一限。体育
1.ギスギス学園-昼休み-食堂
入学式は特にセレモニーなどなく、マレ校長先生のお話で終わった。
入学式のあとはお昼休みである。その後に一時間だけ授業を行い、本日は解散となるらしい。つまり今後も定期的に強制召喚されるということだ。ガンツかよ。
さすがにメシくらいは出してくれるようだ。
食堂でポンコツから給食を受け取り、あとは各自で勝手に食えということらしい。Z組のメシは明らかに貧相であり、まるで軍用レーションのようだった。
不味そうなメシを抱えた俺含むZ組のメンバーは、もるもる鳴いてネフィリアさんに擦り寄った。かの悪名高い魔女に着いていけば間違いないだろうと思ったのである。
相談するでもなく自動的に学級委員長に繰り上げ当選したネフィリアは、悲しげに鳴く俺らに指を二本立てた。
「私たちが取るべき道は二通りある」
俺は軍用レーションを食べてみる。見た目はアレだけど意外と……などということは一切なく、ビニールを噛んでるような味がした。
二通りの道とは? ネフィリアは言った。
「一つはマールマールを出し抜いて脱走する。もう一つは優秀な成績を収めて昇格することだ」
マールマールを殺るってのはどうだ? ヤツは力を制限されているふしがある。マレに襲い掛かった時も不自然な動きがあった。まるで目には見えない鎖に繋がれたような……。
しかしネフィリアは首を横に振った。
「ダメだ。現状では教師殺しがどういった位置付けにあるのか推測しようがない。情報が少なすぎる」
だが、このままでは……。
言葉を濁す俺を、隣の席に座っているピエッタが指で突付いてくる。何だよ。
「おい、崖っぷち。この肉みたいなのはそこそこ食えるぞ。食べないなら私にくれ」
誰が寄越すか。俺は得体の知れない肉を皿ごとピエッタから遠ざけた。
そして話を戻す。ネフィリアは相変わらず説明が下手だ。見ろ、既に話に着いて来れてないヤツが何人か居る。
仕方ねえ。おい、お前ら。ひとまず食いながら話を聞け。いいか。
俺は不味いメシを食いながら予言した。
「このまま行けば、俺たちは全滅する。俺たちの担任教師はプレイヤーじゃない。午後の授業はレイド級との戦闘になるだろう。生き残る目がない」
他のクラスには教師役のプレイヤーが居る。新入学キャンペーンというイベント名称。少しでも頭が回るヤツなら、これが新規ユーザーの底上げを目的としたイベントであることに気が付くだろう。そして授業が監視されていると考えるのは当然の発想だ。
ならば、結果を出したプレイヤーには何らかの報酬がある。
プレイヤーにはログアウトしてボイコットするという選択肢が常にあるから、大抵のプレイヤーは座学から入るだろう。いきなり殺し合って新規ユーザーを潰すということはない筈だ。
だが、モンスターは喋れない。よって座学の可能性はない。担任教師がレイド級という時点で、希望的な観測は捨てるべきだ。俺たちは何も期待されていない。
まぁレイド級とガチンコでやり合えるってのも面白そうっちゃ面白そうなんだが。単位は取れねえだろうな。イベントが終わるまで延々と強制召喚されることになるだろう。
現状は理解できたな? ネフィリア、話の続きだ。昇格ってのはどういうことだ? クラス替えがあるってことか? どうしてそう思う?
「教師役は入れ替わる。廃人でもない限り、同じプレイヤーがずっと担任教師を続けるのは無理だ。強制召喚される度に判定がある。犯罪を犯したものは下層に落ちるだろう。ならば昇格もある。Z組というのは、見せしめだ」
見せしめか。まさしく暗殺教室のE組という訳だ。確定とは言えないが、クソ運営のやりそうなことだ。可能性は高い。
要は、這い上がることは不可能ではないのに、いつまでもZ組にとどまっているクズというレッテルを俺たちに貼ろうとしている。
「それだけではない。昇格のチャンスがあるということ。それは取り引きの材料になる。イベントの概要はレ氏が作ったものそのままなのだろう。隙がない。GMマレはZ組に自由に内部工作員を作り出せる」
Z組は決して無能の集まりではない。コイツらには少なくとも他者を出し抜いて甘い汁を吸おうとする程度の知恵がある。
「内部工作員。つまりスパイだ。それ自体は構わない。上がれるチャンスがあるなら上がれ。言っている意味が分かるか? 今、私は先手を打っている。これは内部抗争を未然に防ぐための布石だ」
ん? ちょっと分からない。どういうことだ?
