二限。体育
1.クランハウス-居間
そろそろレベルが上がるような気がする。
実は結構前からそんな気がしていて、もう100回くらい同じことを考えている。だから今日も同じことを考える。
そろそろレベルアップできそうな予感がする。
モグラさんぬいぐるみに見守られつつ、上がれ上がれと念じながら粘土をこねる。
よしよし、いい感じだ。経験値の高まりを肌で感じる。溜まってきたガラクタを工房に放り込んで、扉を閉めた。
2.ギスギス学園-校庭
ファック。強制召喚された。
……学園モノってさぁ、今の俺なら学校でスターになれるっていう感覚が大事な訳じゃん? 学校で大人になってから後悔しても遅いんだぞって脅され続けてハイハイ適当に返事して実際に社会に出たらマジで後悔したっていうね。そうした経験を踏まえて、今の俺ならっていう思いがある訳よ。それをさぁ、学校行くのダリーとか嫌な方面で再現するのやめて欲しいわ。
しかもいきなりグラウンドかよ。教室スタートじゃねえの?
Zooo……
ウチの担任教師はいささか野生的で、生徒の殺害すら辞さない熱血教師だ……。
校舎のほうからマールマール先生がのしのしと歩いてくる。今回も俺は滑り込みセーフだったようだ。俺より少し遅れて転送されてきた腐ったミカンを、マールマール先生は行き掛けの駄賃とばかりに片手で押し潰した。あんなの刃牙でしか見たことない。
俺の横では、何気にエンジョイ勢のピエッタさんが小さな身体でぴょんぴょんと飛び跳ねて準備運動している。
「今日も体育か〜」
ああ、やっぱり前回の授業は体育だったのですね。もうZ組の授業は全部体育なんじゃないスかね?
しかし級長のネフィリアさんは乗り気なようで、手持ちの杖を点検している。
「いや。意外と為になる授業だったぞ。前回は全滅したが、工夫すれば単位を取れるかもしれない」
だが他のクズどもの意見は異なるようだ。もるもると悲しげに鳴いている。一体何があったのだろうか。気になるところだが……。
悪いな、ネフィリア。今日、俺は早退だ。
「なに?」
これはゲームだ。俺の遊び方は俺が決める。他にやりたいことがあるんだよ。
まぁレベル上げなのだが。
ピエッタが俺の裾をちょこんと摘む。
「崖っぷち……。死んじゃうのか?」
俺はピエッタの小さな手を握ってしゃがみ込んだ。優しい声音で問い掛ける。
一緒に来るか? どうせ死ぬならさっさと死んだほうがたくさん遊べるぞ。
「お前、やっぱり頭おかしいんだな。死ぬなら勝手に一人で死ね」
どうかな……。少なくとも俺と同意見のヤツはそれなりに居るようだな。
半数ほどのクズどもが悲壮な決意を固めたようだ。もるもると鳴いて俺に擦り寄って来る。
ネフィリアがこりゃダメだと言わんばかりに顔に手を当てて項垂れた。羽虫でも追い払うようにしっしと手を振る。
「まぁ……予定があるなら仕方ない。骨を拾ってやることはできないが、行くならさっさと行け」
すまんな。あとは頼む。
俺はニコッと笑って、ザッと踵を返した。マールマールの正面に立ち、早退の旨を告げる。それは決闘の宣誓に似て。
マールマール先生。あんたは俺たちのことを腐ったミカンだと言ったよな?
でもよ、腐ったミカンにも種はあるんだ。どんなに見栄えが悪かろうと、諦めなければよ。いつか、きっと……花を咲かすこともあらぁな。だからよ……。
死に晒せよやぁー!
俺は奇声を上げてマールマールに殴り掛かった。
仮にレイド級とタイマンを張って勝てたなら間違いなくレベルは上がるだろう。一気にレベル二桁すらあり得る。
が、まぁそれほど甘かねえよな。
俺はマールマールに頬をブッ叩かれて吹っ飛んだ。ヤバい音がした。完全に首の骨がイッた。ぐるんぐるんと大回転してグラウンドでバウンドして高く跳ねる。ダンプカーに撥ねられたらこんな感じかもしれない。俺は地面をごろごろと転がってぱたりと死んだ。
よっし、経験値稼ぎの続きだ。ガバッと跳ね起きた俺は目を疑った。ネフィリアたちがぽかんと俺を見ている。なんで……。俺もぽかんとした。
……なんで俺は生きてる?
