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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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 1.マールマール鉱山-【敗残兵】前線基地


 十年来の親友のように俺の肩をガッと掴んだサトゥ氏が基地の通路を練り歩く。


「コタタマ氏。よく俺を頼ってくれた。嬉しいよ。俺に全てを委ねてくれ。お前はキルペナを克服した初のプレイヤーになるだろう」


 サトゥ氏はニコニコとしながら指でサインをパパッと組み替えて自分に任せておけば安心であり何ら問題はないことを強調した。床に打ち捨てられて死んでいるセブンを跨いで先を急ぐ。

 つーか近いよ。近い。男にくっ付かれても何も嬉しくない。俺は身をよじって離れようとするが、びくともしない。凄まじい力だ。そして決して俺を手放しはしないという堅固な意思を感じる。

 俺は地下の個室に連れ込まれた。サトゥ氏が後ろ手にガチャリと鍵を掛けて俺に着席を勧める。


「まぁ座れよ。疲れたろう。飲み物は何がいい? あとで持って来させよう」


 お構いなく。それに飲み物は来ないさ。お前は今ここで死ぬんだからな。

 俺は手に斧を生やしてサトゥ氏に襲い掛かった。サトゥ氏の身体が左右に揺れて残像の尾を引く。俺の斧が空を切った。まただ。見えてはいたが身体が追いつかなかった。俺の背後に回ったサトゥ氏が感心したように言う。


「凄いな。プライベートルームから持って来れるのか。キルペナがカンストしたやつは過去にも何人か居たが、お前ほど馴染んだやつは見たことがない。違いは何だ? 【戒律】か? いいや、違うな。そうじゃない……」


 お前……。


「ん? ああ、今のは大したことじゃないよ。お前は目がいいからな。人間は動くものを見る時に移動先を見るんだ。それは条件反射的なものだから強く意識しないと抗えない。単純なトリックだろ?」


 違う。そのことじゃない。プライベートルームと言ったな。どうして知ってる?


「ああ、そのことか。ずっと前から知ってたよ。俺は、キルペナ食らって暴れ出したやつを何人か始末してるからな」


 ……それほど単純な問題ではない。メルメルメもそうだったが……。俺は内心で独りごちた。プライベートルームというのは運営側の呼称だ。あの部屋の住人はそんな呼び方をしない。情報源は誰だ?【NAi】か? いや、それはない。あの部屋は女神の加護の根源だ。あの部屋の存在を知られるのは【NAi】にとって都合が悪い筈。うっかり口を滑らすほど甘い女じゃない。

 なら、情報源はョ%レ氏か? それ以外にはない、か? いや……。


(俺は……コニャックさんを裏切れない!)


 メルメルメ……。プライベートルームとティナンに何の関係がある?

 いや、違うな。そうじゃない。女神の加護が生まれる前の話。チュートリアル空間のほうか。なるほど、そういうことか。ティナンの先祖は……【NAi】に会ったことがあるのか。その当時の【NAi】ならば、チュートリアル空間をプライベートルームと呼んでも不思議じゃない。原理は同じだからな。

 一部のティナンの伝承からメルメルメに情報が渡ったとすれば……。サトゥ氏がそれを知ってるのはメルメルメからの又聞きだ。

 メルメルメは今【目抜き梟】に匿われている……。つまりサトゥ氏は【目抜き梟】と裏で繋がってる。じゃあ大した情報は持ってないな。適当に話を合わせて俺に喋らせるつもりだったのか。

 ご苦労なこった。キルペナを食らったやつを何人か始末したことがある? だから何だ? 俺は鼻を鳴らしてソファに身体を沈めた。対面の席を指差してサトゥ氏に着席を勧める。

 まぁ座れよ。どうやらお前を殺すのは難しそうだ。何が聞きたい?

