茜色の君
1.クランハウス-居間
結局お色気路線じゃねーか!
俺はダンッとテーブルを叩いた。
夏休み特集ことSSコンテスト。優勝を掻っ攫ったのはリリララだった。いや、【目抜き梟】の合同作と言うべきか。
くそぉ、リリララめ。しかし見事だ。夏祭りに浴衣か。夜空の花火。あれはムッチョのスキルだな。してやられた。新スキルを取り込むという発想はなかった。
なお、俺とキャメルの合同SSは一応入選はしたらしい。佳作だ。モョ%モ氏がそう言っていたし、ネットの公式ページにも掲載された。まぁ佳作を取れただけでも御の字か。少なくとも方向性は間違っていなかったようだ。
俺は気を取り直して経験値稼ぎを始めた。
シルシルりんが遊びに来たのは五秒後の出来事である。どうも俺がログインするのを待っていたらしい。てくてくと居間に上がってきたシルシルリんが、大きなピコピコハンマーを掲げ、
「えいっ」
ピコッ
俺の頭をピコッた。
やったなこいつぅ。俺は反撃にシルシルりんのおでこを指でぐりぐりした。シルシルリんはくすくすと笑っている。
「ふふふ。ゴメンね。いつもの仕返しですよ〜」
ははは。いいよ。気にしてないよ。むしろちょっと興奮した。
はははは。……はぁ。俺はひたいにぴしゃりと手を当てて項垂れた。
ピコピコハンマーかぁ……。
まず間違いなくポチョの新武器だろう。あの元騎士キャラはシルシルりんを始めとする生産職にやたらと人気があり、たまにこうして無償で装備品をプレゼントされるのだ。何でも生産職が戦闘職に軽んじられていた頃に、生産職の味方をしたのがポチョりんだったらしい。
俺も味方してたんだけどなぁ。舐めた態度を取った脳筋どもを地獄に叩き落としてやったのは一度や二度ではない。まぁ俺も生産職の一員だしな。戦闘職でありながら生産職の側に付いたポチョとはちょっと事情が違うか。
「失礼しますね」
シルシルりんが俺の向かいのソファに座る。問題のブツをテーブルの上に置き、すすすと俺のほうに寄せてきた。
「自信作ですよ。前回の突撃槍と同様、【戒律】を刻んであります」
突撃槍……。ああ、ドリルね。【戒律】?
シルシルりんは首を傾げた。水色の髪がさらりと揺れる。
「あれ、聞いてません? 突撃槍はこちらでバージョンアップしまして、魔力を注ぐと回るようになってるんです。さしずめ穿孔破といったところでしょうか」
ますますドリルに……。
「コタタマりんのお手柄ですよ」
え。俺の所為なの? 何かやったっけ?
「デサントですよ。鍛冶と細工の合わせ技。鍛冶師と細工師が協力すれば同じことができるんです」
へえ。そうなんだ。でも、そんなのやろうと思えば前からできたよね? 誰も試さなかったってことはないでしょ。それが急にできるようになったの?
「いえ、その辺りは私もよく分かりませんけどぉ。【スライドリード】と一緒だって知り合いの鍛冶屋さんが言ってました」
シンクロか。
割と有名な話だ。【スライドリード】の段階解放は、人目に触れたことで敷居が下がったという説である。
そうした現象は、当時は注目されなかっただけで【全身強打】と【心身燃焼】にも同じことが言えるらしい。
つまり俺がクラフト技能の二段階目をゴミ捨て場で使ったことで、それを見ていたゴミどもは何らかの影響を受けた。技能解放の敷居が下がったということだ。
そういえば以前に先生がそんなことを仰っていたな……。
(今のアットムでは、まだポチョには届かない。【スライドリード】の制限が緩和された今となっては……)
ポチョが聖騎士のノルマをブッチして暴走した時のことだ。それまでのポチョは強制執行に入っても【スライドリード(速い)】を使わなかった。強制執行によるオート戦闘には何かの制限が掛かっているのだろう。
【戒律】ねぇ……。
俺はピコピコハンマーを手に取ってしげしげと眺めた。意外と重い。ピコピコと手のひらを叩いてみる。重量の割には手応えが少ない。まさかこれは……。
「独特な反発力を持たせてあります。全力で叩けば相手を吹き飛ばすことだってできますよ〜」
マジかよ。ノックバックを起こせるってこと? 凄いな。色んな使い道がありそうだ。崖から落としたり。試してみるか。シルシルりん、ちょっとこいつで俺のこと本気で殴ってみてよ。
するとシルシルりんはさっと頬を赤らめてもじもじした。
「だ、ダメですよぅ。死んじゃったらどうするんですか。わ、私……」
…………。
おっとポチョりんがログインしたようだ。ポチョさんログインの歌が聞こえる。
「ログインしたよ〜。私サブマスターだから〜。宿題終わらせてからログインする〜」
赤カブトにキッチリと伝染した歌癖だ。