俺は手のひらに視線を落とした。感覚は正常だ。デスペナが付いてない。
答えは一つしかなかった。
視界の端で火の粉が舞う。それは命の輝き。渦を巻いて燃え上がった命の火が生きろと告げる。
アナウンスが走る。
【条件を満たしました】
【パッシブスキルが発動します】
レイド戦が勃発する条件。いやレイド戦と認められる条件の詳細は分かっていない。少なくともレイド級ボスモンスターに挑めば、それだけで成立するものではない。
ただし絶対に不可欠とされる条件がある。
複数のクランから成る集団を結成しレイド級に挑むことだ。
無謀な挑戦になる。この短期間に他のクランに声を掛け、連携できるようなプレイヤーはごく限られる。
サトゥ氏……。仕掛けたのか?
ネフィリア。どうする? 俺はネフィリアを見た。
ネフィリアの判断は早かった。即決と言ってもいい。杖をマールマールへと突き付け、叫ぶ。
「行け! マールマールは私たちが食い止める! アイツっ、サトゥはエッダの謎を暴くつもりだ! プールを探せっ!」
級長命令とあらば仕方ねえな。俺は早退組を率いて駆け出した。しかしプールか。どこにある? それらしき施設はグラウンド側からは見当たらない。なら校舎の裏か?
ビンゴだ。
甲高い咆哮が上がる。校舎の裏手からだ。
Hoooooooooooo……
【女神の加護】
加護の発動が早い。
それは【NAi】の意思によるものなのか。ひょっとしたら暴走したGMマレへの抗議だったのかもしれない。
【女神の加護】
【Death-Penalty-Cancel(それでも抗おうとするならば)】
【Stand-by-Me!(道は示される!)】
運営渾身の目潰しは今日も絶好調だ。
手で振り払おうとすると微妙に反応するのだが、初期の国産スマホみたいに動きが鈍い。そして結局は定位置に戻って来る。嫌がらせしたいという、とても純粋な意思を感じる。目を閉じてもまぶたの裏にくっきり映るという念の入れようだ。
しかも回を追うごとに段々多芸になってる。
上からズシーン。
【勝利条件が追加されました】
左右からガシーン。
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
視界の端から端へ通り過ぎると見せ掛けて戻ってくる。
【制限時間:58.23…22…21…】
ぐるんぐるん回って……?
【目標……】
着地。
【神獣】【Eight-Order】【Level-2809】
もはや読ませることを主目的としてねえだろ……。
軽い拷問を受けながら、俺たちはふらふらと目的地へと向かった。
3.ギスギス学園-プール
校舎の裏手に近付くごとにゴミが増えていく。
提示された制限時間は90分弱。討伐はまず無理だが、謎のベールに包まれていたエッダの秘密に迫れるかもしれないと期待しているのだろう。
そう、これはチャンスだ。普段のエッダは海に面した洞窟の最深部に住んでいて、海に潜るだけで俺たちを無視できる。海中戦に至ってはエッダの独壇場だろう。タコ足をぐるぐる回すだけで俺たちは溺れ死ぬ。
しかし、ここ学校マップならば。エッダに逃げ場はない。まともに戦える。それが一体どれほどの僥倖か。タコ焼きプレートにタコが乗って来たようなものだ。
だからサトゥ氏はタコ焼きプレートの電源をONにした。
プールに到着した。
デカいタコがプールに浸かっている。エッダだ。校内では眷属サイズの体育教師エッダ先生だが、さすがにレイド戦ともなると元の大きさに戻るらしい。
Hoo Hoo Hoo
なんかムカつく鳴き声だな。
俺の鼓膜は無事だ。水棲生物だからなのか、声はあまり大きくないらしい。ていうかタコって鳴くの? 鳴かないでしょ。まぁ今更の話か。それを言い出したらモグラだって地球じゃZooとか鳴いたりしない。
予測していたことではあるが死屍累々だ。プールサイドに積み上がった屍の山が続々と復活して戦列に復帰していく。今や恒例行事と化したゾンビアタックだ。
戦況はどうなってる? サトゥ氏はどこだ? 居た。プールサイドに片膝を付いてエッダを睨み付けている。エッダにやられたのか? 【スライドリード(遅い)】でダメージの進行を抑えているようだ。
「八つの試練。そういう、ことか……」
サトゥ氏の全身に亀裂が走る。直後バラバラに弾け飛んで死んだサトゥ氏が、命の火から再生する。
女神の加護。プレイヤーは何度でも死ねる。そして蘇る。
復活したサトゥ氏は後退した。指示を出すでもなく、引き下がる。らしくねえな。どうした?
