世界最強の男
アッメィリカ〜ではマナポーションをソリッドと呼ぶそうだ。まぁクソ虫から引っこ抜いたチップを特殊な容器に入れて持ち歩くって話だからな。多分、丸薬かカプセルになる。
一方、アンパンの野郎が作っているような元気になるクスリをリキッドポーションと言うそうな。
リキッドというのは液体のことだ。おそらくは……マナを補給するクスリが開発されたことで、元気になるクスリと呼び分ける習慣が出来たのだろう。
リキッドポーションを打って難敵に挑み、マナの枯渇に備えてソリッドをキメる。それが最先端のスタイルということか。絵ヅラはヤバいが、やっていることはオーソドックスなRPGとそう大きくは変わらない。
カレンちゃんは明るく人懐っこい西洋美女だ。待望のマナ回復剤の製法を国内サーバーに齎したカレンちゃんは、たちまちゴミどものアイドルになった。
カレンちゃんには華がある。リリララと同等、いやそれ以上の逸材だ。プロデューサー魂を揺さぶられた俺は、ネフィリアに掛け合ってカレンちゃんが国内を自由に歩き回れるよう計らった。
「コタタマ。お前は私のモノだと言った筈だ」
代償として俺はネフィリアに刺されたが、カレンちゃんが有益な情報を齎してくれたのは動かぬ事実である。ダッシュで死に戻りした俺はネフィリアの髪に櫛を通しながら機嫌を取り、山岳都市内の観光案内という譲歩を引き出すことに成功した。
「いいだろう。だが油断はするな。先発隊が潜伏している。人数は不明だが、先んじて国内に侵入。上陸の際に【ギルド】が数匹やられた。おそらくは少数の精鋭。もしも一人であれをやったとすれば相当な手練れだ。サトゥに匹敵するだろう。いや、格上と見るべきか」
国ごとにランカーは居るだろうが、トップランカーの質はゲーム人口と比例する。それだけ多くのプレイヤーと競い合い、蹴落として来たということだからだ。
ゲーム大国の合衆国に世界最強のプレイヤーが居たとしても俺は驚かない。
「コタタマ。私はお前を守れない。【ギルド】はお前をどう扱っていいのか判断を下しかねているし、私がお前に教えてやれることはもう何もない。私の役に立て。いいな」
そう言ってネフィリアは俺の頬を優しくさすった。女の手はゴツくなくて心地良い。俺は機嫌を良くした。
いいぜ。役に立ってやるよ。クソ虫どもにも言っといてくれよな。俺は役に立てる男だ。俺を敵に回すのはやめとけってな。
「ああ、私に任せろ。ウサ吉に手出しはさせない」
……♭集積回路を持っているのは【ギルド】だ。♭集積回路の収集。それはいい。しかし例の戦績発表には続きがあった。
♯集積回路の奪還。
クソ虫どもは合体できる。♭集積回路とやらはクソ虫どもが合体するために必要なパーツなんじゃないか? おそらくは信号を受信して処理するためのパーツだ。だとすれば、♯集積回路とは……。
いや、そうと決まった訳じゃない。全ては憶測だ。♭集積回路がプレイヤーに適合する理屈もよく分からないしな。いずれにせよ、クソ虫どもはウサ吉の脅威足りうる。ネフィリアがクソ虫どもを監督してくれるのはありがたい。
お願いね。俺はネフィリアをぎゅっと抱きしめて撫で撫でした。
「あまりくっつくな」
ネフィリアは、ふいっと顔を逸らした。
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー
という訳で、本日の予定はカレンちゃんのエスコートである。
カレンちゃんがサムライの国のバザーを見たいと言うので、仰せのままに。
俺がくたばっている間にカレンちゃんはシルシルりんと仲良くなったようだ。慣れない異国でカレンちゃんがはぐれないよう、シルシルりんがカレンちゃんの手を引いている。
「コタタマりんは今ペタタマりんですけど、それは運営さんに逆らってキャラクターデリートされたからなんですよ〜。信じられます? コタタマりん、記憶がなくなったんですよ。今は思い出してくれましたけど……。本人はまったく気にしてないし。またいつ同じことを繰り返すんじゃないかと私は心配で心配で……」
