問われる命
1.クランハウス-居間
上半身裸になってゴミと殴り合いしてたらシルシルりんがログアウトしていたので俺はクランハウスに帰った。
その翌日の出来事である。
「コタタマ。金髪好き?」
居間で経験値稼ぎをしていると、ログインしてきたポチョが意味の分からない質問を浴びせてきた。
俺は聞かなかったことにした。
今日は丸太小屋で大人しくしておこう。
カレンちゃんには悪いが、アメリカンと関わっていると国際規模で面倒臭いことに巻き込まれそうな予感がひしひしとするからな。やっぱり平穏が一番だぜ。
あ、そうだ。ポチョ。ちょっといいか? ぼさっとしてないで座れよ。俺はモグラさんぬいぐるみをソファの反対側に置いてポチョが座れるスペースを空けてやった。トコトコと歩いてきたポチョがぴょんと軽く跳ねて「どーん!」と俺の隣に着陸する。いや普通に座れよ。腰痛めるぞ。まったくこの子は。仕方のない子やよ。俺はポチョの腰をさすってやった。
ポチョはケロリとしている。身体の頑丈な子だ。俺はポチョの毛繕いをしてやりながら練習に付き合って欲しい旨を告げた。
ポチョは俺の目をじっと見つめている。人と話す時は目を見て話しなさいとは言われるが、こうまでガン見されると落ち着かない。普通はさり気なく視線を外すもんだが、これも文化の違いなのかね。
ポチョは首を傾げた。
「練習? なんの練習?」
俺はこめかみを指先でとんとんと叩いた。目だよ、目。レベルアップしてからヘイトコントロールが雑になっちまってな。視線の強化が原因らしい。お前、サイキッカーって聞いたことあるか?
「ん〜……。ない」
そうか。何でも俺みたいに特殊な目の使い方をするヤツをそう呼ぶんだとさ。いや、目に限った話じゃないんだろうな。
あ〜あ、失敗したなぁ。俺さぁ、キャラデリする前はレベル4だったじゃん? その頃も大概だったけど、目の使い方を変えてからやたらレベルアップが遅ぇなぁとは思ってたんだよ。今更、前の使い方に戻しても遅いんだろうなぁ。つーか最近、目でヘイトコントロールすること自体あんまねえし。もはや単なる一発芸だぜ。
なあ、ポチョ。面倒臭えだろうけどよ、またキャラクリし直したらフレンド登録してくれな。何回も申し訳ねえけど。
「キャラデリしちゃダメ」
あ? 何でだよ。いいじゃねえか。俺はレベルアップしたいんだよ。このままじゃ、いつレベル3になれるか分かったもんじゃねえ。だからさ……。
「ダメ」
ん? 妙に頑なだな。何かあんのか?
「ダメ!」
あ〜。分かったよ。お前がそうまで言うならキャラデリはしない。
そこで話は戻るんだが、練習だ。まぁ俺はネフィリアんトコに居た時に大概の理屈は把握した気で居たんだが、どうも使い方を変えたら別物っていう考えはなかった。そこで改めてイチから検証しようってことだ。ヘイトコントロールは俺の生命線だからな。協力してくれると嬉しい。どうだ?
