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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
154/964

明日を生きるために

 1.???


 ョ%レ氏の指が俺の胸を抉っている。致命傷だ。しかし即死は免れていた。俺の手柄ではない。このリア充の権化は、俺の首を刎ねることもできた筈だ。そうしなかったのは……赤カブトを避けたからだろう。

 俺に残された時間はあまりに少ない。問い掛けは端的になる。


「それは、意地か」


「矜持だ」

 

 どう違う。何が違う。

 俺は吐血した。腕の中で赤カブトが身をよじる。目元には険が宿り、眼差しが敵意に燃える。剣を抜こうとする赤カブトの手を、俺は上から押さえた。


「ペタさんっ……!」


 ジャム……。お前は、手出しするな。俺は……お前の家族にはなってやれるが……。肉親には、なってやれない。親兄弟だけは、殺すな。

 赤カブトはョ%レ氏の実子という訳ではない。しかしこのAI娘をプログラミングしたのがョ%レ氏だというなら、それは遺伝子よりも濃い結び付きだ。無視して良いものではない。

 それに赤カブトは俺たちとは違う。赤カブトのパーソナルこそが取り返しの付かない最たるものだ。肉親殺しは自己否定に繋がる。

 くそっ、力が抜けていく。俺の腕から赤カブトがずり落ちていく。赤カブトが俺にしがみ付く。


「そんなのっ、分かんないよ! 私はっ。だってペタさんのほうがっ、大事なのに……!」


 ありがとよ。でも、もういいんだ。お前は……俺のようにはなるな。

 サトゥ氏……。あっ、あの野郎!


「コタタマ氏ぃー!」


 俺のことを心配してるようでいて、キューブまっしぐらとは一体どういう了見だ? 闇が深すぎる。セブンとアンドレはまだ分かる。俺に興味がないんだろう。しかし出会って数日のジョンとカレンちゃんですら死に掛けの俺を気にして足が鈍っているというのに。

 その点、アットムくんとリチェットはさすがである。ちゃんと反転して俺の救助に向かってくる。ペタタママはとても嬉しい。とはいえ、冷静さを欠いた行動であることは確かだ。アンドレが吠えた。


「戻れ! お前らはヒーラーだぞ!」


 ヒーラーはパーティーメンバーの命綱だ。強敵を前にした時は切り捨てる命を吟味しなければならない。

 セブンの棒手裏剣がキューブに刺さる。そこへ更にサトゥ氏が一撃を入れた。次いでアンドレが。キューブにひびが入る。少し遅れて到着したジョンの刺突によりキューブは瓦解した。まずは一つ。思ったよりも硬い。

 サトゥ氏はブレない。もはや俺を心配するふりも辞めたようだ。


「次だ!」


「待て!」


 ジョンが制止した。アンドレとカレンちゃんが止まる。サトゥ氏も従った。それを見てセブンも手を止める。

 俺を赤カブトごとブン投げたョ%レ氏がリチェットの眼前に立った。速すぎる。キューブを一つ失っても大した影響はないのかもしれない。

 床に転がった俺を見て、リチェットがギリッと歯噛みする。【心身燃焼】が届くか届かないか、ギリギリの距離だ。

 ョ%レ氏は俺の殺害を優先したことでキューブを一つ失った。しかしそれすら利用するのが、このゲームの運営ディレクターだ。


「リチェット。そんなに急いでどこへ行くのかね? ペタタマは生産職だ。レベルはたったの2。蘇生したところでどうなるものでもあるまい」


 アットムが俺を抱き起こす。


「コタタマっ……!」


 しかし俺の傷は深い。回復魔法では間に合わない。

 リチェットは焦る。蘇生魔法を使える司祭はこの場に一人しか居ない。


「レ氏っ……! オマエは誰よりも先にコタタマを殺そうとした! それはオマエがコタタマを恐れたからだろっ!」


「どうかな。【心身燃焼】を使いたければ使うといい。しかし蘇生魔法を使うチャンスを、この私がそう何度も与えるとは思わないほうがいい」


 ョ%レ氏が正しい。温存するべきだ。


「彼。ペタタマも同じことを言うだろう。キューブを一つ」


 ョ%レ氏はちらりとジョンたちを見た。


「破壊したようだ。これはペタタマの戦果と言ってもいい。彼にしてはよくやった。そうは思わないかね? もう十分だろう」


 ョ%レ氏の間合いは広い。ジョンたちは動けない。距離が離れているように見えて、喉元に刃を突き付けられているのと変わりない。キューブはランダムに揺れ動いている。近付いてくることもあるだろう。その瞬間を待つというのも一つの手だ。しかし時間はこく一刻と過ぎ去る。アビリティの強制発動には制限時間がある。

