先生救出大作戦
オンラインゲームは運営との戦いだ。
それは、いつもそうだった。
1.ギスギス学園-校長室
マレはじっと俺を見つめている。
薄い緑色の瞳。光沢が強い。【NAi】と共通する瞳の色。そこに静かな怒りを湛えてマレは俺をなじる。
「なぜ私の邪魔をするのですか」
なぜ……?
答えようとする俺の肩をサトゥ氏が押しのけて前に出る。
「GM。こちらこそ聞きたい。どうして先生を監禁する? それはレ氏が嫌う不公平ってやつに当たるんじゃないか?」
しかしマレに動揺は見られない。
「Goatはョ%レ氏より称号を授かりました。大きな力には責任や義務が伴う。それを良しとするのがあなた方の文化だった筈です。それとも、人柄さえ良ければ責任は免除されても良いのでしょうか? 私はそうは思いませんが……。それに……ョ%レ氏が与え賜うた称号を剥奪することなど私にはできません。ならば答えは一つ。閉じ込めておくしか」
「責任と罰は違うだろう! ウサギ小屋って何だよ! ひどすぎんだろ!」
サトゥ氏。そこは本題じゃない。どけ。
……レイド級の制限時間は90分弱。それは俺たちが学校マップに留まることが許される残り時間でもある。
俺は端的に要求を告げた。
「マレ。先生を解放しろ」
「理由は既に申し上げました。お断りです」
だろうな。お前が素直に頷いてくれるとは思っちゃいねえよ。
だが、三つだ。俺はマレに三本指を立てて突き付けた。
マレ。俺はお前との交渉に三つのカードを用意してきた。いいか。三つだぞ。先生の解放という一つの事項に対して、俺はお前の要求を三つ満たせる。そのための準備をしてきた。
「三つ、ですか」
マレはちらりと窓のほうを見た。レイド級の咆哮がびりびりと校舎全体を揺らす。グラウンドで暴れているのはスピンドックだろう。激しい雷鳴と炸裂音が断続的に轟いている。
マレはレイド級の動向を気にしている。
「それは、一体どのような?」
会話に応じたな。時間稼ぎのためだろう。使徒を呼んだか。しかし俺の読みが正しければ……。
俺は薬指を折り曲げた。
まず一つ目。
ご覧の通りだ。俺はやろうと思えばお前らの授業をめちゃくちゃにできる。お前は、それじゃあ困るんだろ? レ氏が戻ってくるまでに成果を出したいって話だったよな?
マレ。お前が先生を解放してくれるなら、俺は今後授業で暴れたりはしない。従順な模範生になってやるよ。お望みとあらばビン底メガネに髪を三つ編みにしてやってもいい。それが一つ目。
「……二つ目は?」
二つ目か。
そうだな……。なあ、マレ校長先生よ。ポポロンとワッフルはまだ来ないのか? 随分と遅いんだな? 呼んだんだろ? いや、それとも呼んでも無駄なのか。
「あなたは……」
やはりな。校則か。
マレ。お前、レイド級にルールを上乗せしたな。妙だとは思ったぜ。使徒はともかく、他のレイド級まで大人しく教師なんぞやってるもんだからよ。
レ氏との間でどういう契約になってるのかは知らねえが、特定のマップではレイド級の縛りを強めることができるのか。ウチの担任教師はえらい剣幕だったぜ。騙されたってよ。お前に襲い掛かった時、マールマールを縛った目には見えない鎖。あれがそうなんだろう。
特定行動の禁止。それが神獣の【戒律】か。お前らはマールマールやエッダに全力で魔法を撃たれると困るんだろ? だから封じた。何かと引き換えに。それは神獣にあって獣王や公爵にはないものだ。
ハッキリ言ってやる。
競争権だろ?
マールマールは競争権を持つから、プレイヤーの戦歴に鼻面を突っ込んでくる。そして報酬を掻っ攫っていく。
イベントで二度の優勝。マールマールに与えた報酬は何だ? それも予想が付いてる。レベルダウンだな? ステータスはそのままに、レベルだけ下げて必要経験値をすり減らしたか。厄介なことしやがる。
そして、どうやら神獣に課した【戒律】はお前らにとってもある程度のリスクがあるらしい。競争権……。マールマールを校則で縛りきれなかった原因はその辺りにあるんだろう。
それが二つ目だ。
マレ。お前が先生を解放してくれるなら、俺はお前の味方になってやる。マールマールが何か企んでるようなら教えてやるし、いざとなればクラスメイトだろうと何だろうと素っ首を刎ねてお前に献上してやるよ。
「……最後の一つは?」
三つ目は単純だ。
お前の命だよ。今ここでお前を殺さないでおいてやる。
どうだ?