 サトゥ氏は堪らないというように笑った。


「見透かされたか。まぁコタタマ氏のことだ……。知らないふりをしても核心に迫る言葉は聞けなかっただろう……。仕方ない……」


 サトゥ氏はソファに腰掛け、ぐっと身を乗り出した。


「お前は【目口】か? 本物のコタタマ氏はどうなった……」


 俺は俺だよ。本物もクソもないさ。ただ、少しチャンネルが違う。

 こんな話を知ってるか? テレビ業界には絶対にやっちゃいけないコトってのがあってな。同じ時間帯の裏番組に出演するのはご法度なんだとさ。それと似てる。


「だが、お前は今ここに居る」


 先にルールを破ったアホが居るのさ。ろくにルールが分かってない癖に先走ったらしい。その所為でタガがゆるんだ。イレギュラーだよ。


「……黒服か?」


 さあな。それは俺にも分からん。マレかもしれないし、レ氏が予定を前倒しにしたのかもしれない。


「このゲームを作ったのはレ氏だ。ルールを把握してないってことはないだろう」


 GumS Gems Onlineだったか? それを作ったのはレ氏だな。だが、俺はそっちがメインじゃない。ガンズ何ちゃらのほうだ。


「意味が分からない。別ゲーなのか?」


 一部だよ。このゲームは、ガンズ何ちゃらの特別マップなんだ。言ってみれば、本編とは別に用意されたミニゲームだな。


「……詳しいんだな?」


 くくくっ……。俺は目がいいからな。チャンネルを跨いだ辻褄合わせを見てれば大抵の察しは付くさ。

 これはな、サトゥ氏。お前の手柄でもある。お前ほどの影響力を持つプレイヤーってのはそうは居ない。

 入場制限については知ってるんだろ? 同一マップに同時に入れるプレイヤーの人数はある程度決まってて、余剰人員は別のチャンネルに入る。

 だがレイド級はサーバーごとに一種一体が基本だ。あいつらはお前ら全員を同時に相手取り、なお勝ちきる。正真正銘の化け物だよ。

 つまりどういうことかと言うとだな。レイド級が別チャンネルで負ったダメージは全チャンネルを跨いで有効だが、エフェクトやグラフィックはチャンネルごとに異なる。しかし不思議と結果は収束して同じ着地点になるようだ。それが辻褄合わせ。何故とか聞かれても困るぜ? 俺は見たままを言ってるだけだ。


「同じ結果に、行き着く」


 そう。そういうことなんだよ。だからお前に話した。

 俺は俺だと言ったよな? チャンネルが違うとも言った。つまりだ。どうやら俺の結果がお前らの言う【目口】に当たるらしい。それじゃあ困るんだよ。

 分かるな? サトゥ氏……。いや、サトゥえもん。お前は、密命を帯びたドラえもんが過去に戻りのび太くんのFate(運命)を変えたように、俺をプレーリードッグにして貰う。どうにもビジュアルが気に入らないもんでね。


「無理だろ」


 即答するな。無理じゃない。ほんの些細なきっかけでいいんだ。運命に立ち向かえ。それが正しい未来だと信じて。

 頼んだぞ。俺から言えるのはそれだけだ。俺はお前らをいつも見守ってるからな。


「無理だろ。え、帰るのか? 例の、プライベートルームとやらに?」


 帰らないよ。しばらく居るよ。多分キルペナがレッドゾーンを割るまではとどまれる。あっ、無理かも。今ちょっとクラッと来た。いや、イケる。オンドレぁ! 俺はお迎えに上がった無数の手を斧で蹴散らした。くそっ、キルペナを上げねえと。いや、それじゃあ本末転倒なのか。結果が先に来ちまう。俺、禁断症状に耐えてがんばるわ。今お前のこと殺したくて仕方ないけど我慢するよ。


「我慢できるの?」


 できるよ。お前を殺す手段なんて他に幾らでもある。今は雌伏の時だ。けど、この部屋に雑魚は寄越すな。我慢する理由がなくなる。それじゃダメなんだ。

 俺はプレーリードッグになる!


「なれるかなぁ……?」


 信じる気持ち!


