ダメ人間の盛り合わせ
1.クランハウス-居間
ヒグマの体長は最大で3メートルに迫ることもあるという。
現存する陸上動物では間違いなくトップクラスのエリート戦士だ。
種族人間をコテンパンにやっつけたからと図に乗られては困る。人間などしょせんは前座に過ぎんよ。
俺は地球人だ。
地球号の乗船員もやれるんだということを示したい。
「えー? ガンツの和泉みたいなこと言い始めた……」
スズキは漫画に詳しい。漫画の話を振ると大抵のことは答えてくれる。
ガンツか。分かるよ。俺、ガンツメンバーだったら大阪編で舐めプしてぬらりひょんに瞬殺される自信あるもん。
「コタタマはそれ以前にスーツがダサいとか言って着なさそう……」
いや着るでしょ。あれは着るよ。どう考えても異常事態だし何か知ってる感じのヤツが着ろって言ったら普通に俺は着る。まぁ文句は言うだろうけど。
赤カブトは大人しくしている。スズキに牙を剥くつもりはなさそうだ。スズキが赤カブトの毛皮をぺたぺたと撫でる。
「この子、どこから来たのかなー? キミ、飼い主さんとはぐれたの?」
ただでさえ小さい半端ロリが赤カブトさんと並ぶと、まるで小人だ。有力な比較対象を得たことで劣化ティナンが上位種へと近付いたように思える。だが、それは錯覚に過ぎない。劣るもの、優れしもの。生まれながらに定められし優劣は、いかなる時も淡く、しかしはっきりとスズキを貶める。本人は特に気にしてなさそうだが。それが強がりではないと保証してくれるものは何もない。
スズキは、ウチの丸太小屋に乗り込んできたヒグマをテイマーの召喚獣だと思っているようだ。気安く撫で回しているのは、これがゲームだからだろう。あるいは襲い掛かられても対処する自信があるのか。普段パーティーを組んでいるポチョのほうがよほど危険性が高いと見ているのかもしれない。最近、段々遠慮がなくなってきたと話には聞いている。俺はもう怖くてウチの三人娘とだけは一緒にパーティーを組みたくない。
赤カブトはスズキの勘違いに乗っかるつもりのようだ。リアル熊が動物園でよくやるように床にぺたりと座って前足を垂れる。
けど、赤カブト。お前はそれでいいのか? 俺は胸中で語り掛けた。スズキは決してバカじゃない……。特別口が固いとは思えない赤カブトがリアルを一切匂わせないことに疑問を抱いている筈だ。隠し事ってのは何かを隠していると思われたら負けなんだよ。疑念はいつしか不信へと姿を変えるだろう。
赤カブトよ。お前が言いたくないってーならそれもいいさ。俺はお前の意見を尊重するぜ。他ならぬお前自身のことなんだからな。
けどよ、転ばぬ先の杖って言うだろ。保険は必要だ。お前は感情的になると後先を考えなくなるからな。
スズキは赤カブトの正体を疑っている。ならば俺は、何か言えない事情があるんだと暗に仄めかしてやればいい。そうすれば、人の機微に聡い元無口キャラのことだ。悪い想像は働かせにくくなるだろう。
俺は意を決して口を開いた。まずは世間話から。
「そういえば、猟兵になるっていう話はどうなったんだ?」
軽いジャブのつもりだったのだが、スズキは目に見えて動揺した。
「べ、別に? まぁいいかなーって。うん。ほら、猟兵になると帰りがキツいし」
猟兵の【戒律】は装備重量制限と食事制限だ。身軽さを保てないものに猟兵の資格はないということだろう。
重量制限は何気に面倒臭い【戒律】で、ドロップ品を目一杯持てなくなる。つまり狩りを途中で切り上げることになる。魔石ならともかく、三人組で狩りなんてやってたら他のパーティーに襲撃を受けることもあるだろう。うまい具合に返り討ちにしたなら装備品を剥ぎ取るボーナスチャンスだ。武器なんかは嵩張るが、売り払えばちょっとした小遣い稼ぎになる。
基本職の狩人は【戒律】がないため、マントを風呂敷代わりにして持ち歩けばリスキルが捗る。悪を成敗し、かつ財布が膨れるという鉄板のヒーロー業務だ。正義の味方を生業とする連中がハイエナのように群がってくることもある。
そいつらをまとめて皆殺しにすることも視野に入れると、やはり重量制限が掛かるのは厳しい。
スズキは挙動不審だ。目が泳いでいる。物の本によれば視線をあちこちに遣るのは解決策を探るためであり、解決するべき問題があることを示しめている。
……まぁいい。俺はプライベートには干渉しない。それとなく赤カブトの分厚い手のひらをひっくり返して肉球をチェックする。
くくくっ……。スズキが見ている前で赤カブトと意思を疎通するのは難しい。だから書く……! 手のひらに文字を……!