シルシルりんは善意が世界を良くすると本気で信じている人だ。ョ%レ氏のことも根っからの悪人ではないと思っているのだろう。
だが、俺の考えは少し異なる。あのタコ野郎は善意の有効性を知ってるんだ。本当の悪党は法に真っ向から反したりはしない。ルールを利用して甘い汁を吸う。合法的に。
カレンちゃんはすらっとしたモデル体型をしている。スレンダーだが決して貧乳ではない。そんな彼女がシルシルりんと並んで歩くと、何だか親子連れのカルガモのようで微笑ましい。
「ウチのアンディも似たようなものよ。どこの国も同じね。男ってのはどうしてああ勝手なのかしら。たまに脳みそを家に忘れて来ちゃうみたいね」
きゃっきゃとお喋りしている二人のあとに俺とジョンが続く。女の尻を見たいからではない。いや見てはいるが。一応、護衛のためだ。
俺は目がいい。横に立つより尻を眺めていたほうが役に立てる。ジョンは意外と動ける。居酒屋のバイトにしておくには惜しい腕だ。俺は鍛冶屋だからよく分からんが、サトゥ氏を上回るパワーを感じる。ジョンのたくましい腕に抱かれた時のことを忘れられない。深入りはすまいと決めているのだが。
俺の悪い癖だな。何かと勘繰ってしまう。ジョンが米国のスパイなんじゃないかと疑ってる。状況証拠は既に揃っているが、きっと時間が解決してくれるだろう。パンクした袋に手羽先を突っ込まれても困る。はわわ……。俺は思考停止した。
「もるるっ……」
ハッ。この悲しげな鳴き声は……。
サトゥ氏であった。新マップの探索にかまけて歴史的瞬間に立ち会えなかった哀れな男である。
もるもると鳴いてすり寄ってくる過去の男に、俺は嬉々として傷口に塩を塗り込む。
ねえ、今どんな気分? ネフィリアに全部持って行かれたけど今どんな気分?
「し、仕方ないもる。新マップの地下はモンスターの巣窟もるよっ。瓦礫の撤去で不眠不休もる!」
瓦礫? ああ、そういえば地上の施設は銃撃戦でもやらかした跡みたいにボロボロだったな。地下も同じなのか。
瓦礫の撤去で忙しい。なるほど。ポンコツが地下を陣取ってる。なるほど。
けどよ、サトゥ氏。違うなァ。それは言い訳だよなァ。海を渡れば他国に行ける。当たり前のことだよな? お前は読み落としたんだ。
「そ、それは違うもる! 予想はしてたもるよ! 内需っ、内需を高めないと今は! もるるっ!」
違うなァ! それも違うっ。サトゥ氏。今、ネフィリアが米国の使者と交渉してる。何の交渉か? 俺には分かる。お前も分かってる。そう、同盟だよ。
日本は同盟国として見れば悪くない。強すぎず弱すぎず、敵に回すには少し厄介だ。国民感情も西寄りだろう。米国の連中が海を渡って辿り着いたのが日本だったのは偶然じゃねえぞ。ヤツらは世界地図を作ろうとしてる。覇権を狙ってるのさ。ビジョンが見えてる。
ああ、分かってるさ。サトゥ氏。お前の言うことも正しい。内需を高めてから喧嘩を売るのは当然のことだし、潜在的なポテンシャルを比較したなら日本が世界のトップに立つのは無理だ。貿易に力を入れて、その間に同程度の国に喧嘩を売られたら負けるわな。余計なことをしている暇はない。それも一つの選択肢だ。
けど、それとこれとは別なんだよ。
サトゥ氏。お前はネフィリアに上に行かれたんだ。アメリカ代表のアンドレは言ってたぜ。ネフィリアを日本の代表として認めるってよ。それはな、ネフィリアが海外勢の進出を予期して網を張ってたからだ。
サトゥ氏。お前は最低でも女神像から遠くに離れるべきじゃなかった。……俺は酷なことを言ってるな。理解してるよ。けど、そういうことなんだ。お前は俺らの頭だ。その自覚がお前には欠けていたんだ。
なあ、サトゥ氏。キツいなら頭なんて辞めちまえよ。俺はな、前から思ってたんだよ。どうしてトップに拘る? これはゲームだぜ? やりたいようにやればいいじゃねえか。雁字搦めになって何が楽しいんだ? お前はもっと自由になっていいんだ。
「お、俺にネフィリアの下につけと……? もるぁっ」
それも選択肢の一つだな。くくくくっ……。ネフィリアは喜んでお前らを歓迎してくれると思うぜ? 新しい遊び相手を見つけたからな。それはお前じゃない。
「! お前っ、ネフィリアと密約を?」
