手を取り合って
1.山岳都市ニャンダム
全ては俺の計画通りだった。
津波の如く街に押し寄せるポポロンは俺を殺せない。ヤツの固有魔法【全身強打】は特定の人物を狙い撃ちできるようなものではなく、撃てば我が子も巻き添えになる。触手は脅威だが、ポポロンは見ての通り俊敏性に欠ける。逃げ切る自信はあった。
レイド級ボスモンスターの出現に伴い【女神の加護】を発動したプレイヤーはゴキブリのような生命力を発揮するが、コイツらは問題外だ。彼らはゲームに脳を侵された悲しい人種であり、ティナンがスライムの赤ちゃんを森から連れ出しその親が我が子を追って街に迫っているという状況に「そういうイベントなんだ」と勝手に納得するだろう。
そうだな、例えば赤ちゃんスライムに友達が居て、その友達が街に迷い込んでしまったという筋書きはどうだ?
俺が架空のイベントを涙ながらに訴えれば、親が子を想う愛情をフラグの一言で片付ける愛を知らない悲しい人間どもは、ありもしない幻想を追って永遠に街を彷徨い歩くだろう。
これぞ俺の秘策、ゴキブリホイホイの奸計よ。
計算違いがあったとすれば俺がタマ(命名)に情を移してしまったことだが、母子二人で貧しいながらも仲むつまじく暮らしていけば問題ない筈だ。俺はこの子の母親になる。生物学上は父親なのだろうが、俺は既存の概念を超越した「母」になるんだ。
しかし運命は互いに求め合う母子を翻弄し、どこまでも残酷な試練を課す。
俺は大切なことを忘れていた。いや、そもそも知らなかった。しかし予想してしかるべきではあったのだ。
山岳都市ニャンダム。ポポロンの森しかりマールマール鉱山しかり。このゲームの地名は、その地の頂点に君臨するボスモンスターの名を冠する。
【レイド級ボスモンスター出現!】
俺をギョッとした目で見つめていたプレイヤーがハッとして口元を押さえた。
「あっ」
見知らぬプレイヤーが察した。
俺も察した。
【警告! レイド級ボスモンスター接近!】
それは猫というにはあまりにも大きすぎた。ぶ厚く重くそして可愛くなかった。それはまさに怪獣であった。
Naaaaaaaaaaaaawooooooooo
俺の鼓膜が破れた。
【勝利条件が追加されます】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【獣王】【Naggy-Doom】【Level-2319】
誰だよ、この街の名前が可愛いとか言ったやつ。ちっとも可愛くねえぞ。
俺が思うにだ。安住の地を求めて世界を旅する流浪の民ティナンは、この地に住まうレイド級ボスモンスターに隷属を誓うことで山岳都市の建設を許された。そういう設定なんじゃないかな。
そのボスモンスターは気紛れで、【ギルド】なんて小蝿がたかってきた程度では気にも留めない。是が非でもティナンを守りたいという訳ではないのだろう。
だが、己と同格かそれ以上の敵が縄張りを侵したなら、さすがに黙っている訳には行かない。
俺の眼前に降り立った巨大な化け猫が、全身の毛を逆立ててポポロンを威嚇した。
地面だけが揺れていた。俺の鼓膜はとうに破れている。何も聞こえない。
怒り狂うポポロンが無数の触手を繰り出した。応戦するニャンダム。触手を物ともせずに肉薄すると、ポポロンの巨体に牙を突き立てて力尽くで振り回した。地面に叩き付けられたポポロンがティナンの家を薙ぎ倒していく。
この日、山岳都市ニャンダムは壊滅した。
俺は逃げた。
2.クランハウス
いやぁ〜乱世乱世。
おっす俺コタタマ。なんか俺がふらっと旅に出ている間に大変なことがあったらしいね。
なんと山岳都市ニャンダムでレイド級ボスモンスター同士の衝突が起きたらしい。そんなこともあるんですねぇ。
人づてに聞いた話によると、それは控えめに言っても怪獣大決戦であり、まさしく頂上決戦と呼ぶに相応しいものであったとか。
決戦の舞台となった山岳都市は割と初期の段階で壊滅状態に陥り、現在は急ピッチで復興作業を進めてるよ。ティナンは見た目よりもずっと力持ちだし、プレイヤーの協力もあって復興は順調に進んでるみたいだ。
さて、くだんの頂上決戦。プレイヤーたちは両雄の対決に割って入ろうとしたけど、歩く災害の前では名実共にゴミに等しく、ゴミのように死んでいった。死者は二十万人とも三十万人とも言われ、未曾有のくたばりゲーであったとか。なお、素早く街を捨てて避難したティナンに死者はなし。本当にたくましい子たちだよ。
粗方破壊の限りを尽くしたポポロンとニャンダムは互いに決め手に欠け、膠着状態に突入。このまま山岳都市は滅ぶのかと思われた、まさにその時だ!
我らが先生が、死をも顧みずに両雄の間に立った……! 危ないっ、先生! 誰しもが息を呑んだ。
しかしその時、奇跡は起きた。
怒り狂っていたポポロンが動きを止め、先生にゆっくりと触手を伸ばしていく。
先生は、街に迷い込んだポポロンの子供を保護していたんだ。
ポポロンの襲撃は、子を想う親の愛ゆえの暴挙であった……。
小さな触手が伸び、大きな触手にそっと触れた。それはとても感動的な光景だった。
こうして感動の再会を遂げたポポロンの親子は、仲むつまじく触手を繋いで森へと引き返して行った。
泣かせる話じゃねえか。
人間なんざしょせんちっぽけな生き物よ。
魔物と人は相容れない存在かもしれねえ。
だがな、どんな荒れ地にだって花は咲くんだ。愛という名の花がな。
今回の事件は、そいつを俺たちに改めて教えてくれたよ。
誰が悪いとかじゃねえんだ。確かに山岳都市は甚大な被害を被った。それは間違いない。遣り切れない思いはあるだろうさ。しかしな、だからこそプレイヤーとティナンは手を取り合って生きて行くんだ。
そう、あのポポロンの親子みたいにな。
これは、とあるVRMMOの物語。
語る言葉は今はなく、ただ移ろう時を待とう。
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