血の雨降って地固まる
1.ギスギス学園-校長室
あと一歩のところを本社の者と名乗る黒服に邪魔された。
本社。本社というと、あれか。ョ%レ氏の暫定母星の。
突然の新キャラ登場に校長先生討伐部隊のメンバーは硬直している。あ、こいつら……。俺は察した。こいつら、もういいじゃんっていう雰囲気を出してる。さては潔くスキルを明け渡そうとしたマレに絆されたな?
そんな中、一人だけじっとマレを見つめている男が居る。やはりこの男だ。この男はモノが違う。マレ本人が殺していいって言ってるんだからいいじゃんという思考。貰えるものは貰っておこうぜという抜け目のなさ。
サトゥ氏だ。
抜き身の真剣を片手にひたひたとマレに忍び寄ったサトゥ氏が、歯列をギラつかせた。逆手に持った剣をマレ目がけて振り下ろす。
「ごっつぁんです……!」
黒服のゴツいのが動いた。マレを引き倒し、一瞬でサトゥ氏の背後に回る。速い。【スライドリード(速い)】だ。
無詠唱。だが。
「それは一度見た」
サトゥ氏はトップギアだ。素早く身体をねじって引き裂くような剣撃を繰り出す。
「うおっ」
黒服は上半身を仰け反らせて避けた。
仕損じたサトゥ氏が振り返ってゴツいのを見る。ぎょろりと動いた目玉が邪魔者を見据え、白目が青白い光を発した。猫背になって逆手に持った剣を低く構える。
「なんだ、お前。俺の邪魔するのか?」
常勝無敗を期待されるトップクランのマスターにとって、狂気は最も身近な友人の一人だ。
ゴツいのがサングラスを押し上げて答える。
「ヒューマンが。私に勝てるとでも?」
サトゥ氏が歯列をギラつかせた。
「知らねえよ。それをこれから確かめようって話じゃねえか」
黒服とサトゥ氏の戦いが始まる。
両者の力量は拮抗しているようだった。一進一退の攻防が続く。サトゥ氏の相棒セブンはヒョロイのを警戒している。
苦戦するゴツいのに、ヒョロイのが野次を飛ばす。
「おい、モタモタしてんなよ」
手助けする気はなさそうだ。
「うるせえ。コイツ結構やるぞ」
「はぁ?」
なんていうかガンツチームのノリだ。仲間意識が薄いっつーか。
ヒョロイのがサングラス越しにサトゥ氏を凝視する。
「レベル22。22……?」
「あ? こっちのサーバーで20越えは数えるほどしか居ねえって話じゃなかったか? 偶然か? なんだ? どういう状況だ?」
……今、こいつら何をした? プレイヤーのレベルを盗み見たのか? フレンド登録もなしに?
本社の……。このゲームと無関係じゃねえのか? ヤバい。コイツら何かしらの上位権限を持ってる。
突然の出来事に硬直していたマレが悲鳴を上げた。
「さ、サトゥ! おやめなさい! 彼らはョ%レ氏と同じ……%です!」
%って言われても困る。それが何なのか俺らは知らない。当然、サトゥ氏は止まらない。新たなスキルを獲得するチャンスなのだ。退く理由がない。
「ガムジェムは。このゲームはョ%レ氏が作ったものです! ョ%レ氏があなた方に合わせてくれるからと他の%までそうとは限らない!」
傍観していたヒョロイのがマレの首を片手で掴んだ。不自然に走った血管がびきびきと浮き上がっていく。
「あうっ」
「余計なことを口にするな。ヒューマンに歯向かわれたからと、我々が権限を行使するとでも? 舐めるな、下等種族が」
いや、舐めるよ。今まさに弱い者いじめしてるじゃん。そりゃあ舐められても仕方ないわ。人格に信用が置けねえもんよ。
とりあえず死んどけや。マレは俺らの獲物だ。横から掻っ攫うならそれ相応の手順を踏めよ。俺はヒョロイのに背後から襲い掛かった。死ねえ……。
「舐めているのは、君だ」
俺の斧を無造作に掴んで止めたョ%レ氏が、ヒョロイのをマレから力尽くで引き離す。おお、凄ぇ力だな……。床に引きずり倒されたヒョロイのがサングラス越しにョ%レ氏を睨み付け、すぐに意気消沈して視線を逸らした。
「ョ%レ氏。ですが……」
「黙れ」
ョ%レ氏の瞳が真っ赤に染まる。攻撃色だ。ヒョロイのは黙った。明らかに格が違う。
ヒョロイのが黙ったのを確認してから、ョ%レ氏は交戦しているゴツいのとサトゥ氏の間に割り込む。サトゥ氏の剣を手のひらで受け止め、ゴツいのを裏拳で殴り飛ばした。
対戦相手を見失ったサトゥ氏が正気に戻った。リア充の権化バージョンのョ%レ氏を見つめ、
「レ氏、なのか?」
ョ%レ氏は裂傷を負った手のひらに視線を落とし、ふっと微笑を零した。
