ずっと、一緒に
1.クランハウス-マイルーム
ログインするなりリチェット隊長に顔を覗き込まれている。
何よ。何なん?
「オマエ、寝顔は何の特徴もないな」
ええ? そこは寝顔は可愛いとか言う場面じゃねえの? まぁ可愛いとか言われても困るけどよ……。
「ほれ、両手出せ」
そう言ってリチェットは手錠をチラつかせた。ちっ、朝っぱらから誘拐されんのかよ。まぁ抵抗しても無駄だろう。俺はリチェットから手錠を奪って自分の手首に嵌めた。
ったく、仕方ねえな。手短に頼むぜ? スケジュール詰まってるんだよ。
おい、隊長さんよ。ぼさっとしてねえで、さっさと行くぞ。時間が惜しい。事情は歩きながら聞かせろ。
「せ、セブンそっくりだ」
誰が死に急ぎだ。アホなこと言ってねえで窓開けろよ。見て分かんねえのか? 俺ぁ両手が塞がってんだよ。お前さんのお望み通りにな。
「よ、よし。コタタマ、私にしっかりと捕まってるんだぞ」
俺を抱えたリチェットがひょいと窓から飛び降りる。
こうして俺は寝起き一分で誘拐された。
2.エッダ海岸
道中、リチェットはろくに説明をしてくれなかった。ただ、何でもサトゥ氏が俺に用があるらしい。
連行されたのはエッダ海岸である。夏には海水浴のプレイヤーで賑わったものだが、シーズンを過ぎた今では人影も疎らで、エッダ水道に向かうパーティーがアリの行列みたいに通過していく。
それらを横目に砂浜に転がされた俺は、首をねじって辺りを見渡した。
こちらに背を向けたサトゥ氏が波打ち際に立っている。少し離れたところで岩に座っているのはセブンだ。
おぅおぅ、【敗残兵】の最高幹部が揃い踏みで、一体この俺に何の用だってんだい?
するとサトゥ氏は俺に背を向けたままこう言った。
「コタタマ氏。お前、ウチの六人衆にタカったりしてないよな?」
もるぁっ。くそっ、どういうことだよ。昨日の今日じゃねえか。おかしいだろ。普通さぁ、もうちょっと間を置くよね? 忘れた頃にふとしたきっかけで露見して俺が痛い目を見る流れと違うんかよ。フラグ回収早すぎだろ。
いや、落ち着け俺よ。まだだ。まだ誤魔化せる。べ、別にタカってねーし。いつも一度は断ってるし。
俺はひとまずしらばっくれた。
「何のことだ?」
「無駄だ。裏は取れてる」
セブン……! 死に損ないがっ。裏は取れてるだ? 一端の口を利くじゃねえか。
おっと、砂浜に幾重もの影。地上に舞い降りたブーンの群れがぢょんぢょんと葬送曲を奏でる。
凶鳥……!
俺とセブンが相まみえた時、必ずと言っていいほど、どちらかが死ぬ。
ノンアクティブモンスターのブーンは、その時をじっと待つ。そうしてワッフルの雛に贄を捧げるのだ。
特に何もしてないのに馳せ参じたブーンの群れにリチェットが動揺している。
「お、おかしいだろ……」
いいや、おかしくはない。瀕死のプレイヤーを見つけて無事死亡した瞬間に掻っ攫うのがブーンの手口ではあるが、より確実な獲物が居ればそっちを狙う。ただそれだけの話だ。
ブーンに触発されたか、リチェットは取り乱して俺の頭を掴んでぶんぶんと揺すった。
「こ、コタタマ! タカってなんかないよな? サトゥとセブンが変なこと言うんだ。わ、私は知ってるぞ。オマエは六人衆と仲良しだし、お小遣いを貰ってるくらいなら別に……」
お小遣いか。
……そうだな。お小遣い。その線で行くか。とにかくここは下手なことを言わないことだ。
「リチェット、そ……」
その通りだと言い掛けて、俺はとっさに口を噤んだ。待て。妙だぞ。仮に俺がネカマ六人衆から整形チケットを束で貰ってるのを見られていたなら、お小遣いなんて言葉が出て来る筈がない。
サトゥ氏は肩越しにじっと俺を見つめている。いや観察している。
こいつ……!
