抱擁
1.ポポロンの森-居酒屋【火の車】
プッチョムッチョと一緒に【火の車】の暖簾を潜ると、知らない人が声を掛けてきた。
「ペタタマサーン。どうでしたかー」
一言で言うとマッチョである。やたらとガタイのいい男で、一見して日本人ではない。何つーか妙に色っぽい野郎だ。エキゾチックな魅力があり、瞳がキラキラしている。
刺客ではなさそうだ。【火の車】の前掛けをしているところを見るにバイトのウェイターだろう。
俺は不本意にも名が売れちまったので知らない人に声を掛けられるのも珍しくない。というか、いちいち顔と名前を覚えていられない。ここは適当に話を合わせるとしよう。
俺は気さくに片手を上げて応じた。
よう。まあまあってトコだな。ありがとよ。そっちはどうだい?
「ダメでーす。やっぱり難しいネ……」
おっと? どうやら俺はこの伊達男のお悩み相談を受けたらしいな。なるほどね。つまり昨日べろんべろんに酔った俺は【火の車】に顔を出して、そこでコイツの身の上話か何かを聞いたのか。困ったな。名前すら思い出せねえ。しかし名前くらい聞く機会は幾らでもあるだろう。焦ることはない。
俺は伊達男の肩をばんばんと叩いた。
まぁ気長に……って訳には行かねえかもしれねえが。昨日……言ったか? 言ってねえかも。俺、昨日はちょいとばかり飲みすぎてたからよ。どちらにせよ、いよいよとなったら俺に言えや。な? 力になるぜ。【火の車】の店主には日頃から世話になってるんでな。
俺は適当に話を合わせた。
伊達男はニコリと人懐っこく笑って、
「心強い言葉ネ。やっぱり私の見る目に間違いなかったデース」
ぐーんと鼻を伸ばした。
伊達男がハグしてきたので俺もハグし返し、ガッと力強く握手を交わす。
伊達男が座席に案内してくれたので、ついでに注文することにした。
「とりあえず生で」
「中ジョッキ三つね」
「食いもんはあとで頼むわ」
俺に影響されてか、プッチョとムッチョは完全に生中信者になってしまった。
「あっ」
あん?
ほう。マゴットと宰相ちゃんだ。随分と……珍しい組み合わせだナ?
マゴットの手を引いてそそくさと離れた座席に移動する宰相ちゃんを、俺はべろりと舌舐めずりして見つめる。
ついにこの日がやって来たか。
どうやら俺は、俺の知らないところで相関図が更新される現場に立ち会うことに成功したらしい。
おい、とプッチョムッチョに声を掛けて、俺は素早く二人を追跡した。気を利かせたプッチョが伊達男に声を掛ける。
「ジョン! 注文の品はこっちに持って来てくれ!」
ジョンね。覚えておこう。
さてさて……。へへへっ。おい、マゴット。ちょいと席を詰めてくれや。
「な、なんだよー。一緒に食べるの? 別にいいけどぉ」
マゴットは微妙に嬉しそうだ。ペスさんは連れてない。つまりたまたま会って一緒にメシでも、というシチュエーションじゃないってことだな。
くくくくっ……。なるほどな。なるほど。
ニヤッと口元を吊り上げる俺に、対面の席に座る宰相ちゃんはとても嫌そうな顔をした。
「……コタタマさん。申し訳ありませんが、今日のところはご遠慮して頂けませんか。その、ビジネスのお話ですので……」
だろうな。
でもダメだね。俺はマゴットの兄貴分なんでね。
お、来た来た。伊達男のジョンが並々と麦を注がれた中ジョッキを持って来た。
よう、ジョン。コイツらは俺の知り合いでな。ちと手狭なんで席を繋げたい。いいか?
「OKデース。マスターには私から伝えておきますネ」
サンキュー。じゃあそれで頼むわ。おい、お前らも何かドリンク頼めよ。プッチョ、ムッチョ。食いもんの注文は任せていいか?
グラサンコンビはグッと親指を突き出した。頼りになるヤツらよ。
さて……。
おい、マゴット。待ち合わせ場所を【火の車】に指定したのはネフィリアか?
「え、うん。そうだよー。あ、私メロンソーダ飲みたい。メロンソーダ」
宰相ちゃんは悔しそうに俯いている。
「……私は生で」
そうだよな。飲まなきゃやってらんねーよなぁ。俺はうんうんと頷いて宰相ちゃんに同情した。
おい、マゴット。よく見とけ。ここに居るメガロッパさんはな、ネフィリアに嵌められたんだ。アイツは【ギルド】に情報収集を命じてる。俺が同席するよう仕組んだと見て間違いない。多少の授業料は覚悟の上だろう。
いいね。面白い仕事だ。
よう、メガロッパ。知ってるよな? マゴットはネフィリアの弟子だぜ。当然、イベントで衝突することもある。お前がマゴットと外でこうして接触してるのはマズい。一見するとそうだ。でも、そうじゃねえよな? お前は頭が回る。これは必要なことなんだ。
ズバリ、デサント交換の交渉だな?
