環境の違い、慢心……
平穏な日々も長くは続かない。そんな日があったかどうかは知らないが。
セブンと女神像で落ち合った俺は、その足でエッダ海岸へ移動。途中でセブンもろともブーンに攫われそうになったので、俺はセブンを生贄に捧げて見逃して貰った。すまない。許してくれとは言わない。だが俺とセブンはバランス良く食べるべきだ。
砂浜をさくさくと歩いていると、知らない女に絡まれた。女の名前はルメルメル。メルメルメの成れの果てだった。俺は改名を勧めた。
メルメルメは世界の秘密に迫り、追われる身だ。現在は【目抜き梟】に匿われている。追っ手の目を欺くために名を変え、姿を変えた結果、ネカマになってしまったようだ。悲しい。ネカマの知り合いがまた増えた。
……なあ、メルメルメ。ネトゲーを題材にした漫画とかでさ。ネカマってあんまり出て来ねえよな。出ても一人か二人だろ。それは何でか分かるか? 俺には分かる。誰も得しねえからだよ。普通にリアル女を出せばいいだろっつー話よ。
メルメルメ。お前はどうして女に生まれて来なかったんだ?
俺は無茶を言った。
メルメルメは静かな眼差しで俺を見ている。
「……崖っぷち。リアリティだ。リアリティは説得力を生む。説得力は読者を物語に引き込む役割を持つ」
じゃあドラゴンボールはどうなる? 主人公に尻尾が生えてるぞ。ワンピースは? ルフィはゴム人間だぞ。
「作風、としか言いようがないな……」
ざざん……と浜辺に波が打ち寄せる。
「いい儲け話がある。来いよ。崖っぷち」
儲け話、か。
いや……ネフィリアが俺を呼んでいる。
どうせろくでもない用事だろうが……。
そうだな。俺はメルメルメの話に乗ることにした。
1.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス-広告室
連れて行かれた先は修羅場だった。
虚ろな目をした女どもがマシーンのように手だけを動かして原稿に背景を書き込んでいる。
一目で分かった。これは四コマ漫画の引き伸ばし作業だ。
儲け話か。なるほどな。確かに、少なくともバイト代は出る。
ガチャリとドアの鍵を閉めたメルメルメがニコッと笑った。
「助かるよ。人手が足りなかったんだ」
助かるというキーワードにアシスタントの女どもが過敏な反応を示した。一斉に顔を上げてじっと俺を見る。
……まぁ今更ジタバタしたところで始まらねえ。おい、メルメルメ。締め切りはいつだ?
「今日だ」
なに……? 俺はメルメルメの正気を疑った。バッと原稿を見る。手分けして一コマずつバラバラに作業を進めているようだ。完成後に貼り付けて繋げるのだろう。ざっと見て進捗は全体の四割……いや三割ってトコか。
これを今日中に仕上げる? 正気の沙汰ではない。つまり四の五の言っている場合ではない。そして効率がどうこうという領域ですらない。これは心を摘み取る戦いだ。
俺は手首を揉み解しながらドカッと着席した。一番クソ面倒臭いコマを寄越せ。俺はペタタマ。アシは初めてじゃない。人物以外は一通り何でもできる。
ネフィリアから矢のような催促が飛んできた。
『遅い。今どこで何してる』
こちらペタタマ。メルメルメと遭遇した。十時間くれ。恩を着せる。
『そうしろ。十二時間やる。二時間を睡眠にあてろ』
ネフィリアは話の分かる女だった。
2.十五時間後
まぁ無理だったけどな。
しかし苦労の甲斐あって原稿は完成した。俯瞰図や心理描写を大胆に取り入れた渾身の64コマだ。
メルメルメの野郎は【目抜き梟】の広告部に所属することになったらしい。