「いいよ〜」
ありがとよ。じゃあ、さっそくだけど俺が今からお前の太ももを見るから、見てるなって分かったら手を挙げてくれ。
俺やネフィリアの目を使ったヘイトコントロールは、対象がこちらの視線に気付くことが大前提だ。
俺は更にそこから研究を重ね、種族人間にもモンスターと同様の感度を期待できるよう工夫してきた。
それは単純に、道端ですれ違いざまに顔面偏差値をチェックされるよりも、電車でスマホを見るふりして死角に回り込んで来る人間のほうが気になるという理屈だと思う。
そこで確かめておきたいのが、種族人間の視線に対する感度だ。
寝起きのポチョはラフな格好をしていることが多く、今もTシャツに短パン姿なので白い太ももが露出している。実験には丁度いい。
しかし何か問題でもあるのか、ポチョは内股に手を挟んでもじもじしている。
「えっ……。ふ、太ももじゃなくちゃダメなのか?」
ダメってことはないが……。俺は頭の中でひと通り実験の手順を確認して、やっぱりダメだなと頭を振った。さすがに胸や尻を見せろとは言えない。俺は節度ある男なのだ。親しき仲にも礼儀あり。
肌は露出していたほうが正確な結果が出るだろうし、感度の低い箇所、例えば手や顔を見るだけなら通りすがりの他人で検証できる。だからここは太もも一択ということになる。すまんな。
ぺこりと頭を下げる俺に、ポチョが折れてくれた。
「うぅ。じゃあ……。はい」
片足をぴょこんと上げるポチョに、俺は礼を述べて太ももを見つめた。ポチョがパッと手を挙げた。いや早いよ。つーか目を閉じてくれ。聴覚検査と同じだよ。
「ん……」
ポチョは目を閉じた。少し間を置いてから、俺はポチョの太ももを見つめた。目は使っていない。平常時だ。しかしポチョは正確に俺の視線を感じているようだ。うーん。おかしいな。さすがに感度が良すぎる。
いや、こんなもんなのか? 視線を感じるってのはやっぱりシチュエーションも関係するだろうし、リアルよりも感度が高いという想定なら、そうおかしなことでもないのかもしれない。リアルでも女は男が話してるふりして胸を見てるとすぐに分かるって話を聞いたことがある。
ふむふむ。男キャラより女キャラのほうが視線に敏感ってのはあるかもしれねえな。勉強になった。
よぉし。ポチョ。次の段階に進むぞ。目はそのまま閉じててくれ。これから目を使う。多分気付かないってことはないと思う。だから見られてると感じても手は挙げなくてもいい。それよか、見られてどんな感じか教えてくれ。
「け、剣を持ってきたい。倉庫に置いてあるから。ちょっと待ってて……」
いやダメだよ。なに言ってんの? 武器は必要ないでしょ。必要あります?
「だってぇ……。刺したくなったら、ないと、困るし」
刺したくなる? 刺したくなるって言った? 言ったよね?
はぁ……。俺は溜息を吐いた。
……お前らがそういうこと言うからさぁ、最近なんか俺まで影響されて段々変な感じになってきたじゃん。
あのな? ポチョ。よく聞け。俺が思うに、お前らのそういうアレは錯覚なんだよ。少し冷静になって考えてみようや。一つずつ解決して行こう。一つずつだぞ。いいか。まず、お前は俺を殺して楽しいのか?
「……み、満たされる。胸が暖かくなって」
質問を変えよう。例題。コタタマくんがピクニックに出掛けました。旅先でウサギさんにブン殴られて死にました。悲しくなるだろ?
「悔しい」
……まぁ分かる。悔しい。なるほど。それは仲間が為すすべなく殺されてしまったことに対する悔しさだよな? 自分さえ居ればそんなことにならなかったのにっていう。
「……ウサ吉なら許せる」
ん? ウサ吉なら? 待て。少し話がおかしくなってきたな。それは、ええと、ウサ吉が強いからか? さしものお前もウサ吉には勝てないだろ。俺の自慢の子だからな。俺さ、実はちょくちょく会いに行ってるんだよ。またデカくなってたぜ。へへっ。どこまで成長するか楽しみだ。
そう、ウサ吉は強い。いくらお前でもウサ吉から俺を庇うのは無理だろう。だから許せる。ウサ吉が相手なら仕方ない。そういうことだな?
「仕方ない……。うん。ウサ吉のママはコタタマだから。親子だから。ちょっとだけなら……コタタマを殺してもいい」
脚照ッッ!
「んあっ!?」
どうやら俺とこの元騎士キャラは分かり合えない宿命にあるようだ。問答無用とばかりに目を使うと、敏感に反応したポチョがソファの上で飛び跳ねた。ごろりと半回転して俺にのし掛かってくる。くそっ、マウントを取られた。どけ!
もがく俺を、ガッチリとホールドしたポチョが真っ赤になって見下ろしてくる。な、何だよ。俺を殺すのか? 協力してくれるって言ったじゃんかよ〜!
