罰ゲーム!どーん
1.クランハウス-居間
「ん」
ウチの丸太小屋にずかずかと乗り込んで来たピエッタが赤カブトに両手を突き出した。
小さな手の上には綺麗に折り畳まれた衣装一式が乗っている。
メイド服であった。
「えっ」
居間で柔軟体操をしていた赤カブトが目を丸くする。何が何やらといった様子だ。無理もない。俺が赤カブト本人に無断で賭けの対象にしたからな。
俺のキルペナがヤバくなって有耶無耶になったと思っていたのだが、ピエッタはキッチリと覚えていて勝ち分を回収しに来たようだ。
まぁ詐欺師に金貸せと言われて何ら警戒することなく金を出した財布の紐がゆるい女には良い教訓になるだろう。俺は黙って見守る。
床にぺたりと座って上体前屈などしていた赤カブトは、ピエッタとメイド服を交互に見て首を傾げた。
「えっとぉ……ピエッタさん? そのお洋服、どうしたんですか?」
ピエッタは端的に答えた。
「やる。着れ。今」
そう言って、ぐいっとメイド服一式を赤カブトに押し付ける。
「え。頂けるんですか? でも……。え? 今ですか?」
赤カブトは突然のプレゼントに戸惑っているようだ。あの様子だとメイド服を見たのも生まれて初めてといったところか。
赤カブトはAI娘である。正体がバレないよう、先生は多忙なスケジュールの合間を縫って赤カブトに初等教育を行なっている。しかし我らが日本国におけるメイドさんの特殊な位置付けに関してはまだ教えていないようだ。
赤カブトが振り返って俺を見る。助けを求めるような目だ。仕方ねえな。モグラさんぬいぐるみと一緒に経験値稼ぎをしていた俺は重い腰を上げた。
ジャムジェム。別にいいじゃねえか。くれるってんなら貰っとけよ。この前、ピエッタに金貸してたろ。察するにその利息分ってことだろう。
俺はぺらぺらと口を回した。俺とピエッタは赤カブトにメイド服を着せるという面において利害が一致している。俺が勝手に赤カブトを賭けに巻き込んで負けたことを言う必要はない。抵抗されるだけだ。ピエッタもその辺りは心得ている。余計な口を挟まずにコクリと頷いた。俺も頷く。
だろ? まぁ服屋ってのは因果なもんでな。感謝の印といっても作った服を着てるトコを見たいっつー気持ちはどうしたって捨てられねえのさ。見たところ、特に露出が激しい服って訳でもなさそうだ。ん、こりゃメイド服か? 俺は素知らぬ顔をした。いい趣味してるぜ。
ジャムよ。メイド服ってのは貴族に仕える女給の制服でな。貴族の客は当然貴族が多い。客を迎える下働きの服装、身だしなみにも手は抜けねえってんで良い布を使ったのさ。貴族の屋敷で暮らすことになるメイドは庶民の憧れでもあったんだぜ。お前もせっかくだから茶の一つでも煎れてやれよ。いや、こうしよう。お前は今日一日、ピエッタのメイドさんになるんだ。可愛い服を貰ったんだ。それくらいはしてやっても罰は当たらねえだろ。な? ピエッタ。それとも迷惑か? 遊んでく時間はあるのか?
ピエッタは指で輪っかを作った。OKサインだ。まぁ元々賭けに負けた赤カブトにメイド服を着せて給仕させるという話だったからな。この詐欺師に手抜かりなどあろう筈もない。俺も分かっていて話を振った。こうやってさり気なく外堀を埋めていくのは詐欺師の常套手段だ。
とにかくメイド服さえ着せてしまえば、あとはどうとでもなる。俺は歯列をギラつかせて赤カブトを口で丸め込んでいった。
2.着替え完了
「ご主人様。お茶ですよ〜」
メイド服に袖を通した赤カブトがピエッタに紅茶を差し出した。ピエッタがコクリと頷く。満足してくれてるようだ。
けど俺は満足できねえなぁ〜。俺は缶ビールのプルタブをカシュッと押し上げながら赤カブトをじっと見る。真っ赤な癖っ毛の主張が強すぎてメイド服があんまり似合ってねえ。まぁそれはいい。見慣れれば違ってくるだろう。
「あっ。お酒飲んでる!」
ノルマだよノルマ。冷蔵庫にたらふく溜め込んであるからな。俺が飲まねえと減らねえだろが。まぁそんなことは今どうでもいいんだよ。
やい。ジャム。今のは何だ? まるでなってねえ。ピエッタはお前に甘いから言わねえが、俺の目は誤魔化せねえぞ。メイド服ってのはな、着ればいいってもんじゃねえんだよ。
ちっ、仕方ねえな……。これも務めか。説明してやる。よっく聞けよ?
