キャラクターチェンジ
1.露店バザー
「出来たの」
と、シルシルさんが言った。
「まさか……本当に?」
心当たりがあった俺は戦慄した。
シルシルさんは少し照れたようにはにかんで、
「コタタマりんの子だよ」
いや待って? それおかしくない? 言い方!
「撫でてみる?」
待って! 話をどんどん先に進めないで!
俺は認知を迫るシルシルさんを力尽くで引き剥がした。
露店に並んでいるアクセサリーを眺めていたスズキさんが俺を蔑んだ眼差しで見ている。
「最低」
罪なき俺がいわれのない弾圧を受けていると、シルシルさんがヒマワリみたいにパッと明るく笑った。
「冗談ですよー。この前の仕返しです」
この前というのは、川に転落した俺に救いの手を差し出してくれた二人を川に引きずり込んだ件だろう。そう言われてしまっては、ひそかに濡れ透け画像を隠し撮りしていた俺としてはあまり強く言えない。こいつは一本取られたな。もっとも俺の判定勝ちは揺るがないがね。言うなれば大人のチャレンジ制度ってトコかな。
内心そんなことを考えている俺に、シルシルさんは凝った意匠の指輪を差し出した。俺は一言断ってから指輪を手に取る。
「……なるほど。確かに補正が入ってるな」
俺の言葉に、シルシルさんが嬉しそうに手を打った。
「コタタマりんがそう言ってくれるなら間違いないですね!」
俺は目がいい。例えば、バザーの通りを歩いている色っぽい姉ちゃんのすらっとした長い脚や主に胸部に臀部といった箇所を覆う衣服の陰影を細かに見定める視力の強さは、俺に備わった数少ない武器だ。その精度がシルシルさんの指輪を手にしたことで僅かだが確実に向上していた。
俺とシルシルさんの会話を聞いていた無口キャラが珍しく驚きを露わにした。
「レアリティアクセサリー……」
俺は頷く。
「ああ、まさか実物にお目に掛かるとはな」
いいケツしてやがる。あれが【目抜き梟】のクランマスター。国内サーバー最高峰の魔法使いか。
彼女とは、いつか出会う。そんな予感がした。だが、今はまだ……その時ではない。
俺は未練を断ち切るように目線を切ると、ウチのちんちくりんに視線を戻した。落胆が表情に表れないよう細心の注意を払わねばならかった。
「俺が時々バザーで揉め事の仲裁に入ってるのは知ってるな?」
「嬉々として借金の取り立てをしてるのは前に見た。すぐに他人のふりしたけど」
何でだよ。俺はべつに悪いことしてた訳じゃないぞ。金を借りて返さないほうが悪いんだ。世の中には利子ってものがあってだな……
「コタタマりん。コタタマりんの黒い交際の話はいいです。私が作った指輪の話を」
シルシルりんまで。黒い交際って言い方ひどくない?
