コタタマ転生
1.夢
【冒険者コタタマよ、目覚めなさい……】
おお、神よ。ついに俺もヤバい宗教に目覚める日がやって来たのですね……。
いきなり意識が遠のいたと思ったら神の座に強制連行とかちょっと思ったのと違いました。
【冒険者コタタマよ、要件だけを手短に伝えます。黙って聞きなさい……】
あ、はい。
【冒険者コタタマよ、ティナンの生活を脅かしてはなりません。勝手に屋根に登るなど言語道断です……】
ですが、神よ。
【黙って聞きなさい。あなたたち冒険者に加護を与えた私は、ティナンを見守るもの。ゆえに、あなたたちはティナンに迷惑を掛けてはならないのです……】
しかし神よ、これだけは言わせてください。あなたの像はどれもこれも地下にあって不便なのです。いつも怪しい集団が崇拝しているし、ティナンが祀っている神はあなたとは似ても似つかない御姿をなされておられる。つーか運営ディレクターのレ氏だよね、あれ。
ぶっちゃけ、あんた邪神だろ。像から像への転送とか、あれ完全に俺ら生贄に捧げられてるじゃねーか。どうなんですか、神よ。申し開きがあるならお願いします。
【冒険者コタタマよ、私はティナンを見守るものです。見守ってきたので、どこの馬の骨とも知れない架空の神に信者を持って行かれました……】
おぅ、思ったよりも悲しい理由だったぜ。
分かったよ、女神様。
俺はティナンを守る、あんたは俺が屋根に登るのを見過ごす。ギブ&テイクと行こうや。
【ああ言えばこう言う。何と口だけ達者な人間なのでしょう。天罰てきめーん!】
2.クランハウス
「はっ……!」
何かお告げらしきものを聞いた気がするぜ。とうとう俺も焼きが回ったか。
白昼夢に登場した女神は、チュートリアルナビゲーターの天使【NAi】だ。運営ディレクターのョ%レ氏と並んでこのゲームのラスボスと目されている。
正式サービス開始の当日にチュートリアルと称してレイド級ボスモンスターをブチ込んで来たと言えば、その悪辣さがよく分かるだろう。
地獄のチュートリアルと呼ばれるネトゲ史に燦然と輝く悪魔の所業であり、その地獄を気合と根性で潜り抜けた猛者たちを、俺たちは初日組と呼び讃える。
しかし天罰だと? この敬虔な信徒を捕まえておいてよく言うぜ。俺ほどティナンに貢献してるプレイヤーもそうは居ないと思うがね。主に治安維持の方向性で。
困ったものだと溜息を吐いて、いつもの経験値稼ぎに戻る。しかしどうしたことか、藁人形を編む俺の手がやたらと小さい。んん?
これは……。思い当たる節があった俺は、自分の耳を摘んで引っ張ってみる。長い。長いぜ……。
あのティナンマニアの邪神、やりやがったな。しかし待て。これはピンチじゃない。チャンスだ。
俺はクランハウスを飛び出した。
アットムはどこだ!?
時間制限はあるのか? 分からん。ならば急げ! アットムを探さねば……!
今ならっ、今の俺ならば……!
依頼と称してあの変態を思うがままにこき使うことができる!
問題はヤツにショタの気があるかどうかだが、そこは変態紳士のアットムだ。きっとヤツなら俺の期待に応えてくれる。
性癖のバーゲンセールだぜ。アットム!
3.山岳都市ニャンダム
だが先手を打たれた。
このゲームには、プレイヤーとNPCを見分ける明確なすべがない。見た目で推測するしかないから、やろうと思えばティナンに扮してプレイヤーの有り金を巻き上げることも可能だろう。依頼と称して高額で取引される素材を集めさせ、報酬を渡す前にドロンという寸法だ。
今まさにアットムが罠に嵌められようとしてる手口だよ!
だが俺はアットムを信じたい。稚拙な犯行を跳ね除け、颯爽と俺の前に現れてくれると信じたいんだ。同じ、クランメンバーだからな……!
俺は物陰に身を潜めて変態の動向を窺う。
変態はいつになく真剣な表情で、目の前に立っている女の子の話を聞いている。少女は一見するとティナンとしか思えない容姿をしているが、俺の目は誤魔化せないぜ。何しろあの女は俺のフレンドだからな。
あの女、ピエッタは悪質な詐欺師として悪名を轟かせているプレイヤーの一人だ。課金アイテムで姿を変え、手口を変えては数々のプレイヤーから金を巻き上げてきた。
しかしこのゲームのキャラクタークリエイトは緻密であるがゆえに膨大な時間と手間を要する。だからピエッタは、幾つかのベースとなるビジュアルをローテーションで使い回し、髪の色や瞳の色を変えることで追及の手をかわし続けてきたのだ。
そして俺は、それが全てとは言わないがピエッタ七変化のバージョンを把握している。七回に渡ってまんまと騙し取られたからなコンチキショー!