俺はとっさに路線変更した。
「リチェット……。それは違う。確かにサトゥ氏の言う通り……お小遣いで済まされる額じゃなかったかもしれない……」
リチェットがパッと笑顔になってセブンを振り返った。
「聞いたか!? セブン! コタタマはちゃんと否定したぞっ」
やはり……。
俺は身を起こしてサトゥ氏をキッと睨んだ。
「ちゃんと……? サトゥ氏、どういうことだ? お前、もしかしてリチェットを使って俺を嵌めようとしたのか?」
サトゥ氏はニコッと笑った。
「悪かったよ。セブンがどうしても納得しなくてな」
つまり、こういうことだ。
コイツらは俺が整形チケットの横流しを受けていることを突き止めた。もしかしたら俺がホイホイとキャラクリし直しているのを見て、ずっと疑って調査していたのかもしれない。そして遂に六人衆に辿り着いたのだろう。しかし確証と呼べるものはなかった。そこで俺の自白を引き出すために一芝居打ったという訳だ。
リチェットの小遣い程度という言葉に俺が乗っていたなら、罪の意識をまったく感じていないと責め立てるつもりだったのだろう。
セブンはつまらなそうに鼻を鳴らした。俺を指差し、
「ふん。サトゥ。俺はこうも言ったぜ。そいつ、崖っぷちは頭が回る。疑いが完全に晴れることはねえってな。まぁ俺は六バカがどうなろうと知ったこっちゃねえ。お前らが納得するなら別に構いやしねえさ」
いいや、それは違うな、セブン……。俺は胸中で呟いた。本気でどうでもいいと考えてるなら、お前はわざわざここまで足を運んだりしねえよ。お前は六人衆に恩を感じてるんだ。素直になれないだけでな。そういう強情さってのはよ、セブン。隙になるんだぜ……?
俺はあえてセブンに頭を下げた。
「悪かったな、セブン。俺も少し甘えすぎたみてえだ。六人衆にはあとでキチッと詫びを入れとくよ」
セブンは舌打ちした。
「俺は気にしてねえよ。だがな、アイツらを管轄してるのは俺だ。俺を通せって話だよ。お前にも事情はあるんだろうが、クラン潰しにチケットを利用されんのはウチとしちゃ都合が悪いんだよ」
ほらな、焦りが出た。
「チケット? 何の話だ?」
俺は一転して攻勢に出た。
くくくっ……セブンよ。分かるぜ。お前ん中じゃ俺が六人衆に詫びを入れればこの話は終わりなんだろ? でもな、そうじゃねえんだ。この話のキモはそこじゃねえんだよ。
だろ? サトゥ氏……。
俺は歯列をギラつかせてサトゥ氏を見た。
「ああ。そうだな」
ずっと俺に背を向けていたサトゥ氏がゆっくりと振り返る。ぎょろりと動いた目玉が俺を見据え、陽光を反射した白目が青白く輝いた。
「コタタマ氏。取り引きと行こうか」
いい。
やはりサトゥ氏はいい。
俺は舌なめずりをした。リチェットが「ひっ」と悲鳴を上げたが、知ったこっちゃない。
そう、セブンも悪くはないが。やはり性急だ。排他的なようでいて、使えるプレイヤーが好きなんだろうな。攻略組は仲間っつー意識がどこかにある。
だから、こんな簡単なことを見落とす。
まだ分からないのか? 自分で言ったことじゃねえか。チケットを利用されんのは都合が悪いってよ。
お前らは既にクラン潰しの片棒を担いじまってるんだよ。とっくのとうにな。
俺とサトゥ氏の視線が交錯する。
押し寄せた波がしぶきを立て、セブンが波に攫われた。
「せ、セブンー!」
リチェットが海に飛び込んでセブン救出に走る。
……そう、サトゥ氏の目的は最初から俺の口封じにあったのだろう。
「コタタマ氏。念のために言っておくが、優位に立っているのはお前じゃない。お前にとってチケットは生命線だ」
そう言ってサトゥ氏は俺をぴたりと指差した。
「その姿で派手にやる気はないんだろう?」
分からんぜ? どうでも良くなる時もあるんだ。俺は堪え性がねえからな。
「違うだろ? お前は損をしたと思いたくないんだよ。キャラデリした意味はあったんだと自分に言い聞かせてる。巻き戻りへのトラウマ。ネトゲーマーに共通する強迫観念の一種だ」