俺は、テーブルの上に身を乗り出して俺の肉を奪おうとしているピエッタを持ち上げて膝の上に乗せた。懲りずに俺の肉を奪おうしているので、もう面倒臭くなって一切れ食べさせてやる。
「スパイと争うのは不毛ということだ。情報が欲しいならくれてやれ。私はその裏を突く」
……凄え自信だな。
「単なる事実だからな。私はβ組だ。【ギルド】を従え、プレイヤー同士の対立構造を作り上げた。お前たちとは格が違う」
けっ。面白くねえ。だがよ、ネフィリア。お前の案には一つ大きな欠点があるな?
「ああ。昇格条件が分からない。だが、それは放課後に聞き込みをすればある程度は絞れる筈だ。大きな問題ではない」
いいや、それじゃあ遅いな。動くなら今からだ。
俺はピエッタを膝から降ろして席を立った。
「俺が行く。A組に殴り込みして面子を確かめてやるよ」
「時間がない。死ぬ気か?」
死にはしないさ。生きて戻ってみせる。
この役割は俺にしかこなせない。他の連中がどこまで理解できているのか分からないからだ。
昇格条件は、A組に誰が居るかで大体分かる。例えば、ティナンへの貢献度だけを見るならアットムの野郎はプレイヤーでもトップクラスだろう。しかしヤツには前科がある。
モンスターの討伐数だけを競うなら、サトゥ氏は間違いなくA組だ。前科も特にない。しかしヤツの人間性には疑問が残る。
人間性だけを取り上げるなら、シルシルりんは間違いなくA組だ。しかし戦果に関しては目立ったものがなく、トップクラスの職人という訳でもない。
フレンドリストのマーカーは確認済みだ。ログインしていることは分かっている。
昼休みが終わるまでもう少しある。メシを食う時間くらいはありそうだが……。
どうやらメシを食ってる場合じゃなさそうだ。
俺は、食堂からそそくさと出ていくピンク色の髪を目で追った。
ピエッタに残飯を押し付け、俺はピンク髪を追う。よく噛んで食えよ。
「おお、悪ぃな。タダメシ最高だぜ」
この子、大物だわ。マイペースにも程がある。
2.ギスギス学園-中庭
ほう。随分と豪勢なランチじゃねえか。
中庭のベンチに座ってもそもそとパンを食べているピンク髪に俺は声を掛けた。
皮肉のつもりで言ったのだが、ビニール味と比べれば遥かに上等なメシだったので皮肉にならなかった。切ない。
パッと顔を上げたニジゲンがぎこちなく笑う。
「よ、よう。バンシーじゃねえか。悪かったな。いつぞやの件は……」
バンシーじゃねえ。俺はコタタマだ。話がある。面ぁ貸せ。
「……俺はお前には用はねえ、よ。そろそろ授業が始まる。じゃあな」
ニジゲンは、そう早口に言ってさっさと立ち去ろうとする。待ちやがれ。俺はニジゲンの細い二の腕を掴んだ。お前に用があるのは俺だ。
ニジゲンが振り返る。俺はギョッとした。ニジゲンは泣いていた。なんで泣く。俺が一体何をした。
「離せ! 俺はお前と縁を切るって……! そう決めたんだよ!」
あ? 俺はカチンと来た。元々はテメェから言い寄っておいて、その言い草は何だ。
俺は、俺から逃げようとするニジゲンを校舎の壁に押し付けて壁ドンした。
いいから来い。テメェは俺からは逃げられねえよ。JK……。
「それはならんな、崖っぷちの」
誰だ? いや、この声……。金ちゃんか。
久しぶりの再会ということになる。金ちゃんには色々と世話になった。だが、今は金ちゃんよりニジゲンだ。俺はニジゲンから目を逸らさない。
俺の背後に立った金ちゃんが続ける。
「崖っぷちの。ニジゲンは……。ニジゲンはワシのモンじゃ。商会連合のモンじゃ!」
商会、連合? いや、どうでもいい。
金ちゃん……。いや、金魚の。引っ込んでな。友達だからって甘えんなよ。
「崖っぷちの。こっち向けや。オメェも分かっとるじゃろ。ワシらは友達なんて甘いモンじゃねえ、よ……!」
……ちっ。俺は振り向いた。ニジゲンが俺の腕を潜って走り去っていった。くそっ、何だってんだよ。
しかし逃げられたものは仕方ない。俺は金ちゃんと正面から睨み合った。
金ちゃん。なんで俺の邪魔をする?