アットム、せめてお前は俺と同じ轍を踏んでくれるなよ? 俺は祈るように変態の姿を見つめる。
「私の妹が病気になっちゃったの……」
騙されるな、アットム! ティナンは病気なんて物ともしない強い子たちだぞ! 魔物が跋扈するこの世界を生き抜いてきただけあって見た目からは想像できないほど頑健な超生物なんだ……!
アットムは秀麗な眉目を悲しげに歪め、その場にしゃがみ込んだ。ピエッタと視線の高さを合わせ、壊れ物を扱うかのように少女の華奢な肩に手を置く。
「妹さんが居るのかい……?」
そこ? そこ気にしちゃうの? お前って本当にアウトだよなぁ〜。
俺は呆れるを通り越していっそ感動した。人はここまで欲望に忠実になれるのかと驚き、あるいは畏怖の念を抱いたのである。
しかもワンテンポ遅れてる感は拭えないものの、アットムの人となりを知らなければ会話が成立しているような気もする絶妙な線だ。
好感触を得られたと判断したピエッタが畳み掛ける。
「お母さんが」
「薬を買いたいけど高くて買えない。そうだね? どこに行けば手に入るのかな? いや……分かったよ。当ててみようか。月の雫だね? 月の雫を採取できるダンジョンにはアンデット系のモンスターが大量に現れる。だから君は一見して僧侶と分かる僕に声を掛けた。違うかな?」
まさかの先読み!?
ピエッタは言葉を失っている。さしもの彼女もこうまで高性能かつ高純度な変態にはお目に掛かったことがないらしい。
信じられるか? そいつ、ウチのクランメンバーなんだぜ。
「キメェ……」
アットムくん聞いた? 聞いたよね? 今、ピエッタさんがお前のことキモいって言ったよ? 病床の妹さんを救いたいと心から願う優しいお姉ちゃんはそんなひどいことを口にしたりはしないんだよ、分かるかなアットムくん。
だが変態の決意は固く、もはやヤツを止めることは神様にだって出来そうになかった。
いや、あるいは……。俺はこうも思う。アットムは最初から全てを知っていた? ヤツにとっては、素材を騙し取られることすら既に悦びだというのか?
だとすれば、それが愛でなくて一体何だと言うのだろう……。俺は途轍もなく恐ろしいものを目撃しようとしているのかもしれん。
「あの……」
ピエッタさんがドン引きしてる。あの悪名高い詐欺師のピエッタさんが関わり合いになることを恐れ始めているッ。
しかしアットムは退かない。一歩たりとて譲らない。ピエッタさんの小さな唇に人差し指を当てて、さっと立ち上がる。颯爽ときびすを返したアットムは、かつて見たことがないほど華麗な笑顔で振り返った。
「報酬は君の笑顔さ。もしも無事に戻れたら……一緒に記念撮影しよう。その時は、僕が指定するポーズで」
「キメェ!」
さしもの俺も叫んだね。図らずもピエッタさんと内心が完全に一致しての二重音声だよ。
……いつだったか、俺はアットムの野郎が最強のプレイヤーになるかもしれないと言ったが、こういうところなんだよな。
ヤツはティナンの依頼を決して断らない。任務の遂行に恐ろしいまでの執念を燃やすんだ。
コケの一念岩をも通すと言うが、ありゃあマジだぜ。物理無効の霊体を殴り飛ばすんだからな。何をどうしてんのかさっぱり分かんねえ。
俺は、アットムの変態性に間近であてられたピエッタに近寄る。可哀想に。こんなに怯えちまって。
「災難だったな」
ぽんと肩に手を置いて労をねぎらうと、ピエッタさんは半狂乱になって俺の胸ぐらを掴んでがくがくと揺すった。
「お前んトコのクランメンバーはあんなんばっかなのか!? キメェぞ! うぁぁぁ……気持ち悪ぃぃ鳥肌がおさまんねぇ……!」
がしがしと頭を掻いたピエッタさんが不意に顔を上げる。
「あ? お前、崖っぷちか? 課金したのか……珍しいこともあるもんだな」
よく分からないが、ピエッタはティナンに化けた俺をコタタマ氏と確信しているようだった。がっかりだぜ、女神の天罰とやらも大したことねえな。
俺は一緒にせんでくれと片手をひらひらと振り、
「人を呪わば穴二つってな。天罰てきめーん」
びしっとピエッタの頭にチョップを落とした。
これは、とあるVRMMOの物語。
神の存在を信じるか? 信じる、と。とある男は言った。たとえ神が実在しなかったとしても真似事は出来ると、にこりともせずに言い放った。ならば自分が神なのだと。
GunS Guilds Online