「そうですね……。驚きました。そして呆れましたよ。あなたは、たったそれだけの人数でこの私に勝てるつもりで居るのですか?」
それはやってみなくちゃ分からんよな。
でもよ、お前自身はどう考えてるんだ? お前はお前自身の特性をどこまで把握してる?
俺はこう考えてる。マレ。お前は生粋のPKerだ。プレイヤーに対して極めて有効な能力を揃えてる。そして、それはレイド戦を想定したものだ。
プレイヤーを洗脳し、操る。プレイヤーが強くなればなるほど。プレイヤー間の格差が広がるほど高い効果を望める。
それはな、女神の加護との真っ向勝負を前提としたスキルなんだよ。
だから俺は最低限の頭数を揃えた。本来ならレイド戦の条件を満たせないような人数だ。こいつらはお前の蔓に捕まるようなヘマはしねえ。
マレ。お前の耐久力はどの程度ある?
俺らと変わんねえ小せえ身体。細い首。レベルは1001だったか……。他のレイド級とは違うよな?
お前はいつも焦ってる。【NAi】に向ける強い対抗心はその表れだろう。悲しいことだが。
地球で生まれたお前は、身体の限界もそれ相応のものでしかない。違うか?
「だとしたら何だと言うのですか? あなた方では私には勝てない。その事実は変わらない。当然、あなたの要求に応じる理由もない」
ちっ、否定しねえのかよ。正直そこは違って欲しかったぜ。俺らはやっぱりティナンの域には及ばねえんだな。
このゲームに出てくる金属は鉄に似た何かだ。質感は同じだがリアルのそれよりも数段強度が高い。
構成素材そのものが異なっている。だからティナンは見た目がロリショタでも人間より遥かに強靭なのだろう。
俺とマレの視線が空中で火花を散らし燃え上がる。辺りに散った命の火を踏みにじり、マレは両手を差し出した。マレの姿が徐々に変貌していく。
「交渉は決裂ですね」
いいや、これから始まるのさ。
瀕死に追い込んだお前の首に刃を当てて、もう一度同じことを言ってやるよ。その時、お前は俺の要求を断れるかね?
レ氏に何の断りもなく勝手にイベントを進めて、その挙句に魔法を奪われたお前を、お前が崇拝するレ氏は一体どんな目で見るんだろうな? 楽しみだよ。
まぁお前が首を縦に振ればそれで済む話なんだけどな。
念のために言っとくが、マレよ。俺は本気だぜ。
だから俺はゴミどもを散らした。放っておけば無害なレイド級にも喧嘩を売らせた。
俺にとって本当に邪魔なのは、あいつらゴミどもなのさ。
何故なら、あいつらはお前の命乞いに耳を貸さねえ。新しい魔法を手に入れるためなら平気で先生を見捨てるだろう。そういう人種なんだ。ゲーマーってのは。
ヤツらは間違いなくこう言うよ。今回のイベント期間中は先生には我慢して貰おうってな。それで済む話だろって。
それじゃあ困るんだよ。ヤツらはレイド級に全員殺されればいい。サクラも仕込んでおいた。同調圧力ってやつだよ。
そして、マレ。たとえ今回がダメでも俺は何度でも同じことを繰り返すぜ。手を替え品を替え、お前の学校をめちゃくちゃにしてやる。
「その前にあなたの人望は地に落ちることでしょう。あなたの言葉に耳を貸すものは誰も居なくなる」
その時は名前も姿も変えるさ。俺だけ召喚しないってのは、お前の立場がヤバいんだろ? ツラいよな。ガッコの先生ってのは。お前も実際に体験してみてよく分かっただろ?
だったら少しは譲歩してくれよ。俺たちにとっての先生が、あの人なんだよ。
「ダメっ、です。Goat……。彼は賢しすぎる。ョ%レ氏が賢者と認めた人間など……。話し相手には丁度いいのですが。手触りも悪くはありません。が、しかし……」
「が、しかしじゃねえ! お前ぇ何を先生をモフっとるんじゃこるぁ!」
俺は奇声を上げてセクハラ大根娘に突進した。
開戦。
2.校長先生を倒せ!
