宝探しへ行こう
1.クランハウス-居間
俺は先生の解放に成功した。成し遂げたんだ。
けど、まぁプレイヤーってのはバカじゃない。いやバカも居るんだろうが、100人居て100人ともバカってことはない。
新スキルと引き換えに先生を助け出したという顛末から、俺が標的を指定しなかったのはゴミどもを確実迅速に始末するためなのだと言い始めるゴミがぽつぽつと現れた。まったく以ってその通りであるが、もちろん俺は否定した。あり得ない。何を言ってるんだ? 俺たちはチームだ。俺は決して仲間を裏切らない。しかしゴミどもは納得しなかった。何故だ。何故、人を信じようとしない? 俺は切々と訴えた。種族人間は弱い。けどよ、弱いからこそ互いに手と手を取り合って進むんだ。支え合うんだよ。
信じる気持ち。それが俺たちに残された最後の武器なんじゃねえか?
まぁモッニカ女史が俺とマレの遣り取りをばっちり録画してたみたいで、俺の演説は無駄に終わったんだけどな。軽く公開処刑されたけど、それだけだ。生放送中に身内に殺されるのと比べれば、公開処刑なんて物の数にも入らない。
いずれにせよ、俺は少し働きすぎた。しばらくはのんびりと暮らすとしよう。漫画なんかでも長編のエピソードが終わった後には息抜き回を入れるだろ。ああいう感じだよ。
さて、今日はメルメルメの出所日だ。
赤カブトを抱っこして慣性について説明をしていた俺は、お世辞にもおつむの出来が良いとは言い難いAI娘を横に降ろして立ち上がった。
「なんにも頭に入って来なかった……」
ジャムジェムよ。お前、あんまり頭良くないな。理解力が乏しい。
「違うよ! ペタさんがくっ付きすぎなんだよ! 私、慣性くらい知ってるよ!」
どうだかな。怪しいもんだぜ。
赤カブトの正体はョ%レ氏が作ったAIだ。かつて最強PKerと恐れられた鬼武者の中の人であり、その頃の記憶をごく限られた範囲で保持しているらしい。
しかし基本的には他のプレイヤーと変わらない。違いがあるとすれば、赤カブトにとってのログアウトは就寝に等しいということだろう。ログアウト中は夢を見ていて、夢の内容は鬼武者として活動していた時期のことだったり俺と遊んだりと様々なのだとか。
リアルで働いたり学校に行くことはないので、暇を持て余した主婦と同じくらいにはゲーム中心の生活を送れそうだが、今はなんとなく俺たちのログイン時間に合わせている。さすがに一日が36時間ペースの廃人に合わせるのはキツいらしい。
まぁ詮索はしないさ。俺は自分自身のリアル情報を漏らすつもりは一切ないからな。それなのに赤カブトのプライベートには首を突っ込むって、そりゃあ筋が通らんだろう。
「あと前々から思ってたけど、ポチョさんにくっ付きすぎ! わ、私だって……!」
俺はキャンキャンと吠える赤カブトをハイハイと適当にあやして「ほれ」と両手を広げた。
「な、なに?」
なにって行ってきますのハグだよ。今日はお前を連れて行けないし、帰りもいつになるか分からん。だったら今のうちにハグしとくしかねえだろ。いいから、さっさと来いや。
「こ、こんなのおかしいよ……。絶対に変だよ……」
ふらふらと近付いてきた赤カブトを俺は捕獲してぎゅーっとした。腹を刺されて死んだので、女神像に遺体を取り寄せて貰っていざ出発だ。
2.ティナン姫の屋敷前
合法ロリ姉妹の家の前にずらっとゴミが列を成している。
どうやら俺と同じくメルメルメの出迎えに馳せ参じたようだ。
メルメルメは検証チームの元隊長であり、ひと繋がりの大秘宝・ワンピースの在り処を知っていると噂される男である。