広告部。【目抜き梟】くらいの大型クランになると、クランメンバーはブログを自由に書くこともできなくなる。クラン公式ブログというものがあり、メンバーが好き勝手に自分のブログを立てると人気が分散するからだ。メルメルメが所属する広告部は、その公式ブログの更新やライブの撮影を行う部隊だ。
メルメルメは元々ブン屋である。
記事に情熱をぶつける余り、今回はモッニカ女史に全ボツを食らったらしい。その熱意は一体どこから来るのか。
「崖っぷち。アイドルの追っかけはいいぞぉ」
答えは出たようだな。
少し目を離した隙にドルヲタに目覚めてしまったようだ。
「お前の人生で、美少女に好きだ愛してると叫ぶ機会が何度ある? 俺はできる。俺たちはそれができるんだ」
そんなこと言ったってお前。お前自身がその美少女とやらになっちまってるじゃねえか。
メルメルメは俺の言葉を無視して続けた。
「俺が愛してると叫ぶ。すると彼女たちはニコッと笑ってくれるんだ。信じられない。俺の人生にこんなことがあるなんて」
それが仕事だからな。
「そう。ビジネスだ。そんなことは言われなくとも分かってる。俺たちがやっていることは代償行為だ。しかし、それの一体何が悪い? 人は誰しもが心に傷を抱えている。アイドルの追っかけは過去を『乗り越え』、『克服』するためにある」
ジョジョっぽく言ってもダメだぞ。
まぁ好きにしろ。お前の人生だ。他人様に迷惑を掛けなければ何でもいいさ。
俺はアンパン印の小瓶に注射器をブッ刺して、中身のヤバいクスリをちゅ〜っと吸い取っていく。そして、びすっと首筋に注射器の針を打ち込んだ。うっ。内容物を徐々に静脈に押し込んでいく。
「崖っぷち?」
「ッッッ〜〜〜〜!」
俺は大ダメージを食らった刃牙キャラみたいにぶるりと震えた。
ふう……。よし、元気になった。
「お前、それは元気になったと錯覚してるだけなんじゃ……?」
同じことさ。人間の身体はがんばっても死なないように出来てるからな。このクスリがあれば、がんばれば死ねる。海外勢は当たり前のようにやってることだぜ。
俺はメルメルメからバイト代を受け取り、【目抜き梟】のクランハウスを後にした。
2.エッダ海道-【提灯あんこう】秘密基地-会議室
呼ばれたから来たが、俺は何をすればいいんだろう。居ても居なくても変わらないような気がするけど。
ネフィリアさんと愉快な仲間たちが暮らす秘密基地である。金魚のフンみたいにくっ付いて来るマゴットを適当にあしらってから会議室に入ると、そこには既にアメリカ組が勢揃いしていた。カレンちゃんも居る。テーブル越しに向かい合っているのがネフィリアと……先生!? いや違うっ。あれは羊さんぬいぐるみだ。以前に俺が騙された精巧な出来の先生モデルであった。
「来たか」
俺はそそくさとネフィリアの隣に座って先生ぬいぐるみを抱きしめる。俺はとても穏やかな気持ちになった。
ネフィリアが俺をアメリカ勢に紹介した。
「コイツはコタタマ。私の一番弟子だ」
カレンちゃんが俺にこそっと手を振ってくれた。俺も先生ぬいぐるみの手を持って左右に振る。コタタマだよっ。ヨロシクねっ。
アメリカ勢の頭はやはりアンドレであるらしい。つまらない男と言えば、もはやこの男の代名詞となっている。表情筋が死滅していると専らの噂のアンドレが、しかし珍しく皮肉げに笑った。
「ネフィリア。君の弟子とは何人か言葉を交わしたが、まるで年端の行かない子供のようだ。国民の義務を知っているとはとても思えないような」
そう言ってアンドレは俺を見た。
「彼には期待しても? 教えてくれ」
俺を一緒くたにしないで欲しい。
ネフィリアのクランメンバーはマゴットのリア友だ。子供のようだとアンドレは言うが、実際にガキンチョである。
しかしネフィリアは強気だ。
「部下は子供のほうが何かと面倒がない。素直だからな」