 何が正解かは終わってみなければ分からない。蛮勇ですら最善たり得る。それが今の状況だ。ョ%レ氏はプレイヤーを玩具のように弄ぶ。

 アットム……。俺は、震える手をかろうじて持ち上げた。アットムが俺の手をぎゅっと握る。


「俺、には……使うな……」


 それが俺の最後の言葉になった。


「コタタマ……?」


 ふっ。俺にしては良くやった、か。ョ%レ氏もたまにはいいことを言う。

 今際の際。俺は、なんとなく銀髪褐色ロリを見た。ちんちくりん三号は赤カブトをじっと見つめている。ペールロウ、か……。俺はそっとまぶたを閉ざした。

 アットムと赤カブトが俺を呼んでいる。その声が段々遠ざかっていく……。



 2.回想-【NAi】戦後-先生との会話


 プッチョ、ムッチョと晩メシの約束をしている。おでんでも食べに行こうと思っている。

 部屋を出ると、先生が声を掛けてきた。


「コタタマ。出掛けるのかい?」


 はい。黒服二人と晩メシに。

 先生の居室は二階の突き当たりにある。ふすまの隙間からこそっと顔を覗かせている先生は小さく頷き、


「そうか。君は誰とでもすぐに仲良くなれる。私は君のそういうところを尊敬している」


 尊敬だなんてそんな。俺は照れた。ああ、そういえば。俺は先生の居室に立ち寄ることにした。時間にはまだ余裕がある。先生は俺を歓迎してくれた。俺は畳の上に正座して問い掛ける。

 先生。【NAi】のジョブ……。ディープロウでしたか。あれは造語ですか? 俺には思い当たるふしがなくて。


「造語、だといいのだが」


 では?


「コタタマ。この世界には他者を縛る法がある。それはとても異常なことだ。例えば……」


 先生は早くも脱線した。


「質量は引力を生じる。これは現象としては引かれると言うより『落ちる』と言ったほうが正しいようだ。より重いものに向かって」


 先生は押し入れから大きなスポンジを持ってきた。先生の居室には様々な教材がある。

 先生がスポンジの真ん中にゴルフボールを置く。スポンジが凹む。少し離れた箇所にピンポン玉を置くと、ころころと転がってゴルフボールに当たった。


「ありとあらゆる物質は落ちていく。質量とは即ち密度であり、『群』なのだ。これを万有引力の法則と言う。ニュートンだね。しかし一方で……」


 先生はゴルフボールを器用にひづめで持った。先生のひづめは「指」という扱いになっていて、くにっと湾曲して吸着する。握力はそれほど強くないようだが。


「では引力とは何故生じるのかという問いに対して我々人類は未だ明確な答えを持たない。分からないんだ。ふふふ。これを解明したなら間違いなくノーベル賞だ。ことによっては人類史上最高の発見になるかもしれない」


 先生はゴルフボールを畳の上に置いた。


「このほどに……我々が物理法則と呼ぶものは訳の分からないものなのだよ。ティナン王族が持つ力、勅命もそうだ。明らかに距離を無視しており、完全と思える再現性を持つ」


 でも先生。ハニーメープルはエリアチャットを使いました。勅命はその派生なのでは? つまり【NAi】が与えた力なのではないかと俺は思っています。


「私も最初はそう考えていた。しかし下知の力。モンスターの上位個体も同じ力を持っている。【NAi】はモンスターにもティナンと同じ力を与えたことになる。そうではなく、一定の条件を満たした個体が力を使えるようになると考えたほうが通りは良い」


 一定の条件……。レベルか。ティナンの王族は強い。ジョゼット爺さんに至ってはウサ吉に匹敵するかもしれない。

 先生は長い前置きを終えて本題に入った。


「コタタマ。一軍に匹敵するような人間を表す言葉にどんなものがあるかな?」


 一騎当千。万夫不当ですね。


「三国志か。いいね。他には?」


 英雄……っていうのはちょっと違うか。超人?


