五限。体育
1.チュートリアル空間
命の火が燃えている。
しかし加護の対象は俺たちではない。プレイヤーの生命力を奪い取った【NAi】だけが赤い輝きを従え、狂ったように笑っている。
女神の降臨、か。
女神の加護に二段階目があることは予想していた。その効果も……。検証チームの予想はズバリ的中したことになる。
チュートリアル空間は【NAi】のプライベートルームだ。プレイヤーはゲームを始めた時、例外なくチュートリアル空間に放り込まれる。
つまりプレイヤーは【NAi】の私物であり、エネルギーの供給源なのだ。
女神の加護は、【NAi】の復活を目的に俺たちに植え付けられたスキルだった……。
いつかはこんな日がやって来ると分かっていた。心の準備はとうに済ませてある。
気に掛かるのは【NAi】のジョブだ。ディープロウ。何だそれは? 儀仗兵が出てくるくらいだから造語の類いは用いられないと推測していたのだが……。いや、俺が知らないだけかもしれない。先生なら……。
俺は学問を司る神をゴミの中から探す。おっと早くも新人の群れに囲まれているようだ。チワワどもめ。ゲームを始めるなり、いきなりイベントに巻き込まれて先生に救いを求めたか。邪魔臭い連中だ。
むっ。あれは? チワワどもを先導しているのは、いつぞやの可愛くないチワワであった。あの野郎……! やはりあの時に殺しておくべきだったか……!
可愛くないチワワは【刺しビン】との戦闘に巻き込まれて命を落としたチワワを抱きかかえておいおいと号泣している。
「こいつにだって夢や希望はあったんだ! ゲームを始めてっ、最初はどこに行こうとか、綺麗な女キャラと仲良くなりたいとか、ついさっきまで嬉しそうにもるもる鳴いてたのにっ……それなのに、こんな……! こんなのは人の死に方じゃありませんよ!」
バナージ!?
くそっ、汚ねーぞ! 先生がオタ芸に疎いからって飛び道具を使いやがって……!
だが、戦争は数だ。クソの役にも立たない新兵を使い物になるよう仕込む教導役は必須と言える。先生は適任だ。俺にも似たようなことはできるが、その後の人間らしい暮らしまでは保証してやれない。
「崖っぷち〜」
ん? この声はピエッタか? 俺はポチョに抱っこされて頬ずりされている。自由には動けない。
やはりピエッタだ。駆け寄ってきた似非ティナンが両手を差し出した。その手に綺麗に畳まれた服が乗っている。
「ん」
セーラー服だ。上にビン底メガネとリボンが乗っている。
……え? 何これ。いや、分かるよ。お前の言いたいことは分かる。確かに俺はマレと約束した。典型的な優等生になってやるよってハッキリ言った。そして、その様子はモッニカ女史にバッチリ撮影されてて放映された。そこまでは分かる。
けど、今? それ今じゃなきゃダメ?
「今を逃したら次があるかどうかなんて分からねーだろ。な? ポチョよ」
ポチョはコクリと頷いた。
お前、その適当に頷くのやめろ。元無口キャラよりよっぽど無口になってるじゃねーか。おい、待て。何をしようとしてる。
ポチョは俺が動けないのをいいことに俺の服を脱がそうとしてガインと見えない障壁に手を弾かれた。悔しげに唸る。
「特別な所有権……!」
分かった。分かりましたよ。着る着ないで揉めてる場合じゃねえんだ。着ますよ。着ればいいんでしょ。俺はピエッタの手からセーラー服を奪って素早く着替えた。女子が教室で体育着を脱ぐのと同じ要領で、セーラー服の下から普段着を引っこ抜く。ピエッタがちゃっちゃと俺の髪を三つ編みにしている間に戦況を確認する。
ゴミどもは【NAi】が気になって仕方ないようだが、構っている場合ではないというのが現状だ。サトゥ氏の母体、【刺しビン】は巨体に見合わない俊敏さで地を駆け回り両の大剣を振るう。無職ということで【スライドリード(速い)】は使えないようだが、それを補って余りあるパワーを持っている。
プッチョとムッチョは【NAi】の登場に戸惑うばかりで、ぽかんとして棒立ちしている。
ログインしたプレイヤーは端からチュートリアル空間に送り込まれているようだ。転送されるなり運悪く【刺しビン】の剣のサビになるヤツも居る。
もはやラスボスとしか思えない【NAi】だが、かねてより味方のふりをしてきたので、騙されるアホも居る。もるもると鳴いて助力を請うアホに、【NAi】はニコリと微笑んだ。
