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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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ペタタマプロデュース

 1.スピンドック平原-【目抜き梟】ライブ会場


 大観衆が見守る中、アイドル気取りどもがライブをしている。

 見てくれだけは綺麗なチャンネーがマイクを片手にステージを行き来し、エグいポーズを決めて歌声を披露していく。

 オーディエンスは熱狂の坩堝だ。まぁそうだろうな。このゲームのキャラクターは声質も自由自在に作れる。リアルじゃ百年に一人の逸材と持て囃されるスターの卵も、ここじゃ単なるバックダンサーの一人だ。

 観客が息を呑んだ。ライブ会場には不似合いな静寂が広がっていく。

 舞台袖から出てきたリリララが、とことことステージの中央に向かっていく。いつものライブとは異なる演出だ。リリララは踊れないからな。ライブの頭からセンターに置いた方がボロが出にくい。

 だが、俺には勝算があった。

 リリララは踊れない。しかし回ることくらいならできる。

 くるり、くるりと。残像を引いてリリララが回る。バレエでも踊るかのようなゆっくりとした動きだ。ありふれた動きだ。似たような演出をやっているクランは山ほど見掛ける。

 だが、今日この日を境に、この【スライドリード】を採り入れた演出はリリララターンとでも呼ばれるようになるだろう。

 それは、超人気クランの女性ユニット【目抜き梟】が今までやらなかったことだからだ。

 二流、三流がどんなに声高に吠えても人の心を揺さぶることはできない。一流がやることで初めて価値が出るのだ。

 くくくっ……。リリララ、どうだ? いい気分だろう? 会場に詰め寄せたオーディエンスは、今やお前の一挙手一投足から目を離せずに居る。

 舞台袖でパイプ椅子に座っている俺はニヤリと口元を歪めた。確信と共に小さな呟きを零す。


「勝ったな」


 このライブの成功はもはや約束されたも同然だ。

 月明かりの下、ステージの中央に辿り着いたリリララがスタンドマイクに口を寄せる。

 後はもう既定路線だった。リリララの歌声に観客どもは魅了され、要所でリリララが残像を引いて左右に身体を揺するだけで会場のボルテージは天井知らずに登り詰めていく。

 この日、俺は【目抜き梟】のプロデューサーとしての地位を確固たるものとした。



 2.スピンドック平原-【目抜き梟】クランハウス-役員室


 ライブを終えるなり、役員待遇で【目抜き梟】に迎えられた俺は多忙な日々を過ごした。

 まぁ俺の手腕など微々たるものだ。【目抜き梟】という、既に土台が完成したドル箱あっての成功である。

 しかし実際に一石を投じたのは俺であり、あらゆる妬み嫉みも実績の前ではゴミに等しい。

 俺は一世を風靡したリリララターンを最後の切り札という位置付けに置き、安売りすることを強く禁止した。

 リリララターンを最大限に輝かせるのは、踊りたくても踊れないリリララの不断の努力。そして【目抜き梟】メンバー個々の決して少なくない輝きだ。

 肝要なのは、持ち上げすぎないこと。流行というものは乱発しすぎるから廃れる。他のクランが幾ら真似をしようが、それはウチの劣化版でしかない。

 正式に【目抜き梟】専属プロデューサーに就任した俺は、こぞって取材に駆け付けた各メディアにしつこいくらい強調した。

 リリララターンは苦し紛れの演出であり、ライブ直前になって生み出された偶然の産物であること。

 ファンの期待に応えることができたという手応えはあるが、リリララ一人に頼った演出に個人としては納得していないこと。

 人間ってのは単純なもんだ。各メディアの紙面を飾った俺に、もはや懐疑的な眼差しを向けるアイドル気取りは居なかった。少し有名になったからって俺自身が変わった訳でも何でもねえのにな。

 アイドル気取りどもは我先にと俺に指導を求め、俺は俺なりに誰でも言えるような当たり障りのないことを言って地力の底上げを図っていく。俺は器用なんでね。同じことを言ってても伝え方一つで受ける印象が変わるってことを熟知してるのさ。

 俺はモッニカ女史と密に連携して慎重に全体のバランスを見極めていった。

 新たなムーブメントを生み出したリリララは一躍時の人になった。しかし俺らは人間を相手に商売をしている。扱う商品もアイドルという不安定極まりない人種だ。スキャンダル一つで失墜したアイドルなど腐るほど見てきた。成功しすぎるのも良くない。平らにしなくては。俺はアカギから学んだ生きるための知恵を総動員してバランス調整に努めた。

 ファングッズの販売はその一つだ。

【目抜き梟】の人気を支える金づるどもの手元に残るのは、感動や共感といったあやふやなものではない。ライブからの家路、興奮が醒めやらぬまま家に帰って、ふと冷静になった時、ヤツらが目にするのは薄くなった財布とご購入頂いたファングッズなのだ。

 ここは手を抜くべきではない。俺は徹底してファングッズのクォリティの向上に執念を燃やした。もっと指導して欲しいというアイドル気取りどもの要望すらガン無視して必死に取り組んだ。

 その甲斐あって、ファングッズの売れ行きは順調そのものだ。コストはできる限り抑えてはいるが、多少値が張るのは仕方ない。一人で良いアイディアを出せるなら苦労はしない。アイディアとは、すなわち人件費なのだ。そして人件費とは、おもに俺の給料で構成される。

 役員室の革張りの椅子にどっしりと腰掛けて、俺は札束をびらびらと数えていく。

 くくくっ……。またボロい商売を見つけちまったなぁ、おい!