「い、い、い、言った……!」
だろ? よしよし。俺はポチョを抱っこして横に置いた。
で、どんな感じだった? 先に説明しておくと、俺は視線の強弱と緩急で実際に手で触られてるような感覚を再現したつもりだ。
ネフィリアなんかは単に視線をぶつけるんだが、あれは俺に言わせれば小学生のスカートめくりと変わらねえ。相手が嫌がるから面白えっていう、ただそれだけなんだな。だが俺の目は違うぜ。思春期のよ、中学生やら高校生がスカートめくりなんてやらかした日には停学だろ。下手したら親御さんが出てくるぜ。それはな、完全にパンツが目当てだからだ。そういう目で見られるってことよ。やってることは同じでも、受け取る側が違えば、意味もまったく違ったものになる。そうした心理を巧みに突いたのが俺の目だ。言うなれば、下着ドロに近いな。スカートめくりとは次元が違うぜ。
お前も……感じただろ? 俺の、犯罪的なビート。
おっとポチョさんがダッと居間を出て行って剣を持ってきた。持ってきてはいけないとあれほど言ったのに。
待てって。なあ。確かにさぁ、俺の目はちょっとヤラシイかもしれん。それは認める。ヤラシイ気持ちがまったくなかったと言えば嘘になるだろう。けど、じゃあ他にどうしろって言うんだよ? この目は俺に合ってるんだ。今更どうしようもねえんだよ。本場には俺と同じサイキッカーが何人か居るらしいが、どうも俺と同じ目を持ってるヤツは居ないらしい。イヤラシイというのはよく分からないとか言ってたからな。
けどよ……。そんなもんはまやかしだぜ! 男なら誰だって行き着くところは同じ筈だ。それを世間体やら何やらで無理にカッコ付けてよ……。そう、カッコ付けなんだ。俺は間違ってない。この俺こそがテンプレだ。分かるか。最適解なんだよ。一番正直で、無理のない……ストレートな形なんだ。
だろ? ポチョよ!
ポチョはコクリと頷いて俺にのし掛かってきた。剣先を俺の腹にあてがい、ゆっくりと押し込んでくる。
「こ、コタタマ……。死にそうになったら、言ってね?」
死にそうだなぁ。
「えっ、もう? は、早いよ。もうちょっと、がんばって」
がんばるっつーか、俺、内臓弱いんだよ。そこ攻められるとすぐに死にそうになる。まぁ当たり前のことなんだけど。
「ここ、弱いんだ……?」
弱いっつーか。まぁ弱い。内臓ばっかりはなぁ。鍛えようがないし。
「ど、どうする? やめる?」
やめてください。死にそうなんで。ええ。今すぐ。そして願わくば回復魔法をお願いしたい。
「か、回復魔法!?」
驚くようなことですかね? 放っておいたら死んじゃうでしょ。俺、傷は深いぞ。
「わわわ私、初めてだけど……! コタタマがそう言うならっ、がんばる! んぅっ……!」
命の火が燃える。回復魔法【心身燃焼】だ。
最強のレイド級、ワッフルの固有スキル【心身燃焼】はヒールとリジェネを兼ねるクソ強力な回復魔法だ。瞬時に傷を癒すだけにとどまらず、有効時間内に受けたダメージを即座に埋める絶大な効果を持つ。まるで神の奇跡だ。
その奇跡をポチョは悪用し、俺の即死を避けて少しずつ剣に力を込めてくる。なるほどね。こういうパターンもあるのか。
俺は必死にポチョを引き剥がそうとするが、力では敵わない。俺にまたがっているポチョが乱暴に俺の身体をソファに押し付けてくる。
は、離せっ……! 今ならっ、今ならまだ助かるんだ……!
「んっ、んっ! こ、コタタマがっ。コタタマが悪いんだ! こんなっ……! はっ、あっ……!」
持続性の魔法だけに【心身燃焼】のマナ消費は継続的に行われる。息を荒げるポチョの白い肌は紅潮し、しっとりと汗ばんでいる。
くそっ、死んで堪るかよ……! 何か。何かないか……!? ハッ。スズキさん……! スズキさんが廊下からこそっと俺たちを見つめている。す、スズキぃー! 助けてくれー! 俺をー!