だが俺は知っている。ネフィリアさんの日常は、使えない弟子どもを鍛えようとして課題を与えるが途中で脱線した弟子どもがわーわーと騒いで出張から帰ってきたネフィリアが雷を落とすというのがお約束だ。
そんなことはおくびにも出さず、ネフィリアはキリッとした。
「無論、それだけでは組織は回らない。暗部を担当するものは要る。この私が手塩を掛けて鍛え上げた真の後継者。それがこの男だ」
いやお前の後継者はマゴットだよ。口に出しては言わないけどさ。俺は光の勢力の一員だからね。分かりやすく言うとヒュンケルだ。
しかしミストバーンは意地でも俺を暗黒闘法の継承者にしたいらしい。ガッと俺の肩を掴んで身内扱いしてくる。
一方、アンドレは疑り深い性格をしているようだ。
「本当に? 私には子供のおもちゃを与えられて喜んでいるように見えるが」
子供のおもちゃと揶揄された先生ぬいぐるみをネフィリアが指差す。
「こういうのがこちらのサーバーには集団で居てな。度し難く、そして……忌々しくも優秀だ。しゃしゃり出てくると面倒極まりない。よって早々にケリを付ける」
ほう。ネフィリアは着ぐるみ部隊をそんなふうに考えていたのか。
ネフィリアが続ける。
「この場には姿が見えないようだが。ジョン・スミス。知っているな? 有名人だ。お前たちのクランマスターであり、世界最強の男と呼び声が高い」
そうなのか? 俺は知らねえなぁ。このゲームに関連する情報は暫定エイリアンの超技術により規制が掛かっている。
しかし情報を仕入れる手段がまったくない訳ではない。例えば帰国子女だ。現地で見聞きした情報を人間が持ち帰る。リチェットがやっていたことだ。
そうした周知の事実は、この場では知っていて当然と見なされるようだ。アンドレは黙って話の続きを促した。
ネフィリアがジョン・スミスさんとやらのプロフィールを諳んじていく。
「経歴も立派なものだ。代々冒険家を生業とし、誇大妄想の類いでなければ世界中のありとあらゆる民族の血が混ざっている。そしてそれらの言語を全てマスターしている。世界で唯一、このゲームの翻訳機能を超えた男らしいな」
アンドレが補足する。
「一番得意なのは英語だ。趣味は料理。言うだけのことはある。彼のホットケーキは絶品だよ」
ネフィリアが俺の頭をぽんぽんと軽く叩いた。何だよ。やめろよ。
「先ほどの質問に答えよう。この男、コタタマは実に優秀な弟子だよ。逸早くジョン・スミスに接近し、先発隊が彼一人で十分であったことを証明した」
証明した覚えはねえけどなぁ。
まぁ話の流れから察するにジョンのことなんだろう。世界最強の男か。言われてみれば、確かにサトゥ氏を圧倒してたな。大したもんだ。やるじゃん。
アンドレは俺と同じことを考えたようだ。
「証明? そうは思えないが」
先発隊の存在は認めたな。それは……当たり前のことだからか。女神像は交渉の肝だ。予め先発隊を放っておけば、そいつらは日本産のゴミに紛れて何食わぬ顔でセーブポイントを登録できる。
世界最強の男……。ジョンがそうだとすれば、ヤツは……。
(ペタタマサーン! 黒船来航ヨ!)
既に登録を終えている。
確実を期すなら、女神像の登録を優先できる先発隊に最強の手札を置くのは理に適っている。
しかし解せないこともある。ジョンは、自分の正体を隠す気がまったくなかった。あのエセ外国人みたいな喋り方は、多言語を混ぜ合わせた結果なんだろう。何より街中でサトゥ氏と大立ち回りしたのが致命的だ。ジョンは世界的に名を知られた人物であるらしい。サトゥ氏を一方的に打ち負かせるようなプレイヤーはごく限られる。
目的は何だ? 自分から正体をバラすような真似をして何の得がある?
