A組逃げて
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー
マールマールに殺され、死に戻りするなり俺はクランハウスに急行した。
今、大抵のプレイヤーは学校マップで授業を受けている。つまり目撃される恐れがない。露店に放置されている商品をごっそりと頂くことも考えたが、何らかのセーフティが施されている可能性がある。この場で犯罪に走るのはマズい。とんでもないペナルティを科せられるかもしれない。例えば、問答無用でZ組に放り込まれたりな。その点、俺は既に落ちるところまで落ちている訳だが、ゆくゆくは昇格するつもりなので、ここは大人しくしておこう。
今は他にやるべきことがある。
俺は走りながらメニューを開いてネフィリアにささやきを飛ばした。んうっ……!
『A組の教師役はリチェットだ。先生は居なかった。居たのはシルシルりん。あと新規ユーザーも混じってた。職業まで聞き出せたのは薬剤師一名のみ。条件は不明だが、俺の印象では揃ってお人好しのクラスだ。以上』
ネフィリアへの報告は事実だけでいい。俺の考えや憶測は伝える必要がない。楽でいい。俺好みの便利な女だ。
義理は果たしたぜ。
女神像を経由してクランハウスに急行した俺は、素早くマイルームに戻って日曜大工を始める。誰も居ない内に隠し扉を改造しておこうっつー腹積もりよ。隠し扉ってのはそこにあるとバレたら意味がねえからな。
トンテンカンテントンテンカンテン……
今日は一限で解散っていう話だったな。一度の授業で45分くらいか? 人間の集中力には限界がある。学校の授業時間には相応の理屈がある。ガキンチョに大人に合わせろと言っても単なる横暴でしかないから、学校マップの時間割は低年齢層のユーザーを考慮したものになっている公算が高い。
イチから作り変えてる時間はねえ。表向き塞いだように見えるよう加工し、単に押し込んだだけでは回らないように調整する。よし、こんなもんだろう。後は時間が許す限り少しずつ改造を……。
おっと、階下で何やら物音が。
ちっ、考えることは一緒という訳か。俺は部屋を飛び出すと、素早く階段を降りてキッチンの様子を窺う。やはりな。冷蔵庫泥棒だ。
このゲームの家電製品は例外なく課金アイテムである。自分の手で製作しようとしたプレイヤーも居たらしいが、物理法則が地球とは異なっているらしく成功した試しがないのだ。
課金アイテムの冷蔵庫は、当然ながら需要が高い。俺は斧をぶら提げてひたりひたりと冷蔵庫泥棒に忍び寄る。
冷蔵庫を背中に担いだクズがハッとして振り返る。おや、誰かと思えばZ組のメンバーじゃねえか。
俺はにこやかに話し掛けた。
よう。奇遇だな。こんなところで何やってるんだ?
クズは冷蔵庫をそっと床に降ろして弁解を始めた。
「なに、少しメンテナンスをな。陰ながら人助けをするのが趣味なんだ」
そうか。他に言い遺すことは?
「し、信じてくれないのか? クラスメイトじゃないか。俺はな、Z組が嫌いじゃない。イヤ、むしろ好きだな。真面目ちゃんに囲まれて授業なんて虫酸が走るぜ。崖っぷち、お前もそうだろ?」
生憎と俺は根が真面目なんでね。ネフィリアも言ってただろ。上がれるチャンスがあるなら上がるさ。
「崖っぷちぃ〜」
冷蔵庫泥棒はニヤリと笑った。
「冷静になって考えてみろよ。お前はGMに嫌われてる。お前に昇格のチャンスがあるとは思えねえ。だが、俺はそうでもないかもな? なあ、見逃せよ。もしも俺にチャンスがあるようなら、GMに口利きしてやってもいいんだぜ? お前は何も見なかった。それでいいじゃねえか。だろ?」
ふん。モブがはしゃぎやがって。
だが、悪くない話だ。お前、名前は?
「ピンキー」
ピンキー、ね。えらく可愛らしい名前だな。確か小指のことだ。
偽名か?