「オメェがニジゲンを変えたからだ。余計なことしくさって……。もうアイツを野放しにはできねえ。だからワシのモンにする」
金ちゃんよ。寝ぼけたコト言うなや。アイツは俺に惚れてんだ。テメェんトコにゃ行かねえよ。
金ちゃんは薄ら笑いを浮かべた。
「渡さねえ、とは言わねえんだな? だったらいいじゃねえか。俺が引き取ってやるよ」
あん? だったら言ってやるよ。JKは渡さねえ。JKは俺のモンだ! テメェには渡さねえ、よ……!
金ちゃんはニッと笑った。俺の肩をぐっと掴み、くくくと含み笑いを漏らす。
「言うじゃねえか。ならいい。好きにしな。ニジゲンを変えたのはオメェだが、ケツを持つってんなら文句はねえ。しっかりと捕まえとけよ」
何なの? ニジゲンさんは俺のメインヒロインなの? 勘弁しろし。
まぁ啖呵を切った手前、何とかしなければならない。俺は肩を落としてトボトボと校舎に向かう。
「崖っぷちの!」
何だよ。
「オメェらが新マップで着てたヌイグルミな、あれを作ったのはニジゲンだ。オメェのヌイグルミはピンク色してたよな? それぁよ、ニジゲンの、捨てようにも捨てられねえ、切ろうにも切れねえ、未練、かもな……!」
……金ちゃん。ありがとな。
俺は分かってる。俺が記憶をなくした時、金ちゃんがキャラクターデリートしてまで俺に会いに来てくれたのは、俺とスタートラインを合わせるためだ。
金ちゃんはそういう男だ。【NAi】に放銃したのは、巡り合わせへの感謝だろう。
商会連合ね。知らない間に出世していたらしい。
3.ギスギス学園-A組教室
お昼休みが終わる前に俺はA組の教室に潜り込んだ。
ネフィリアにはああ言ったが、俺は俺がZ組なんつー掃き溜めに放り込まれたことに納得していない。
だってそうだろ。ゴミの始末を率先して行う俺がどうして最底辺なんだよ。
俺は深呼吸してA組の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。心なし空気が澄んでる。俺の本来の居場所はZ組なんかじゃない。ここだったんだ。
俺はとても穏やかな気持ちになってクラスメイトたちを待つ。
あ、戻ってきたみたい。
教室に戻ってきたクラスメイトたちが、俺を見てギョッとした。
俺はニコッと笑った。やあ。
「こ、コタタマりん。何故ここに」
あっ! シルシルりんだ!
俺は素早くシルシルりんに擦り寄った。
シルシルりんシルシルりん! シルシルりんもA組だったんだね! 一緒にがんばろうね!
俺のクラスメイトたちは戸惑いながらも席に着く。俺はシルシルりんの隣の席に座った。先客が居たようだが、邪魔だったので蹴飛ばして席を譲って貰う。
「そこ俺の席……」
トレードだ。お前の席はZ組にある。行け。
「コタタマりん!」
シルシルりんに怒られた。しょんぼり。
仕方ねえ。おい、お前。俺に蹴飛ばされたお前だよ。お前、俺の椅子に半分座れ。もう半分に俺が座る。クラスメイトは助け合わねえとな。
「はぁ……」
ちっ、無駄にデケェ図体しやがって。お前、近接職か?