結論から言うと、究極のメイド萌えってのは普段勝気な幼馴染みが罰ゲームか何かでメイド服を着て内心悔しがりながら屈服を余儀なくされるっつーシチュエーションが完成形だ。
「な、何の話してるの?」
黙って聞け。今、俺は最高難易度の話をしてる。素人にはまず無理だ。しかし、ジャム……。お前ならやれるかもしれねえ。そう思ってる。だから教えてやる。お前は次の段階に進むんだ。
ハッキリ言うぜ。ジャムよ。お前が今やってるメイドってのはな、日本じゃエロメイドっつー役割を期待されてるんだよ。
つまりこういうことになる。お前は今エロい格好をしてるんだよ。
「エロっ……!?」
済まない。言い過ぎたな。だが事実だ。
ついでにもう一つ現状報告しておくと、男ってのは征服欲と独占欲の権化でな。家族を養うためにご主人様に逆らえない女っつーシチュエーションにグッと来る訳だ。メイド萌えってのはそこから来てる。分かるか。メイド服ってのは露出が少ない。服そのものは慎ましいもんだ。中にはミニスカのメイド服が好きなんつー輩も居るが、俺が思うにそれは本質じゃねえな。シチュエーションなんだよ。メイド萌えはシチュエーション萌えだ。
俺は吠えた。
メイド服と! こんな男にという反発心! 屈してなるものかというプライド! だが逆らえないというシチュエーション! それらが互いに互いを引き立てる!
くくくっ……。可愛いメイドじゃねえか。なあ、おい。ジャムよ。もう一度だ。ここに居るピエッタさんはお前の何だ? もう一度言ってみな。言うんだよ。おら、言え。
赤カブトは頬を赤らめてもじもじした。消え入りそうな声でぽつりと呟く。
「ご、ご主人様……」
それだ……! 俺はぶるりと震えた。脱力してソファにもたれ掛かり、行き場をなくした感動をせめて表には出すまいと頭を抱える。
見てるか、マルチ……。脳裏を埋め尽くすドジっ娘メイドロボに胸中でご報告を差し上げる。
おい……見てるかマルチ……。お前を超える逸材がここに居るのだ……! しかし俺もメイドだ……。
感極まって缶ビールの中身をゴッゴッと喉に流し込む俺を、ご主人様のピエッタがジト目で見つめている。
「真っ昼間から酒かよ。駄メイドが。ジャムを見習え」
くそっ、巻き添えだ。何故か俺までメイド服を着せられている。赤カブトにメイド服は良いものだという論調で迫った所為で断れなかった。悲しくもバンシーバージョンの俺である。
俺は飲み干した缶ビールをテーブルに叩きつけて吠えた。
うるせえな! 俺ぁいいんだよ! 野郎っていう時点で成り立ってねえだろが! おい、ジャム。酒だ。酒持ってこい!
「ダメ! 一日二本までって約束したでしょっ。どうせまたあとで飲むんだから……! これ以上はダメっ」
ふん、俺の身体を心配してくれてんのか? お前は可愛いやつよ。感謝してるぜ。酒がダメならお前だ。こっち来いよ。ほら、抱っこしてやるから。
俺は赤カブトの母親代わりなので、親の愛情というやつを与えてやりたい。肯定されずに育ったやつはろくな人間になれやしねえって言うからな。俺もそう思う。目に見える即物的なものだけを追い求めるのは滑稽だ。そして哀れでもある。赤カブトはそうなって欲しくない。
ほら、何してる。こっちだ。早く来いよ。
「な、何言ってるの……。ぴ、ピエッタさんも居るのに」
ふらふらと近寄ってきた赤カブトを俺は抱っこした。頬をくっ付けて背中を撫でてやる。大丈夫、大丈夫……。
ピエッタさんがぽつりと言う。
「おい、崖っぷち。大丈夫か。ジャムが剣を抜いたぞ。刺されるんじゃねーか?」
ああ、コイツは恥ずかしくなると俺を刺すんだ。いつものことさ。もう慣れたよ。まぁ裏を返せばそれだけ嬉しく思ってくれてるってことだ。良い傾向なんじゃねえかな。
俺の腕の中でころんと体勢を入れ替えた赤カブトが俺の首筋に「はぐっ」と噛み付いた。ずぶりと俺の腹に剣先を埋め込んでいく。
よしよし……。俺は赤カブトをぎゅーっと強く抱きしめて、やがてふっと脱力して死んだ。
「ペタさぁん」
大丈夫だ。赤カブト。俺は天国からお前を見守っているぞ。
バァァーッと天に召されていく俺を、ピエッタさんは胡乱な瞳で見つめるばかりであった。
「ヤバすぎる」
これは、とあるVRMMOの物語。
楽しそうですね。とても。結構なことです。
GunS Guilds Online