……そんなものがあるとは思えない。ジョンは合衆国の利益のためには動いていない、ということになる。
しかしカレンちゃんは、ジョンと目的を共有しているようだった。そしてそれは、どうやら俺も加担しているらしい。まったく覚えていないが。……マズいな。さすがに打ち明けるべきか? そうしよう。この件が終わったら酔ってましたゴメンなさいしよう。つーか、そもそも酔っ払ってるヤツに重要な話をするんじゃねえよ。適当に受け答えするに決まってるし覚えてる保障すらねえんだから。こんなことならプッチョムッチョから話を聞き出しておくんだった。失敗したぜ。
「より正確に言えば」
おっとネフィリアさんが悪い顔をしている。
「ジョン・スミスは単独行動をしているということだ。仲違いでもしたか? いや、そうではないようだ。しかし確かなこともある。それは……」
そこでネフィリアは言葉を切った。しばし沈黙する。
ハッとしたアンドレが剣の柄に手を伸ばす。しかし遅かった。
ネフィリアの狙いは時間稼ぎだ。
ドカドカと会議室に押し寄せたクソ虫どもが銃口を一斉にアメリカ勢に向ける。
……なるほど。俺は納得した。ネフィリアはクソ虫どもを時限式の命令で操っているのか。予め明確な時刻を設定して米国の使者を包囲するよう命じたんだろう。
ということは、抵抗するものは容赦なく撃てと命じている筈だ。
各々の武器に手を伸ばそうとするアメリカ勢をアンドレが一喝した。
「動くな! 【ギルド】は命じられたことを淡々とこなす。多少状況が動いても混乱はしない」
ネフィリアが肩を震わせて哄笑を上げた。
「くくくくっ……ふははははははははは!」
もう少し可愛らしく笑えんのか。完全に悪党の笑い方だぜ。
「さて困ったな? お前たちはここで死ぬ訳には行かないんだろう? 死に戻りはできない。海を渡るのにどれだけの期間を費やした? それが一瞬で徒労に化ける。ああ、例外が一人だけ居たな。カレンだったか?」
カレンちゃんは山岳都市のバザーを見学する際に、エッダ海岸にすぐに戻れるよう女神像の登録をしている。
許可を出したのはネフィリアだ。この女は、意図的に米国側のメンバーを不平等な状況に置いた。ここで実際に米国の使者を皆殺しにしてもネフィリアには何の得もないからだ。俺たちは情報を欲している。
おそらくは、今この場に居ないジョンもクソ虫どもに包囲されているのだろう。世界最強だろうと何だろうと、プレイヤーが個人の力量でクソ虫どもの狙撃網を切り抜けるのは無理だ。
つまりアメリカ勢は詰んだ。しかし……何か妙だ。こうなることは当たり前のことだ。その対策をアメリカ勢は持ってない? 何故だ? ネフィリアも不気味に思っている筈だ。
アメリカ勢は何を狙っている?
アンドレは冷静そのものだ。見る限り動じた様子はない。
「いいね。丁度、少し物足りないと思っていたところだ」
ネフィリアが挑発する。
「さあ、どう出る? ヤンキー」
アンドレは犬歯を剥いて笑った。
「ジャ〜ップ」
嫌だねぇ。ギスギスしちゃってさ。仲良くすればいいのに。ね、先生。
だが俺の腕の中から忽然と先生が姿を消した。
先生? 先生!? 先生〜! あ、居た。
俺はいつの間にか床に立っていた先生に抱きついた。もう離さない。ぎゅっと抱きしめる。
「コタタマ。その、困る」
え? 先生、今喋ったの? 俺の愛がついにぬいぐるみに命を吹き込んで……!?