「そうだね。超人だ。一騎当千は千騎に値する働きをできる人間という意味だ。それだけの価値があるということだね。けど、実際に千人と戦って勝てる人間は居ない」


 先生はキッパリと断言した。


「居ないんだ。だから一軍と正面からぶつかって打ち破れる人間を表す言葉はない。しかし、もしもそのような人物が実在したらどうだろうか。人間の体力には限りがある。武器は使えば脆くなる。しかしそうではないとしたら。減らない体力。強靭な武器。もっと言えば……人間でなければ」


 ……それが、ディープロウなんですか?

 このゲームには魔法がある。一軍を実際に打ち負かせるような人間。条件次第では……。

 俺の脳裏をマレの言葉が過った。


(滑稽です。私一人が怖いのですか?)


 不可能ではない。

 先生は頷いた。


「私はそう解釈したよ。造語ではない。ただ、我々が用いる言語には該当する単語がなかった。ディープは深い。もしくは濃いという意味だ。ロウは、おそらく法。秩序だろう。濃い秩序。まるで【戒律】そのものだな……。ディープロウ……。ミドルやウィーク、あるいはペールといった叙階もあるのだろうか? だとしたら……」


 それは目に見える脅威として実在したのかもしれない、と先生は言った。



 3.???


 俺の死を一つの区切りとし、アタッカーが一斉に動く。

 リチェットが嬌声を上げた。俺の亡骸は【心身燃焼】の射程内に入っていると見越してのことだ。ョ%レ氏がリチェットの腕を引っ張って前に出る。リチェットがギョッとした。


「あっ!?」


「邪魔をしないとは言ってない」


【心身燃焼】は俺まで届かなかった。リジェネ効果は残る。だが、それすら……。ョ%レ氏が青い光を放った。

 アナウンスが走る。


【消えゆく定め、命の灯火……】


 エッダの固有魔法だ。命の火が青い光に押し流され、駆逐される。

 ョ%レ氏がリチェットを放り投げた。


「わぁーっ!?」


 リチェットの悲鳴にサトゥ氏が反応する。進路を変えてリチェットを抱きとめた。ョ%レ氏が高速で迫る。サトゥ氏が前に出る。ョ%レ氏の左腕に肩を押し当て、手刀を封じた。しかし押される。凄まじい膂力だ。

 ジョンとアンドレ、カレンちゃんがサトゥ氏の背を押す。だが踏ん張りきれない。リチェット含む五名の身体が吹けば飛ぶゴミのように宙を舞った。

 セブンの棒手裏剣をョ%レ氏が叩き落とす。速すぎる。強すぎる。やはりキューブを破壊しないことには……。

 アタッカーの面々も理解はしているのだろう。だがョ%レ氏は手を止めない。キューブの位置に気を配りつつ、一網打尽を狙える時は攻撃魔法を撃ってくる。脱落者が出ないのが不思議なくらいだった。アビリティの相乗効果によるものだろう。

 しかし着々とアタッカーは傷ついていく。ョ%レ氏の目にも留まらぬ猛攻。パッと血の花が咲く。セブンの両腕がするりと落ちた。蹴り飛ばされたリチェットが床にうずくまる。サトゥ氏は片目を潰され、今アンドレが片腕を失った。カレンちゃんは腕と足に大きな裂傷を負っている。比較的軽傷と言えるのはジョンだけだったが、まったくの無傷ではない。全身に細かい切り傷を負っている。

 キューブは依然として四つ残っている。一つは瓦解寸前だが、三つはほぼ無傷だ。キューブの破壊に最も有効なのは弓職の【スライドリード(射撃)】だ。セブンの両腕が落とされたのは痛恨だった。

 ボロボロの面々をョ%レ氏が睥睨する。ニッと笑い、


「生き残ったか。大したものだ。だが今の私はプレイヤーの延長上であるに過ぎず……。その私に一方的になぶられている。これが諸君らの現状という訳だ」


 ジョンとアンドレ、カレンちゃんがポーションを打った。カプセル状の、おそらくソリッドだ……を口に放り込み、噛み砕く。

 ョ%レ氏は笑っている。


「武器は刃物や鈍器でなければならないという決まりはない。しかし類い稀な発想が必ずしも正解とは限らない。二つの答えがある。私は【戒律】を究め、ナイは武器そのものを追求した」


