いともたやすく行われるえげつない行為
1.ポポロンの森
皮肉にも俺を救ってくれたのは【ギルド】の襲撃だった。
頭のおかしいメンバーとダンジョンに行かずに済むなら、もはや恐れるものなど何もない。
正式に領地戦の開催がアナウンスされ、三度のメシより戦争が大好物と言い張る頭のおかしいクソッタレどもがポポロンの森に集結しつつあった。愛してるぜお前ら。
元々ポポロンの森で狩りをしていたクソッタレどもが森の奥から大挙して押し寄せる。領地戦ともなれば、まず集合して指揮系統の周知を行うのが普通だ。しかしそんな悠長なことをしている暇があるのか? 今回の領地戦は先手を【ギルド】に取られている。俺と同じ危惧を抱いているプレイヤーは多いようだった。
「まずいぞっ。ニャンダムに近すぎる!」
「俺たちだけでも足留めに残ろう。これは……戦線の構築が間に合わない!」
「あっ、ティナンだ!」
「やだ、可愛い〜!」
俺は純真無垢な笑顔で女性プレイヤーたちに手を振った。黄色い悲鳴に気を良くして先を急ぐ。
「おい! そっちは逆だぞ!」
「この非常時にソロアタックかぁ? いいねえ、がんばれよ嬢ちゃん!」
うるさい、死ね。俺は可愛くとも何ともないゴツい野郎の言葉を黙殺した。野太い歓声に気分を害された。
しかしポチョ号の乗り心地は最高だな。
このゲームは、レベルアップでキャラクターのステータスが劇的に上がったりはしない。プレイヤー自前の運動神経も一切関係ない。キャラクターの運動能力や操作感覚はデータにパックされていて、リアルに影響を及ぼすことがない。だから先生のような素晴らしい神人が誕生する反面、ネカマが横行している。男女の差異で能力に違いが出ることもないしな。
それでも動ける人間と動けない人間に分かれていくのは、規定値のステータスに寄り添うセンスと身体の使い方、踏破能力の違いによるものだ。ポチョはそれらが極めて高い水準にあるのだろう。
これだけ動けるなら、なるほど生産職に興味を示さないのも頷ける話だ。
波に逆らうようにポチョは人混みを逆走していく。俺の指示によるものだ。
おい、あんまり強く抱き締めるな。なんて言うか、あれだろ。逆セクハラで訴えるぞコンニャロウ!
「本当にこっちで合ってるのか?」
「お前は俺の言うことを黙って聞いてればいいんだよ。NPC様の言うことが聞けないとでも言うのか? あん?」
「NPCはそんなこと言わない……」
現在、俺は女神に舐めた口を利いた罰でティナン堕ちしている。だったらこいつを利用しない手はないぜ。
どうしてもっと早く気が付かなかったんだろう。惜しいことをした。ピエッタも人が悪いぜ。教えてくれればいいのによ。
俺は今、仮に世界を滅ぼしても許される立場に居るんだ。子供の特権ってやつだな。
実はコタタマの姿を借りた聖霊なんだと打ち明けてみたところ、ポチョはあっさりと騙された。どうして俺なんだとかご本人様はどちらへとか何故わざわざ縮んだのかとかツッコミどころは多数あると思うんだが、細かいことが気にならない性分なのだろう。
「走れ、ポチョ! うまく事が運んだら後で何でも言うこと聞いてやるよ! おら、人参をぶら下げてやったぞ。もっと速くだっ、こののろま!」
「何でもと言われても……」
もっとも俺の予想が正しければ、このイベントが終わればここに居るコタタマくん五歳は姿を消すんだがね。許せよ、ポチョ。何でもっていうのは無理だが、後で何か奢るよ。
2.ポポロンの森-深部
人影も疎らになってきた頃、森の奥から魔物の群れが這い出してきた。
まずいな、ポチョは丸腰だ。彼女の装備はクランハウスの倉庫に眠っている。
いったん引き返すべきだったか? 俺は後悔し掛けたが、どうやら取り越し苦労に終わりそうだ。
いつもより身軽になったポチョは、軽快な動きでモンスターの攻撃をかわし翻弄している。ポポロンの眷属が繰り出す触手を寄せ付けないんだから大したもんだ。
「あっ」
そりゃあまったくの無傷とは行かなかったが、
「ふあっんぅ……!」
エロい声を上げたポチョは腕に巻き付いた触手を振りほどき、人間離れした膂力で木から木へと飛び移る。いや何だよ今の。お前、今何した?