けど、シルシルさんにはいつまでも心の綺麗なままの君で居て欲しい。
俺は指輪の件に話を戻した。
生産職がクラフトしたアイテムには何かしらの補正がプラスされることがある。何の補正が付くかは完全にランダムという訳ではなく、ある程度の方向性はこちらで決めることができる。実際に付いたかどうかは使ってみないと分からないのだが。
例えば攻撃補正が入った装備なんかは分かりやすくて、身に付けると何となく力が入りやすい気がする。
そんな中、五感補正が付いた装備品は非常に珍しい。正直、狙って付けられるものではないのだ。
レアリティアクセサリーのクラフトに成功したシルシルさんが俺に声を掛けてくれたのは、以前に俺が彼女の頼みを聞いたからだろう。
俺から特に報酬の話を持ち掛けたことはないのだが、只より高いものはないと言うからな。俺に借りを作った、とある薬剤師がヤバいクスリの売人になったという悲しい例もある。
俺は居住まいを正してシルシルさんに尋ねた。
「でもお高いんでしょう?」
シルシルさんはにっこりと笑った。
「いえいえ。コタタマりんには先日お世話になりましたから、一割引きでいいですよ〜」
おぅ、渋いな。何とか半値に負からないだろうか。
とはいえ彼女も商売だ。最低でも元を取らなくては今後の営業に差し支えが出てしまう。俺としてもレアアクセのクラフトに成功するような細工師さんとの縁は大事にして行きたい。そうでなくともシルシルりんは俺の貴重な心のオアシスなのだ。
「毎度、ありがとうございます〜」
俺は、泣く泣くクランの経費でシルシルリングを言い値で購入した。
痛い出費を伴って手元に転がり込んできたレアアクセを何やら急にそわそわし始めた無口キャラに手渡す。
「……え?」
何をぽかんとしているんだ。俺は言った。
「え? じゃない。お前が使うんだよ。当たり前だろ」
五感補正の恩恵を最も活かせるのは狩人だ。何しろ他職とは射程からして異なる。
俺は当然のことを言ったまでだ。
その後、俺たち二人はぶらぶらと目的もなく露店を巡った。
スズキは何を話し掛けても上の空だったが、俺は気にしなかった。だってコイツ普段から本当に喋らねんだよ。
俺はサボテンに話し掛けるような優しい気持ちになってあれこれと話を振った。
そう、俺は多分このサボテンみたいな女が嫌いじゃなかった。
いや、もうほとんどサボテンだと言ってもいいだろう。
動物好きに悪いヤツは居ないと言うからな。サボテンに優しくできる俺は、きっと人間として上位の存在になれると思った。
事件が起こったのは、その翌日の出来事である。
2.クランハウス-居間
この日、俺がカップラーメンにお湯を注いでいると、ログインしたサボテン女が器用に階段を降りてくる姿が見えた。
俺は気さくに片手を上げ、
「お早う。今日の天気は快晴。湿度は少なく、カラッとした晴れ模様になりそうだ」
もはや完全に植物が興味を抱きそうな話題をチョイスしていた。
するとどうだ。俺の可愛いサボテンさんが意を決したように片手を上げて言い放った。
「コタタマりん、お早うございます〜」
「なっ……」
俺は絶句した。
食後のお茶をすすっていた先生とアットムも絶句した。
この時、確実に居間を流れる時間が凍りついた。
どれだけの時間そうしていたか。硬直が解けた俺は助けを求めて先生を見た。
先生とアットムがちらっと俺を見て、何事もなかったかのように世間話を始めた。
「街でスピンの串焼きを売っているティナンが可愛いんですよ。男の子なんですけど、もうそこに拘る必要はないのかなって」
「しかしスケルトンはそれほど容易な相手ではないだろう。君の執念には頭が下がる思いだ」
先生が耳を畳んでいるためか、二人の会話はまったく成立していなかった。
ええ? この一夜にしてキャラ変してきた面倒臭い女の対応を俺がするの? その役割分担少し見直せないかなぁ。
俺は、手を上げたまま硬直しているスズキをちらっと見上げて、すぐに面を伏せた。
サボテンの資格を自ら手放した哀れな女だ。掛ける言葉が見当たらねえ。
俺は沈痛な面持ちで項垂れた。
……こいつ、キャラを模索してやがるのか。
今のキャラだとこの先通用しないと見て路線を切り替えてくる熱意は買うぜ。
しかしそういうのは高校デビューでやっておけよなぁ。
いや、見た目だけは中学生と言い張っても通用するだろうから許されると言えば許されるんだが……。
どうしたものかと俺が思案していると、硬直から脱した半端ロリが「なっ」とか「うっ」だのと奇怪な呻き声を上げ、みるみる顔を真っ赤にしていく。
無口キャラが吠えた。
「ばか! ばーか!」
俺は、この哀れな女に一体何をしてやれるのかと悩んだ。
「なっ、生意気! いつも犯罪者とばっかり遊んでるくせに!」
ちょっと待ってくださいよ!
俺は訂正を求めた。
俺の友達がほとんど犯罪者って言い草ひどくない?