ブンブンと頭を振って懇願する俺に、劣化ティナンさんが意を決したように歩み寄ってくる。何故か真っ赤な顔をして。
「お、お邪魔します」
そして何故か俺にのし掛かってきた。ち、違う! ポチョを引き剥がしてくれ! 何で俺に乗る? 俺に乗って何か進展が望めるのか? 俺には分からない。祈ることしかできない。とにかく何とかしてくれ!
しかし半端ロリは恥ずかしそうに俯いている。ちらちらと俺の顔を見て、
「……あの。お、女の子二人に、こ、殺されると、コタタマくんは嬉しかったりしますか……?」
うれしい? うれしいって何だ? それは感情の、喜怒哀楽の一番最初の? うれしい……嬉しい? 女の子二人に……殺されて嬉しい? 嬉しい? 殺されて?
そんな訳あるかぁ! いや、ちょっと本音言うと女の子二人って部分は嬉しいよ。確かにね。ふにゃっとした感触がして、うん、嬉しい。けど、ちょっと下見て? コタタマくんのお腹の中を冷たい金属がちょっとずつ進行してるでしょ。それは嬉しくない。やっぱ金属って硬いし。ゴツゴツしてる。骨にガツッて当たると響くんだよね。体内に。それは良くない。とても良くない。それでいて回復魔法よ。コイツが曲者だ。俺を生かそうとする強いパワーを感じる。希望の風を感じる。だから俺、生きなくちゃって……! 生きたい! 俺! 生きたい!
きゃんきゃんと喚く俺に、小せえのはうっとりとしている。
「凄く抵抗してるよぅ……。やっぱり一人より二人のほうがいいんだ……? 今日は特別だよ?」
くそがーっ! コイツら俺を生かして帰す気がまったくねえ!
俺はフレンドリストを開いてログインマーカーを確認した。先生もアットムも居ない。こんな時に頼りになるのは廃人どもだ。いつもログインしてる廃人どもにSOSを飛ばす。まずはサトゥ氏だ。サトゥ氏ならポチョとスズキ二人を敵に回しても勝てる。勝てないかもしれないが、ヤツが殺されている間に俺は脱出できる。
んんっ……!
『例の件で火急の用件がある。最速でウチに来てくれ。俺は今身動きが取れない』
『もる?』
もるってんじゃねえよ!
くそっ、次だ! セブン……! 文面は同じでいいだろう。んああっ……!
『次の段階へ行こう。女神像で待ち合わせでいいな?』
死んでんじゃねえよ!
俺は生きる……! リチェットぉ! はぁんっ……!
『あ、ちょうど私も聞きたいことあったんだよ。コタタマ。正直さぁ、私に制服ってどう思う? やっぱりコスプレっぽくない? ネフィリアが意地になっちゃってさぁ。次から着ていくとか言ってて』
俺は好きだよ、制服コス。コスプレいいじゃん。もう答え出てるよな? 俺が思うに性癖っていうのは反動なんだよな。抑えるから反発で衝動が生まれるってのが俺の考え。中学、高校で制服萌えなんてヤツは多分居ないと思うぜ。それは抑制がないからだよ。イケナイことに人間は惹かれるんだ。そこにはやっぱり特別な存在になりたいっていう思いがあるからで。まぁ今は本気でヤバいからこの辺にしとくわ。いずれとっくりと語ってやるよ。じゃ。
メガロッパさん……!
『違いますから。あの時は、その、ちょっと酔ってたんです。それだけですから。勘違いしないでくださいね』
ツンデレ!?
おっとネフィリアさんからささやきが入ったぞ。まさか先手を取られるとはな。
『どうして帰った? さっさと戻って来い』
あれ、帰っちゃダメだったの? 尽く尽く面倒臭ぇ女だなぁ。タイミングも悪い。ささやき連発で俺のマナは打ち止めだ。
俺はソファを揺らして脱出を試みるが、覆い被ってきたスズキが俺の指を一本ずつ引き剥がしていく。こ、これまでか……。
モグラさんぬいぐるみが、ぽとりと床に落ちた。
これは、とあるVRMMOの物語。
全てを捨てても守りたいものがあった。失われゆくものを繋ぎとめたかった。旅路の果てに彼らを待つものとは一体何であるか。答えはすぐそこまで迫っている。
GunS Guilds Online