「そうとも。私が運営ディレクターのョ%レ氏だ」
帰ってきやがった。
殴り飛ばされたゴツいのがョ%レ氏に食って掛かる。サトゥ氏を指差し、
「先に仕掛けたのそいつだ! 俺はあんたの言いつけ通り……!」
「言われたことしかできないのか? 何から何まで私が教えねばならないのか? それならば私一人で全てをこなした方が早く、かつ確実だ。私は君たちに機会を与えたつもりでいたのだが。君たちはそうは考えなかったらしい。不幸なすれ違いがあったようだな?」
ョ%レ氏は黒服が思ったよりも無能であることを遠回しに表現した。
反論できず俯いた黒服の肩をョ%レ氏は親しげに叩いた。
「そう気に病むな。誰にでもミスはある。それは私ですらそうだ」
新規購入の特典品の締め切りをブッチした運営ディレクターの言葉には強い説得力があった。
気を取り直したサトゥ氏がョ%レ氏に直談判をする。
「レ氏! 俺たちはGMを倒せた! そいつらさえ邪魔しなければ! GMも認めてる! スキルをくれ! 新しいスキルを……!」
サトゥ氏はもう新しいスキルのことで頭がいっぱいだ。まさにゲーマーの鑑である。
ョ%レ氏が二本指を立てる。
「二つに一つだ。サトゥ。君が選び給え。私がこの二人を受け入れたのは、Goatを解放するためだ。Goatに監視を付ける。しかし聞いての通りだ。私は、Goatを高く評価していてね。リスクが生じることも理解している。その代償として、マレの身の安全を貰い受ける」
……先生を解放する代わりに、緊急時には黒服をマレの護衛に回すってことか。そして、今はその緊急時に当たる。
二つに一つ。先生を解放するか、マレから新スキルを得るか。
サトゥ氏は激しくかぶりを振って反論した。
「それはおかしい! 先生に称号を与えたのは! レ氏! あんただ! あんたらの手落ちじゃないのか!? それをっ、今更になって……!」
「サトゥ。私が称号を与えたプレイヤーは、現時点で二人しか居ない。Goatは、その内の一人だ。君たちが考えているよりも遥かに大きな恩恵を与えているのだよ」
だがデメリットもある。レ氏。先生はこう言ってたぜ。もう生産職にはなれないってよ。
「ペタタマ。それは方便だ。アシストがなくなるだけであり、Goatが真剣に生産職を志すならば彼はやれる。ただし、それは非効率的だ。ペタタマ……。Goatは、君に鍛冶を託すと言ったのだ。その思いに私も報いるとしよう……」
そう言ってョ%レ氏は床を指差した。人差し指から、俺たちと同じ赤い血が滴り落ち、ぽたりと床に垂れた。
床に染みを作った血が発光し、そこからざくざくと魔石が産出されていく。
【ペタタマのレベルが上がった!】
【デサント】【ペタタマ】【Level-2】
先生……。
俺は、ぽろりと涙を零した。
レベルアップしたことよりも、もっと大事なものを、俺は先生に託されていたのだ。
ぐっと歯を噛み締めたサトゥ氏が顔を上げる。
「新スキルを……。いや、先生を解放してくれ」
サトゥ氏? 今、新スキルをくれって言い掛けたよね? どういうことなの? お前にとって先生はその程度の存在なの?
詰め寄る俺にサトゥ氏は慌てて両手を振った。
「い、いや、違う。俺も意地になってたから。その方向で頭が固定されてたからうまく喋れなかったっつーか……」
怪しい。怪しいぜ。やっぱりコイツに先生は託せねえ。
俺はジト目でサトゥ氏を見つめてから、所在なさげに突っ立っているカイワレ大根娘の背中を乱暴に叩いた。よう、マレ。命拾いしたな。あとでレ氏に礼言っとけよな。
「わ、私は……その……」
ん? ああ、独断専行を気にしてるのか。そりゃあレ氏が悪いぜ。仕方ねえな。パワハラ上司には俺から言っといてやるよ。今ここでな。
よう、レ氏。ワッフルから伝言だ。生まれたての赤子に何を求める、だとよ。多分マレのことだろ。お前さんは公平だの何だのと口にするがな、小さな子供を大人と同列に扱うのは俺らの星じゃ不公平って言うんだよ。ミスの一つや二つくらい大目に見てやれよ。
「調子に乗るな、ヒューマン。今しがた私はSPに罰を与えたが、それは彼らの越権行為によるものだ。マレとはケースが異なる。許すも何もない。マレはミスなどしていない」
あ? おい、テメェ。黒服を殴り飛ばして俺らの好感度を上げたつもりか? 俺はテメェを許しちゃいねえぞ。何なら今この場で決着を付けてやろうか?