そりゃあ十中八九がムショあるあるネタで盛り上がれるけれども。牢屋自分の部屋より広くね? あるある! みたいな。ちらっとアットムを見る。
つーかヒューマン専用じゃね? みたいな。もはや軽く動物園じゃね? あるある! みたいなね。ちらっとアットムを見る。
俺が次なるあるあるネタを繰り出す前に、スズキさんが金切り声を上げる。
「署に連行されちゃえ! ばかー!」
おい! 笑えねえぞ!
実際にいっぺん連行されてるからね俺!
この先、特定のキーワードに怯えて生き続けるんだぞ。刑務所にブチ込まれるっていうのはそういうことなんだよ。その重みがお前に、あっ待て!
無口キャラは俺の制止を振り切ってクランハウスを飛び出して行った。
「ったく、なんなんだアイツ……」
俺がボヤきながら居間に戻ると、先生とアットムが緑茶をすすりながら、
「事実だからね」
「口喧嘩ですらないよ。まず意見が対立してないから。単に事実を大声で列挙していただけでしょ……」
そう言ってアットムは申し訳なさそうに目を伏せた。
「あと、あるあるネタに参加できなくてゴメン。僕、目隠しされて猿ぐつわを噛まされた上で全身を拘束されて独房に転がされてたからさ……」
お、おお、気にすんなよ。
……一体何を仕出かせばそんなVIP待遇になるんだ。
俺は戦々恐々としながらカップラーメンのフタを剥ぐ。
「……追わないの?」
アットムの言葉に、俺はああと力強く頷いた。
「麺が伸びるからな」
麺が伸びたカップラは俺がこの世で最も許せない食べ物だ。
俺はカップラを完食してからスズキの後を追った。
水臭いぜ、スズキ。悩みがあるなら言えばいいじゃねえか。
俺たちは同じクランの仲間なんだからな。
3.ポポロンの森
「くっ、見失ったか……」
ちんちくりんの捜索は早くも難航した。
スープをきっちりと飲み干してる場合じゃなかったか……。俺は後悔した。
諦めてクランハウスに戻ると、ふと閃くものがあり、丸太小屋の裏手に回ってみる。
そこには膝を抱えて座る半端ロリの姿が。
こいつ、最初から見つけて貰う気が満々じゃねーか……。
俺は内心呆れつつ劣化ティナンに声を掛けた。
「れっ、スズキ」
「れ?……コタタマはさ」
危うく本音が漏れ掛けた俺に、ティナンにしては育ちすぎた女が今にも泣き出しそうな声で尋ねてくる。
「私が、本当は全然、大人しくない子で、全然、普通の子だったら……嫌いになる?」
何言ってんだ。俺は一笑に付した。
俺たち、仲間だろ。
スズキも笑った。
「そっか。だったらいいや。ごめんね。ひどいこと言った」
気にすんなよ。ゲームじゃねえか。
俺はな、たとえお前の中身が工務店に勤めるガテン系のおっさんだったとしても気にしねえぜ。
「は?」
ぽかんとするスズキに、俺は無性に照れ臭くなって鼻をこすった。
この際だから言っちまうか。
……俺な、本当はいつかお前とフェティズムについて語り合えたらいいなと思ってたんだよ。その手の話をアットムに振ると、人間の真の闇ってやつに触れそうで怖くてよ。
なあ、スズキよ。俺はニカッと笑った。
「やっぱり女は脚だよな。胸だ尻だのと騒ぐやつは素人だぜ。そうは思わねえか?」
俺は無口キャラに上段回し蹴りを叩き込まれた。
ぐうっ、いいモン持ってるじゃねー……カッ。
俺はKOされた。
これは、とあるVRMMOの物語。
迷い込んだ羊は安全な柵の中に置かれ、首輪に繋がれた牧羊犬は外敵の撃退を期待されている。立場が違う。見える景色が異なる。それでも両者が歩み寄ることはあるのだろうか。
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