俺が声を掛けると、サトゥ氏は険しい表情のままチラッとこちらを見て、すぐにエッダに視線を戻した。
「コタタマ氏か。よく来てくれた。しかし……。見てれば分かる。神獣、エッダ。コイツは……」
こうして話している間にもゴミはどんどん増えていく。
参戦したゴミどもが張り切ってエッダに突っ込む。
エッダが青く透き通った波を放った。これは……。つい先日、赤カブトが使った魔法と同種のものだ。
【消えゆく定め、命の灯火……】
リジェネ破壊か。しかし大した問題ではない筈だ。普段の狩りならいざ知らず、今の俺たちには加護がある。
……いや、違う。妙だ。
リジェネ破壊。エッダの魔法がそうだというなら、どうしてサトゥ氏は死んだ? あの死に方は、まるで……。
エッダが立て続けに波を放つ。これは避けられない。赤カブトの時もそうだった。射程範囲が広すぎる。
【沸き立つ命、遠けし定めは……】
先ほどとは内容が異なるアナウンス。
突進したゴミの中に混ざっていた人間爆弾さんが嬌声を上げて【全身強打】を放った。
光の輪がぐにゃりと歪む。ゴミが全滅した。
おう、こりゃやべえ。俺はドッと冷や汗を掻いた。
今、全滅したゴミどもは人間爆弾さんから一定の距離を置いていた。普段からパーティーを組んでいる面子だったのだろう。おそらくは【全身強打】の射程外に身を置いていたのだ。それが、全滅した。距離を見誤ったとかじゃない。
魔力に干渉されたのだ。
八つの試練……。エッダの名称に付随する暗示だ。
つまりエッダは、八つの魔法環境を作り出すことができる。
魔力に干渉するスキルを持っており、造作もなく使いこなしている……。
俺は、とても単純なことに気が付いた。
種族人間は魔力を感知するすべを持たない。当然のことだ。魔法なんてものは俺たちが生まれ育った地球には、ない。
しかしエッダは……いや、レイド級は違う。今になって思えば、マールマールもそうだった。
半年前の年越しイベントでマールマールは先生を警戒するような素振りを見せた。それは当時の先生が国内サーバーで唯一のウィザードで、他のプレイヤーよりも高い魔力を持っていたからなんじゃないか?
立場を逆にして考えればいい。
雑魚を蹴散らしたあと、一体だけ明らかに様相が異なるMOBが出て来たら、俺だって警戒する。ヤバそうだと思う。
あの時、マールマールはこう考えたのかもしれない。切り札を先に切らされたと。
プールに浸かるエッダが巨体を揺する。風呂場ではしゃぐガキンチョみたいに。
Guggu Gugugu……
笑った?
エッダ。コイツは……。
「強いっ……!」
サトゥ氏が代弁してくれた。
そう。強い。力押しでどうにかなる相手じゃない。コクのある強さだ。激戦区と噂の海外勢ですら勝てなかったというのも頷ける。これは、従来の遣り方では……。
サトゥ氏は俺と同じ結論に至ったらしい。剣を突き上げ、指揮の放棄を宣言した。
「指示が追いつかない! 以降各自に判断を委ねる! ミスを恐れるな! 慣れろ! それしかないっ!」
個々人の技量が問われている、ということだ。
テクニカルな戦法を用いるレイド級。おそらくエッダに、同じ神獣のマールマールほどの耐久力はない。
では残りの時間で削り切れるかといえば、まず無理だろう。負け戦だ。そんなことは最初から分かっていた。時間が足りない。攻略の糸口さえ掴むことができれば。そう思っていた。
ただ、エッダは強かった。そして俺たちは弱かった。
魔法環境の切り替えは、必ずしもエッダにとって有利に働くものではなかった。
無理に限界以上の出力を引き出された【全身強打】はエッダに当たれば通常のそれよりも大きな効果を与えていた。
しかしエッダはゴミどもの魔力を感知し、先手を打ってくる。
射程範囲を引き上げられた【心身燃焼】はエッダの傷を癒し、近接戦を挑めば【スライドリード(速い)】の調子を狂わされ同士討ちを誘発される。
まるで荒波にでも飲まれたかのように、俺たちはエッダに翻弄され続けた……。
4.ギスギス学園-Z組教室
しかし朗報もある。
クラスメイトが増えた。
一人目はサトゥ氏だ。
「もるるっ……」
罪状……!
多数の生徒を扇動し教師を襲撃……!
白昼堂々の非行……! 待ったなし……!
D組からZ組へ……! 転落……!
「ちィ……」
セブン……!
同上……!
E組からZ組へ……!
滑り落ちる……! 順当に……!
「サトゥくん……?」
リチェット……!
襲撃には不参加……!
が、ダメ……!
主犯のサトゥ氏と同クラン所属の最高幹部……! 犯行を未然に防げる立場にあったと目され……!
巻き添え……! 圧倒的な巻き添え……!
急転直下……!
天国から……地獄へ……!
開校二日目にして……。
打ち立てる……! 不滅の大記録……!
A組教師から……Z組生徒へ……!
三人ともよろしくね!
これは、とあるVRMMOの物語。
あたかも闇鍋のごとし。
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