赤カブトがあんぐりと口を開けた。鋭いと言うより太い犬歯がギラリと光る。
あ?
いや、そうだったな。赤カブトには噛み癖がある。おそらくは赤カブトなりの甘え方なのだろう。仕方のないやつだ。
赤カブトが俺の首筋にかぷりと牙を突き立てる。床を引きずり回されて首の骨をへし折られた俺はダッシュで死に戻りして、居間にダイブした。短時間に連続してデスペナを食らったことで少しハイになってきた。ころりと一回転してシュパッと立ち上がる。
再開だ……!
スズキは床に寝っ転がった赤カブトのお腹を撫でている。
「コタタマって動物ダメだよね」
そいつは聞き捨てならねえな。
俺は俯いて口元に浮かんだ笑みを押し隠した。ズパッと歩を進め、一直線に赤カブトへと向かう。ぴくっと反応した赤カブトが立ち上がって太い両腕を重たげに持ち上げる。ふん、はしゃぎやがって。そんなに俺を殺したいのかよ?
赤カブト……。お前が熊に化けたのは、この俺に対するメッセージかよ? 人間とは違う……。そう言いてえのか? 俺は両手をポケットに突っ込んだ。反撃するつもりはない。首を晒して前へ進む。
その時、不意に俺の頬を熱い感触が伝った。血? いや、違う。俺は頬を指で拭って唖然とした。涙……。俺は悲しいのか? これは……何の涙なんだ? 分からない。答えなどありはしないのかもしれない。だが、それが人間だ。赤カブト、お前だって仲間を思って泣いたじゃねえか。それが答えじゃいけねえのか?
赤カブトが前足を振りかぶる。だが、赤カブトの爪が俺に届くことはなかった。割り込んだ人影が赤カブトの前足を掴んで止める。
黒服……。ヒョロいのだ。
もう一人の黒服、ゴツいのが居間に入ってくる。
「フフ……! 居た居た……!」
ゴツいのは赤カブトをひょいと両手で抱えて高い高いした。
「ハァーッハッハ!」
な、何だ?
ヒョロいのが俺の肩にぽんと手を置いた。
「すまんな。アイツは動物好きなんだ」
……動物好きに悪いヤツは居ないという。なら俺だって。俺だって好きだよっ、動物!
うおおおっ! 俺は雄叫びを上げて赤カブトにガッと抱きついた。赤カブトがハンマーみたいな前足を振り下ろす。一撃で背骨をへし折られた俺は、ダッシュで死に戻りして黒服の二人を問い質すのであった。
どういうことだ!?
ゴツいのがニヤリと笑う。
「ペタタマだったか? お前、見所あるぜ」
ちっ、三下が。お前の見る目なんざ当てになるかよ。
それで? お前ら何しに来た。
「暇なんだよ。やることがねえ」
ヒョロいのが補足する。
「俺らの仕事はあの女の護衛だろ? だが、普段あの女はナイとかいうAIと一緒に居るんだよ。護衛もクソもねえ。他に誰も来ねえし」
いや、護衛なら他にやるべきことは山ほどありそうなもんだが。脅威待ちかよ。つまるところ、コイツらやる気がないんだ。
ゴツいのは赤カブトとじゃれ合っている。まるで子熊が兄弟とプロレスごっこしてるみたいだ。
そしてヒョロいのはサングラス越しに俺をじっと見つめている。俺は他人に見下されるのが嫌いだ。縮めよ。
ヒョロいのはあごをさすった。
「いいねぇ。仕上がりつつある」
あ? 何だってんだよ。
俺はヒョロいのに指を突き付けた。
やい。黒服。【目口】をこっち側に引きずり出したのはお前らか? 何であんなことした?