ちっ、気付いたか。まぁいい……。
それがどうした? サトゥ氏。俺はな、ネフィリアに俺の有用性を示しておかにゃならん。お前は最高の手土産になるだろう。
俺はサトゥ氏の肩に腕を回した。耳にぼそぼそと呟きを落としていく。
なぁ……。俺と一緒に行こうや。お前はネフィリアを良くは思ってねえだろうが、あれで可愛いところもある。ネフィリアにしたって無警戒とは行かねえだろうが……。なぁに、俺が口利きしてやるさ。だが条件がある。セブンだ。ヤツの首を寄越せ。あれはダメだ。あれは連れて行けない。セブンはお前にしか従わない。忠誠とは違う。友情でもない。家族愛に近いかもしれない。しかし一番近いのは縄張り意識だろう。本能的なものだ。それゆえに付け入る隙がない。
サトゥ氏。セブンを殺れ。お前に裏切られた時、ヤツがどんな顔をするか。反応を見たい。心にヒビが入れば儲けものだ。そうすればセブンも連れて行けるかもしれない。取っ掛かりが欲しい。だから……セブンの首を俺に寄越せ。
「もるぁっ……!」
サトゥ氏が俺の腕を振りほどいた。ダメか。トップに拘る必要はねえってのは本心なんだがね。
しかしサトゥ氏も存外に甘いな。セブンのことを言われて頭に血が上ったか。サトゥ氏の左ジャブを、ジョンが掴み取った。
「暴力はいけないネ」
「もるぁっ!」
サトゥ氏とジョンが跳躍した。空中でとんぼを切る。金属と金属がぶつかる耳障りな衝突音がした。
着地した二人は、びぃんと震える互いの武器を見て驚きに目を見張った。驚愕の度合いが大きかったのは、どちらかと言えばサトゥ氏だろう。
「もるぁっ。お前っ……何者もるか?」
「……国内サーバー最強の男、か。驚いたな。レベル20そこそこと聞いていたが……」
ジョンはたまに日本語が上手くなる。
ニッと笑ったジョンが片手をサトゥ氏に差し出した。
「思わぬ拾い物という訳だ。サトゥ。私と共に来い。君に足りないのはレベルだ。君はもっと上に行ける。心と移住の準備は出来ているか? 君はスターになるんだ。忙しくなるぞ。しかし充実した暮らしだ」
サトゥ氏の顔面にびっしりと冷や汗が浮かぶ。
「ジョン・スミスか!? こんなところでっ、何を……! もるぁっ!」
サトゥ氏の目が青白く発光する。ゾーンに入ったようだ。
サトゥ氏は自身のアビリティをある程度制御できる。しかし今のは……。
ジョンはサトゥ氏の勧誘を続ける。
「直感のアビリティか? それは改めたほうがいいな。チーム戦には適していない」
雄叫びを上げたサトゥ氏が突進した。二度目の衝突。踊るように細かくステップを刻んでありとあらゆる角度から剣撃を繰り出す。それらをジョンはポン刀で一つずつ迎撃していく。奇抜さはない。正眼の構えと、すり足による距離の絶妙だ。
何か途轍もなくハイレベルな戦いが展開されているようだが、俺はカレンちゃんとシルシルりんについていく。じゃ。
俺はジョンとサトゥ氏にちょこっと手を振ってその場を離れた。シルシルり〜ん。歩くの早いよぉ。
「え〜? それ男女逆じゃないですかぁ?」
シルシルりんがくすくすと笑いながら振り返る。ジョンとサトゥ氏の試合を観戦しているゴミの群れを目にして小首を傾げ、む〜っと頬を膨らませた。
「もー! また喧嘩ですかぁ? バザーはそういうところじゃないのにっ」
二人に追いついた俺はコクコクと頷いて同意した。
ホントそれ。まったくだよね。少しは生産職の俺らを見習って欲しいよ。
「コタタマりんはいつも率先して喧嘩する側でしょ! まぁ……私たちのためっていうトコもありますから……。あんまり強く言えないんですけどぉ」
いや、それは表向きの理由だから。俺はゴミ同士の潰し合いを見るのが好きなんだよ。ブン殴られて吹っ飛んで別の露店の商品をブチ撒けて乱闘に突入するのスゲー楽しいよ。
「そんなだから私たちはティナンから変な目で見られるんですよ! 自重してくださいっ」
やだなぁ、自重はしてるよ。俺、泣き寝入りしそうな露店には突っ込まないからね。
なあ、カレン。お前の国だとバザーはどんな感じ? 俺は本場の市場に興味がある。そもそもバザーなんてあるのか?
