ありがとうを君に
1.組合基地-会議室
戦闘職の横暴から生産職を保護するという名目で甘い汁を吸っている組合の幹部が一堂に会している。
「水着を作るな、ですか?」
怪訝な顔をした幹部どもが見つめているのはニジゲンだ。
テーブルの上に両足を投げ出しているニジゲンは「ああ」と横柄に頷いた。
「文句あんのか? 別に構わねえだろ。ゲーム内じゃ日に日に寒くなってるしよ。在庫処分で水着を並べるのはやめようぜって話よ。俺ぁ前々から思ってたんだが、オンゲーの露店商ってのはセンスがねえんだよな〜」
「はあ……」
幹部どもはニジゲンの意見に強くは反抗しない。このピンク髪は国内サーバーでトップクラスの鍛冶屋であり、β組のプレイヤーが組合に所属しているというのは重要なことだからだ。
ニジゲンは続ける。
「要は季節感なんだよ。リアルじゃどこの店もやってることだぜ。客の購買意欲をそそる雰囲気を作れよな〜。けどよ、売りモンを強制するってのもおかしいだろ? だから水着の素材になる魔石の流通を絞ってみちゃあどうかってコト」
魔石は種類によってクラフトできるものが違う。例えばポンコツの巣で採掘できる魔石は金属類の材料になる。一方、レイド級から産出される上質な魔石は万能型の傾向がある。
ニジゲンの提案に幹部どもは首をひねる。
「分からなくもありません。しかし、買う買わないを決めるのは客です。こちらからどうこうというのは組合員から無用な反発を招くのでは?」
「…………」
ニジゲンは押し黙った。おい。納得してんじゃねえ。背後に控える俺がニジゲンの肩を小突く。
ハッとしたニジゲンがスカートの裾を押さえてテーブルから足を下ろした。きちっと足を揃えて肩越しに俺を見る。俺は上半身を屈めてニジゲンに耳打ちした。
全体の利益の話だと言え。リアルじゃクリスマスにはケーキが飛ぶように売れるだろ。デカい商売ってのはああやるんだ。なのにケーキ屋の隣でかき氷売ってたらおかしいだろ。売れるモンも売れねえよ。
「わ、分かった」
ニジゲンは俺が言ったことをそのまま伝えた。
幹部どもの反応は賛否両論だ。
「……良いのでは? 確かに店舗ごとの収益を伸ばすことは大きな利益に繋がる」
「いや、早計だ。リアルとは違う。まずはデータを取るべきでは」
「データ? 役に立つか? 儲けは職人の腕によるだろう。メーカーが製造し小売店が販売するのとはワケが違う」
俺はニジゲンに耳打ちした。
金ちゃんがやってる商会連合を引き合いに出して危機感を煽れ。いつまでも王様商売なんざやってたらお前らの座ってるその席も危ういぞってな。
「うん」
コクリと従順に頷いたニジゲンが俺の言ったことをそのまま言った。おい。そのまま言ってどうする。そこはアレンジしろよ。俺ぁ商会連合とやらについて詳しくねえんだよ。
幹部どもが「待て待て」と割り込んでくる。
「【目口】さんよ。あんたはそこで何をやってるんだ?」
誰が【目口】さんだ。俺はニジゲンの腕を引っ張って立たせると、どかっと椅子に座った。ふん。随分と座り心地のいい椅子じゃねえか。ええ、おい? 俺はテーブルの上に両足を投げ出して幹部どもに凄んだ。
舐めやがって。【目口】だ? あんなもんは俺とは縁もゆかりもねえよ。仮にプレイヤーに真の姿なんてものがあるとすれば、俺の本体はもうちょっとプレーリードッグ寄りだろうがよ。そんな簡単なことすら分からねえのか?
