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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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招かざる熊

 1.【敗残兵】前線基地-コタタマルーム


 色々と考えたのだが、俺と【目口】の関係を現代機器に例えるのは難しいようだ。

 電話の親機と子機。パソコンとスマホ。それらが近いと言えば近い。それらの発展系という感じだ。

【目口】の意識はずっとあの部屋にとどまっている訳ではない。普段は俺そのものだ。ただ、【目口】の身体そのものは勝手に動いて俺を目で追っている。強制執行に近いか。いや、おそらくは強制執行そのものだ。

 俺がプライベートルームとやらに足を踏み入れたことで、【目口】の意識は覚醒した。というより視点が【目口】に移り、【目口】として過ごした記憶が普通にあったので、あぁそうだったのかと思った。その程度だ。

 つまり今ここに居る俺は、ペタタマでもあり【目口】でもあるということになる。

【目口】のビジュアルは気に入らないが、ゆくゆくはプレーリードッグになるということであれば納得してやらないこともない。


 簡単に言うとこうだ。

 このゲームのプレイヤーは誰しもがプライベートルームとやらを持っており、そこに怪物を飼っている。

 キルペナがレッドゾーンに突入し、殺意の波動に目覚めた俺は【目口】と意識が繋がって一時的に力を引き出せるようになっていた。キルペナが落ち着いた今はもう無理みたいだが。

 俺と【目口】、どちらが本体ということはないのかもしれない。ただ【目口】の知識量が俺を上回っていたので【目口】寄りの話し方になった、ということなのだろう。

 なんか色々と余計なことを口走っていたが、ヤツは大したことを知らなかった。何のために生み出されたのか。この先一体どうなるのか。そういったことは依然として不明のままである。まぁそりゃそうか。生まれた時には既にあの部屋に居たのだから、何から何まで知っている訳がない。

 俺を通してこっち側を覗き見ることができたので俺よりも物知りだったという、それだけのことだ。全チャンネルを跨いで見える目、死出の門とプライベートルーム。あれだけの判断材料があれば俺だって同じ推測をする。


 女神の加護には限界がある。

 例えば俺が死ねば死ぬほど【目口】が消耗する。このペタタマさんの身体は【目口】から生まれているからだ。

 ただし膨大な力を持っているため、百回や千回くたばったところで枯渇したりはしない。失ったエネルギーに関してもペタタマさんの行動に応じて回復していく。補給したエネルギーが限界量を上回ることで起こる現象が、レベルアップだ。

 レベルは器の大きさということになる。

 大きいに越したことはないんだろうが、それが全てじゃないってことだな。いい勉強になった。


 つーか俺とアットムの扱いの違いは何なの? あっち側のアットムくん、ほとんど天使じゃん。いや、理屈は分かるよ。死出の門を管理させるならアットムは適任だ。アットムなら何があろうともティナンの命を奪うような真似はしないだろうさ。換えの利かない人材だ。多少の贔屓は仕方ない。けどさぁ。さすがに俺との格差がひどくない? あれだと、なんか俺だけ悪者みたいじゃんね。


「うーん……」


 カルテを眺めていたリチェットが足を組み替えた。豪快なスリットから艶かしく生脚が覗く。


「まぁいいか」


 リチェットは【敗残兵】救護班のトップだ。キルペナがヤバいことになった俺の主治医でもある。

 リチェットはボールペンを指で器用にくるくると回してカルテを閉じた。


「しばらく殺しは控えること。私個人としては、オマエはデサントに向いてないと思うんだけど……。一次職に戻る気はないんだろ?」


 俺は鍛冶屋だからな。本来、デスペナキルペナとは無縁なんだよ。今回はたまたまだ。


「たまたまでレッドゾーンに突入するのはおかしいだろ……。まぁサトゥとセブンは喜ぶかな。オマエがデサントを辞めると三次職の発見が遅れるかもしれない」


 あいつらは俺の身体だけが目当てだからな。

 なあ、リチェット。前にセブンがウチのスズキのクラスチェンジを手伝おうとしたんだが、あれはやっぱりそういうことなのか?