「いえ。薬剤師っす。ゲーム始めたばかりでよく分かんないんですけど……」
新規ユーザーか。なるほどな。そうだよな。新規ユーザー向けのイベントだ。A組だからってベテランだけ揃えても仕方ねえよな……。
……じゃあ何を以って新人の組分けはされてるんだ? Z組に新人は居なかった。それは当たり前として、新人同士で格差が生まれるのは不公平だ。ョ%レ氏らしくないと感じる。……日替わりか? 新人は日替わりでクラスが変わる。もしくは職業が影響してる?
薬剤師……。生産職は優遇されてるのか? それは……昇格しにくいから、か?
俺はクラスメイトたちを見渡した。やはりサトゥ氏は居ない。先生の姿も見えないが、先生は教師役だろうから、まだ来てないだけだろう。アットムも居ない。功績は関係ない、もしくは優先度が低いってことだ。シルシルりんが居るということは、やはり人格が決め手なのか。だったら生産職を優遇するのは何でだ? それとも優遇じゃなくて日替わりなのか。どうもしっくりと来ないな。
おっと、そろそろ時間だ。
教室のドアがガラッと開いた。
「授業を始めるぞー!」
リチェット先生だと!?
俺は驚愕した。A組の教師役は先生じゃないのか!? じゃあ先生はドコヘ行ったんだ……? ログインはしてるぞ。マーカーは点いてる。
A組の担任教師、リチェット先生はニコニコしている。上機嫌だ。まぁ当然か。一番出来が良いクラスの教師役に選ばれた訳だしな。
リチェットはトコトコと教壇に上がり、ニコニコとしたまま自慢の生徒たちの顔を眺める。俺と目が合って、「ん?」と何やら不思議そうに首を傾げた。出席簿をパラパラとめくり、もう一度「ん?」と首を傾げて俺を見る。
リチェットは急に悲しそうな顔をして溜息を吐いた。
「私は悲しい……」
何が悲しいんですか? リチェット先生。
「うん。どうやら私のクラスに腐ったミカンが紛れ込んでしまったようだ……」
でもリチェット先生。俺はたとえ腐ったミカンでも、受け入れてあげたいんです。同じ学校の仲間じゃないですか。
リチェットは力なくかぶりを振った。
「その腐ったミカンは手の施しようがないほど腐っていて、毒素を撒き散らすんだ。更生なんて望めよう筈もない」
そんなことはありませんよ。やり直せるんです、人間は。どんな人間だって遅すぎるということはないんだ。
そうだろう? みんな!
俺は荒ぶる鷹のように両腕を広げて、クラスメイトたちに同意を求めた。瑞々しいミカンどもは俺の言葉に感銘を受けたようで、戸惑いながらも頷いた。
「そ、そうですよ! リチェット先生!」
「決め付けるのは良くないよね」
「クラスメイトが増えるのは良いことだよ!」
くくくっ……チョロいぜ。俺は内心でほくそ笑んだ。
Zooo……
だが、ウチの担任教師の意見は異なるようだ。
教室の後ろのドアをガラッと開けてマールマールさんがのしのしと教室に入ってくる。
俺は起立した。このままだと死にそうなので保健室に行っていいですかね。
しかしマールマール先生はどうしても俺と話し合いたいことがあるらしい。進路を変えて俺の行く手を阻もうとする。
俺は立ち止まって天井を仰いだ。マールマールさんがのしのしと迫ってくる。
俺は斧に視線を落とした。左手に斧を持ち替え、ぼそりと呟く。
み、ミギー防御頼む……。
俺は斧を振り上げて突進した。防御をミギーに託し、俺が斧で攻撃するという即席のコンビネーションだ。俺が知らないだけで実は寝ている間に寄生されていたという僅かな可能性に賭けたのである。しかし特にそういったことはなかったようで、マールマールさんの前足が俺の胸にぽっかりと大きな穴を開けてしまった。
俺は微笑した。俺はか弱い生き物なんだ。そう苛めてくれるな。
俺の心臓をぎゅっと鷲掴みにしたマールマールさんが俺の身体を軽々と持ち上げる。凄い……。なんてパワーだ。
俺はブン投げられて吹っ飛んで教室の壁を突き破っても勢いが衰えず廊下の壁にノーバウンドで到達し陥没させるほどの超パワーを余すことなく叩き込まれて死んだ。
「こ、コタタマりーん!」
これは、とあるVRMMOの物語。
授業をバックれた生徒は全力で殺される。
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