「ふざけるな! あれは完全にお前だったろうが!」
「無関係だったらいっそビビるわ!」
「むしろ隠す気なかっただろ!」
ピーチクパーチク喚くんじゃねえよ。【目口】の正体なんざどうでもいいんだよ。興味ねえ。あんなもんは攻略組の領分だ。放っとけ。今はそんなことより水着だ。
仕方ねえ。テメェらには言っとく。
メルメルメの野郎がワンピースの在り処を吐いた。
「なに!?」
「待て! ヤツの居所をお前は知ってるのか!?」
メルメルメは失踪したことになっている。名前とビジュアルをいじれば、プレイヤーは姿を隠すことができる。そこまでやっても振り切れないのはフレンドくらいだ。リストに載ってるからログインしているかどうかは分かる。そこは【目抜き梟】の組織力でカバーした。
色めき立つ幹部どもに俺は鼻を鳴らした。
知らねえよ。ヤツは【目口】に攫われたんだろ? 無理もねえ。何やらあちらさんの事情を知ってる様子だったからな。メルメルメが出所したその日に【目口】が現れた。偶然じゃねえだろう。
メルメルメが行方知れずになる前の出来事だ。俺はヤツと行動を共にしてたからな。聞き出すチャンスは幾らでもあったさ。
だが、ちょいとヤバい事情があってな。俺の口からは詳しくは話せねえ。【目抜き梟】に口止めされてる。下手に情報を漏らせばお前らもメルメルメと同じ末路を辿るかもしれねえしな。……そう、俺もヤバい。
だから今の内に対策だけ伝えておく。この件は放っとくと洒落にならねえ事態になる。お前らにも協力して貰うぜ。水着の流通を絞るってのは口実だ。俺が狙ってるのは、その結果だよ。
俺はぺらぺらと口を回した。まぁ嘘八百だ。メルメルメの野郎は【目抜き梟】に匿われている。他に選択肢がなかった。リリララは鼻が利く。おそらくは整形チケットを使ってもリリララの追跡を振り切ることはできないだろう。ならば【目抜き梟】に預けてしまえばいい。俺はそう考えた。モッニカ女史もそれしかありませんわねと納得してくれた。
問題はティナンだ。
ティナンの胸元には何かがある。いや、そうと決まった訳ではない。実際に目にしたことはないし、ティナンの服を剥ぎ取ることに成功したなんて話は聞いたことがない。力尽くでどうこうなんてのは無理だ。ティナンは強すぎる。種族人間とはフィジカルの桁が一つか二つくらい違う。策を巡らしたところで【NAi】に干渉される可能性が高い。あの鬼畜ナビゲーターは大のティナン贔屓だからな……。
……【NAi】……。ティナンと同じ尖った耳を持つチュートリアルナビゲーター。妙な名前だとは思っていたが……。やはりアナグラムか。名は体を表す。だとすれば、あの女はティナンの出来損ないということになる。
まぁそれはいい。俺には関係のないことだ。
とにかく、だ。俺は組合の幹部どもに命じた。ゲーム内で夏までには水着を市場からなくせ。徐々に絞っていって反応を見るんだ。組合を潰されると俺も困るんだよ。費用が掛かるようなら例のニセ金を使え。ただし無尽蔵に使われても困るぜ。すぐに底を尽くだろうからな。一応、JKを通せ。あれは俺の金だ。
「いや、あんたの金ではないだろ!」
俺の金だよ。お前ら、めでたい頭してんなぁ。もう分かってんだろ? JKは俺のスパイだ。スパイが一人だけとかあり得ねえんだ。そりゃあ隙があったってことだからな。俺は、やろうと思えばいつでもあの金を持ち出せる。
ギョッとした幹部どもが互いに顔を見合わせる。
くくくっ……。冗談だよ。ほんの軽いジョークさ。だが、俺に逆らうのはリスクが高いってのは分かっただろ? だったらしばらくは俺を泳がせてみなよ。尻尾を出すかもな?
俺はニジゲンの肩を抱き寄せて会議室を後にした。
「くくくっ……ふはははははははははははは!」
メシを奢ると約束したので今日はニジゲンさんをディナーに招待せねばならない。もるるっ……。
2.クランハウス-マイルーム
ディナーを終えて無事に帰宅することに成功した俺は、ネクタイを頭に巻いたまま布団にダイブした。
【状態異常】【酩酊】
あん? 酩酊だ? バーロー。飲んで何が悪いんだよ。
俺はペタタマさんだぞ! ペタタマだ!?
布団の中でごろごろと転がって気炎を吐く。寝よ。すやぁ……。
ガタガタッ
ひょっ!? 酔いが醒めた。布団から顔を出して壁を見つめる。
ガタガタッ……ガタッ……
うっ……。赤カブトさんが隠し扉を使おうとしている。しかしこの前、応急処置で塞いだので……。諦めた、ようだ。
こ、怖い。ホラーだ。隣の部屋に居るのに、どうして赤カブトさんは隠し扉を使ってこっちに来ようとしたのか?