「そうだな。セブンはスズの才能を認めてる。検証チームの予想では、三次職以降は行動制限の【戒律】がデフォルトになるらしい。猟兵は多い方がいいってセブン言ってた」


 ……基本職から一足飛びで三次職にはなれないと考えてるのか。


「ん? ああ、そういうことなのか。なるほど。デサントは生産職からじゃないとクラスチェンジできないもんな」


 そういうことだ。

 リチェット。世話になったな。お礼と言っちゃ何だが、俺の見立てを伝えておく。

 現在判明している最上級職は君主と儀仗兵だよな。儀仗兵ってのは君主ありきだ。まず君主が立ち、兵の中から儀仗兵が選出される。逆はない。しょせんゲームだから絶対とは言わないが……。

 儀仗兵の行動制限。覇道の礎だったか。あれは、おそらく君主が居ないと成立しない。

 もしもの話だが。リチェット……。サトゥ氏が君主になったら殺せ。俺はサトゥ氏を敵に回したくない。


「消えゆく定め、か」


 そうだ。君主の【戒律】にはリジェネ破壊が含まれてる。負けを許されないジョブなんだろう。殺せば君主の職は剥奪される。俺はそう見てる。


「……そんなにヤバいのか、君主は」


 ヤバいよ。誰も救えない。君主の【戒律】の一つだ。行動制限どころか思考制限が掛かる恐れすらある。

 俺も今回の件でよく分かったよ。強制執行には抗えない。あれは精神力の強さなんて関係ない。

 迷うな。殺せ。お前がサトゥ氏を守りたいと願うなら。セブンには無理だ。あいつはサトゥ氏がどうなろうと付いていくだろう。


「わ、分かった。その時は……間違いなく私の手で、サトゥを」


 ……無理か。俺はリチェットを観察し、胸中で諦めの声を上げた。コイツにサトゥ氏は殺せない。どれほど決意を固めようと、サトゥ氏の言葉一つで翻意するだろう。やはり……。

 部屋のドアがガチャッと開いた。


「コタタマ氏。もう退院するって? 寂しくなるなぁ」


 サトゥ氏だ……。

 俺の退院は今決まったことだぞ……。どうして知ってる? リチェットの問診が長引いてることから予想したのだろう。予想が外れても別に損をすることはないと踏んだ。そんなところか。

 サトゥ氏……。やはりコイツは俺と同じ発想、同じレベルで物を考えている……。

 リチェットには任せられない。俺が殺るしかない。


「さ、サトゥか。ノックくらいしろよ」


 リチェットは動揺している。今まさに俺の殺害依頼を受諾したばかりだ。無理もない、が……。


「あー。コタタマはもう大丈夫。デサントは続けるってさ。一応、説得はしてみたんだけど。まぁ本人の意思が大事だから。それで……」


 疚しいことがあると人間は饒舌になる。

 ちっ……。まぁリチェットには最初から腹芸なんざ期待してない。俺は肩越しに振り返り、冗談めかして笑った。

 おいおい、サトゥ氏。退院だって? 人を病人みたいに言わないでくれよ。


「悪い悪い。冗談だよ」


 サトゥ氏もにっこりと笑った。しかし目がマジだ。ぎょろりと動いた目ん玉がリチェットの生脚を這い上がり、青白く発光した。俺のカルテが畳まれており、問診はとうに終わっていたことを記憶に刻み付けたのだろう。


「先生のところに帰るんだろ? 送って行くよ。今のお前は刺客に反撃できないからな」


 間を置いてリチェットを詰問するつもりか。

 俺と何を話していたかと問われれば、リチェットは誤魔化そうとするだろう。問診が長引いたとでも言えば、それこそサトゥ氏の術中という訳だ。

 ちっ、仕方ねえ。俺から言っておくか。


「ちょっと待ってくれ。サトゥ氏。今、丁度お前の話をしてたんだよ。【目口】の件で動いてくれてるんだろ?」


「そうなのか?」


 サトゥ氏はリチェットに話を振った。疑ってやがる。ここは多少強引でも俺が割り込むしかない。


「お前もご苦労なこったな。【目口】の機嫌を伺っても良いことなんかねえぞ。あいつは情報通でも何でもない」


 サトゥ氏はじっとリチェットを見つめている。リチェットは俺の言葉にうんうんと頷いている。

 サトゥ氏はようやく俺を見た。


「藁にも縋る思いさ。あいつが俺たちとは別の視点を持ってるのは確かだ。長い目で見るならパイプは維持しておきたい」


 そうかい。じゃあお前にとって俺がキルペナを稼ぐのは都合がいいってことになるのかな? また会えるかもな。ヤツに。


「そうかもな?」


 俺とサトゥ氏は歯列をギラつかせた。

 くくくっ……。そう来なくちゃな。俺は席を立ち、サトゥ氏の肩をぽんと叩いた。

 行こうぜ。送ってくれるんだろ?