「だったら何だってんだ?」
よし、いいだろう。本名を隠す程度の知恵はある。乗ったぜ。ピンキー。さすがに冷蔵庫はくれてやれねえが、メシくらいは作ってやるよ。
「……俺から言い出しておいて何だが、お前ちょっと犯罪者とすぐに打ち解けるの控えたほうがいいぞ」
細けぇこと言うなよ。たかがゲームじゃねえか。俺はヤバくなったらお前を裏切る。お前もヤバくなったら俺を裏切る。分かりやすくていい。
無論、俺は先生の下で研鑽を積む光の戦士だ……。議論の余地なく光属性のキャラクターではあるが、それゆえに寛容でもある。
よう、ピンキー。他に早退した連中が居たらどんどん声を掛けてくれ。強制召喚は今後もしばらく続くだろうからな。人手は多いに越したことはねえ。
「いいぜ。面白くなってきた。よろしくな、副長」
副長か。まぁお前らがそれでいいってんなら別に構わんぜ。
級長のネフィリアは面倒臭え女だが、能力に関しては折り紙つきだ。汚れ仕事は俺が引き受けてやってもいい。
俺はピンキーに簡単な手料理を振る舞ってやった。じゃあ俺も食うか、というところで通常マップに帰還した赤カブトが俺に突進してくる。
「わわわっ!」
走ってる途中で強制送還されたらしい。ウチのくまさんは走るのが大好きで、暇な時は短距離走のタイムを計ったりしている。そうか。スポーツテストから入ったクラスもあったのか。その発想は俺にはなかったな。
ところで、このまま行くと俺とぶつかる。そして赤カブトとぶつかった俺はレベル差により吹っ飛ばされる。
俺は素早く腰を落とすと、赤カブトのお腹に肩を入れて万歳の要領でAI娘を背面に放り投げた。よいしょおっ!
「なんと!?」
くるっと回って足から着地した赤カブトに俺は優しく声を掛ける。
危ないところだったな。怪我はなかったか?
「優しく受け止めて欲しかった……」
さり気なく赤カブトの尻を撫で回せたので俺は満足だ。
短時間でメシを平らげたピンキーが席を立つ。
「時間だ。崖っぷち、俺は帰るぜ」
ああ。帰れ。
ジャム。俺も出る。慌ただしくてすまんが、立て込んでてな。留守を頼むぞ。
俺は赤カブトの首に腕を回してぽんぽんと腰を叩いた。正直、俺にはAIに生まれた女の気持ちなど分からないのだ。しかしだからと言って俺がびびってると思われるのは我慢ならない。よって多めにスキンシップを入れようと思っている。自然とセクハラの頻度も増していくだろう。それは仕方のないことだ。相談する相手を間違えたな、としか言いようがない。
俺は握り飯を引っ掴んでクランハウスを飛び出した。少しでも遅れていたら殺されただろう。あの女、剣の柄に手を掛けてやがった……。
2.山岳都市ニャンダム-組合基地
山岳都市に取って返した俺は、組合の基地に乗り込んだ。くそっ、アットムと入れ違いになった。
しかし合流している暇はない。ニジゲンのあの態度。あの野郎、俺を避けてやがる。縁を切ると決めただと? 勝手なこと言ってんじゃねえよ。縁を切る、切らないを決めるのは俺だ。お前じゃねえ。
俺は勝手知ったる他人の家とばかりに基地の二階に上がる。
組合基地には常に組合員が配置されていて、会員のショバ代を受け取ったり書類仕事をしていたりする。バザーや人間の里を見て回り、集金するのも組合員の仕事だ。タチの悪い客には俺が出向いていた訳だが、キャラデリを境に組合との縁は一度切れてしまった。俺の代役として幅を利かせたのが金ちゃんなのかもしれない。
まぁそれはいい。二階に上がった俺は、ニジゲンが間借りしている部屋のドアを蹴破った。出て来いやっ、JK!
ニジゲンは、今まさに窓から脱出しようとしているところだった。振り返って俺の顔を見るなり真っ赤になって慌てて目を逸らした。ぴょんと窓から飛び降りて逃走を図る。
アホが! 逃がすかよっ! 俺は目を使った。
脚照ッ!
脚照は俺が最も得意とする目の使い方だ。万華鏡写輪眼の天照は焦点に黒炎を生じるが、俺の脚照は女キャラの脚に触手を這わせる。
「やっ!?」
俺の強烈な視姦を浴びてニジゲンはすっ転んだ。
俺はニジゲンを追って窓から飛び降りる。その間、俺の目はニジゲンの脚に釘付けだ。脚照を連発して足止めする。出し惜しみはナシだ。舐めやがって。
脚照は俺の嗜好と完全に噛み合っているため消耗が少ない。しかし俺の目は以前と比べて耐久力が落ちており、短時間で連発すれば相応の反動が来る。
俺の右目が潰れた。俺は閉じた右目から血の涙を流しつつ、息も吐かせぬ怒涛のセクハラに座り込んだニジゲンの前に立つ。追い詰めたぜ。
「が、崖っぷち……」
そうだ。俺だよ。
JK。手短に言うぜ。今後、二度とテメェの腕を安売りするんじゃねえ。文句を言うアホが居たら俺に言え。始末してやる。
ニジゲンはぼんやりと俺を見ている。コイツは頭も回る。手こずるかと思ったが、意外にもニジゲンはコクリと従順に頷いた。
「分かっ、た……。お前の、言う通りにする」
何だよ。いやに素直だな。
「お、俺はお前のものだ」
……ニジゲンは耳がいい。そういえば、そんな設定もあったな。
(渡さねえ、とは言わねえんだな?)
