遊びに来たよ!
1.クランハウス
日を跨げば姿が戻ると思っていたが特にそんなことはなかった。
今日もティナンに身をやつしたコタタマくんだぜ。
この罰ゲームはいつ終わるんだろうか。さすがにそろそろ何か手を打ったほうがいいのだろうか。けど特に困ったことはないんだよな。身体操作の感覚はキャラクターデータに入っているらしく、急に背が縮んで動きにくいとかもないしな。問題があるとすれば歩幅が小さくて歩くのが遅いくらいか。素材集めに関しても年齢の割にしっかりしたガキンチョのふりをして野良パーティーに寄生すればイケるだろうしな。
一応、先生には相談しておいた。すると先生は俺を肩車しながら多分大丈夫だろうと言ってくれた。先生の言うことなら間違いない。という訳で俺は普段通り藁人形のクラフトに精を出す。
しかし薄々は勘付いていたんだが、俺は運命の女神様とやらに嫌われているらしい。
「私だ」
ノックもなしに俺の部屋に騎士キャラが踏み込んで来た。
この女はいつもこうだ。俺は自分の部屋の鍵はしっかりと閉めておきたい派なんだが、鍵を開けろ開けないの遣り取りが不毛すぎて今となっては鍵を閉めないのが当たり前になってしまった。
つい先日、無断でスズキの部屋に入った俺を鉱山送りにした女は、部屋の真ん中にあぐらを掻いて座っている俺を見下ろして一言。
「お前は誰だ」
「俺はコタタマの親戚だ」
俺は堂々と言い放った。
正直、自分でもどうかと思う杜撰さだった。
「そうか。私はポチョと言う。コタタマのガールフレンドだ」
西洋かぶれはあっさりと騙された。まぁポチョは俺がめったに課金しないことを知ってるからな。
「私のことはお姉ちゃんと呼ぶといい」
何言ってんだこの騎士キャラ。俺はスルーした。
「そうか。俺は忙しい。悪いが一人にしてくれ」
なんかよく分からないけど、知り合いに小さい姿を見られるのは羞恥心を刺激される。子供の頃の写真を見られる感覚に近いかもしれない。
しかしポチョは俺の退去勧告に従おうとする気配がまったくない。やめろ。俺に興味を持つな。そっとしておいてくれ。
そんな俺の願いも虚しく、ポチョは身体を屈めて俺の手元を覗き込んでくる。
「何してるんだ?」
「見れば分かるだろ。経験値稼ぎだよ」
「兄弟揃って生産職なのか」
誰も兄弟だとは言ってないが、その微笑ましいものを見るような目は何だ。気に入らないぜ。だが俺はそんな下らないことに目くじらを立てるような男じゃない。
「お前、生産職は触ったことがないのか?」
「うむ。転職は面倒臭いし、私は根っからの硬派だからな」
硬派? 話の流れからいって一つの職業に絞って他職に浮気しないことなんだろうけど、正直どうかと思うぜ。確かに転職は手間だが、一通り触っておいたほうがいいに決まっている。パーティーの指揮をとるリーダーなら尚更だ。
俺はポチョの為を思って皮肉を口にした。
「そうなのか。俺は一通り触ったけどな。自分でやってみないと分からないことって多いし、単に面倒だからって手間を惜しむのもな」
「うん? しかし生産職は粘土をこねるだけだろう」
よし分かった。戦争だな。
俺は粘土をこねながらクラフトの何たるかを脳筋に説明してやった。いや粘土じゃねーよ。これはクラフト技能の発動で粘土っぽく見える何かだ。こうやってこねこねとこねて……粘土じゃねーか!
いや違う。今のは完全にノリツッコミする流れだった。俺は悪くない。
ともあれ、プレイヤーはキャラクタークリエイトを終えるとナビケーターの【NAi】から四つの特典を授かる。
パッシブスキル【女神の加護】とアクティブスキル【スライドリード】、ささやき魔法【ナイ】とクラフト技能【ョレ】の四つだ。
実際はそこに先駆者が討伐したレイド級ボスモンスターの名称を冠した魔法が加わる訳だが、それは置いておこう。今はクラフト技能だ。
このゲームはプレイヤーを絶望のどん底に叩き落としたくて提供されている節があるが、さすがに物作りの教材ソフトになることは運営も望んでいなかったらしい。鍛冶を始めとするクラフトの過程はリアルとは比べるべくもなく簡略化されていて、素材を基に粘土をこねているだけで色々な物が作れる。
しかしだ。この粘土のこね方にも色々とあって、回数をこなしていくと自分でもよく分からんコツみたいなのが身に付いていくんだよ。身に付くっつーか、手に馴染むっつーか、人智を超えた何か大いなる存在にアクセスしてる感じっつーか。ぶっちゃけ得体の知れないデータをインストールされてるんだろうな。まぁそれは仕方ねえ。冷蔵庫を開けたら冷んやりした空気が顔に当たって冷たいだろ。それと一緒だ。
生産職の素晴らしさ、クラフトの奥深さを語り終えて俺は満足だ。
思うところがあったのか、ポチョはなるほどと頷き、
「子供は風の子と言うからな。コタタマが留守とあらば仕方あるまい。お姉ちゃんが遊んでやろう」
殺される。
俺は逃げた。
2.ポポロンの森
ポポロン、ポポロン……。
俺は魔法の言葉を唱えながら大木のうろに身を潜めてがたがたと震えていた。
冗談じゃない。あの女は、年端も行かない俺をダンジョンに連れて行くつもりだ。
曜日ダンジョンで体験した、あのチームポチョのギスギスした雰囲気は俺の健全な育成の妨げになる。
コタタマくんが可哀想だろうがっ、まだこんなに小さいんだぞっ。
「ははは、元気な子供だ……」
ポチョの声が聞こえた。
まだ俺の居場所はバレていないようだが、この広大なポポロンの森で的確に俺を追って来やがる。
こうなったら刺し違えてでも……。逆襲を決意する俺だが、武器を持っていないことに気が付く。しまった、相棒の斧はリチェットさんにへし折られたままだ。ちょくちょくバザーには顔を出しているが、これはというものには出会えなかった。
戦っても勝ち目はない。どうする? この場でじっとしていたほうがいいのか? それとも脱出するべきか? しかし脱出した後はどうする? 逃げ切れるのか? この小さな身体で。あの女から。
くそっ、歩幅さえあれば。歩幅がこれほどまでに俺の生死に直結するとは予想だにしなかった。俺は選択を誤ったのか?
迷っている間に時間ばかりが過ぎていく。
枯れ木を踏む音。ハッとした俺が顔を上げると、ぬっと伸びた白い手が俺の腕を掴んだ。
「見つけた」
俺は悲鳴を上げた。
俺は心から悔いた。
女神様、俺が間違っていました。ティナンはこの世で最も尊い存在であらせられます。
その時、奇跡が起きた。
おいおいと泣く俺を抱き上げたポチョさんが驚きに目を見張る。
【GunS Guilds Online】【Loading……】
何だ? 視界一杯に広がる全体チャット。全体チャットを使えるのは運営と【NAi】だけだ。
唐突なタイトルの挿入。どこかで耳にしたことがある。どこだったか。確かあれは海外版の……
俺を抱えるポチョが駆け出した。
「領地戦の勃発。ゲリライベントだ!」
何それ、戦争最高。
これは、とあるVRMMOの物語。
開けてはならない禁断の箱。最後に残るは希望か、それとも絶望か。人は戦う。まるで、それが定められた宿命であるかのように。
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