だ、ダメだ。あの隠し扉は早急に改造せねばならない。俺は布団にくるまってガタガタと震えた。
3.翌日
こそっとログインした俺は、真っ先にフレンドリストを確認した。よし、誰も居ないな。部屋を荒らされた痕跡もない。念のために蝶番に挟んでおいたシャーペンの芯も確認する。折れてるぅ……。
つまり俺がログアウトしてる間に誰かが俺の部屋に入った。赤カブトだろうか? くそっ、あのAI娘め。人の部屋に勝手に入るんじゃねえよ。マナーがなってねえ。
さっそく作業に移りたいところだが……油断ならねえぞ。あの女は、これまでに何度か気付けばログインしていたことがある。フレンドリストのログインマーカーを意図的に消灯できるのかもしれない。
念には念をだ。俺は合鍵を使って赤カブトの部屋にお邪魔した。
以前は殺風景な部屋だったが、調度品が増えている。なんと言うか女の子らしい部屋だ。ぬいぐるみが床で車座を組んで木彫り熊をぐるりと囲っている。いや女の子らしくはねえな。これ何の儀式?
赤カブトは不在だ。正体がAIだからといってログアウト中も布団ですやすや寝ているということはないようだ。ちっ、ついでに寝顔を拝んでやろうとしたのに。
まぁいい。好都合だ。せっかくだから赤カブトの部屋の側から隠し扉を改造するとしよう。俺はセミプロだからな。バレたらマズいことはバレたくない相手の近くでやる。そうすれば赤カブトがログインしてきた時にすぐに分かる。俺がバレていないと思っていることが実はバレてるというのが一番マズい。それを避けるためには赤カブトの部屋で作業すればいい。簡単な話だ。
俺は自分の部屋から工具を持ってきて隠し扉の改造を始めた。要は一方通行にしてしまえばいい。俺の部屋から赤カブトの部屋には入れるが、その逆はブッ壊さないと無理にする。その上で、決まった手順を踏まないと扉が回らないようにする。構造上、ああなってこうなって……。隠し扉を作った時に引いた図面に手を加えていく。
よし、こんなもんだろう。工事に着手。
トンテンカンテントンテンカンテン……
しかし、あれだな。俺、今凄く生産職してる。久しぶりじゃないか? こんなのは。近頃、なんか物騒なことが続いたからな。テンション上がってきたわ。
やっぱり人間は何かを作り出さねえと。壊れるのは一瞬って言うからな。作ることのほうが何倍も難しいって言うよな。チャレンジしなきゃ。
むっ。身体が挟まった。隠し扉にハマった。出れねえ。いや、落ち着け。入ったからには出れるだろ。要は逆の手順を踏めばいい訳だから……。
びくともしねえ。そりゃそうだ。一方通行になるよう作ったんだから。
おい。マジか。これどうすんの? 赤カブトさんがログインしてきたら助けて貰えるだろうけど、ひそかに改造したドアに一人で勝手に挟まってレスキューして貰うってそれ既にバッドエンドだろ。
くそっ、どうにかせねば……。こうなったら腕の一本や二本くれてやる。気合いだ。根性だ。いけ! いっちまえ! おっ、いい手応えだ。イケる! もう少し……!
あっ、あっ、あっ……! 何これ! 俺、今どうなってんの!? 肘って目の前に来ていいもんなの!?
ヤバい! 凝った作りにしたもんだから俺の身体のどっかが別の箇所でハマって扉を閉ざそうとしている……!
おい! 待てよ! とっくに背骨へし折れてるから感覚ねえけど腰か? 俺の腰、待てよ! 自分だけ助かろうとしてんじゃねえよ! 俺のボディを大切にしろ! おい! 腰! 聞いてんのか!?
おごぉっ。万力の力で引き潰されるかのようだ……。
やめっ……。ジャムジェムさん! 助けて! まだログインしてないの!? 助けて! 俺を助けて!
だ、誰か居ないのか!? 嫌だ! 死にたくない! こんな死に方は嫌だ! 俺は、もっと……!
先生! 先生! ポチョ! スズキ〜! アットムくん……。
だが最後に俺を駆り立てたのは、やはり怒りだ。俺は致命的なダメージに構わず無理やり首をひねって呪詛を塗り込めるように叫んだ。
「腰ィぃぃぃぃぃぃッッッ!」
ぼきん。
軽快な音を立てて首の骨がへし折れた。俺は死んだ。
肉体を離れた俺の幽体が、俗世にとどまることを選んだ肉体を穏やかな表情で見下ろす。
ふっ。壊れたマリオネット、か……。
「ペタさん!?」
赤カブトがログインしたようだ。来てくれたのか。だが少し遅かったな。いや、そうじゃないのか。手遅れってことはないんだ。どんなことだって。
俺は天に昇っていく。呆然と俺を見上げる赤カブトに、俺は最後に振り返り……。立てた二本指でこめかみをこすった。
サンキュー。
「ペタさーん!」
これは、とあるVRMMOの物語。
一人で起承転結を回して勝手に死ぬ男。
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