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1.ティナン姫の屋敷-御成の間
俺はコニャックに担がれてマーマレードが待つ御成の間に連れて来られた。
御成の間ってのは簡単に言うとお殿様が訪ねて来た時に使って貰う部屋だ。屋敷で一番格式が高く、万が一にも間違いがないよう厳重な警備が敷かれる造りになっている。
山岳都市の政治は未婚の王族が取り仕切るという文化がある。それはどうしてなのかと不思議に思っていたが、どうやらティナンが魔石から産まれることと関係があるらしい。
ティナンが広く信仰している迎神教はョ%レ氏を崇め奉るものだからな。ティナンは天から子供を授かる。結婚は必ずしも必要なものではないのだ。
御成の間で俺とコニャックを待っていたのはマーマレードだけではなかった。
座敷に転がされた俺は、ぐりっと首をねじって歯列をギラつかせた。
おやおや。誰かと思えば作家先生じゃねえか。よう、キャミー。サイン会場はここでいいのかい?
「むぐぐっ……!」
キャメルは歯軋りした。悔しいか。そうだろう、そうだろう。
俺はとても優しい心持ちになってうんうんと頷いた。
まぁ作家先生をいじるのはいつでもできる。今はマーマレードだ。
よう、マーマ。俺に用があるんだってな? キャミーがここに居るのと何か関係があるのかい?
マーマレードは首を横に振った。
「いや、大した用件ではない。それよりもお前たちの話のほうが面白そうだ。続きを聞かせろ。作家先生とは? 本を出すのか?」
あ、そこ?
気になっちゃった?
まぁ姫殿下がこう仰せだ。仕方ねえな。この俺っちが分かりやすく説明してやろう。
マーマ。ここに居る大先生はな。リアル、つまり俺らの世界で有名な日記書きなのさ。ブロガーっていうんだ。
さて、このキャメル先生は素晴らしい才能をお持ちのようでな。俺に無断で俺の醜聞を面白おかしく書き散らした挙句、この俺に無断で出版しようとしたらしい。書籍化しませんかっつー出版社の誘いにコイツは一も二もなく飛び付いた。動機はこれ。俺は指で輪っかを作った。金だよ。
作業は順調に進んでいたらしい。ところがだ。いよいよ本格的に細かく詰めようかって段になって出版社側が資金繰りに困ってな。
話はおじゃんになった。
くくくっ……。キャミーよ。俺ぁお前と友達で良かったぜ〜。最高の気分だ。どうして他人の不幸ってやつはこうも鮮やかに俺の心を彩るんだろうな?
ああ、キャミーよ。自分の本を出すってのは大したもんだ。作家っていう響きには特別なものがあるよなぁ。お前は特別な人間なんだ。遠くへ行ってしまうのではないかと俺は恐れた……。無断で進められたのでそのようなことは決してなかったのだが、俺は畳に両手を付いて項垂れ粛々と切なく悲しい胸の内を吐露した。
俺の知るキャミーはもう居ないのか……? そう思った。
だが。俺はにっこりと笑った。キャミーは俺たちの元へ戻って来てくれたんだ。
一人の……書籍化未遂作家として。
俺はギリギリと奥歯を噛み締めているキャメルの肩を小突いた。なあ、おい。作家先生よ。黙ってないで何とか言えよ。ねえ、今どんな気持ち? 完全にタダ働きに終わったけど今どんな気持ち?
キャメルはぷいっとそっぽを向いた。
「べべ、別に!? ゆ、夢。私は、夢を貰えたからいーんです! さささ最初からお金のために動いてた訳じゃないしっ。ないし!」
へへへ。強がりやがって。
なあ、キャミーよ。出版社の首が回らなくなったのと、お前さんにお声が掛かったことは無関係かな? どう思う?
「関係ありませーん。だって印刷されてませんしぃー」
さて、どうかな? くくくっ。世の中にはバタフライ効果ってやつがある。何がきっかけになるかなんて分からねえんだ。どんなに小さな出来事も、ひょっとしたらってことはある。
お前なんかに声を掛けなければ、ひょっとしたらってこともあるかもな?
くくくっ。疫病神め。俺に黙って金儲けなんて企むからそんなことになるのさ。これで少しは懲りたろ? え? どうなんだよ?
むーっと頬を膨らませたキャメルが俺をぽかぽかと叩いてくる。
「魔族め! 魔族め!」
ふはははははははは! 何とでも言うがいい! 負け犬の遠吠えは心地良いのう!
ふふふ……。まぁ何だ。お前の本を一回くらい手に取るのも悪くなかったかもな。俺は書籍化未遂作家の頭にぽんと手を置いた。ふと思い付いて尋ねる。
「タイトルは決まってたのか?」
キャメルは、深く溜息を吐いてから顔を上げた。悪いことばかりじゃなかったらしいな。晴れ晴れとした表情で苦笑などして、
「ギスギスオンラインです」
と言った。
これは、とあるVRMMOの物語。
君だけの冒険を探しに行こう。
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