き、金ちゃん。俺を嵌めたのか。どうしてそんなことをするんだ。友達なのに。
ニジゲンはうっとりとして俺に擦り寄ってきた。
「目、痛いのか? 血、出てる」
もるぁっ。いえ、そのようなことは。痛くないっすよ。全然余裕っすね。痛覚カットされてるんで。
「俺も耳使いすぎると痛くなるからさ。お、俺のために。そんな。崖っぷちぃ……」
ニジゲンさんは完全にメスの顔をしている。
だが、ここで突き放せば元の木阿弥だ。
そしてセクハラに夢中で気が付かなかったが、通り掛かりのゴミどもが何事かと俺たちをじっと見つめている。
いや、しかし今の俺はバンシーバージョン。ペタタマくんとは縁もゆかりもない赤の他人を装えば今後の活動に支障をきたすことはない筈だ。バレてる感半端ねーけど、俺にはニジゲンがついてる。歴戦の掲示板戦士、ニジゲンさんがな。
そう、弱気になったら負ける。こっちから攻めるんだ。
俺はぐいぐいと迫ってくるニジゲンの肩を乱暴に抱き寄せた。邪魔なゴミを蹴散らして往来を歩いていく。
JK。テメェは俺のモンだ。だったら俺の言うことを聞けるな?
「……強引なんだな? ぽ、ポーションが言ってた通りだ……。こりゃ凄え……」
他の女のことはどうでもいいんだよ。
なあ、JK。お前も分かってるんだろうが、俺らは以前みたいには行かねえ。一歩進んだ関係ってやつになるんだろう。たまには今みたいに肩を並べて歩くのもいいさ。だがな、俺の性格は分かってるだろ?
周りの連中はノロマすぎてな。欠伸が出そうになる。まぁセブンくらいか。俺に追いつけるのは。
JK。お前にしたってそうさ。お前は俺に無理にでも合わせようとするだろうが、そんなもんは長続きする筈がねえ。お前にはお前のペースってもんがある。だが、たまには引っ張り回されるのも楽しいだろ?
だからな、俺がお前を引っ張り回してやるよ。お前は俺を屈服させたいだのと前に言ってたがな、それは少しズレてるな。俺はそう思うぜ。
「崖っぷち。俺は」
まぁ待てよ。お前の言いたいことは分かる。お前はお前自身に結論を出してる。だろ? 賢い生き方だよ。大したもんだ。自分てえモンの領分を守ればそれ以外のものは切り捨てることができる。ハナから無視できる。そして集中できる。自分にとって本当に大事なモノに。JKよ。もう一度言うぜ。大したもんだ。お前は強えよ。
だがな、それは何のための強さなんだ?
俺はこう思うぜ。人間ってのは変わるんだ。少しずつ……変わっていく。自分でも知らない内にな。お前は、お前の横を通り過ぎていく他人を無視しているつもりなんだろうが、そんなことは無理なんだ。それが人間ってものなんだよ。どんなに見ないふりしたってよ、お前は掲示板にクソみてえな書き込みしたじゃねえか。主張したかったんだろ? お前は他人を無視できねえよ。そして、それはお前に限った話じゃねえのかもな?
