一流の%は決してくじけない
1.クランハウス-居間
人間、誰しも過ちはある。
ミスをするんだ。機械じゃないからな。
人間は心の生き物だ。心があるから誰かを思いやれる一方で、俺は悪くないと自分を正当化してしまう。
でも、それでいいんだと思う。それが人間らしさってやつなんじゃないか。
多少のミスには目を瞑る。大きな度量で見なかったことにする。しらばっくれる……。
それが本当のチームワークだ。
ただ勘違いして欲しくないのは、俺の「正当化」を知るのは俺だけでいいということ。見透かすな。慰めを欲しているなどと……。
何のつもりだっ、スズキぃ!
俺は居間のソファで半端ロリに抱きつかれてナデナデされていた。
女の身体は幸せの形だ。ウチの劣化ティナンはウチの金髪ほど幸福感のある形状をしていないが、コンパクトなので纏わり付かれてもうっかり許してしまいそうになる。
不意に顔を上げたスズキが俺の目をじっと見つめる。
「どこ行ってたの? アットムが心配してたよ。でも、やっぱり私のところに戻って来たね」
やっぱりだと? 舐めるなよ、スズキ……。
俺は雲よ。誰にも囚われはしない。風の向くまま気の向くまま生きるのさ。
スズキはニコリと微笑んだ。……俺がこの半端ロリを見た目ほどガキじゃないと判別した理由の一つが表情だ。ちんちくりん二号のマゴット辺りは本当にガキみたいに笑う。自然な表情ってのはああいうもんだ。感情をダイレクトに表した表情は見ていて楽しいが女としての魅力を感じることはない。
しかしスズキのそれは違う。他人の目を意識することに慣れ、感情を抑制した整った表情だ。笑顔の裏には恥じらいや冷たい計算がある。
俺は不覚にもドキリとした。くそっ、劣化ティナンめ。俺は怒りを押し隠し、この元無口キャラを説得することにした。
あのな、スズキよ。どうにも俺の感覚はズレてるらしい。少なくともログインしている時、俺はネフィリアが俺をそう仕立て上げようとしたように計算高く冷たい男だ。リアルとの乖離が進んでる。本当の俺はもっと心優しい男だ……。まぁそれはいい。問題は、今の俺が損得勘定でしか人を見れないということさ。ハッキリ分かったよ。しかし前にも言ったが、俺にとってお前らは特別なんだ。お前らだけはそういう目で見たくない。だから、あまり俺に近付くな。分かってくれるな?
スズキはすっと目を細めた。幼い顔立ちとは不釣り合いな大人びた微笑で俺を見据えている。
「私ね、家に居るのあんまり楽しくないんだ。息苦しくて。別に不幸でも何でもないのにね。むしろ恵まれてる方だと思う。どうしてこんなにひねくれて育ったんだろう。特別なことじゃないのかな。みんなそうなのかな。分からないけど、両親はあまり好きじゃないし、自分のことも好きじゃない。名前も嫌い。でも、コタタマは私を必要としてくれる。あなたは私が居ないとダメになる。それは、凄く気持ちいい。価値があるってことだから」
こ、こいつ……。俺は戦慄した。中二病を拗らせてやがる。中二病の第一次発症を奇跡的に自制したタイプの、亜種か……!
くそっ。危うい女だとは思っていたが、よもやこれほどとは。物の本によれば、溜め込んだストレスってのは慢性化する。この女は中二病で恥を掻いたという経験が決定的に足りていない。くそっ、だが……。俺は強がった。
お前が居ないとダメになるだと? 舐めるなよ。そいつは違うぜ。俺は強い男だ。一人でも生きていけるさ。
スズキは微笑んでいる。艶かしい手つきで、俺の上着のポケットにそっと今週の生活費を差し込んできた。
「私、尽くすタイプみたい」
俺は目に力を込めて、ポケットに納まった金を数えた。うむ。確かに。金額に不足がないことを確認してから、首をねじってスズキを睨み付ける。
それはエゴだよ! 俺はそんなこと望んじゃいない!
「でも私たちは幸せになれる」
くそっ、くそっ。抗えない。なんて都合のいい女なんだ。頭のどこかで俺の理性が冷たく囁いている。この女は、俺にとって何らデメリットがない……!
マズいぞっ。掌握される。このままではスズキエンド一直線だ。そして、それは俺にとって何も損なうものではない。だが、そうじゃない。己を見失うな。これは悪魔の取引だ。今、天秤に掛けられているのは俺の魂そのもの。問われているのは俺自身の値打ちだ。この半端ロリは言い値で俺を買うと言っているに過ぎない。屈するものか……!
スズキは小首を傾げた。
「みんなで幸せになろ?」
うおおおおおおおおおっ!
俺は吠えた。
全身に力を込め、甘い誘惑に屈しようとする精神をねじ伏せる。そうでもしなければ、ちんちくりん一号を抱きしめて後先考えずに口当たりの良い言葉を囁いていただろう。
身体が熱い。アビリティが作動したか。俺のアビリティは劇的な効果を望めるものではないから、発動に時と場所を選ばない。種族人間に備わった才能など十把一絡げだ。限られた資源を有効に使えるかどうかの違いでしかない。何かを得れば何かを失う。強力なスキルほど発動に条件を要する。
悲運、凶運のハードラック。プッチョムッチョは俺のスキルをそう評した。だが運とは何だ? 俺たちの世界には質量保存の法則というものがある。いわゆる因果律。過程なくして結果はない。それを捻じ曲げるというのは、どう考えても人間のキャパシティを越えている。
そこまで考えた時、頭の中をガリッと引っ掻かれるような不吉な感触が走った。意識が遠のく。強制召喚……!? マズいっ。スズキ……!