するとポチョはあっさりとこう言った。
「【スライドリード】だ。魔法やスキルには、職種に応じて解放される二段階目がある」
ええ、そうなの? そうじゃないかとは思ってたけど、戦闘職の間では常識だったりするのかなぁ。生産職もヤバい秘密を幾つか隠し持ってるし、そんなもんか。
俺はそれ以上深く触れないことにした。立場を利用して一方的に聞き出すのは気分がいいもんじゃない。むしろネタバレをされた俺にはポチョを責める権利がある筈だ。
こいつは貸しにしておくぜ、ポチョさんよ。
3.山岳都市ニャンダム
目的のブツを手にした俺たちは、森をトンズラして山岳都市ニャンダムに潜り込んだ。
ポチョ号が思ったよりも使える女だったから順調に行ったな。
【スライドリード】を連発したポチョはぐったりとしている。
「もう動けない。わ、私を置いて先へ行け……!」
分かった。じゃ。
俺は、森で盗ってきたブツを両腕で抱えてニャンダムを走る。
そこは既に戦場だった。【ギルド】のクソ虫どもはプレイヤーが構築した戦線を突破し、都市部への潜入に成功したようだ。逃げ惑うティナンたちがクソ虫を蹴り飛ばして避難を開始している。相変わらず、たくましい子たちだぜ。
しかしその余裕も長続きはしないだろう。今はまだクソッタレなブラザーたちが森で粘っているようだが、いったん決壊した戦線はちょっとしたきっかけで一気に崩壊する。そして、そのちょっとしたきっかけが頻繁に起こるのが戦場だ。
【ギルド】の奇襲は完全にプレイヤーたちの意表を突いた。領地戦の突発イベントがあるなんて知らなかったし、場所も最悪だった。ポポロンの森はニャンダムに近すぎる。
戦線が崩壊すれば、数え切れないほどのクソ虫どもがニャンダムに雪崩れ込む。市街戦なんて日本人には無理だ。地獄絵図になるだろう。
だから俺は、俺が持ちうる最強の手札を切った。
抱きかかえるスライムの赤ちゃんにすりすりと頬ずりする。おお、よしよし。甘えん坊さんだな。俺のライフがどんどん削れていくぜ。
触れれば肌が焼け爛れ、触手で獲物を巻き取るスライムはポポロンの森に生息するモンスターだ。
そして、この子はただのスライムじゃない。光の加減で七色に輝く不思議な子で、他のスライムと比べて成長がゆるやかだ。
以前に森の最奥部で見掛けて以来、ずっと目を付けてたんだ。
どうか俺がくたばる前に、見せてくれ。
極限までヘイトを稼いだ人間に、レイド級ボスモンスターが一体どのような反応を示すのかを。
俺は、七色に輝くポポロンの子供を高い高いした。
ちょうど通り掛かった見知らぬプレイヤーがギョッとして立ち止まった。
【警告! レイド級ボスモンスター接近!】
遠く見える森の方角、俺を追ってきた巨大なスライムが七色に輝く光の輪を放った。
戦線を突き崩す、ちょっとしたきっかけってやつだ。プレイヤーは全滅だろう。ついでに【ギルド】も。
我が子を取り返そうとする巨大スライムは、もうアナウンスが追いつかないレベルで怒り狂っておられる。
【勝利条件が追加されます】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【使徒】【Photo-Roton】【Level-3510】
かつて地獄のチュートリアルでプレイヤーを阿鼻叫喚の渦に叩き込んだレイド級ボスモンスター、ポポロンだ。
目的は果たした。
ティナンはもう大丈夫だろう。
モンスターはNPCを襲わない。ゲームだからな。
俺らしくもない。ガラにもなく熱くなっちまったぜ。まぁ約束は約束だ。ティナンを守るなんて大見得を切っちまったからな。
ベストは尽くしたぜ。
後はこの子を親御さんの元に送り返してあげれば、このイベントは終わりだ。
だが……。
俺は、ちうちうと俺の指先をしゃぶって溶かしているスライムの赤ちゃんを見た。
俺は苦笑し、迫り来るポポロンをキッと見据えた。
「ここから先は、どうやら俺とお前の延長戦になるようだな……」
この子は俺が育てる。
お前には渡さないぜ。
これは、とあるVRMMOの物語。
愛や友情は、時として種族の壁を乗り越える。そうした場合、人はそれを美しいと感じるのだろう。しかしそうした感情は、何も彼らだけに与えられた特権ではない。
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