「ああ」


 たとえサトゥ氏が何を企んでいようと、この男が近くに居ればそれだけで刺客を牽制できる。

 俺とサトゥ氏は仲むつまじく手を繋いで部屋を出た。

 俺たちを部屋の外まで見送ってくれたリチェットがぽつりと呟く。


「気持ち悪い関係だなぁ……」


 ともあれ、こうしてキルペナを克服した俺は無事に退院することができたのである。



 2.クランハウス-居間


 まぁリチェットの言う通りだ。峠は越えたとはいえ、キルペナが完全に解消された訳ではない。しばらくは家で安静にしていよう。

 要はこれまで通り、ゆるく、まったりとしたスローライフを送ればいいだけの話よ。

 俺は鍛冶屋だからな。草食動物さながら穏やかな暮らしを好む。

 無事に丸太小屋に帰還した俺は、これまでの遅れを取り戻すように経験値稼ぎに没頭した。

 手元に影が差して、ようやく目の前に誰かが立っていることに気が付いたくらいだ。

 誰だろう。俺は顔を上げて、びくっとした。

 デカい。2メートルは下らない長身と、がっしりした体躯。

 熊。ヒグマである。

 熊……。俺はハッとした。ジャム……なのか?

 ウチのくまさんはョ%レ氏の手で生み出されたAIだ。ビジュアルを変えるなんて朝飯前だろう。

 赤カブト……。俺の言葉を真に受けてランダムチェンジ萌えに挑戦してくれたのか。けど、そうじゃねえんだ。そうじゃねえんだよ……。どうして熊った? 俺が悪いのか? 確かに俺は具体的な説明をしなかった。AI娘に萌えだの何だの言っても通じないだろう。

 いや。本当に赤カブトか? リアル熊という可能性も……。

 ……試してみるか。俺は慎重に席を立ち、暫定赤カブトに片手を差し出す。そして頬をブッ叩かれて死んだ。

 俺を殺した。やはり赤カブトか。俺は動物に好かれるからな。マゴットんトコのペスさんはダメだったが、それはヤツが野生を失った飼い犬だからだろう。

 俺はダッシュで死に戻りして、居間をうろうろしてる赤カブトによじ登った。こらこら暴れるな。俺だよ俺。せっかくだから森の中でも散歩しようぜ。


「くま……」


 ハッ。しまった。スズキだ。スズキに見つかった。

 くそっ、マズい。この劣化ティナンは赤カブトの正体に勘付いているふしがある。新マップに挑んだ時も酔っぱらって姿を消した俺よりも赤カブトの身を案じていたし、その後もできる限り一緒に行動しているようだ。

 しかし赤カブトが俺以外に正体を打ち明けた様子は見られない。この件に関して、俺は赤カブトの味方で居ようと決めている。

 スズキはぽかんとしている。しかしバレるのは時間の問題だ。俺は赤カブトから飛び降りて弁解した。

 ま、待ってくれ。この熊は違うんだよ!


「えっ。これ昼ドラ展開なの?」


 どちらかと言えば火サスだ。

 俺は赤カブトと半端ロリに挟まれ、二者択一を迫られようとしている。

 俺は、赤カブトの味方をしてやりたい。だが、覚悟を決める時なのかもしれない。いつまでも隠しきれるものではないし、ずっと黙っていることが正しいとは思えない。

 しかし誰も彼もが先生や俺のように赤カブトを受け入れるとは限らないのだ。もしもスズキやポチョが拒絶反応を示したなら、赤カブトはとても傷付くだろう。友達だから言えないことってのも世の中にはある。

 俺がうまく橋渡ししてやるしかない。

 赤カブトがそっと俺の肩に分厚い手のひらを乗せる。赤カブト……。大丈夫だ。俺がお前を守ってやる。

 俺は赤カブトに丸かじりにされて死んだ。


「こ、コタタマー!」




 これは、とあるVRMMOの物語。

 殺されたから身内という判断に深い闇を見た。



 GunS Guilds Online


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