俺はシャドーボクシングしてョ%レ氏を威嚇した。見ろよ、このキレのある左ジャブ。過去最高の仕上がりだぜ。何しろ今の俺はレベル2だからな。以前の俺とは訳が違うのさ。
俺はヒョロイのに頬をブッ叩かれた。
「控えろ」
ョ%レ氏は深く頷いた。
「それでいい」
良かぁねえよ。結局は親バカじゃねーか。くそがっ。せっかく俺がよー! お前らのよー! 仲を取り持ってやろうとしたってのによォー!
俺は吠えた。
この空気を読めるペタタマさんがだよ? 今後コイツらが気まずくなったら面倒臭えなーって思いはあったにせよ! 気に食わねえ運営ディレクター相手に気さくに話し掛けてやったってのによォー! 堪んねえよなァー!
くそがーっ! 覚えてろ!
俺は捨て台詞を吐いて校長室を飛び出した。
「あっ、コタタマ!」
アットムくん。
俺を呼び止めるアットムくんの声に一転して上機嫌で振り返った俺は、レーザー砲みたいに突っ込んできたポポロンの触手に巻き取られて廊下の壁を突き破って放り投げられた。大空を舞う俺。
上空から見た校舎は大変なことになっていた。砂場でよくやる棒崩しみたいになっている。砂山の真ん中に棒を立てて、倒れないよう端から砂を削っていくあれだ。全壊という言葉すら生ぬるく感じる校長室タワーみたいになってる。誰が校長室を倒すかみたいな。おそらくは使徒の二体が板挟みになりながらもマレを守ろうとした結果なのだろう。
奇跡的にスピンドックの角の先端部に不時着した俺は、角にしがみついてホッと一息。
スピンドックはウサ吉の親分みたいなものだからな。俺にとってもまったくの他人という訳ではない。しかしスピンドックの親分は角のてっぺんに付着したゴミが気になって仕方ないらしく、ぶんぶんと頭を振って俺を振り落とそうとする。だがゴミの俺は体重もゴミなので吹っ飛んで、グラウンド上空で滞空しているワッフルの蹴爪に引っ掛かった。ワッフルがぎょろりと目ん玉を動かして俺を見る。ちーす。お子さんは元気スか? あ、俺っすよ。ペタタマっす。へへ……。血の繋がりはないスけど、まぁ養子っつーか。ね?
だが、しょせんはトリ頭である。ワッフルは可愛い俺の顔を忘れてしまったようで、大きく羽ばたいて急加速。おごぉっ……! 急激なGが俺に掛かり、一瞬で視界が真っ赤に染まる。し、死ぬ。死んでしまう。俺は意を決して蹴爪に引っ掛かっている上着を残し、飛び降りる。まだだ。まだ俺は死んじゃいねえ。【スライドリード】で慣性を柔らげれば墜落死は免れる筈だ。
おっと【スライドリード】の調子がおかしいぞ?
【寄る波、渦巻き、踊る踊る破滅の狂い舞い!】
アッー!
エッダの魔力干渉だ。無理やり魔力を引きずり出された俺は瞬時に干からびて【スライドリード】が暴走。あらぬ方向に吹っ飛んでいく。
へろへろと落下していく俺を、最後に迎えてくれたのはピエッタさんだった。
「崖っぷち〜」
両手を広げて俺を受け止めようとしてくれるピエッタさんに、俺は微笑し……。
Zooooooooooooooooooooooooooo
すっかり大きくなったマールマール先生にブッ叩かれて実の弟にブン殴られた戸愚呂兄ですらもうちょっとマシだったんじゃねーかと思うくらいバラッバラの粉ッ々になって上空に散布されたのち超重力による空中コンボを叩き込まれて剥き出しの地表に優しく降り注いで死んだ。
「こ、コタタマー!」
ウチの担任教師はいささか野生的で、生徒の殺害すら辞さない熱血教師だ……。
これは、とあるVRMMOの物語。
ペタタマキャッチボール。
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