ワンピースを手中に収めんとするもの。危険性を感じて闇に葬り去ろうとするもの。ありとあらゆる動機がゴミどもを屋敷前に駆り立て、メルメルメが出所するその時を待つ。
これは、あれだ。結束した女子が学級会で先生に言いつけて男子の吊るし上げをする時の雰囲気に近い。
もるもると鳴いて健気に身を寄せ合っている男キャラを女キャラが包囲している。俺はどっちに加わるべきなんだろうな? 例によって例のごとくバンシーに化けている俺である。
てくてくと歩み寄る俺に、もるもる鳴いている野郎どもがハッとして駆け寄ってくる。
「陛下っ……!」
「バンシー陛下だ……!」
つい先日、俺を公開処刑しておいてこの変わり身の早さよ。まぁいい。ゴチャゴチャしてんなぁ。メルメルメはまだか? ええいっ、邪魔だ。俺の前に立つな。どけ。デコピンっ、デコピンっ。
俺はゴミどもにデコピンを浴びせて道を切り開いていく。縋り付いてくるゴミどもの首を順番に落としていると、武家屋敷の門が重々しく開いた。
門から出て来たのは、一人の男である。ラノベの主人公みたいに普通の容姿とか言っておいてその実ブ男でも何でもなくて、それ一般的にイケメンって言わねーか?とか文句を付けられそうな主張が薄いけど水準はキッチリと高い醤油顔。ヒョロっとした身体付き。
メルメルメだ。ギャルゲーの主人公みてえな顔面の作りをしたメルメルメを、飼育員さんことコニャックが名残惜しそうに見送る。
「メルメルメ……。寂しくなったらいつでも帰ってきていいんだよ?」
「ツラいっす」
「私もツラいよ。今でもはっきりと思い出せる。キミのお腹を初めて開いた日のこと……」
「ツラいっす」
メルメルメは完全に牙を折られていた。飼育員さんがおずおずと片手を伸ばすと、しゅたっと跪いて頭を差し出してヨシヨシされる。
そして牙を折られたのは俺も一緒だ。俺はメルメルメの肩をぐいっと掴んだ。
やい。メルメルメ。コニャックは俺の飼育員さんだぞ。ラノベの主人公みてえな面しやがって。そこはあらゆる意味で俺のポジションと違うんか? 振り返ったメルメルメが俺を見る。
「誰だ、あんた?」
ん? ああ、この姿でお前と会うのは初めてか。俺だよ。コタタマさんだ。
「崖っぷち……? なんで女の姿を。いや、違う? 俺か? 俺の想像が現実を凌駕した? そうか、遂にこの時が。そうか。この時か……。この時かぁー!」
メルメルメは一人で勝手に納得して吠えた。
黙れ。俺はメルメルメの頬をブッ叩いた。相変わらず想像力が逞しいやつだな。残念ながらお前の妄想は関係ねえよ。
実はお前がムショとシャバを行き来してる間にちょいとばかりヘマをやってな。いっぺんキャラデリする羽目になった。そのついでに前科を帳消しにしようってーことで女バージョンのビジュアルを作ったんだよ。
「あ、そうか。バンシーバージョンだ」
メルメルメの頭の配線はどっかイカれてて、既存の知識と発想がうまく結び付かないことがある。逆に些細な出来事からとんでもない発見をすることもある。
俺はコニャックにひとしきり腹を撫で回されてから、メルメルメの肩に腕を引っ掛けた。
まぁ立ち話も何だ。積もる話もあらぁな。メシ屋にでも行こうぜ。それとなくフェードアウトしようとする俺たちの前に、モッニカ女史が立ち塞がる。おいおい、最近出ずっぱりじゃねえか。どうした? そんな怖い顔して。またぞろ厄介事かい?
「積もるお話があるのであれば、今ここでなさっては如何でしょう?」
ふん……。なるほどな。女キャラ代表って訳か。俺は鼻を鳴らし、肩に掛かった長い髪を指で払った。
おいおい、モッニカさんよ。ご覧の通りだ。俺とメルメルメは古い付き合いでな。男同士の再会に水を差すなよ。どこの世界に積もる話を立ちっぱで済ませるやつが居るんだい?