とんとんと階段を降りてきた金髪が、両手を広げてくるくると回りながら近付いてくる。そして、すとんとシルシルりんの隣に収まった。
あ? おい、ポチョ。どうして俺の横に来ねえんだよ。お前の席は俺の隣って相場が決まってるだろ。
するとポチョは、つんとそっぽを向いた。
「知らな〜い」
シルシルりんがバッと両手を広げた。
「ポチョりん!」
「シルシルりん!」
ポチョがガッとシルシルりんに抱きつく。
くそっ、この疎外感は何だ。俺が一体何をした。許すまじ。俺はピコピコハンマーでポチョの頭をピコッた。
「ん? なんかイイ音した。コタタマ。それなに?」
俺はピコハンをテーブルに置いて上着を脱いだ。
いいこと思いついた。お前、こいつで俺を本気でブッ叩いてみろ。
……ウチの洋モノはビジュアルに拘りを持つ女だ。ピコハンを手渡しても普通のハンマーがいいだのと駄々をこねるに違いない。とにかく一度使わせることだ。このピコハンがどれほどのものか俺も気になるしな。
ポチョはきょとんとしている。
前に日本語が喋れないと言ってたな。
今はどうだろう。
俺の言葉はお前に届いているのか。
「し、シルシルりんに見られちゃうし……」
届いていないらしい。ポチョはもじもじしている。
やい。ポチョ。殴るっていっても変な意味じゃないぞ。いや変な意味って何だよ。いよいよ混乱の極致だ。
シルシルりんがばんとテーブルを叩いた。
「コタタマりん! ポチョりんを誘惑するのはやめてください!」
誘惑などした覚えはないのだが……。
ポチョがガッとピコハンを手に取る。
「で、でも。コタタマがどうしてもって言うなら、私……!」
シルシルりんが悲鳴を上げた。真っ赤になった顔を手で覆って、指の隙間からちらちらと俺とポチョを見ている。
「だだだダメですよぅ! わ、私が作った武器でコタタマりんを……? それって、なんか……なんか……!」
何だというんだろう。
まぁいい。俺はソファを立ってテーブルを離れる。ピコハンを振り回せるスペースが要る。よし、ここだ。さあ来い。俺はガードを固めた。
ポチョは興奮している。
「一回だけ。一回だけだから……!」
それを決めるのはお前じゃない。俺だ。お前は俺の言うことを聞いてればいいんだよ。
ポチョが飛び掛かってきた。よし来い。ブンと振り回されたピコハンが途中で不自然に減速し、グラフィックがブレる。俺は目を見張った。むっ。た、溜め攻撃か。
先日に化け猫様が見せてくれたように、【スライドリード】使用時に発生する残像には色々な使い方がある。つまり単なるエフェクト効果ではない。大半の近接職はシフトチェンジを滑らかに行うことで力を軌道に乗せるような遣り方をするが、ポチョの場合は力を溜めるような使い方をする。その際に生じるエフェクトは幽気が立ち昇るようなものになる。一昔前の漫画でたまに見た、分身を集めてパワーを上げるという仕組みなのかもしれない。
「んっ、ふああっ……!」
ポチョが嬌声を上げた。
急加速したピコハンが俺のガードに当たる。
ピコッ
……お? 衝撃は遅れてやって来た。俺は身体をくの字に曲げて吹っ飛んだ。
「ゲェー!?」
俺は丸太小屋の壁にブチ当たってごろりと床を転がる。す、凄い衝撃だ。ガードが役に立たない。頭がくらくらする。俺はごほごほと咳き込んだ。内臓をやられたか? どろりとした血が口内から溢れる。
死ぬ? 死ぬのか? 俺はこのまま……。あんなピコハンの一撃で。
い、嫌だ。俺は……まだやれる。俺はぐうっと身体を仰け反らせて立ち上がった。ポチョが警戒した眼差しでピコハンを構え直す。俺はニッと笑い……。
ばたーんと倒れて死んだ。
「こ、コタタマりーん!」
2.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
死に戻りのついでにネフィリアの隠れ家にお邪魔することにした。デサントに戻るためだ。
しかし俺を待ち受けていたのネフィリアではなく、ちんちくりん二号であった。
「あ、また来た」
俺はちょくちょくネフィリアの家に寄っている。クラン潰しに関しては、俺が潰し過ぎたのか何なのか、近頃では頻度がぐっと減っている。が、定期的に顔を見せないとネフィリアがうるさいし、会うたびに小遣いをくれるので俺としても否やはないのだ。
マゴットが何か言っている。
「あんたさー。私のクラメに色目使うのやめてくれる? はっきり言って事案だかんね。知ってる? 事案。私はあんたのライバルだから一緒に居てもダイジョブだけどさー」
散歩の帰りだろう。ペスを連れている。真っ白な大型犬だ。
んん? ペスさんの様子がおかしいぞ。いつもみたいに噛み付いてこない。どうした?