使徒は校則で縛られている。生徒への懲罰とマレの命令の板挟みだ。援軍はない。
しかしマレの口元には余裕の笑み。弱気を見せれば狩られる。それゆえのブラフか? 分からない。結論を下すには何もかもが手探りだ。が、そんなものだ。人生ってやつは。
マレの変身が一気に進み完了した。種族人間の姿は脆すぎる。加護を止める手立てがない以上、本性を現すのは必然だ。
かしこでレイド級が暴れている。凄まじい振動が校長室を揺さぶる。俺は【スライドリード】を小出しにして体勢を整えつつ走る。
【GunS Guilds Online】
アナウンスが視界を踊る。くそがっ。俺はガムシャラに斧を振り回した。
【ゲストニ 伝エロ】
【生マレタテノ 赤子ニ 何ヲ求メル】
ワッフルか? レイド級との連戦が……。いや考えるな。今はマレだ。
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:58.06…5…4…】
【目標……】
【使徒】【マレ】【Level-1004】
視界を埋めるアナウンス。それを見越してマレが根っこを伸ばしてくる。だが読み筋だ。マレとは一度戦っている。パターンは読めてる。しかし俺のレベルは以前よりも低い。くそがっ、混乱させられる。だが俺の先生への熱い想いは混乱しようが決して揺らぐことはない。根っこに捕まった俺は一瞬で洗脳されてカッと白目を剥いた。とても爽やかな気分だ。マレ様の手下に生まれ変わった俺は、愚かにもマレ様に刃向かうゴミどもに斧の先端を向けた。
死に晒せよやぁー!
マレ様が何か言っている。
「早っ……。レベル低すぎ……」
光栄です。
魔石を取り出して得意の銭投げをしようとする俺だが、セブンにヘッドショットされて正気に戻った。おのれ、カイワレ大根娘。この俺の純情な気持ちを弄ぶとは。許さん! 死ねぇーい!
「あなたは私に従いなさい!」
根っこに捕まった俺は胸中で嘲笑った。間抜けが。人間様には耐性ってもんがあるんだよ。そう何度も……。しかし混乱耐性なんて別にないので俺はマレ様の手下に戻ることができた。誠心誠意、尽くします。天誅ゥー! セブンにヘッドショットされた。躊躇いがねえな。
切り込んできたサトゥ氏が俺をカイワレ大根の魔の手から救ってくれた。
「お前、ちょっと廊下に立ってろ!」
もるるっ……。俺は廊下に立たされた。校長室のドアの隙間からじっと仲間たちの戦いを見守る。
脚照っ。脚照っ。
アットムくんに【心身燃焼】を貰ってドアの隙間からセクハラ支援を飛ばす。
「やっ……!」
くくくっ、マレめ。嫌がっているな。
早くも戦力外通告されてしまった俺だが、俺は俺にできることをする。それがパーティー戦ってもんだ。要は役割分担なのさ。
生憎と俺は魔物っ娘もイケる口でな。女に生まれたことを後悔させてやるぜ。それが……先生に捧げる俺の戦い……!
セクハラ支援の甲斐もあり、サトゥ氏たちはマレを追い詰めていく。さすがは俺が厳選した国内サーバートップクラスの混合パーティーだ。正直、連携面に不安があったのだが、一定以上の領域に達したプレイヤーは暗黙の了解というか優先順位が頭の中に入っていて、初見でもある程度は合わせることができるらしい。もちろんそれは互いに「分かっている」ことが前提になるようだが。
空中でトンボを切って根っこを躱したサトゥ氏がフェイントを交えて後退する。他の連中も波が引くように一斉に後退し、リリララがマレに抱きつく。
「死の?」
「リリララっ」
リリララの嬌声が放たれ、至近距離から【全身強打】がマレを滅多打ちにする。決まったか? いや、さすがに人間よりは頑丈なようだ。
すかさず伸びる根っこをリリララがひらりと躱して笑う。
「こっちだよ? こっち、こっち」
リリララに追いすがる根っこをモッニカ女史が斧で切り飛ばす。モッニカ女史……近接職だったのか。
他に俺を驚かせたのが暗たまだ。スゲー強くなってる。ヤバい。完全に俺を超えてる。さすがに今のメンバーの中だと見劣りするけど、一端の働きができてる。どうしてそんなに強くなっちゃったの? 何か特別なイベントでもあったの?
サトゥ氏たちの猛攻が続く。戦ってる内に段々化けの皮が剥がれてきた。
「もるぁっ」
「もるるっ」
「もるっ?」
おい。おい! 俺は小声で呼びかけた。メガロッパ! ちょっとこっち来い。いいから。
宰相ちゃんはもきゅっと首を傾げた。ハイハイ、可愛い可愛い。そういうのいいから。もうちょっと真面目に戦ってくれるようサトゥ氏に伝えてくれる?
