ココロのカタチ
1.ギスギス学園-職員室
意表を突いたつもりだったが、冷静で居られなかったのは俺も同じか。
殺到する魔槍をプッチョとムッチョは残らず叩き折った。すっかり忘れていたが、コイツらは強いのだ。少なくともムッチョはサトゥ氏と互角の力量を持っている。
しかしさっさと使ってしまったが、ョ%レ氏から産出された魔石はとんでもない代物であったらしい。叩き折られた魔槍は【戒律】にダメージを負ってか、ロケットみたいに吹っ飛んで職員室の壁に半ばまで埋まった。幾つかは貫通したようだ。壁に大きな亀裂が走り、それ相応の轟音も伴う。家の前で道路工事してるくらいの音はした。
マナが枯渇した俺は膝から床に崩れ落ち、ムッチョに首を掴まれた。
「ペタタマぁ! 何を血迷いやがった……!」
分かんねえか。分かんねえだろうなぁ。
杖を下段に構えた先生が摺り足でにじり寄る。先生。俺は懇願するように声を上げ、先生をじっと見つめる。
「…………」
先生が構えを解いた。俺と黒服二人がお互いにまったく知らない仲ではないことを察してくれたようだ。俺はグラサンコンビに視線を戻した。せめてコイツらに先生の十分の一くらいの思慮深さがあればなぁ。俺は胸中で嘆息した。
ョ%レ氏はしばらく動けねえって話だったか。けどよ、マレをウサギ小屋なんぞに押し込んで、後でまたブン殴られるのは目に見えてるじゃねえか。いや、そこまで頭を回してる余裕がねえのか。徒党を組むと種族人間は際限なくアホになる。コイツらも同じだ。マレが憎いんだろう。それは、多分嫉妬だ。
そこは、俺が立ち入るべき問題じゃないんだろうな。だから俺が言うべきことは別のこと。
「マレと、約束しててな……」
ちっ、ゴツい指しやがって。首を締めんじゃねえよ。話しにくくて敵わねえ。
「約束だ!?」
バカ二人は怒り心頭といった様子で声を荒げる。まぁそりゃそうか。
お前らは……。そうか、あん時ゃお前らはまだ居なかったな。漫画読む暇があるなら関連動画くらいチェックしとけよと思わなくもないが。
まぁいい。簡単に言うとな、先生をウサギ小屋から解放してくれたら代わりに俺はマレの味方をするって話になってるんだよ。
「はぁ? 何言ってやがる。Goatを解放したのはそこの女じゃねえぞ」
レ氏の手柄だって言うんだろ? けど、そうじゃねえんだ。
レ氏が俺らに要求したのはマレの身の安全だよ。レ氏は頭がキレる。俺なんかよりずっとな。その手の選択ミスをヤツは一切しない。
分かるか。身の安全だ。お前らを護衛に付けてそれでおしまいって話じゃねえんだ。あの時、レ氏はマレのミスを認めなかった。俺らも事細かに追求しなかった。手落ちはなかったと合意した形になる。
ならマレの手柄さ。俺はレ氏のこと嫌いだしな。だから結局は……俺の流儀ってコトだ。
「気に入らねえ! お前はそこの女の肩を持つってことかよ!?」
そういうことだ。
「気に入らねえ! 気に入らねえぞ!」
そうかい。そうだろうな。よう、プッチョ。お前も同じ意見か?