……そうかもな。俺は認めた。
ネトゲーにバグは付き物だ。アップデートに次ぐアップデート。データの切り貼りに加え、既存のデータを修正してバランスを調整したりもする。おまけに多数のプレイヤーが同時間帯にログインして好き勝手に動くという、テストでは再現不可能な、言ってみればぶっつけ本番のゲーム形態。どんなに上手くやってもバグの一つや二つは出るだろう。
そのバグが致命的なもので、バランスが崩壊し取り返しが付かないと判断された時、巻き戻りという処置が施されることがある。
オフゲーで言うなら、セーブし忘れて電源を切るようなものだ。あの絶望感。
まして何千、何万というプレイヤーが一堂に会するオンゲーでは、まさしく阿鼻叫喚と呼ぶに相応しい。何ならプレイヤーの怨念で新たな生物が誕生してもおかしくないくらいの凶事。それが巻き戻りである。
サトゥ氏の言う通りだ。こればかりは認めざるを得ない。俺は、キャラデリした過去を無意味なものにしたくない。何かしらの意味はあったのだと、自分を納得させなければ先へは進めない。俺のバンシーバージョンにはそうした願いが込められている。
それゆえに、もう後戻りはできない。整形チケットは必須だ。
リチェットが戻ってきた。揚がったセブンを砂浜に転がし、ぺちぺちと頬を叩く。
「セブン! 生きてるか!?」
セブンはぐったりしている。
ブーンが動かないところを見ると、しぶとく生き残ったか。だが水を飲んだようだな。
国内サーバー最強のトリオ。その内一人は死に損ない。
試験運転にはちょうどいい、か。
「くくくっ……」
俺は俯いて含み笑いを漏らした。
悪いな、サトゥ氏。予定を繰り上げる。交渉は後回しだ。
俺は指笛を吹いた。
海面が赤く染まる。命の火が燃え上がる。
ざんっと海面を割って姿を現した三十名余りの人影に、サトゥ氏が目を剥く。
「コタタマシリーズ……!? 完成、していたのか……!」
ああ、つい先日な。
サトゥ氏を見据えたコタタマシリーズの目にびきびきと毛細血管が浮かび上がる。
査問会。俺の可愛い部下どもは、ついに視覚の強化に成功した。
リチェットが悲鳴を上げる。
「コタタマがいっぱい居る! あ、悪夢だ……」
いや悪夢ではないでしょ。
生まれたての子犬が母犬からお乳を貰ってるくらい感動的な光景だよ。
サトゥ氏がギリっと歯を噛み締めて俺を睨む。
「コタタマ氏……!」
サトゥ氏。言ったろ? 目を使える駒が欲しいなら鍛えておけってよ。
さて、どこまで粘れるかな? そいつらは戦闘職だ。純粋な技量ではお前らに及ばないだろうが、強化された目を持っている。
くくくっ……ふははははははははは!
俺は哄笑を上げた。
「さあ、お楽しみの時間と行こうか」
言下にコタタマシリーズがとぷんと海に潜った。ごうごうと海面が渦を巻く。
最大限に警戒したリチェットがメイスを構え、死角からの強襲に備える。
「な、なんだ!?」
くくくっ……。ど、どういうことだ? 俺はキョドった。なんで海に潜る?
いや、違う。潜ったんじゃない。沈められたのだ……。
一つの人影が、残像を引いてゆっくりと海面に浮上してくる。
全身を甲冑で固めた鎧武者。
リチェットが呆然として呟いた。
「鬼武者……」
最強のPKer。新マップの最深部で眠りについている筈のハミルトンさんがそこに居た。
もるぁっ。
3.再戦・血戦
カッと目を見開いたセブンが跳ね起きた。敵、オルタを肉眼で確認するや両手の棒手裏剣を投擲する。
「アアッー!」
【スライドリード(射撃)】だ。
CG処理の尾を引いて最高速で撃ち放たれた棒手裏剣を、鬼武者は抜刀した腰差しで事もなげに弾き散らす。渾身の一撃をいとも簡単にいなされたセブンがニッと不敵に笑う。
「上等……!」
一方、俺とサトゥ氏はキョドっている。
見れば、アリの行列みたいに海岸を行き来していたプレイヤーの姿が忽然と消えている。隔離された……?