アホの首が刎ねられた。プレイヤーの悲鳴が上がる。【NAi】の手には、いつの間にか大剣が握られている。気味の悪い剣だ。刀身に葉脈に似た線が走っている。
プッチョとムッチョがギョッとした。
「お前っ、それは……!」
二人の責めるような言葉を、【NAi】は無視した。
自壊したプレイヤーが赤い輝きとなって【NAi】を照らす命の火に合流した。火勢を増した命の煌めきを【NAi】が愛しそうに眺める。
「あはははははははははははは!」
狂ってやがる。もうあの女はダメだ。殺すしかない。
ここで俺の三つ編みが完成。ビン底メガネを掛けて立ち上がる。少しふらつくが、マナは多少マシになってきた。だが走れるほどじゃない。俺はポチョに抱っこして貰った。
【刺しビン】がゴミどもを蹴散らして前に出る。標的は【NAi】だ。おそらくは厄介なプレイヤーを優先して始末するよう命じられている。
【NAi】と【刺しビン】の戦いが始まる。
可笑しくて堪らないというように【NAi】が笑いながら大剣を振るう。ただの剣じゃない。葉脈に見えたものは継ぎ目だった。分解した刀身が【刺しビン】のそれに匹敵するほどの巨大な刃を形成した。これを【刺しビン】は左の剣で押さえ込み、右の剣でカウンターを放つ。ひらりと躱した【NAi】が【刺しビン】を指差した。赤い唇が綻ぶ。
「【四ツ落下】」
【刺しビン】の動きが鈍る。マールマールの超重力か? 【NAi】が中指を立てた。
「二段階目」
加重が増す。しかし【刺しビン】は止まらない。左腕に力を込めて【NAi】を押し切ろうとする。体格差は覆らない。鍔迫り合いなら【刺しビン】に分がある。しかし【NAi】は剣を引き、小指を立てた。
「三段階目」
【刺しビン】の巨体が吹き飛び、四肢を床に縫い付けられた。雄々しく吠えるが、びくともしない。まるで鎖に繋がれた猛獣だ。
……三段階目だと? 俺は息を呑んだ。
魔法やスキルには二段階目がある。更にその上があるというのは予想していたことではある。実際にマールマールは重力の衣という応用技を使っていた。
だが、それは種族人間に使えるものなのか? 魔力はどこから持って来た?
【NAi】が手に持ってる剣……。あれは、いつクラフトした? 魔石を取り出した様子すらなかった。
魔石なしでクラフト技能を発動する。それは、ョ%レ氏ですらやらなかったことだ。
【刺しビン】を下した【NAi】が大剣を元の形に戻して俺たちを見る。言った。
「私は、あなたたちが辿り着けるかもしれない可能性の一つでした。が、その可能性は既に潰えました」
プッチョとムッチョが咆哮を上げた。
スーツを突き破って触手が伸びる。薄い紫色のタコ足。ョ%レ氏と同じそれ。
アナウンスが走る。
【GunS Guilds Online】
同一マップでレイド級との連戦を達成した時、レイド級の言葉は翻訳され俺たちに伝わる仕組みになっている。
この場合は【刺しビン】の述懐ということになる。
【高アクティブ限定 レベル10↑ ウィザード優遇 クランニ貢献デキル メンバー募集中……】
サトゥ氏。お前というやつは……。
命の火が燃える。
Aaaaaaaaaaaaaaaaaa
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【♭%】【プッチョ】【Level-2002】
【♭%】【ムッチョ】【Level-2002】
うっ……! 俺は胸中で呻いた。レベル2002……。ョ%レ氏の半分以下か。しかも微妙に生々しい数字だ。2000越えるまではがんばりましたみたいな……。
タコの化け物と化したプッチョとムッチョが跳躍した。【NAi】の眼前に地響きを立てて降り立つ。
【調子に乗るなよ、AIの分際で】
【ひねり潰してやる……!】
俺はポチョの剣を借りて自害した。即座に復活してプッチョとムッチョの横に並ぶ。
「加勢するぜ」
【ペタタマぁ……!】
へっ。はしゃぐなよ。まだ勝ったと決まった訳じゃねえ。そうさ、喜ぶにはまだ早い。
俺は奇声を上げて【NAi】に殴り掛かった。
俺たちの戦いはこれからだ……!
これは、とあるVRMMOの物語。
クズとクズが響き合う。
GunS Guilds Online