「フリーマーケットならあるけど、こんなに大規模じゃないわ。トレードの規模は……うーん……オークションが一番かしら。けど、人それぞれね。様々なコミュニティがあって、混然としてる。毎日がお祭りみたいで、楽しいけれど疲れるかもね」
ふうん。想像しにくいな。いつかは一度行ってみたいもんだ。
「来る? ペタタマ、あなたなら合衆国でもやって行けると思うわ。バイタリティがあるもの。私たちはスカウトも兼ねてるから。帰りの船に乗れば一緒に遊べるわよ」
ええ? けど船旅って長いんだろ? ずっと船に缶詰めはキツいぜ。途中でブーンに攫われたらおじゃんだしよ。最近のアイツら、なんかやたらと積極的なんだよ。
「そうなの?」
カレンちゃんはくるっと振り返って俺の目をまじまじと見つめた。
「最近レベル上がった? 目に変なことしてない?」
変なこと?
シルシルりんがハッとした。
「あっ、してます! この人、凄くイヤラシイ目をしてるんです! 前からたまに変な目で見てるな〜ってのはあったんですけど、戻って来てから凄く変になりました!」
シルシルりん。なんてことを言うんだ。
しかし事実である。俺の目が覚醒進化するきっかけになったのはシルシルりんだ。
シルシルりんの訴えに、カレンちゃんは思い当たるふしがあるらしい。
「イヤラシイ目というのはよく分からないけど……。それなら納得。ペタタマ。あなたはサイキッカーなのね」
サイキッカー。超能力者か。まぁ近いっちゃ近いのか?
俺の新しい目は、種族人間のリアルを上回る五感の鋭さを利用したものだ。さすがにモンスターには遥かに及ばないものの、このゲームのプレイヤーは視線に対して反応できるだけの鋭敏さを持っている。
「合衆国にもサイキッカーは居るけど、とても希少なの。だから私にも確かなことは言えないけれど……。彼らは極端にレベルが上がりにくくなるらしいわ。けど、その分、レベルが上がるとサイキックも強化される。ペタタマ。あなたは自分の目を使いこなせていないのよ。練習しなくちゃね」
なるほど。そういうことか。レベルが上がって俺のセクハラパワーが上がったもんだから、ブーンの反応もまちまちになったと。なんか面倒臭えな。キャラクリし直すか? レベルが上がらないってのはマジで苦行だよな。仲間が走ったら付いて行けないってことだぜ。
まぁそれは後で考えよう。今はカレンちゃんの接待だ。日本式のバザーの楽しさを本場の人にしっかりと伝えなくちゃ。
俺は使命感に燃えた。
しかしゴミどもは今日も今日とてゴミぶりを遺憾なく発揮し、行く先々で殴り合いの喧嘩をおっぱじめる始末よ。
オンドレぁ!
海外からやって来たお客様に見苦しいところを見せまいと、俺は首狩りに専念する。着脱可にしたゴミの首を地面に叩きつけた俺に、更なるゴミが押し寄せる。
「崖っぷちぃ! いよいよ化けの皮を脱いだのぅ! おんどれ、何がバンシーじゃ!」
知らねえなぁ。何の話だい?
「言うやないか! ひとまずフレンド申請させて貰うわ! ゴミはゴミ同士、仲良くしようや! のう!」
けっ。また俺のフレンドリストはゴミで埋まるのかよ。まぁいい。申請を寄越しな。ゴミはゴミ同士。その点は俺もまったくの同意見よ。
ゴミというゴミが俺にフレンド申請を投げてくる。それらを俺は全て許諾し、まとめて興味がない人フォルダにブチ込んだ。このゲームのフレンドリストに登録数の上限はない。日課の経験値稼ぎの傍ら、ゴミどものプロフィールを眺めるのも一興だ。
よし。申請はもういいな? それじゃ、ま、おっぱじめるとするか。俺は斧を放り捨て、上半身裸になる。
おう。裸一貫じゃ。武器なんて捨てて掛かって来いや。バザー名物、喧嘩祭りよぉ!
「よう言うた! お前のそういうトコ、めっちゃ好きやで!」
キメェんだよ! 行くぜ! おっらぁー!
俺は握り拳を振りかぶってゴミの群れに突進した。
これは、とあるVRMMOの物語。
友達が100人増えた。総じてガラ悪し。
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