【NAi】の武器……。あの大剣か。


「しかし言っておく。ナイは諸君らヒューマンを過大評価している。諸君らが、あの剣に辿り着くことはないだろう。あれは特別でね。決まった形、決まった条件下でしか作れない。この私ですら量産は不可能だ。そして……」


 ョ%レ氏はおどけるように人差し指をジョンたちに突き付けた。


「銃器。火器の類いも諸君らには作れない。そのようにクラフト技能を調整してある。理由は明確……。諸君らでは【ギルド】のように完璧に運用することはできないからだ。同じ武器、似たような編成ではあれには勝てない。序盤は通用するだろうが、その先はない。自分たちさえ良ければいいという考えでは困るのだよ」


 いや、その理屈はおかしい。決め手にはならなくとも、あるに越したことはない筈だ。そうじゃないってのか?

 おっとネフィリアさんがお亡くなりになった俺の身体をガン見している。やめろよ。なんか照れるぜ。寝顔を見られるような気恥ずかしさを感じる。

 肉体の縛めから解き放たれた今の俺を重力ですら従えることはできない。ふわ〜っと空中を横滑りして、ぴとっと先生に寄り添う。

 先生はネフィリアを説得しているようだった。


「ネフィリア。コタタマは君の弟子だ」


「うるさい。私に指図をするな。私は指図されるのが嫌いだ」


 ネフィリアは苛立っている。

 先生は、この場にネフィリアが居ることに何か強い意味を感じているようだった。


「それでも私は前に進みたい。このゲームのエンディングがどのようなものであるか。目を凝らさずには居られないのだ」


 アットムくんと赤カブトが俺の死体にしがみ付いておいおいと泣いている。死んだといっても別に二度と蘇れない訳ではないのだが。一体何がそんなに悲しいのだろうか。俺は首をひねった。

 生前に俺から託された紙片をアットムがじっと見つめる。その隙に赤カブトが俺の死体を強奪しようとした。俺の両腕を持って引きずる赤カブトをアットムくんが「こらっ」と叱る。しかし赤カブトは止まらない。俺の死体を独り占めして一体どうするつもりなのか。俺はぞっとした。業を煮やしたアットムくんが赤カブトを投げ飛ばした。おお、先生直伝の投げだ。ツッコミの代用に使われるところまでキッチリと継承したようだ。


 一方、アタッカーの面々は全滅が近い。少し目を離した隙にセブンは失血死したようだ。リチェットも危うい。内臓をやられたか。床にうつ伏せになってぴくりともしない。サトゥ氏と米国組は粘っているが、とてもキューブを攻める余裕はなさそうだ。

 あーあ。こりゃダメだな。ダメな時は何してもダメなんだ。ゲームだからな。俺も先生が居るから残ってるけど、居なかったら今頃はさっさと戻って経験値稼ぎしてるぜ。先の見えた勝負ほど見ててつまらないものはない。俺のやる気がドンドン減っていく。

 だが俺とは反比例するようにやる気を出したのがネフィリアである。


「何をグズグズしてる……! 左だっ!」


 いやグズグズしてたのはお前だろ。お前が最初から参戦してれば大分違ったと思うぞ。

 ョ%レ氏の動きを目で追えるとすれば、それはネフィリアしか居ないだろう。ョ%レ氏は速いが、左右どちらから来るかだけでも分かればトップクラスのプレイヤーなら反応できるかもしれない。

 セブンの死体を盾にサトゥ氏がョ%レ氏に突進する。それ味方の死体でやって大丈夫か? ョ%レ氏の姿が搔き消える。ネフィリアが指示を飛ばす前にサトゥ氏が反転した。セブンの死体を投げ飛ばして再度突進。セブンの死体ごとョ%レ氏を串刺しにしようとする。

 ョ%レ氏が笑った。ジグザグに動いてサトゥ氏の脇を通り抜ける。もはや何が起こっているのか分からない。サトゥ氏が血反吐を撒き散らしながら吹っ飛んだ。ごろごろと床を転がり、一度びくりと痙攣して動かなくなる。