「もるるっ……!」
あ? なに威嚇してんだ、コイツ。前々から思ってたけど、お前ちょっと生意気だぞ。期待の新人だからって調子に乗るなよ? 俺の方が先輩なんだからな。これが野球部だった日にはお前ボッコボコだぞ。
宰相ちゃんは恨みがましい目付きで俺を睨んでいる。
「……前はあんなに優しかったのに」
そうぽつりと呟いてさっさと前線に戻って行ってしまった。何なんだよ。ちっ、気に入らねえ。まぁいい。経過は順調だ。
しかしマレの余裕が気に掛かる。何か隠し球を持ってるのか? 根っこがろくに通用しない連中であることはもう分かった筈だ。仮に捕まえたとしても殺してやれば混乱は解ける。女神の加護を相手に勝算があるとすれば……マールマールの超重力か? 瞬間的に種族人間の姿に戻り魔法を使う……。それはあり得る。だがリスクが高すぎる。一瞬でも人間になれば、サトゥ氏とセブンはそこを狙う。
やはり普段からパーティーを組んでるあの二人の連携は際立っている。他の連中が自害して魔力をリロードしているのに対して、サトゥ氏とセブンは一つの流れで淀みなく互いに殺し合っている。あまりにも自然に殺しているので、大自然のオキテか何かなのかと一瞬思ったくらいだ。
サトゥ氏を軸に戦うことで情報を共有し始めた近接職が次々と新しい連携を生み出していく。特にヴォルフさんとレイテッドさんだ。あの二人を見るサトゥ氏の目には苦々しいものが見え隠れしている。【敗残兵】のクランメンバー以外に自分に付いてこれる猛者が居るのが気に入らないんだろう。サトゥ氏にはそういうトコがある。
まぁサトゥ氏は別格だ。このボトラーは一流と呼ばれるプレイヤーよりも更にもう一つギアが多い。ふう、と大きく息を吐いたサトゥ氏が、キツくまぶたを閉ざしてカッと目を見開く。そこからは、もはや圧巻の一言に尽きた。マレの根っこを躱す手間すら惜しみ、多段ジャンプを駆使して宙を滑るようにマレに肉薄する。
「アアッー!」
サトゥ氏の刃が閃く。だが硬い。マレの首に食い込んだ剣が中ほどからへし折れた。それでもサトゥ氏は止まらない。振り返ることすらなく後ろに突き出した手に、ニジゲンが放った剣を掴み取る。追撃するサトゥ氏が。
不意に?
動きを、止めた。
「待てッ!」
サトゥ氏の一喝に戦闘が一時中断する。
なんだ? どうして途中で止めた? マレは余裕綽々だぞ。首の傷口から少し樹液が漏れているが、それだけだ。やはり何かあるのか?
マレから離れたサトゥ氏の表情は険しい。
「GM。お前……」
マレは、樹液が漏れる首の傷口を愛しげにさすった。
「攻め気にも囚われませんか。しかも……アビリティ、でしたか? 呼び名などどうでもいいのですが。今、アビリティを意識的に作動しましたね。凄い。超一流だ」
マレはサトゥ氏を手放しに賞賛した。
「資質。発想。戦意。全てにおいて申し分ない。サトゥ。やはりあなたが国内サーバーでは随一。あなたの上を行くプレイヤーは居ない」
嬉しそうだな。
「ええ。嬉しいですよ。私はョ%レ氏の忠実な下僕ですから。あの方の助けになりうるプレイヤーは大好きです。サトゥ。あなたは、そう、とても、良い。しかし、それだけに惜しい……」
「何を……。GM。お前は」
「あなたのようなプレイヤーは、もう少し後に生まれて欲しかった。生まれる時代を間違えたというのは、こういうことなのですね」
レ氏の言う、三世代ってやつか。
「そう。これが二世代目、いえ。三世代目であれば心より歓迎できたのですが……実に惜しい」
マレ。お前はサトゥ氏推しなんだな。レ氏は先生推しで、執着すら感じるくらいなんだが。
「私はョ%レ氏の忠実な下僕ですが、好みの違いはあると認めざるを得ませんね。Goatが稀有なプレイヤーであること。それに関しては否定しません。ですが、彼はあまりにも消極的だ。秀でた才を持って生まれながら、それを活かすことに喜びを感じていないように思える」
先生は謙虚なんだよ。それは俺らの国じゃ美徳とされていてだな……。
先生トークを始めようとする俺をサトゥ氏が片手を上げて制した。
「待て。コタタマ氏。……確認なんだが、GMを倒すのはダメなんだよな?」
ダメっつーかギリギリ生かしといて欲しいんだよ。ほら、ぼさっとしてないで早くやっつけちゃおうぜ。
「違う。今、俺はGMを殺し掛けた。コイツ……脆い。俺たちが思っていたよりも」
なに? ぴんぴんしてるように見えるが……。
やい。マレ。お前、もう死に掛けてんのか?