 俺は勝手に着いてきたポチョの細い腰に腕を回して哄笑を上げた。

 ポチョが首を傾げて俺の顔を覗き込む。


「コタタマ、レベル上がった?」


 いいや、まったくだ。でもよ、もうレベルなんてどうでもいいじゃねえか。ここまで来れば黙ってても金は入る。女も……。俺にはお前が居るからな?

 俺はポチョをぐっと抱き寄せて頭を撫で回してやった。俺の膝の上でポチョがくすぐったそうに身をよじる。よしよし、お前さえ近くに居てくれれば俺は安泰だ。

 以前にポチョが自己申告していた通り、この元騎士キャラは受け身に回ると滅法強い。この上なく護衛に適している。オートカウンターというアビリティと【スライドリード(速い)】の独特な使い方。昨年のクリスマスイブでは予想以上に成長していたアットムに後れを取ったが、もしもポチョが本来の戦闘スタイルを貫き通したなら結果は逆になっていただろう。

 力を溜めて一瞬のカウンターで襲撃者を殲滅するのがポチョの真の戦闘スタイルだ。更に回復魔法を使える聖騎士というジョブの組み合わせ。この女の戦闘スタイルは完成の域に達している。まさに俺好みの使える女だ。

 つまりポチョを従えた俺は無敵ということになる。

 くくくくっ……ふははははははははははは!