 ョ%レ氏がサトゥ氏に構っている間にアンドレが剣を投擲した。瓦解寸前だったキューブに突き刺さり、貫通。これで二つ目。残るキューブは三つ。いずれも無傷の状態だ。

 武器を失ったアンドレは、たちまちョ%レ氏の餌食になった。だが、その動きは明らかに鈍っている。頚動脈を切り裂かれたアンドレが「ざまあみろ」と笑った。

 ジョンとカレンちゃんが最後の力を振り絞ってョ%レ氏に挑む。ョ%レ氏は稲妻のように地を駆ける。嬌声が入り乱れ、無音の衝撃が走る。音が戻ってきた時、その場に立っていたのはョ%レ氏とジョンの二人だけだった。がくりと片膝を付いたジョンが刀を杖に踏ん張る。


「カレン……。生きてるか……?」


 返事はなかった。

 生存者は半数を切った。

 ョ%レ氏が先生とネフィリアに向かう。

 先生とネフィリアは何かをしようとしている。ダンスを踊るように身体を寄せて、杖の先端をちゃっちゃと絡めている。ネフィリアが文句を垂れる。


「これっきりだ……!」


 だが間に合わない。ブースターを二つ失ったとはいえ、ョ%レ氏の動きは速い。

 しかしアットムの修練はその上を行く。

 俺の死体を抱きかかえたアットムがふらりとョ%レ氏の進路に割り込んだ。ョ%レ氏が投げ飛ばされる。とっさに身体をひねって足から着地したョ%レ氏を、アットムは静かな眼差しで見下している。


「今のあなたは速いけど、速すぎはしない」


 ョ%レ氏に蹂躙され散っていった命は無駄ではなかった。人間離れはしていても、モンスターと同程度の素早さならばアットムは対応できる。

 ョ%レ氏は微笑んだ。


「アットム。以前とは違うな。どこまでやれる?」


 アットムの踏み付けを躱したョ%レ氏が跳ね起きる。組手の応酬が始まった。アットムは隙を見て拳を叩き込もうとしているようだが、それを許すほどョ%レ氏は甘くなかった。ョ%レ氏がアットムの手首を掴む。今度はアットムが投げ飛ばされる番だった。ョ%レ氏が感心したように言う。


「なるほど。こうか」


 先生とネフィリアの準備が整った。手を繋ぎ、くるりと回る。杖の先端を標的に向け、嬌声を上げた。


「メェーッ!」


 光の輪が放たれる。【全身強打】は術者を中心に放たれる無差別攻撃だ。しかしこの時は違った。それは先生とネフィリアの二人だから成し遂げることができたのか、それともアビリティの強制発動という後押しがあったからなのか、あるいは極限状態にあって偶然にも成功したのか。おそらくは全部だ。

 収束した光の輪が一直線に伸びていく。そして、丁度よく直列した三つのキューブを串刺しにして木っ端微塵に粉砕した。偶然ではないだろう。完全なランダム性などというものは、この世にはないのだ。

 ョ%レ氏はブースターを失った。

 ジョンの言ったことが正しいなら、ョ%レ氏はブースターの生成に片腕を代償に捧げている。ブースターの補充はない。

 ジョンが雄叫びを上げて突っ込んでくる。ョ%レ氏が迎え撃つ。もはや超人的な力は備わっていない。それでもレベル差は大きい。ジョンの刀をョ%レ氏が叩き折った。

 

【アビリティを停止します】

【アビリティ:鼓舞】

【クールタイムが生じます。連続使用はできません】


 無情にも宣告は告げられる。

 ジョンは吠えた。


「おおおおおおおおおおっ!」


 ジョンの片腕が燃え上がる。命の火だ。回復魔法ではない。女神の加護でもない。まるで命を燃やし尽くすかのように、赤い輝きがジョンを蝕んでいく。

 ョ%レ氏が目を見張り、その麾下にあるジュエルキュリがギクリとした。


「や、やめろ」


 ジュエルキュリのか細い声に、ジョンは一度だけ振り返り……。

 ニコッと微笑んだ。


「ペタタマサーン。あとを頼みマース。シャーリーを……」


 ジョンの片腕が変貌していく。

 砲弾のように叩き込まれた一撃を、ョ%レ氏はかろうじてガードした。レベル99まで練り込まれた肉体がなければ死んでいたかもしれない。吹っ飛んだョ%レ氏が大きな窓ガラスにめり込む。血を吐いて、なお好戦的に笑った。