「そうですね。ペタタマ。良いことを教えてあげましょう。木々は朽ちて死ぬのです。立って歩くあなた方とは違う」
……何でそれをわざわざ俺らに伝える?
「言ったでしょう。私は嬉しいのです。この私を攻略するプレイヤーがこんなにも早く現れたことが」
喜ぶなよ。もっと自分の命を大切にしろよ。
命を大事にとコマンドする俺を、マレがじっと見つめてくる。するすると歩み寄ってきて、俺の頬を撫でた。何だよ。
「もっと、よく顔をお見せなさい」
おいおい、生き別れになった母親じゃあるまいし。それ死の間際に言う台詞だぞ。
軽口を叩く俺をマレは無視した。
「少し気に入りませんが……結果的にはそういうことになるのか。この男の策略が私を越える礎となった……」
聞けよ、人の話。マレさんよ。死に掛けてるなら俺の要求を受け入れてくんねえかな? なんか覚悟完了っぽいけど、それじゃ困るんだよ。一体どうしたってんだ? らしくないぜ。それでもお前は中ボスかよ?
「ペタタマ。私はあなたが嫌いです」
俺だって別にお前のこと好きじゃねえよ。先生をあんな目に遭わせやがって。
「それは何故なのだろうと考えたら、こうも思いました。あなたは、どこかョ%レ氏と似ているのかもしれない。具体的にどこが、と言われても困るのですが……。素直ではないところ、かも」
似てねえよ。いや、よしんば似てたとしても、それで俺を嫌いになるのはおかしいだろ。むしろ俺のこと好きになるんじゃねえの?
「どうやらあなたは乙女心というものを解さない人間であるらしい。やっぱり似てませんね。私の気の所為でした」
マレはニコリと微笑んだ。
「さあ、私を殺しなさい。私を上回ったあなた方には報酬を与えねばなりません。それは新たなスキルでなければならない。私は交渉には応じませんよ。ならば選択肢は一つでしょう?」
違う。与えねばならない? でなければならない? こうするべきだの、ああするべきだの……下らねえ。ルールなんざ無視すりゃいいじゃねえか。お前らは自由だ。レ氏に嫌われるのがイヤだっつーなら、それでいいじゃねえか。大人しく先生を解放しとけよ。そしたらお前の勝ちだ。この俺がお前に勝たせてやる。
「Goatには……悪いことをしたと思っています。今後は少し優しく接すると致しましょう。それで妥協なさい。これ以上はありません」
ちっ、それしかねえのか。仕方ねえ。
俺は斧を振り上げた。あばよ。マレ。楽しかったぜ。お前が妥協するってえなら、俺も妥協してやる。先生の解放は諦めねえが、ちょっとは遣り方を変えるとしよう。
「ありがとう」
ぽつりと零れた呟きに。後を追うように俺の斧が振り下ろされ、ガタイがいい黒服の兄ちゃんにガシッと斧を掴まれ……。カウンターのボディブローを叩き込まれて……。俺はゆっくりとマットに沈んだ……。
いやいや、今のはマレの首が落ちてそれをソフトに表現する場面じゃねえの? 軽く余韻を効かせながらさぁ。
誰だよ、この黒服? どこから現れた? 二人組だ。ゴツいのとヒョロイの。二人揃ってサングラスなんぞ付けてる。どこのSPだよ。
俺は、ひとまずメンチを切る。初対面の印象は大切だからな。人間、舐められたらおしまいよ。
あん? こら。あん? やんのか? ブッ叩かせろテメー。会うなり腹パンたぁ上等じゃん? 俺にも挨拶させろや。
おう、マレ。お前も何か言ってやれや。部外者が紛れ込んでるぞ。ご父兄の方々はァ〜引っ込んどいて貰えませんかねぇ〜?
俺は黒服のゴツいのに頬をブッ叩かれた。
ちょっと。マレさん。マジで誰なのコイツら。俺、既に二発入れられてんだけど。
おっとマレさんは目を丸くしている。
「あなたたちは……」
黒服二人がサングラスをくいっと指で持ち上げる。そして、こう言った。
「本社の者だ」
これは、とあるVRMMOの物語。
うら若き女性の危機に颯爽と駆けつけた敵キャラ登場。
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