「あら、私は混ぜてくださらないのですか? バンシーさんはいつもそうですわね。いつも私は蚊帳の外。私、嫉妬してしまいますわ」
嬉しいこと言ってくれるじゃないの。その台詞、お前さんみたいな別嬪さんに言われると格別だね。
「ふふ。お上手ね」
モッニカ女史はにっこり。俺もにっこり。
俺とモッニカ女史は同時に動いた。
手に持つ斧を互いに跳ね上げるが、初速で俺の分が悪い。レベルアップしたとはいえ、依然として俺のレベルが低いことには変わりない。速さは力だ。レベルなどという得体の知れない数値が幅を利かせているこのゲームでは、付随するステータスの差が顕著なまでに明暗を分ける。俺は交錯を避けてステップを踏んだ。軽く地を蹴って飛び上がると、【スライドリード】を発動して斧を振る。
生産職も使える【スライドリード(遅い)】は慣性を等しく削り取るアクティブスキルだ。タイミング良く解除すれば慣性を捻じ曲げて空中で真横に移動することもできる。その慣性制御が【敗残兵】の十八番、空中殺法の骨子だ。
残像を引いて左右に身体を揺さぶる俺をモッニカ女史はぴたりと目で追ってくる。さすがは【目抜き梟】のサブマスターだ。陰に日向にリリララを支えてきたモッニカ女史は、だから先手を取るよりも後手に回ってそこからの攻防に優れた手腕を発揮する。迂闊には飛び込んで来ない。それは練習通りに戦えるということ。積み上げた努力を信じてやれる強さがある。
だが俺には目がある。接近戦ではあまり役に立った試しがないが、それは身体が追いつかなかったからだ。今の俺はレベル2。以前とは違う。
モッニカ女史が俺から視線を切った。俺を見失った? いや違うね。誘いだろ? だが、あえて乗ってやるよ。接近戦に読み合いはほとんど関係ない。理想のラインのようなものがあり、そこにより近付けた方が勝つ。
俺とモッニカ女史が交錯した。周りのゴミどもが、どうせ今回も俺が負けるんだろうとでも言いたげな目で俺を見ている。だが、生憎だったな。その通りだ。
頚動脈を切り裂かれた俺の首からしゅーっと大量の血が噴出した。ぬうっ……! 俺は首筋を押さえて片膝を付いた。くそがっ、そもそも生産職の俺が何で近接職と一騎討ちせにゃならんのだ。
モッニカ女史が俺に斧の先端を突き付けて麾下の女どもに命じる。
「メルメルメを!」
させるか。俺も負けじと叫んだ。
「饅頭屋ぁ!」
バレンタインに大活躍した饅頭屋は出会い厨として究極の域に達した男だ。ヤツがこの場に居ない筈がない。
「陛下ーッ!」
やはり居たか。
ミュウモールの指揮を執れ! 散開し突破しろぉ!
命の火が燃える。【心身燃焼】だ。俺はモッニカ女史の斧にしがみ付いた。行け! 走れーッ!
俺はここで散る。
だが夢は終わらない。
分かってるんだろ? 俺たちにとってのワンピースは裸のチャンネーなんだ。
服と下着は特別な所有権で縛られている。具体的にはPKしてもドロップしないし、レイド級の攻撃を受けても過度に露出することはない。それは一体何故なのか。理由は色々と考えられるのだが、攻略そっちのけで勝手にギャルゲーを始められても困るってことなのかもしれねえな。
要は、俺たちは運営に舐められてるんだ。女キャラの服を剥ぎ取れる仕様にすると俺らモンキーズは容易に理性を手放すと思われてる。舐めやがって。
ゲームでキャラクターの服を剥ぎ取っても虚しいだけだろとは言わねえさ。このゲームのグラフィックはリアルと比べても何ら遜色ねえし、ぶっちゃけ異世界か何かなんでしょ?と軽く諦めの声が上がるくらいには作り込まれている。
キャラクターをわざわざ不細工にしても仕方ねえから、見渡せばそこら中をアイドルが歩いてるようなもんだ。まぁユーザーの好みはバラバラだから特殊な趣味に走ったキャラや、あえてリアルに寄せたキャラってのは居る。けど大半の女キャラは最上級クラスのビジュアルにひとつまみの性癖をブレンドした仕上がりになっている。褐色の肌だったり金髪碧眼だったり貧乳ロリだったりな。
格ゲーで女キャラの胸が揺れるってだけで大喜びしてたのが俺らだ。それは認めざるを得ない。
だが、それでいいのさ。
男の価値は女で決まる。
どんなに社会的な成功を収めても。どんなに金を稼いでも。女にモテなければ意味がない。
逆に言うなら。どんなにクズだろうと。どれだけ社会の底辺を這っていようとも。綺麗な嫁さんを貰ったならそいつは人生の勝ち組だ。学歴だのステイタスだのは一切関係ねえんだ。
学校じゃ教えてくれない大人向けの因数分解ってヤツさ。
「このっ……!」
押し寄せる野郎どもにモッニカ女史が目の色を変えて俺を斧で切りつける。
左肩から袈裟懸けに入った斧を、俺は両手でしっかりと掴んだ。
この命! 裸のチャンネーのためなら惜しくない!
時代のうねりは止まらねえ。未来へと繋ぐッ! この思いこそが……。
ワンピース!
これは、とあるVRMMOの物語。
息抜き回とは一体何だったのか。
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