なるほどな。何か策があるんだろうとは思っていたが、そういうことか。ネフィリアと直接取り引きをするつもりだったのか。
おい、マゴット。よ〜く見とけよ。ネフィリアがお前をここに一人で寄越したのは、お前に今後こういう仕事を振るためだ。もっと言えば、お前に俺を使わせるつもりなんだよ。
ハッキリ言うとな、お前がネフィリアの真似をするのは無理なんだ。俺でも無理だ。ネフィリアは俺なんかよりずっと頭が回る。だが、お前には俺を使うという選択肢がある。それを教えるためにこの場を用意したんだろう。
ジョンが持って来た麦を宰相ちゃんがぐいっと呷った。いい飲みっぷりだ。ジョッキをテーブルに叩きつけ、ぐっと身を乗り出して俺に言う。
「6:4でどうですか」
くくくっ……。そうじゃねえよな? メガロッパよ。【ギルド】側、つまりネフィリアの傘下に降ったクランは全体の一割にも満たねえ筈だ。デサントのクラスチェンジ条件は敵対勢力に属する戦闘職とのパーティー結成……。お前はネフィリア側のデサント希望者が枯渇しないよう人数調整しなくちゃならない。
着地点は理想を言えば9:1。妥協して8:2ってトコだろ? じゃあお前らは一体何を差し出してくれるんだ? 焦点はそこだよな。
そして最初にこれだけは言っておく。
嘘は吐くな。身に染みて分かったろう。【ギルド】を従えたネフィリアとの情報戦でお前らに勝ち目はない。お前が嘘を吐いたと判明した時点で、この交渉はなかったことにさせて貰う。
「それはお互い様です。お前が嘘を吐いたと分かった時点で、私たちはデサント交換から手を引きます。窓口を失ったらどうなるか。果ては泥沼の殺し合いですよ。お前はその片棒を担いだことになる」
大きく出たな。お前のことだ。独断専行じゃない。サトゥ氏の許可を得ている。
そうか。いよいよとなればヤツが出てくる手筈になっているのか。それは確かに面倒だ。
これでお互いの立場がハッキリした訳だ。
さあ、交渉に移るとしようか。
2.一時間後
もるるっ……。
悲しげに鳴く俺の肩をメガロッパさんがガッと掴んで揺さぶってくる。
「ねえ! 私の話、聞ーてます!?」
聞いてるっす。
「うっそだぁ! だってコタタマさん私にだけ優しくないし! 何でかな〜。やっぱり見た目ですかぁ? 根暗でゴメンねー」
いえ。メガロッパさんはお綺麗だと思うっすよ。
……酔っ払ったメガロッパさんに絡まれている。
しかしメガロッパさんはアルコール分の追加を所望しているらしく、手付かずのジョッキをガッと掴んだ。
あ、それ俺の……。
「ん? コタタマさんのなぁに?」
いえ、何でもないっす。
メガロッパさんはぐいぐいと麦を呷りながら、横目でじーっとマゴットを見た。ダンッとジョッキをテーブルに叩きつけて、俺越しにマゴットに詰め寄る。ふにゃっとだらしなく相好を崩し、
「マゴットさんも飲みますかぁ?」
「んーん。私、未成年だから〜」
もはや俺はメガロッパさんの肘置きだ。俺にそれ以上の価値はない。
しかしメガロッパさんは肘置きに不満があるらしく、キッと俺を睨み付けた。
「犯罪じゃん!」
そう……スね。未成年に酒飲ましちゃダメっすよ。
「違いますぅー。分かって言ってるでしょ。年下の女の子が好きなんですかぁ?」
あの、メガロッパさん。ちょっと飲みすぎっすよ。
「コタタマさんも飲んで」
いえ、あの……。俺の話、聞いてます?
「飲んで」
あ、はい。つーか元々俺の分ですし……。
「歌お!」
え、歌っすか? あ、はい。分かりました。
俺はメガロッパさんに押し付けられたジョッキを持ったまま歌った。言うまでもなくアカペラだ。アカペラは伴奏がないのでツラい。ツラいが俺ならやれる。何なら知らない曲でも歌って歌えないことはない。カラオケはとにかく全力で歌って力尽きればいいだけの簡単な遊びだ。ららら〜。
適当に熱唱していると、メガロッパさんが体当たりしてきた。
「下手! どーん!」
アカペラで上手く歌えるなら苦労しねえわ。
しかしメガロッパさんは自信があるご様子。「ん!」と俺に片手を突き出してジョッキを寄越すよう要求してくる。いやマイクじゃねーし。
冗談じゃねえよ。こんな酔っ払いに立ったままジョッキ持たせたら確実に落っことす。
やむなし。
俺はメガロッパさんと肩を組んでデュエットした。アニソンメドレーであった。
これは、とあるVRMMOの物語。
交渉の結果、ヤマト。
GunS Guilds Online