 俺改造計画の幕開けであった。

 


 2.【敗残兵】前線基地-面会室


 キルペナが解消されるまでの間、俺は【敗残兵】のお世話になることになった。

 少しでもプレーリードッグに近付くために日々のトレーニングを欠かさない俺であるが、モチベーションを保つために時々は無実の罪で監禁された哀れな俺に慰めの言葉を掛けて欲しい。

 という訳で、知り合いの女キャラに片っ端から声を掛けて面会に来て貰う。今日はスズキだ。


「コタタマ。今日はコタタマの好きなりんごを持って来たよ」


 俺がりんご好きって、それドコ情報?

 まぁいいや。ありがたく貰っておくとしよう。

 スズキよ。そっちはどうだ? 変わりないか?


「うん。アットムが逮捕されたくらい」


 事件じゃん。えっ、何したの?


「教会でとりあえず脱いでたのがバレた」


 ああ、そういう……。

 ウチのアットムくんは身寄りのない子供たちの前では完全にアホになるので、平気で身体を張った芸をする。

 ティナンは魔石から産まれる。だから、たまたま他のティナンに保護されなかった子ティナンは教会に預けられることになる。

 俺はアットムくんの行いを否定しないが、それはそれとして実刑判決が下ったようだ。


「新聞にも載ったよ。見る?」


 そう言ってスズキはメニューを操作してブログのページを投影した。

 コイツ、何気にスマホを状態2にしてやがる……。

 映し出されたのは、クラン【学級新聞】の記事だった。見出しに金のためなら何でもするクズ女ことキャメルの絵が載っている。手錠を嵌められ頭からコートを被せられたアットムくんがティナン志士に連行されていく図である。現場を押さえられたようで、コートの下はパンイチだ。連行されていくアットムくんを大司教様と子ティナンたちが悲痛な面持ちで見送っている。切ない。


「時間です」


 俺の傍らに立つ宰相ちゃんが面会時間の終わりを告げた。

 いや、ちょっと待てよ。まず面会時間っていうのが納得行かない。俺は犯罪者じゃねーぞ。


「同じでしょ。そんなになるまでキルペナ稼いでおいて何言ってるんですか?」


 くそっ。この女、可愛くねえ。

 ひとまずサトゥ氏には俺改造計画を主導して貰うとして、俺の世話役には別の人間が付くことになった。

 女キャラにしてくれと要望を上げたらこのザマである。サトゥ氏め。雑魚を寄越すなと言ったのに。俺は宰相ちゃんを格下と見なしているので、これまでに何度か襲い掛かって漏れなく撃退されている。確かに強い。強いが、しょせんは三下よ。

 お前を殺して時間延長と行こうかぁ!

 俺は怪鳥のように飛び上がって延髄にガッと手刀を叩き込まれて床に転がった。

 キルペナがカンストした連中と俺の大きな違い。それは、俺が弱すぎてキルを稼げないという点なのかもしれない。

 のたうち回る俺をメガロッパさんが冷たく見下ろす。スズキが悲鳴を上げた。


「メガロッパ! コタタマにひどいことしないで!」


 だが、この半端ロリは以前にもっとひどいことを俺にしている。

 スズキに強く言われた宰相ちゃんは「だって……」と口を尖らせた。


「仕方ないじゃないですか。普通に正当防衛ですし……」


 まったく以ってその通りなので、スズキは勢いを失った。


「そ、それはそうだけど……。でもっ、首はやめて! もし死んじゃったら……メガロッパはコタタマのことそんなでもないのに、そんなのって変だよっ」


 何を言ってるのか分からない。

 また例のアレか。ウチの子たちのややこしいアレが発症したのか。


「し、死なせませんよ! 死んだら逃げられるしっ、私は違いますから!」


 しかし宰相ちゃんには話が通じているようだ。

 何なんだ。俺を殺すことに俺が死ぬ以外に一体どんな意味があるんだ。なんか俺が鈍感キャラみたいになってるけど、おかしいだろ。どうしても納得行かない。ジャンプを回し読みする時に金出したやつが最初に読むみたいなさぁ。そういうマイナールールを俺に適用するのはやめて欲しい。


