された。
何か大きな転換を迎える時、このゲームは全プレイヤーに情報を公開する。ログアウトしていたプレイヤーにはログイン時に同様の処置をなされるようだ。それはプレイヤーたちの足並みを揃えることを目的としているのだろう。
暫定エイリアンたちは、このゲームを通して何かをやろうとしている。それは多分、【ギルド】と関わりのあることだ。
観客席に押し込まれた俺たちの前で、幕がゆっくりと開いていく。
あれは……ティナン姫の屋敷か? 屋内からの映像だ。
武家屋敷の門扉が外から乱暴に開け放たれた。どうやったのかは分からない。侵入者だ。人数は不明。映っているだけでも30は越えている。
日の光に照らされて、赤いこしらえの具足が鈍く輝く。
鬼武者の集団だ。
率いるは、麦わら帽を被った女。モョ%モ氏だ。
鬼武者たちがモョ%モ氏を追い抜いて駆け出す。
白昼堂々の襲撃である。たちまち殺到したティナンが鬼武者を迎え撃つ。
鬼武者の正体はαテスターだ。以前に目にした長姉のジュエルキュリのレベルは74だった。同じαテスターで銀髪褐色ロリだけが飛び抜けているということはないだろう。低く見積もっても平均レベル60は越える戦闘集団である。
しかしゴミはしょせんゴミでしかない。鬼武者たちは次々と打ち倒されていく。とはいえ頭数が違う。一体どれだけの手勢を連れて来たのか、鬼武者たちの勢いが衰えることはない。
ついにマーマレードを引きずり出すことに成功したようだ。
砂利が敷き詰められた庭に降り立ったマーマレードの周囲を三人のティナンが固める。ラムレーズンも混じっている。
マーマレードが言う。
「ゲスト……?」
モョ%モ氏が答える。
「そうとも。私が運営ディレクターのモョ%モ氏だ。君はマーマレードだね。こうして会うのは初めてということになるか」
マーマレードの側近は【NAi】を崇めるナイ教信徒だ。異教の神に連なるモョ%モ氏に手心を加える理由はない。
飛び掛かった三人のティナンを、モョ%モ氏が弾き飛ばした。なんだ? 何をした? 手も触れずに吹き飛ばしたようにしか見えなかったぞ。魔法か?
吹き飛ばされた三人は無事だ。怪我もないようだ。それはティナンの頑健さによるものか、それとも手加減されたのか。いずれにせよ、王の御前だ。退路などない。得体の知れない力を使うモョ%モ氏を警戒しているようだが、怯んだ様子はない。目配せした三人組が再挑戦するよりも早く、マーマレードが口を開いた。
「下がっていろ。お前たちには見えなかったのだろう? さすがはゲストだ。プレイヤーとは違うな」
マーマレードが前に出る。
モョ%モ氏が麦わら帽のつばを押し上げて笑った。
「私はプレイヤーの最高到達点であり、見果てぬ夢の先だ。理想像の一つではあるが、この私と同じ域に到達しうるプレイヤーが生まれることはないだろう」
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【警告】
【強制執行】
【手招く災禍】
【決して終わることはない】
【安らぎがあなたを縛るだろう】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:ディープロウの殺害】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【傾国】
【ディープロウ】【モョモ】【Level-99】
モョ%モ氏に付き従う鬼武者たちに異変が起きる。具足から不気味な黒煙が上がり、その後を追うように複雑な紋様が刻まれていく。それらは円を結び、遊離しゆっくりと回転を始めた。
【始まりすら定かでなく】【決して終わることはない】
見覚えのある文面だ。ペールロウとディープロウの【戒律】……。
ディープロウの指揮下にあるペールロウは、何らかの強化を施される?
モョ%モ氏が麾下の鬼武者に命じた。
「スキルの使用を許可する。ただし傷付けるな。足止めに徹しろ」
ラムレーズンたちと鬼武者たちが衝突した。
それは、あるいは未来のプレイヤーとティナンの戦いなのかもしれなかった。極限まで研ぎ澄まされたプレイヤーとガムジェムの加護を帯びたティナンの戦いだ。
そして、頂上対決ということであれば、それはこの二人の戦いということになるだろう。
モョ%モ氏とマーマレードが対峙する。
運営ディレクターとティナン王族。どちらが上なのか。正直とても興味あるけど、邪魔が入った。
どこからともなく現れた黒服がモョ%モ氏に飛び蹴りを浴びせた。相変わらず空気を読まないやつらだ。難なくガードされてるし。
モョ%モ氏に一撃を入れて素早く飛び退いたムッチョが地面に片膝を付いたままサングラスをくいっと押し上げる。気取ってんじゃねえよ。
お前もか。マーマレードを庇うように立ち塞がったプッチョがムッチョ越しにモョ%モ氏を指差す。
「αテスターはあんたのオモチャじゃねえ」
モョ%モ氏が凄絶な微笑を浮かべた。
「プッチョ〜。ムッチョ〜」
猫背になってじりじりと迫るモョ%モ氏に、プッチョムッチョは明らかにびびっている。
「ま、待て。待ってくれ。俺らは飽くまでも一般論としてだな……!」
モョ%モ氏は待ってくれなかった。手のひらを無造作に差し出すと、突如として出現した無数の金属片が宙を飛んでプッチョムッチョに突き刺さる。クラフト技能じゃない。別の何かだ。
なすすべなく地に転がった二人を、モョ%モ氏は心底から見下しているようだった。
「劣等種。出来損ないめ。君たちの存在そのものがョレの限界を示しているとは思わないかね?」
プッチョムッチョのスキルは弱い。はっきり言ってゴミだ。しかし優しいスキルだ。俺はそう思う。スキルの優劣なんて誰が決める? 破壊力だって言うなら俺たち種族人間が生み出した一番の価値あるものは核爆弾ってことになるんだがね。さすがにそれは違うんじゃねえかな。
おっと? そう思っているのはどうやら俺だけじゃないらしいな。
命の火が燃える。命は地球よりも重いと言われるが、少なくとも車一台買えそうな腕時計よりは幾らか上等であるらしい。
安っぽさのカケラもない革靴が砂利を踏み、一目で高級ブランド品と分かるスーツが翻る。
プッチョムッチョが喜びに満ちた声を上げた。
「兄貴ぃ!」
「そうとも。私が運営ディレクターのョ%レ氏だ」
ョ%レ氏は傲然と笑った。
これは、とあるVRMMOの物語。
一流の%は遅れてやって来る。
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