俺はスズキを抱きしめようと両腕を小せえのんの背中に回し、そこでぶつんと意識が途切れた。
2.???
俺の腕が空振った。
スズキ……! 居ない。くそっ。俺は床に這いつくばってぜえぜえと呼吸を荒げた。
「何か問題でも?」
女の声がした。知らない女の声だ。
誰だ? 俺は顔を上げた。
ここは……お仕置き部屋か。またかよ。芸のねえこった。
しかしガラス張りの壁の手前に座っているのはョ%レ氏ではない。知らない女だ。椅子に腰掛け、長い脚を組んで本を読んでいる。
「異常な脳波を検知してね。多少順序を組み替えた。君らの都合に私が合わせるのは非効率的だからね」
……誰なんだよ。
髪は長い。クソ美人だ。例えるとすれば、オフの休日を優雅に過ごす美貌の敏腕女上司といったところか。結婚できないのではなく、しないのだと言わんばかりの自信が余裕となって態度の端々に表れている。自分は選ぶ立場に居るという自信だ。
女は本のページをぺらりとめくった。こちらに一瞥すら寄越さずに話を先に進めようとする。
「冒険者ペタタマ。君の抱負はしかと拝見させて貰ったよ。なかなか興味深い内容だった。そう、特に……。一見するとョ%レ氏に媚びているようで、本意ではない。やむを得ず頭を下げているのだと伝わってくる点が良かった。思い切りもいい」
お前は……。
いや、少し待て……。
俺は一言断りを入れてから、無秩序に暴れ回るアビリティを鎮めていく。内なるプレーリードッグに語り掛けるあの感覚だ。ぐっ、ううっ……!
……収まったか。
強制召喚の直前に思い付いたことだ。俺のアビリティは、一種の共感能力に近いのかもしれない。もしも種族人間のちっぽけな力で運命を覆すことができるとすれば、一番現実的なのは俺の感情が外に漏れ出すことだ。つまり物理的にどうこうではなく、周りの連中が勝手に俺の影響を受ける能力。強制力は皆無に等しいだろうが、興奮状態の人間に俺の苛立ちが伝播すれば多少は凶暴さを増す結果に繋がるだろう。
(異常な脳波を検知してね)
得体の知れない女だ。アビリティを作動したまま話を進めるのは危険かもしれない。
アビリティを鎮めた俺に、女は初めて興味を引かれたようにこちらを見た。しかしすぐに手元の本に目線を戻して言う。
「なるほど。この段階でスキルを制御するプレイヤーが現れるのか。本社の目もあながち節穴ではないな。大したものだ」
俺は舌なめずりをして口を回した。
あんたは? その口ぶりからいって、単なる迷子って訳じゃなさそうだ。本社と言ったな。察するにバックれたレ氏の尻拭いってトコか? ご苦労なこったな。下等な人間様を見くびった挙句に首を刎ねられたレ氏は更迭かな? %……ああ失礼。俺らの口はあんたらの妙ちくりんな言語を発音できるようには出来てなくてね。気分を害したなら謝るよ。
続けるぜ。あんたら%とやらは思ったほど超人的な存在じゃなかったらしい。レ氏には申し訳ないことをした。プライドを傷付けちまったな。もっと手加減してやれば良かったぜ。なあ、あんたもそうは思わないか?
俺の挑発に、女は声を上げて笑った。
「ふふふ……あははははははは!」
おや、ようやく俺のほうを向いてくれたな。どうやらあんたは勉強不足のようだが、俺っちの国では片手間に人と話すのは失礼に当たるんだぜ? 一つ勉強になったな。
女はくつくつと笑いを堪えている。
「くくくっ。失礼。面白いγ体だ。この私が怖くないのか。いや、同じことなのか。ョ%レ氏に目を付けられた時点で、君たちの命運は綱渡りを余儀なくされた。同情するよ。しかし安心し給え。この私は一時の感情に身を委ねるようなことはしない。武力で諸君らの母星を侵略するなどという無粋な真似はしない。まず無益だからな」
そうかい。ホッとしたよ。まぁ俺もその点に関しては心配しちゃいないがね。地球に似た惑星なんざ広い宇宙には幾らでも転がってるだろうしな。
「ノーコメントとさせて頂こう」
そう言って女は本を机の上に置いた。グリーンの瞳が俺を射抜く。
「自己紹介をしよう。私はモョ%モ氏という。察しの通り、諸君らに惨敗を喫した面汚しの尻拭いをするために参上した。そして当然ながら……私はより上位の%ということになる。同期ではあるがね」
モ何? なんて言った? くそっ、聞き取れなかった。発音できないと言ってるのにどうして配慮してくれないんだ。%って連中はどいつもこいつもこんな感じなのか。
まぁいい。モ氏はゆっくりと席を立った。ョ%レ氏とは違い私服姿だ。光沢のあるワンピースなど着ており、肩が露出している。観光気分かよ。それともライラック畑にでも用があるのか。いずれにせよ、はしゃぎすぎだろ。麦わら帽子のつばをくいっと指で持ち上げて角度を調整したモ氏が、片手をさっと水平に払った。さらさらの長い髪がぱっと広がる。
女傑。モ氏は言った。
「さあ、締め切りの時間だ。夏休み特集。気になる結果発表と行くとしようか……!」
これは、とあるVRMMOの物語。
新たなる♯%の来訪……! 栄えある優勝の栄冠は果たして誰の手に輝くのか?
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