「とにかく違いますから!」


 ぐったりした俺を肩に担いだ宰相ちゃんはすたこらさっさと面会室を後にした。ドアの向こうで死んでいたセブンをぴょんと飛び越えて俺をキッと睨む。


「本当に違いますからね!」



 3.【敗残兵】前線基地-コタタマルーム


 別れの時がやって来たようだ。


 地下室に放り込まれて数日が経過している。

 キルペナは徐々に解消されており、表示は赤から黄へと移り変わろうとしていた。

 この数日間。思えば色々なことがあった。すれ違った女キャラに襲い掛かってガッされたり、男でもいいやと意を決して襲い掛かってガッされたり。そのたびに思ったのは、やっぱりトップクランのメンバーは違うなってこと。俺に匹敵するほど雑魚なネカマ六人衆を探し出して殺すことができなかったのは心残りだが、一つ一つの思い出が俺にとっては宝石みたいに輝いていて、その思い出の端々にはセブンの死体が転がっている。

 だからさ。俺はにっこりと笑った。最後に、こうして生きたお前と会えて嬉しいよ。セブン。


「そうか」


 俺に残された時間は少ない。これが最後のチャンスになるだろう。

 セブン。ネカマ六人衆を俺から遠ざけていたのはお前なんだろ?


「ああ。俺だ」


 そうかい。やっぱりな。邪魔しやがって。俺は手から斧を生やした。

 セブンよ。こんな俺にも、お前なら殺せるかもな? 掛かって来いよ、死に損ない。


「崖っぷち。最短ルートだ」


 なに?


「どんなことにも絶対ということはない。だが……」


 セブンはトレードマークの黒コートをバッと脱ぎ捨てた。床に落ちた黒コートがガシャガシャと音を立てる。コートの至る所に暗器を仕込んでいたのだろう。

 セブンの手元に残ったのは棒手裏剣が一本のみ。それで俺に勝つつもりか?

 セブンは太々しく笑った。


「お前に俺は殺せない」


 棒手裏剣が閃く。

 俺にセブンは殺せない。最短ルート。そういうことか……。

 セブンは死んだ。自害したのだ。完全な即死。鮮やかな手口だった。

 大の字になって倒れたセブンを、俺は抱き起こしてそっとまぶたを閉ざしてやる。

 自壊していくセブンの亡骸を、俺は最後の瞬間まで見送った。

 セブン……。お前はバカだよ。お前くらいの腕があれば、俺なんて瞬殺できたろうに。

 それでもお前は、より確実だからと、たったそれだけの理由で自ら死を選ぶのか。

 俺は、これまでに俺が殺してきたゴミどもを脳裏に思い浮かべた。不意に零れ落ちた呟きは、きっと俺の本心だったのだろう。


「お前みたいな人間ばかりだったなら。俺も……」


 時間だ。

 俺の手から生えた斧が、セブンの後を追うように自壊していく。

 時を同じくして、俺を連れ去ろうとする無数の手がするすると降りてくる。この手に干渉できるのは、あの部屋の住人だけだ。

 ああ、分かってるよ。一緒に行こう。長いこと待たせちまったな。アットム……。


 俺の頭上に死出の門が咲く。今も昔も変わらず小綺麗なツラをしているアットムがニコリと微笑んだ。背に従える無数の手がまるで翼のように広がって俺を迎え入れる。

 俺は憮然とした。なんかさぁ……。なんかお前ズルくね? なんでお前はそんなキレーな感じなの? 俺と全然違うじゃん。

 アットムは困ったように笑った。

 ハイハイ。行きます。行きますよ。行けばいいんでしょ。くそっ、早くプレーリードッグになりたーい!

 トホホ……。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 無理でしょ。



 GunS Guilds Online


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― 新着の感想 ―
[一言] セブンはコタタマ見るたび即自刃してたのかw
[一言] アットムがやたら強かったのってそう言う……
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