「あー。んー……。あのね、ウチのパパが暗躍してたっつーか。ペスにあんたの写真見せて色々と……うん」
俺の写真だと? なんでそんなもんを持ってる? スマホに角を生やせば可能っちゃ可能だろうが……。俺のスクショを撮るよう親父さんに頼まれたのか?
「あっ。そ、そう。頼まれてっ」
ちんちくりん二号はあたふたと手を振った。
なんか嘘っぽいな。元々俺の写真を持ってたらしい。コイツ、俺のことライバルだの何だのと言ってるけど一応友達だと思ってくれてるのか。
しかし、そうか。マゴットの親父さんが。まぁそうだろうな。ちんちくりん二号を見ていると、言動の端々に何不自由なく育った子という印象がある。ガキンチョってのはマジでアホなので簡単に騙せる。親御さんとしては気が気でないだろう。
ペスはじっと俺を見つめている。しつけ直されたか。何か……物足りないぜ。
俺はその場にしゃがみ込むと、マゴットのスカートを指で摘んだ。
「やっ。な、何すんだよ!」
俺はじっとペスを見つめる。どうした? 掛かって来ないのか? お前の飼い主への愛はその程度のものなのか? その強がりがどこまで持つかな……?
ペスが唸り声を上げる。そうだ。いいぞ。野生を解き放て。俺はお前の敵でありたい。
スカートを押さえているマゴットが切迫した様子でペスを諌める。
「ペス! ダメ! わ、私は大丈夫だから……! 人に噛み付いちゃダメ!」
ちっ。余計な口出しを。
しかしモョ%モ氏は、このゲームで培われた攻撃性がリアルに反映されることはないと言っていた。少しくらい煽っても問題はない筈だ。
俺はマゴットの手を掴んでぐいっと引っ張った。
「わっ!?」
バランスを崩して前のめりに倒れるマゴットをしっかりと抱きとめて腹に腕を回す。
「なっ、なっ、なっ……!」
さあ、どうするね? 見せつけるようにマゴットの頬を撫でてやると、すかさずペスが飛び掛かってきた。そう来なくちゃな。俺はマゴットを横にどかして迎撃する。おらぁ! 初手クリンチ。ペスを抱きしめて尻尾の付け根を撫で回してやる。くくくっ、どうだ。俺の手、イイだろ? 屈服させてやる……!
ポカッとマゴットに頭を殴られた。あにすんだよ。その隙にペスは脱出。助走をつけてひらりと俺を飛び越える。ちっ……!
俺の首が裂ける。頚動脈をやられた。ふん、なかなかやるじゃねえか。俺はペスをきつく抱きしめた。真っ白な毛が俺の血で赤く染まっていく。俺色に染め上げてやるよ。だから、せめてその胸の中で死なせてくれ……。
ああ、ペスのぬくもりを感じる。暖かいぜ。
俺は穏やかな笑みを浮かべたまま、そっと息を引き取った。
ふわっと天に召されていく俺を、ペスがじっと見つめてくぅんと鼻を鳴らす。
ふっ。甘えた声を出すな。これでいいんだ。お前は正しいことをした。マゴットには悪いことをした。ペス。悪ぃな。お前から謝っといてくれや。逝くよ……。達者でな。
マゴットが俺の死体をぽかぽかと叩いている。
「ペス大好きか! 私にもっと興味持てよ!」
俺はダッシュで死に戻りしてネフィリアにパーティー申請を飛ばすよう要求した。
「断る」
断られた。
ええ? ダメなの? 何でだよ〜。
これは、とあるVRMMOの物語。
別に戻れなくてもいいのでは?
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