「【目口】? ああ、レプリカのことか。そうだ。俺らだよ。社命でな。元々そういう話だったのさ」
ヒョロいのはあっさりと認めた。守秘義務とかないのか?
しかし社命ね。それ、レ氏は承諾してんのか? お前らがマレを放ったらかしにしてブラブラしてるのも含めての話な。
「承諾も何もあの人はしばらく動けねえよ。お前らに血を見せたからな」
血ぃ?
「禁止されてんだ。遺伝情報の漏出は。やむを得ずってなら話は分かるが、そうじゃなかったからな」
……先生救出大作戦の折、ョ%レ氏はサトゥ氏の剣を手で受け止めて出血した。それはサトゥ氏の力を確かめる意味もあったのだろう。
「お前らも少しは分かるだろ。改造は難しいが、コピーを作るのは簡単だ。まぁお前らには無理だろうが、決まりってのは雑魚を基準にしても仕方ねえからな」
ほう。言ってくれるじゃねえか。俺らが雑魚だと?
「気にすんな。こればっかりは生まれつきの問題だ。つーか日本ってのは地球じゃ裕福な国なんだろ? たまたまそこに生まれたお前が俺に噛み付くなよ。知らねーって」
ヒョロいのはポケットに両手を突っ込んでニヤニヤしている。
何なんだ、コイツは。無性にイラつく。
だが、ウチの半端ロリは俺とは異なる見解をお持ちのようだ。悩ましげに両頬を手で挟んで興味津々といった面持ちで俺たちの遣り取りを凝視している。
「ダメ人間の盛り合わせ……!」
それ俺は含まれてないよね?
スズキはダメだ。使い物にならねえ。
まぁ座りなよ、客人。いつまでも突っ立ってても仕方ねえ。俺とヒョロいのはソファに腰を下ろして背もたれに両腕を垂らした。
いそいそとキッチンに引っ込んだスズキがキンキンに冷えた缶ビールを持ってきた。
ええ? 真っ昼間から麦? まぁ飲むけど。ぐびっ。
ヒョロいのも飲んだ。ぐびぐびっ。
お、いい飲みっぷりじゃねえか。おい、スズキ。つまみだ。つまみをお出ししてっ。
「はい、ただいま〜」
くくくっ……。酒は人の理性を溶かす。黒服も種族人間の姿をしている以上、アルコールは有効だろう。洗いざらい吐いて貰うぜ。
乾杯〜。
俺とヒョロいのはぐびぐびと缶ビールを開けていく。途中からゴツいのも混ざり、宴会の様相を呈してきた。
俺は段々楽しくなってきた。
よぉ。お前ら名前はなんてーの?
「俺はプッチョ。こっちのゴツいのはムッチョだ」
あん? %じゃねえのか?
「パーセント? いや、パーセントじゃねえよ。%だろ」
知らねえよ。紙面とかだとレ氏は『ョ%レ氏』って表記されるんだよ。
「そりゃ音が近いってことじゃねえ。まんまだ。図だよ。お前ら日本人の、あれだ、漢字に近い。まぁ俺らは構わねえが。変なプライドとか持ってねえから」
はぁ……。宇宙人にも色々とあんのね。
「ぶっちゃけた話な、俺らは落ち零れさ。%ってのは特別な称号でな。落ち零れに名乗らせるもんじゃねえんだと」
けどよ、マレはお前らのこと%って言ってたぜ。
「あの女のことまで俺が知るかよ。種族名か何かだと思ってるんじゃねえか?」
ああ、そうかもな。レ氏ってマレのこと可愛がってはいるんだろうけど、肝心なことまでは教えてなさそうなイメージだわ。
「そこよ」
ヒョロいのは缶ビールを持った手でおざなりに俺を指差した。
「気に入らねえ。どうしてあの人……ョ%レ氏はあの女を重用してんだ? ペタタマ。お前、何か知ってるか?」
んあー? そんなのググれよ。ググれば出るだろ。
まぁ、あれだ。マレはレ氏の娘みたいなもんだよ。イチから培養して育てたんだ。情の一つや二つは湧くだろ。
「そんなキャラじゃねーだろ……。くそっ、何があったんだよ……」
何だよ、プッチョ。イヤに拘るな? お前……。いや、やめとこう。少しばかり酔いが回ってきたようだ。クールに行こう。
【状態異常】【酩酊】
俺は、のそのそと寄ってきた赤カブトにガッと抱きついた。赤カブト〜!