「ペタさん。遊びに来ちゃった」


 おっと赤カブトさんだ。

 俺は椅子から腰を浮かせて、いつでも土下座できるよう備えた。

 おい、ポチョ。ちょっと離れろ。正気に戻るとお前と身体をくっ付けてるのは急に気恥ずかしくなる。お前はもう少し慎みというものを身に付けるべきだ。俺はそう思う。


「何を言う。コタタマ。キミを見出したのは私だぞ。キミは私をもっと可愛がるべきなんだ。ほら、撫でろ」


 ぐいぐいと身体を押し付けてくる金髪を、俺は床に降ろして毛繕いする。さらさらと指を流れる金髪を整えてやりながら、赤カブトさんに命乞いした。

 なあ、ジャム。これは違うんだよ。誤解なんだ。

 如何にポチョが強かろうと、覚醒した赤カブトには及ばない。仕上がった赤カブトはプレイヤーの域を逸脱したZ戦士だ。冗談でも何でもなく一人だけ世界観が異なる。

 赤カブトがとことこと俺に近寄ってくる。

 待てって。誤解なんだよ。俺は別に金儲けのために【目抜き梟】に近付いた訳じゃねえんだ。

 すると赤カブトは不思議そうに首を傾げて、


「ペタさん? どうしたの?」


 ハッ。そ、そうか。遊びに来たとか言ってたな。

 てっきりいつものパターンかと思って条件反射的に命乞いしたが、どうやら俺の悪事はまだバレていないようだ。

 ふう、何だよ。びびらせやがって。命乞いして損したぜ。

 俺は気を取り直して椅子に座り直した。踏ん反り返って赤カブトに命じる。

 おい、ジャムジェム。お前は気が利かねえ女だな。何してる、さっさとこっちに来て俺に傅くんだよ。富、名声、女。三拍子揃ったこのペタタマPにな。


「また調子に乗ってる……」


 赤カブトはデスクを回り込んで俺の傍らに立つと、俺の頬をぐにっと引っ張った。何しやがる。


「もう! 最近全然家に帰って来ないから心配してたんだよ?」


 ふっ、健気なことを言ってくれるじゃねえか。

 悪かったよ。ここんところ少しばかり忙しくてな。あまり構ってやれなかったな。

 俺は赤カブトを抱き寄せて頭を撫でてやった。こいつには両親と呼べる存在が居ねえからな。俺のことを親代わりに思ってるのかもしれねえ。そう、今の俺はペタタママだ。


「なななっ、何を……」


 むずがる赤カブトに俺は頬ずりをしてやって撫で回す。よしよし、いい子いい子。

 おっとポチョが構って欲しそうな顔をしている。よしよし、お前も来い。お望み通り可愛がってやろう。

 俺はポチョと赤カブトの二人を膝に乗っけて背中をさすってやる。うんうん、何だかとても良い気分だ。俺の中の母性が満たされている感じがする。


 ところが俺の天下はそう長続きしなかった。


「コタタマさん、少しお話が」


 モッニカ女史がクランメンバーを引き連れて役員室に踏み込んで来たのだ。

 女二人を両手で抱き締めている俺に、モッニカ女史は何か穢らわしいものを見るような眼差しを向けた。


「なるほど……」


 おい、ノックもなしに突然何だよ。


「コタタマさん。念のために聞きます。あなたがウチの子たちにレッスンと称してセクハラをしたというのは本当ですの?」


 は? 何だよ、そりゃ。俺はまったく身に覚えがねえぞ。いやマジで。

 モッニカ女史の後ろに控えるメンバーがぽつぽつと被害状況を語っていく。


「私は腰に腕を回されて……ちょうどあんな感じに」


 おい、待てよ。ダンスの指導してたらそれくらいのことは普通にあるだろ。


「凄く気軽に頭を撫でてくるんです。私、ちょっといいかなって思ったりもしてたんですけど、本命が居たんですね。しかも二人も」


 待てって。本命って何だよ。ウチの子たちのことか? だとすれば二人じゃねえ。三人だぞ。

 あ、いや。頭を撫でたってのは正直すまん。最近少し癖になってるな。気を付けるよ。何しろ普段からご覧の通りの有様でな。あれ、これ命乞いパート入ってる? 新しいパターンだな……。おい、ジャムジェム。黙ってないでお前も何とか言ってやってくれよ。女側の証言があれば大分違うだろ。


「わ、私……。なんか、ちょっと変かも。他のトコの子に、ペタさんが殺されるの、チョット……やだな」


 今度は何を言い出した? 他のトコの子にっていう前提がまずおかしいだろ。俺が殺されるのはそれ単体で悲劇なんだよ。悲しいことだろ。そこを肯定するのはやめろって俺は再三……! いや、待て。ヤバい。目がマジだ。おい、モッニカ女史! 他にも何か言いたいやつが居るなら言わせてやってくれ! どうやら俺は助からないっ。俺は剣の柄に手を伸ばした赤カブトを押しとどめながら懇願した。

 モッニカ女史は俺の意を汲んでくれたようだ。サブマスター自ら口を開く。


「この場には居ませんが。コタタマさん。リリララに言い寄るのはおやめくださいまし。お、お前が一番、か、可愛いだの……何なんですか! あなたは一体!?」


 それは言っちゃダメなやつでしょ!?

 俺ぁなー! アイドル気取りとの接し方なんて分からねんだよ! だったらどうする!? AV男優だのカメラマンを参考にするしかねえだろが! ハメ撮りってやつだよ!


「は、破廉恥な! あなたはクビです!」


 言われんでも生首の一つや二つくれてやらぁ!

 ぐうっ、ポチョ! お前もか!?


「ふ、二人で。私とジャムの二人で、コタタマを殺すなんて、そんなこと……。い、いけないコトだ。でもっ」


 単独犯なら許されるって問題じゃねえんだよ!

 くそがーっ! 俺は自棄になって赤カブトとポチョをぎゅっと抱き締めた。俺の背中から二本の剣が生える。

 ぐはっ。も、モッニカ……。リリララに、上手く言っといてくれ……。


「えっ。こ、これを? どうお伝えすれば……」


 俺はニッコリと笑った。


「ありのままを」


 俺は女二人に刃物で刺されて死んだ。

 俺の身体から幽体が抜け出て、天に昇って行く。

 ハッとした赤カブトとポチョが顔を上げて俺を見る。


「ぺ、ペタさん!」

「コタタマっ。私は……!」


 いいんだ。

 どこか……ホッとしたよ。

 なあ。ポチョ、ジャム……。【目抜き梟】ってのはさ、やっぱりレベルが高いんだよ。それは見た目だけの話じゃなくて、ちょっとした気遣いとかさ。常に他人の目を気にしてる連中だからかな? ほんの些細な仕草にもドキっとさせられることが多い。

 そんな連中に囲まれてちやほやされてるとよ、男なら誰だって変な気分になっちまうもんさ。エロ漫画とかだとよ、憧れのアイドルを自分だけのものにっていうジャンルもあるしな。

 でも、それでいいんだ。アイドルってのは結局のところ自分の魅力をアピールするのが仕事なんだからな。プロデューサーの一人や二人くらい骨抜きにしてやってよ、のし上がってやるってくらいの気持ちで丁度いいんだろう。

 だから、これでいいんだ。いつか、手出ししてたんじゃねえかなって、思うから。

 ありがとな。ポチョ、ジャム。逝くよ……。


「こ、コタタマー!」




 これは、とあるVRMMOの物語。

 ペタタマPを襲った突然の死。それは芸能界の闇なのか。それとも……。



 GunS Guilds Online


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[一言] クビの意味が猟奇的すぎて声あげて笑った
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