「コタタマ。私は本物だ。ぬいぐるみではない」
本物。つまり俺の愛が時空を超えて……?
残念ながらそうではないらしい。
俺たちは、気付けば例のお仕置き部屋に立っていた。
強制召喚だ。またこのパターンかよ。何かあるとすぐこれだ。
しかし今回のメンバーはちょっと豪華だぞ。
国内組は、サトゥ氏とセブン(生きてる)にリチェット。先生と俺とアットムくんと赤カブト。ネフィリアも居る。
米国組はジョンとアンドレ、カレンちゃんの三人。
総勢で十一名。
ここには過去に何度か連れ込まれているが、代わり映えしない光景だ。
大きな窓の向こうにぽっかり地球が浮いている。
窓の手前には机と椅子が一つずつ。
椅子に腰掛けたリア充の権化が、手に持つ本のページをぺらりとめくる。
ョ%レ氏は俺たちに一瞥すら寄越さない。
「少し待ち給え。今いいところなんだ。私は実用書も読むが、ファンタジーが好きでね。荒唐無稽なものほど良い。作者の苦悩や深層心理、歪んだ価値観。それらが築かれるに至った背景に思いを巡らせるのは、ファンタジーならではの醍醐味と言えるな」
「ピャアアアアアアアアアアア!」
俺は奇声を上げて突進した。
「頭が高い」
重いっ。マールマールの超重力だ。俺の片手だけが重力圏内に囚われてしまったらしい。俺は根性で立ち上がろうとするが……。
重いっ。立ち上がれない。
「コタタマ!」
「ペタさん!」
アットムくんと赤カブトが俺に駆け寄ってくる。すまないねぇ。いつも面倒を掛けて。
……しかし、このメンバー。何か意図的なものを感じる。ポチョとスズキは居ない。ログインはしているようだが……。何か嫌な予感がする。
ョ%レ氏がぱたりと本を閉じた。
「さて、諸君。忙しいところを呼びつけて済まないね」
本気でそう思うなら帰せよ。
文句を垂れる俺をョ%レ氏は無視した。
「本来ならば、ユーザー間のトラブルに私が干渉するのは本意ではない。しかし、ネフィリア。君の交渉は決して実を結ぶことはないのだよ。米国側の態度に幾つか不審な点があっただろう? それは概ね正しい。君には知る由もない出来事だ。遺憾ながらこの私が関わっている。それは公平ではないと判断した。従って、このョ%レ氏が問題ないと見なしたプレイヤーを招待したという次第だ」
ネフィリアが前に出る。先生よりも目立ちたいのだろう。
「レ氏。あなたは……海の向こうで一体何をした?」
「変わらない。同じことだ。私は特定のプレイヤーに肩入れすることはない。しかし誤解しないで欲しいのは、相応の働きをしたものには報酬を与えねばならないということだ。それは主に私の価値観に基づく」
アンドレがぽかんとしている。
「バカな……。本物か? だとすれば、合衆国で、今……! 俺の同胞と戦っているあんたは一体誰なんだ!?」
なに? 戦っているだと? ョ%レ氏とか?