「当たり前だっ、クソ野郎! せっかく……! せっかく俺らがよ! お前に目ぇ掛けてやってたのに! 何なんだよ! ペタタマぁ!」
ガキみてえなこと言うなよ。なあ、頼むから泣かないでくれよな? どうしたらいいか分かんなくなるぜ……。
「泣くかよ! お前はっ……!」
おっとゴミどもが駆けつけてきたぜ。
ちっ、マズいな。口で丸め込む自信はあったんだが……。やっぱり避けられねえか。衝突は。今回ばっかりは俺のミスだ。
「コタタマ氏っ……!」
サトゥ氏も来たか。くそっ、厄介なやつが。俺を心配しているようで、キッチリと状況把握に思考を割いてる。ウサギ小屋のほうを二度見しやがった。
プッチョがニヤリと笑った。
「ペタタマぁ。お仲間が来てくれたみたいだな? 良かったじゃねえか」
ほう。何か悪いことを思い付いたみてえだな? いいだろう。言ってみな。
「へっ、口の減らねえ野郎だ。言ってやるよ。ペタタマ。お前はこっち側だ」
誰が宇宙人だ。俺ぁ生まれも育ちも地球だよ。小さい頃に頭をぶつけて大人しくなったとか実は尻尾が生えてたけど神様に切って貰ったとかそんなエピソードは一切ねえよ。
「そうじゃねえ。ペタタマ。お前のお友達は随分と才能にあふれてるんだナ? 人間の中じゃ最上位に近いんじゃねえかってヤツもちらほら混ざってるぜ?」
ああ、才能の話かよ。確かにな。もっとも、そいつらは先生という眩しすぎる光に惹かれて群がってきた連中だ。
「そうかもな。だけどよ、お前はそうでもなさそうだ。お前の身内とやらは、そりゃあ立派なもんだぜ? 俺らには分かるんだよ。スキルが見えるからな」
スキル? アビリティのことか?
「そうだよ。お前らがどう呼ぼうと勝手だが、そのアビリティとやらの正体はスキルなのさ。お前らのその身体は、レイド級と無関係じゃねえからな」
……固有魔法だって言いたいのか? レイド級と同じ……。
「正解。そう、まったく同じものなんだよ。にしちゃあ、ちっぽけなもんだろ? それが才能の違いだ。お前らはレイド級の足元にも及ばねえ。が……まぁそれは仕方ねえさ。仕方ねえ」
スキルが見えるって言ったな。ひょっとして俺にも何かアビリティが生えてるのか?
「おお。完全じゃねえがな。仕上がりつつある。どんなスキルなんだろうな? 楽しみだろ?」
話の流れからいって大したものじゃなさそうだが、ひとまず俺はプッチョに合わせてやった。
スゲー楽しみ。
プッチョとムッチョはニヤニヤしている。
「だろ? だよな。期待していいぜ。序盤に生えるスキルは十中八九が戦闘型だ。注目度、つまり他人の見る目が関わってる。でもな〜。お前の場合はな〜」
何だよ。焦らすなよ。言えって。
「そうか? じゃあ言うけどよ……」
プッチョとムッチョは顔を見合わせてクスクスと笑う。そして、口を揃えて俺のアビリティちゃんを発表した。
「残念でした! お前は例外パターンだ! 凶運、悲運、不運のハードラック! おかしなことやったろ! レアでも何でもねえ!」
ハードラック? 具体的には?
「サイコロの目が増えるようなもんだ! マイナスとプラス両方のな。六面体ならゼロの目と七の目が追加される。それだけだよ。くっだらねえスキルだ!」
くそっ、全然ぴんと来ねえ。プラマイゼロってことでいいのか?
「だから言ったろ! ペタタマぁ! お前は俺らと同じなんだよ! 落ち零れなんだよ! なのに、どうして俺らを裏切るんだよ!? 仲間じゃねえか!」
ちっ、うるせえな。喚くなよ。
俺は素早く計算した。チャンスだ。サトゥ氏に動きは見られない。ゴミどもがどんどん集まっているようだが、連中の意思決定権を握ってるのはサトゥ氏だ。言ってみればパブロフの犬。過去のイベントで条件反射を仕込まれてる。
貴重な情報を頼まれもしないのにぺらぺらと喋ってるバカ二人に、サトゥ氏は喋らせるだけ喋らせるつもりだ。
俺は口が回る。バカ二人を説得する自信がある。
「あっ」
あ? ウサギ小屋のマレが素っ頓狂な声を上げた。
「ナイ! やめなさい!」
俺はギョッとした。
手だ。無数の手が俺を床に引きずり込もうとしている。これは……アットムの……。
バカ二人が悲鳴を上げた。
「何だ!? 何だよ!? 離せよ!」
プッチョムッチョ! くそっ、ふざけた名前しやがって。ちっとも緊迫感が湧かねえじゃねえか。
「コタタマ!」
先生が駆け寄ってくる。ダメだ。この手からは逃げ切れない。数が多すぎる。
サトゥ氏は……。おう、蝋人形みたいになってる。サトゥ氏だけじゃない。ゴミどもは一律、彼岸に旅立ってしまったようだ。ぼーっと突っ立ったまま、されるがままに【手】に引っ張られて床に沈んでいく。
くそっ、【NAi】の仕業か。プレイヤーで俺と先生が例外なんだ。先生はともかく、なんで俺までVIP扱いなんだよ。あ、いかん。意識が遠のく。
俺は【手】に引きずり込まれて床にとぷんと沈んだ。
2.チュートリアル空間
だだっ広い空間に出た。
ぽいっと放り捨てられた俺は、辺りを見渡す。ここは……。身体を探られる感覚。チュートリアル空間だ。またかよ。
おっ、バカ二人を発見。プッチョとムッチョだ。何やら呆然としている。
おい、どうした。間抜け面を晒して。
「……何だよ、これ。何で、俺たちが」
ん? 何でって、知らねえのか? そんなことねえだろ。チュートリアル空間ってのは、要は【NAi】のプライベートルームなんだろ?