お前が無視できないように、他の連中もお前を無視できねえのさ。
俺は、適当にぺらぺらと口を回した。時間稼ぎの為だ。信じていたからだ。
そう、ヤツを。
「コタタマ〜!」
アットムくんだ。ぱたぱたと駆け寄ってきたアットムくんが俺の手をぎゅっと握った。
「もう、危ないなぁ。一人で出歩いちゃダメだよ」
しかしアットムはすぐに俺の横に居るピンク髪に気が付いたらしい。にこやかに微笑んで会釈する。
「ああ、ニジゲンさん。居たんですか。いつもウチの子たちがお世話になってます」
ニジゲンは、ウチの子たちの武器を定期的にメンテナンスしている。先生が使っている杖はニジゲンが作ったものであり、ニジゲンにとって他の鍛冶屋に触らせるのは嫌だと思うくらいには気持ちが込もった逸品であるらしい。だからニジゲンは先生の杖を点検し改良するついでにウチの子たちの武器も見てくれている。
だが、アットムは徒手空拳だ。かつて俺が打ってやった短槍を持ち歩いてはいるようだが、まったくと言っていいほど戦闘には使わない。つまりニジゲンに恩義などほとんど感じていない。
ニジゲンは不快そうに眉をひそめた。
「そうか。アットム。テメェが居たな」
調子が出てきたようだ。
「友達ですからね。コタタマとは気が合うんです。僕を受け入れてくれているから安心するのかもしれない」
コイツら、あんまり仲が良くねえのかな? なんか言葉に棘があるぜ。
まぁいいや。アットムが来たなら安心だ。ニジゲンの件はこれにて落着だな。火種はくすぶっているようだが、何事も効率が大事だ。問題解決ってのは80%まで進める労力と80%から20%埋めて100%まで持っていく労力がまったく釣り合わねえんだ。広く浅くが肝心よ。
俺はアットムとニジゲンに挟まれて意気揚々と帰路に着いた。
3.クランハウス-居間
ニジゲンの件が思ったより早く片付いたからスケジュールに少し余裕が出来たな。
クランハウスに戻った俺は、新入学キャンペーンとやらの調査に乗り出した。
ウチの子たちのクラスはざっとこんな感じだ。
アットムはB組。
ポチョはC組。
スズキもC組。
赤カブトもC組。
何だよ。C組、メチャクチャ楽しそうだな。
そして気になる先生はというと、「内緒」と教えてくれなかった。気になるなら自分の足で探してみろってことか。さすがは先生だ。学校に行く楽しみが増えた。
何故かウチの丸太小屋まで着いてきたニジゲンにも尋ねてみると、なんとアットムのクラスメイトであることが判明した。
リチェット以外の【敗残兵】の連中の処遇が気になるところだが、ささやきを飛ばすほどのことではない。どんなに親しくなってもささやきを送るのは抵抗感が拭えないもんだ。電車で隣に座ってるやつがスマホをいじってたら何となく目を逸らす感覚に近い。お互い様っつーかね。俺は覗かないからお前も覗くなよっつー暗黙の了解が成立してる。スマホを覗くのって限りなくスカートめくりに近いよな。そりゃ女子も嫌がるわっていうね。もう人格を疑われるレベルだろ。
だが、そんなことは知ったことではないとばかりにサトゥ氏からささやきが入った。
『俺、D組。お前は?』
んうっ……!
『殺すぞ』
俺は入学式でカイワレ大根娘にZ組であることをバラされている。このボトラー、俺をからかってやがる。
『冗談だよ〜。お前、掲示板出禁だから教えてやろうかと思って』
出禁じゃねえわ。晒しスレのテンプレ殿堂入りを果たしたコタタマさんを顔真っ赤にして擁護してたら袋叩きに遭ったから自粛するって決めたんだよ。俺の擁護してたらマジで日が暮れるからな。証拠もなしに本人降臨だのと騒ぐんじゃねえよ。まぁご本人様だったけどよ。ペタタマ転生してからはニジゲンさんが火消ししてくれてるらしいが、コナンくんの正体ばりにネタにされてたら憤死ものだろ……。
で? 何を教えてくれるって?
『組分けだよ。Z組以外のクラスに優劣はない。十中八九は教師役を軸に編成されてる。大人しいプレイヤーには闘争心を植えたりな』
……そういうことか。リチェットがA組の担任教師ってトコがどうもしっくり来なかったんだが、そういうことなら頷ける。例えばサトゥ氏なんかは他のクランを蹴落とすことを優先するだろうから不適材と判断されたんだ。ボトラーの量産を運営は望んでないってことか。その点、リチェットはライト層にも支持されてるからな。女キャラってのも大きい。
愛らしい草食動物タイプの俺なら、昇格すればA組に配属される可能性が高いな……。俺はリチェット教室をロックオンした。
くくくっ……待ってろよ。俺のクラスメイトども。ありとあらゆる手段を尽くして返り咲いてやるぜ。
「ふっ……」
含み笑いを漏らした俺に、ウチの子たちが何事かとこちらを見る。
俺はウチの子たちの視線を無視して、胸中で呟いた……。
面白いじゃないか。表向きはZ組総叩きの構図。だが裏では鍛えてもモノにならないゴミのなすり付け合いという訳だ。
いいだろう。マレ……。お前が俺にスパイを望むなら、俺は快く受け入れてやるよ。俺はお前に信頼させた上で、A組に移り住む。その後は夢にまで見たキャッキャウフフの学園生活という訳だ。くくくっ……悪くない。悪くないな。
俺は歯列をギラつかせて笑った。
「ははははははははははははははははは」
これは、とあるVRMMOの物語。
でも放っておいたら勝手に共食い始めるタイプですよね?
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