俺とサトゥ氏は身を寄せ合ってもるもると鳴いた。もるるっ。もるっ? もるぁっ、もるあっ。情報交換を図るが、何を言っているのか分からない。お互い混乱していることだけはよく分かった。
鬼武者が動く。全身から青く透き通った光を放射した。それらは波のように大気をさざめき、空間を伝う。射程が広い。避けることなど不可能だった。
ダメージはない。攻撃魔法ではない。別の何かだ。推測を立てる暇もなかった。答えは一方的に告げられる。いつも。
アナウンスが走る。
【消えゆく定め、命の灯火……】
リチェットがハッとした。メイスを砂浜に突き立て、両手を大きく広げる。
「ふあっ、んうっ……!」
命の火が燃える。【心身燃焼】だ。おそらくは蘇生魔法だろう。保険なしで鬼武者に挑むのはあまりに無謀だ。
だが、燃え上がった赤い輝きは無残にも砕け散り、僅かな余韻を残しつつ大気に溶け込んで消えた。
リチェットが悔しげに唸る。
「リジェネ破壊……!」
俺の可愛い部下どもを沈めたのは、おそらくマールマールが使う重力魔法だ。鬼武者は各種魔法を習得している。ならば他の魔法を使うこともあるだろう。
俺とサトゥ氏はアイコンタクトを交わした。リチェットとセブンに背後から忍び寄り、頚動脈を締め上げる。
「やっ、何すっ……! きゅう」
少し抵抗されたが、俺はリチェットを締め落とすことに成功した。
サトゥ氏は……。少しやり過ぎたようで、砂浜に転がっているセブンがびくびくと痙攣している。
俺は、鬼武者をじっと見つめた。
「ジャム……なのか?」
4.紅の武者
赤カブトが自分の正体を俺に打ち明けた、あの日。
何故あの時、あの場所だったのか。
……それは、赤カブトが確信するに至ったのがあの日だったからと考えるのが一番自然だ。
赤カブトは新マップの構造を熟知していた。いや、思い出したと言うのが正しいのだろう。
鬼武者の巣に俺を連れ込んだのは、あそこが赤カブトの生まれた場所だったからではないか。
赤カブトは、かつてプレイヤーを殺して回った最強PKer、鬼武者の中の人だ。
鬼武者が具足を重たげに揺らして近寄ってくる。
一歩進むたびに甲冑が脱落し、自壊していく。残ったのは真紅の籠手と手甲と……。
渦巻く炎のように真っ赤な髪が潮風に揺れる。薄紅の虹彩がキラリと輝いた。
「ペタさん」
うるんだ瞳。上気した頬。
仕上がってやがる。
俺は目でサトゥ氏に救援要請を飛ばした。しかしサトゥ氏は気付かなかったふりをした。頭の後ろで腕を組み、下手な口笛を吹いている。んーっと大きく伸びをして、柔軟体操を始めた。
おい。おい! 俺は小声でサトゥ氏に呼び掛けた。助けろ。運命共同体だろっ。俺を助けろ。おいっ。こっち向け!
「いやぁ。秋の海ってのもいいもんだなぁ。リアルじゃ春だけど。近頃暑くなってきてキチーわ」
お前には関係ねえだろっ。ずっと部屋に居るんだから。
おっと赤カブトさんが一足一刀の間合いに踏み込んで来たぞ。大ピンチだ。
俺はぺらぺらと口を回した。
よ、よう。ジャム。奇遇だな。こんなところでどうした? 俺か? 俺は季節外れの海水浴ってトコだ。秋の海ってのは意外と穴場でな。釣りをするには持って来いなのさ。
「ペタさん。また悪いことしたでしょ。そのぅ、もしかしてわざとやってますか? わ、私に殺されたいから、とか……」
もるぁっ。始まったぞ。また始まった。
ウチの三人娘に蔓延している謎の理屈だ。当事者たる俺を置いてけぼりにする悪い癖だっ。
俺は突き出した両手をぶんぶんと振って否定した。
わ、悪いことって何だよ? 何もしてねえよ。いや! 分かったよ。分かったって。刀をチラつかせるのはやめろ。め、珍しいもの持ってるんだな? 日本刀はコストが見合わねえってんで使ってるプレイヤーはあんまり居ねえんだよ。切れ味と耐久性を両立するのはハッキリ言って無理だからな。切れ味が良ければモンスターに大ダメージを与えられるかって言ったらそうでもねえしよ。
「私ね。ペタさんを殺さなきゃって思ったらどんどん力が湧いてきて。今なら何でもできるような気がするの」
そっかぁ。
え? その戦闘フォーム、俺限定なの? いやぁ、ちょっとどうかと思うなぁ。他に使い道あると思うよ? 多分【戒律】の一種なんだろうけど。復讐に燃えるクラピカですらもうちょっと上手くやったよ? 俺専用ってそりゃマズいでしょ。ストーリーの転がしようがねえよ。
まぁまぁまぁまぁまぁまぁ。俺はあえて赤カブトに近付いて肩に腕を回した。分かる分かる分かる分かる分かる。分かるよ? な? お前の言いたいことは分かる。確かに俺はネカマ六人衆にタカったよ。チケット貰える前提で遊びに行った感はある。むしろメインと言ってもいい。でもな? それだけじゃねえんだよ。あいつらはさ、なんて言うか、先生に近い視点を持ってるんだよ。自分がどうこうじゃなくてさ、他のプレイヤーがワーワーやってるの見るのが楽しいんだよ。だから俺なんかは興味深い観察対象なんじゃねえかな? そう! 言ってみれば援助なんだよ。
ぢょんぢょんぢょんぢょん……
ブーンが鳴いている。
赤カブトはブーンの群れを一瞥して、「ちょっと待ってね?」と言いニコリと笑った。
ブーンがぴたりと鳴き止む。
ええ? どういうことなんだよ。このAI娘、完全に覚醒してやがる。どういうことなんだよ。普通、もう少し段階を踏むものなんじゃないの? 仲間の危機に封印されていた力が目覚めるとかそういう感じじゃないの? それをお前、俺を殺すためって。お、俺が一体何をした? 何をどうしたら一体こうなるの? おかしいだろ。おかしいだろっ。
赤カブトは両手の指を絡ませてもじもじしている。
「ぺ、ペタタマくん。今の私なら、い、いつもよりもっと凄いことできますよ? そんな気が、します」
おっぱい揉むぞおるぁー!