俺はお前のこと可愛いと思ってるぞ! 確かに地味だがっ。【NAi】とかマレとかと比べたらよ〜。確かにお前が何で?ってなるのは分かる。分かるよ。けどな、ビジュアルが全てじゃねーぞ! 女は愛嬌って昔から言われてんだ。男は度胸ってな。何でだよ! 死ねってのか! 安全に生きて何が悪いってんだよ〜!
おいおいと号泣する俺の背をスズキがヨシヨシと撫でる。
「コタタマ、コタタマ。それジャムじゃないよ。また殺されちゃうから。ね?」
いやだ! コイツは俺の赤カブトだ! 手放すもんか!
「えっ……」
おっと買い物袋を手に持った赤カブトが廊下に立っている。その手からするりと買い物袋が滑り落ち、ドサッと廊下に落ちる。
「それ、どういう……」
赤カブトが……二人?
ど、どっちが本物なんだ?
俺は二人の赤カブトに挟まれておろおろした。
【状態異常】【酩酊】
むっとした赤カブト二号が、ずかずかと居間に踏み込んできて俺を一号から引き剥がした。
「ペタさんを殺していいのは私だけなんだから!」
一人ハーレム……! 一方、俺は新たな境地に達しようとしていた。
赤カブトが二人。それが何だ。むしろ俺は歓迎するべきなんじゃないか?
二号は俺の首筋に顔を埋め、ふんふんと鼻を鳴らしている。
「血の匂いがする……。何回? ペタさん。何回なの?」
えっ。何の話?
スズキさんが割って入ってくれた。
「じ、ジャム。動物だから。動物だから、そういうのは別に。ね?」
「やだ!」
赤カブト二号は俺を振り回してスズキさんから遠ざけた。
黒服の二人がガタッと席を立つ。
「お前……」
赤カブトさんがギロリと二人を睨んだ。
「下がれ」
「あ、はい」
黒服の二人は座り直した。
ええ? ヘタレにも程があんだろ。エイリアンならもうちょっと粘れよ。俺らが子供の頃に夢見たエイリアンは、もっと傲慢で、キラキラしてて……。凄い科学力を持ってて……。けど、何故か地球人と仲良くしてくれるんだ。
ジャムー!
俺は吠えた。
「な、なに?」
久しぶりに思い出したよ。童心ってやつをな。いい夢を見せて貰った。
でも、もういいんだ。どんなに優れた科学文明があろうと、俺は地球を離れるつもりはない。
スマホ圏外だろうからな。
ようやく分かったよ。大人になるっていうのはそういうことなんだ。
「あっ。この人、酔ってる! スズキさん!?」
「し、知らなーい」
親鳥が雛にエサを与えるように俺たちに麦を支給し続けたスズキがしらばっくれた。
その隙に俺は赤カブトのヘッドロックを脱してソファに舞い戻る。
缶ビールを掴んで高々と天に掲げる。
黒服二人も俺に合わせる。サングラスを押し上げてニヤリ。
こ、これはもしや夢にまで見た……。
俺の缶ビールに、プッチョ。そしてムッチョの缶ビールがそっと触れる。
E.T.
テーブルの上に散乱したつまみが、まるで月明かりのように俺たちを優しく見守ってくれていた……。
これは、とあるVRMMOの物語。
働きなさい。
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