「これは、堪らん……!」


 ジョンがョ%レ氏を追う。歪に肥大した片腕は人間のそれではない。黒曜石の輝きと大きな爪を備えた機械の腕だ。

 ョ%レ氏が破れたスーツを脱ぎ捨てた。壊死した右手を晒し、ふうと大きく息を吐く。


「第一世代のプレイヤーが、レプリカを制御下に置くとは。だが、それゆえにだ。ジョン……。君をここで失うのは惜しいな」


 ぺっと血を吐き捨てたョ%レ氏が前に出る。

 運営ディレクターと世界最強のプレイヤーの一騎打ちだ。


「ア〜オッ!」


 爆発的に加速したジョンが異形の腕を突き込む。


「アアッ!」


 ョ%レ氏の全身を稲妻が迸る。それは【スライドリード】のエフェクトによるものだったのか。

 勝敗は一瞬で決した。

 突き込まれたジョンの腕をいなしたョ%レ氏が、頬と肩に挟んだジョンの腕をへし折る。くるりと回ったョ%レ氏の手刀が稲妻を帯びる。

 交錯した両者が離れた時、ジョンの腕はもぎ取られ、ョ%レ氏の手に収まっていた。どうと倒れ伏したジョンの首には大きな裂傷が刻まれている。

 ョ%レ氏は肩で息をしている。消耗している。


「勝手に死なれては困るのだよ」


 ポイと放り捨てたジョンの腕が跡形なく燃え尽きた。

 世界最強のプレイヤーを下したョ%レ氏が、生存者へと足を向ける。


「残り四人か。さすがに……少し疲れた。アットム。残念ながら、もう君と遊んであげる余裕はなさそうだ」


 そう言ってョ%レ氏はアットムを指差した。

 アットムは強いが、近接職ではないためスピードがない。攻撃魔法に対して距離を取る以外に対策がない。

 だが、例えば……。ここで、もう一度、ジョンが復活したなら。いや、ジョンでなくともいい。サトゥ氏やアンドレ、カレンちゃんといった近接職に、もしも蘇生魔法を使うことができたなら。ョ%レ氏に勝つことも夢ではなくなる。

 アットムは僧侶だ。司祭ではないから蘇生魔法を使うことはできない。

 司祭のクラスチェンジ条件は、罪を認め悔い改めること。


「それでも、僕は……」


 アットムは、俺の死体をぎゅっと抱き締めた。俺の耳元で何事か囁き、そっと床に寝かせる。

 アットムは紙片を広げた。俺が死ぬ直前に託した奥の手だ。そこには、こう書いてある。


「ロリコンでゴメンなさい!」


 どこからともなく光が差し込み、アットムを照らす。


【条件を満たしました】

【イベント】【懺悔の日】【Clear!】

【Class Change!】

【アットム さんが司祭にクラスチェンジしました!】


 燃え上がる炎の中、一人の男がゆっくりと立ち上がる。

 そう、俺である。

 蘇生魔法にがっつりマナを持って行かれたアットムくんがうるんだ瞳で俺を見上げる。


「コタタマ。んっ……! ゴメンね。でも、僕は……」


 いや、いいんだ。

 良くはないが。俺はもるもると悲しげに鳴いた。

 ……俺には使うなと言ったのに。どうしろと言うんだ。

 ョ%レ氏が青い光を放った。リジェネ破壊。命の火が散らされ消える。


「人気者じゃないか。ペタタマ。君に、この私をどうこうする力はないと思うが」


 いいや、レ氏。あんたがそう思うのは勝手だが、あまり俺を見くびらないことだな。

 俺は虚勢を張った。


「ペタさん……!」


 赤カブトが瞳をきらきらさせて、剣を抜いた。なんで剣を抜いた……? いや、考えるな。赤カブトに構ってる場合じゃねえ。

 俺はョ%レ氏と対峙した。


「最終ラウンドだ」


 俺は分かってる。大切なのは、どう負けるかだ。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 数多の犠牲の果て。決着はレベル2に委ねられた……!


 GunS Guilds Online


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― 新着の感想 ―
[一言] 何度聞いても「メェー」に笑ってしまう
[一言] どこまでいってもシリアスブレイクが付いて回るのほんと草
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