アンドレの詰問に、ョ%レ氏は肩を竦めた。何だそんなことかと言うように、簡単な種明かしをする。
「驚くようなことかね? アンドレ。君たちとてリアルとキャラクターを同時に動かすことはできる筈だ。そしてこのョ%レ氏は、諸君らヒューマンよりもいささか頭の出来が良いと自負している。複数のアバターを同時に動かすことなど造作もないよ」
全てが本物ということか。複数のハード本体、もしくは専用のハードを使っているのだろう。
ョ%レ氏は椅子の肘置きにもたれ、こめかみに指を当てた。頭痛を堪えるようなポーズだ。呆れたように言う。
「しかし諸君らは何と言うか……。私の予想を外してやろうと躍起になっていやしないかね? 確かに予想外ではあるが。何しろ理屈を捨てている」
アンドレを指差し、ネフィリアを見る。
「ネフィリア。そこに居るアンドレはね、最初から君たちと同盟を結ぶつもりなどないのだ。彼の目的は戦争を起こすことだよ」
ジョンとカレンちゃんが「まさか」という目でアンドレを見る。アンドレはョ%レ氏を一心に睨み付けている。
「……そんなものだ。大概は」
「そう。私は言ったな。称号の名に恥じない働きをしてみせろと」
ジョンが反応した。世界最強のプレイヤー……。かつてョ%レ氏は、二人のプレイヤーに称号を与えたと言った。一人は先生だ。もう一人は……。
アンドレは戦争を起こすつもりだった。
ョ%レ氏は、称号の名に恥じない働きをしろと言った。それは命令か? いや違う。あのタコ野郎の命令にプレイヤーが従う必要などない。
交換条件だ。
「私はこうも言ったな。そうすれば引き合わせてやると。あまりにも君たちがしつこいものだからね」
ョ%レ氏は、ぱちぱちと拍手した。
「おめでとう。ジョン。ティナンからの情報提供があったとはいえ、君は全プレイヤーで最初に異国の地を踏んだ男だ。その働きには瞠目すべき点がある。そして、私はいい加減に君たちとの鬼ごっこに飽き飽きしていた。この場で決着を付けよう」
ジョンがぶるぶると震えている。
「会えるのか……?」
「会えるとも」
ョ%レ氏は力強く断言した。
ぱちんと指を鳴らし、
「ジュエルキュリ。来なさい」
言下に命の火が燃える。
命の火はプレイヤーの動力源だ。
それはGMマレや【NAi】ですらそうだった。ヤツらはプレイヤーが必死に蓄えた命を食い破って生まれる。
命の火を踏みにじるようにして姿を現したのは、銀色の髪をした小さな女だった。褐色の肌を火の残滓が淡く照らした。
カレンちゃんが目に涙を溜めて口元を片手で覆った。
ジョンが叫ぶ。
「シャーリー!」
シャーリーが銀髪に手を突っ込んでガシガシと頭を掻く。
「シャーリーじゃねっての」
面倒臭そうに応じたシャーリーの両腕が徐々に変貌していく。それは鎧の籠手のように見えた。
「ョ%レ氏。いいんでしょ?」
「駄目だと言っても君は聞かないだろう? 構わない。ならば存分に。舞台は私が整えた」
ョ%レ氏は不公平を嫌う。
ドラマが起きるとすれば、それは国内サーバーだけということは決してない。
シャーリー。いや、ジュエルキュリがゆっくりとジョンに歩み寄っていく。ふと、赤カブトと目が合った。
「あれ、ジャムじゃん。久しぶり〜」
ひらひらと手を振る銀髪褐色ロリに、赤カブトは「へ?」と間の抜けた声を漏らすばかりだ。
ジュエルキュリは肩を落とした。
「何だ。まだ思い出してないの? 遺跡には行かなかったのかな。まぁいいや」
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
【警告】
【強制執行】
【黄昏より来たれしもの】
【始まりすら定かでなく】
【自由は重荷でしかない】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:ペールロウの殺害】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【ペールロウ】【ジュエルキュリ】【Level-74】
ドラマは世界中で起きている。
差し伸べた手から零れ落ちたヒロインも居る。
ジュエルキュリは無邪気に笑った。
「ジョン。あんた、しつこい。私はね、自分の意思でョ%レ氏に付いたんだよ。だって私を作ってくれたのはョ%レ氏だし、私はあんたら人間なんかよりずっと優秀なんだもん。一緒に居たって仕方ないじゃん」
再会の時は残酷に訪れる。
これは、とあるVRMMOの物語。
他人事ではない。それは、今日に至るまであり得た可能性の一つだ。
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