しかしバカ二人は俺の話を聞いちゃいなかった。半狂乱になって喚く。
「何なんだよ、これは!?」
おっと、この反応。どうやらあり得ないことらしいな。【NAi】め。やはりラスボスだったか。ついに対決の時か?
ゴミどもが続々と落っこちてくる。ほうほう。なるほどね。こういう仕組みだったのか。
さてさて。【NAi】はどこかな? ラスボスめ。どこにいる?
だが、【NAi】はいつまで待っても姿を現さなかった。
……ええ? どうしたらいいの、これ?
まぁいい。居ないなら居ないで……。俺はグラサン二人に目を向けて、ギクリとした。
マレも【NAi】も居ない。ただ、プッチョとムッチョが居る。
黒服二人もこちらを見た。目が合ってハッとする。
「そういう、ことなのかよ」
ま、まぁ待てよ。そうと決まった訳じゃねえだろ?
だが、答えは明白だった。
プッチョは種族人間に備わるアビリティの正体がスキルだと言った。
俺が自分たちと同じ落ち零れだとも言った。
つまり、このバカ二人も何らかのスキルを持っているのだ。
種族人間の魔法は、レイド級ボスモンスターを倒すことで解放される。
プッチョとムッチョは。
【NAi】に切り捨てられたのだ。
それは、マレをウサギ小屋に押し込んだ二人への罰だった。
そしてプレイヤーには、この二人を見逃す理由がなかった。
くそっ、舐めやがって。俺は認めねえぞ。
種族人間は愛に生きるんだ。分かり合えるさ。きっと。だろ? ポチョよ!
トコトコと寄ってきた元騎士キャラがコクリと頷いた。よしよし。
だが、肝心のプッチョとムッチョはそうは考えなかったようだ。何なんだよ。似たような名前しやがって。
「舐めるなよ。下等種族が……! 俺をっ、この俺たちをお前らごときが!」
おい。何してる。やめろ。
バカ二人が片手を伸ばして何かやっている。不自然に走った血管が複雑に絡み合い紋様を描いていく。
【GunS Guilds Online】【Loading……】
死出の門が咲いた。
門が内側からこじ開けられていく。
引き戻そうとする無数の手を振り切って、巨人が這い出てきた。
いびつな姿。痩せ細った鋼の身体。左右で長さが異なる腕。その先に一本ずつ大きな剣を持っている。背中にブッ刺さっている空のビン。えらく猫背だ。
左半身だけを鎧で固めているように見える。フレームが剥き出しになっている右半身が痛々しい。
半分だけ剥き出しになった歯列から寒々しい呼気が漏れる。巨人の目が青白く発光した。
アナウンスが走る。
【警告……】
【レイド級????出現】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級????の討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【無職】【???】【Level-1022】
…………。
俺は振り返ってサトゥ氏を見た。
ゴミどもが俺に倣った。一斉にサトゥ氏を見る。
サトゥ氏は見るに耐えないとばかりに顔面を両手で覆っている。
すぐに気を取り直して、剣の柄に手を掛ける。一気に引き抜き、見栄を切った。
「ッ……モンスター!」
いや、カッコ付けてもダメだよ。
あれは完全にお前の真の姿だろ。空のペットボトルなんざ背中にブッ刺しやがって。何のつもりだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
死を乗り越えた先に眠るもの。それは人の業と言うべきものなのか。それとも……。
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