俺は赤カブトを脅しつけた。おっぱいを人質にしたおっぱい要求事件だ。もはやおっぱいを盾にするしかない。
しかしおっぱいを載せた赤カブトが超スピードで俺の手を払いのけ、砂浜を縦横無尽に駆け回る。速いっ。あまりの超スピードに【スライドリード(速い)】のCG処理が追いついていない。二人……いや三人だと!? 俺は目を使おうとしたが、赤カブト本体と残像を見分けることができない。
くそっ、こうなったらまとめて……!
俺が目に力を込めた、その瞬間。四人目となる赤カブトが俺の胸に掌打を叩き込んだ。
「ゲェー!?」
四人、だと……!?
吹っ飛んだ俺はぐるんぐるんと大回転して海面をチャッチャと跳ねる。水切り石かよっつー。
こなくそっ、死んで堪るか!
俺は血反吐を撒き散らしながら【スライドリード】を連続に小出しにして海面を馳ける。足が沈む前にもう片方の足を踏み出すっていうあれだ。
砂浜を蹴って跳躍した赤カブトを視界に収める。ぐっ、逆光か。太陽を背にした赤カブトが猛スピードで俺に迫る。だがっ……! 俺は瞳を閉ざして心眼を開く。俺の視界を潰せばセクハラできないと思ったか? いいや、そうじゃない。セクハラは心の所作だ。俺は目を閉じていてもウチの子たちの動きを正確にトレースすることができる。
赤カブトよ。奥の手を隠し持っているのはお前だけじゃないってコトだ。
セクハラの魔眼・北斎浮世絵ッ……
乳尻太腿!
セクハラ神を象った虚像が俺から解き放たれる。この結界に足を踏み入れたウチの子はセクハラの嵐に見舞われる。
くくくっ……ジャムジェムぅ! 俺は吠えた。俺にとって特別なお前らだからこそ、お前らは俺には勝てねえ!
ギンッと目を見開いた俺は海面に降り立った赤カブトを睨み付ける。俺の両頬をどろりとした熱い感触が伝う。強がってはみたものの、俺の両目は限界に近い。
決着をつけよう……。俺は目に力を込めて虚像を操る。終わりだ、赤カブト……。
しかし……。な、なんだ? 虚像が思い通りに動かねえ。距離が遠すぎるのか……? だったら近付けばいいだけの話だ……。
俺はがくがくと震える足で一歩ずつ赤カブトに近寄っていく。
あともう少し。もう少しなんだ。セクハラ、してやらねえと。赤カブトは、AIだから。人間じゃねえから。先生がどんなにそうじゃねえって言ってくれても……やっぱり人間とは違うから。せめて、俺だけは。なんも違わねえんだって、言ってやりてえ。
乳尻太腿は、とうに解けていた。
最初に食らった一撃は、致命傷だった。おっぱいを揉む力すら残っていなかった。けっ、ここまでかよ……。俺は胸中で悪態を吐いて、赤カブトの額を指で小突いた。
「許せ、ジャム。また今度だ……」
前のめりに倒れる俺を赤カブトが抱き締める。
俺は産卵を終えた鮭が次代に後を託すようにひっそりと死んだ。
「ペタさん。ずっと、一緒に居ようね」
これは、とあるVRMMOの物語。
これ、何ゲー?
GunS Guilds Online