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ギスギスオンライン  作者: ココナッツ野山
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ラストシューティング

 1.古代遺跡-雪原


 クソ冷たい風が剥き出しの顔面にワンパン入れて過ぎ去って行く。

 けれど、俺たちは平気だ。ぬくもりに包まれているから。

 ポチョ、スズキ……。ありがとな。六人分の着ぐるみを内緒で用意してくれたウチの長女と次女。末っ子の赤カブトが意外としっかりした子で、ポチョキャンプにも速攻で馴染んだものだから、お姉さんとして何かしてやれないかと考えたんだろ? 正直、余計なコトしやがってと俺は思ってた。いや、今でも思ってる。けど、照れ臭いから言わないけどさ、少しは感謝してるんだぜ?

 俺は天邪鬼だから……。面と向かって「ありがとう」なんて言えないけど。俺が【ふれあい牧場】に入った時、お前らは全然他人って感じだった。でも、段々仲良くなっていって……。うまく言えないけど、絆は生まれるものじゃなくて、作るものなんだなって俺はぼんやりと思ったんだよ。だったら俺も手を伸ばさなきゃって。まぁ結果として化け物じみた人間関係に追い回される日々だけどな。へへっ……。


 ドラゴン戦隊……。

 それは、色とりどりのイカれた着ぐるみをメンバーに配布、恥ずかしいとかイカれてるとかいう俺の意見を黙殺した上で集結。

 共に新マップに突入し、メカドラゴンと真面目に戦っているプレイヤーの度肝を抜くという壮大な出オチ計画である。


 だが、ゴミどもは俺ら着ぐるみ戦隊のことなど見向きもしなかった。

 辺り一帯に撃墜されたメカドラゴンの機体が転がっている。それらは時間経過と共に一つずつ自壊を始め、吹雪に紛れ浚われていく。

 そして、残る最後の一機も沈黙しようとしていた。高熱を帯びた機体の表面が雪を溶かし、しゅんしゅんと湯気を立てている。断末魔のような甲高い駆動音を最後に、メカドラゴンの両目が徐々に光を失っていく。

 対峙するは、国内サーバー最強の男。片膝を屈し、剣を杖にかろうじて臨戦体勢を維持していたサトゥ氏が好敵手の最期を看取る。

 この戦いの顛末を見届けようと、参戦したプレイヤーたちが息を呑んで両者を見つめている。ここに至るまで、きっと様々なドラマがあったのだろう。さっきから俺の耳元でぼそぼそとツイートしているキャメルによれば、それはまさしく死闘と呼ぶに相応しいものだったらしい。

 遡ること二週間前。マールマールさんとのリベンジマッチで馬脚を現したサトゥ氏は人望を失った。色々と限界だったのだと思う。進まないレイド級討伐、プレイヤーとNPCの板挟み、トップクランを率いるマスターとしての重圧……。言葉には出さないだけで、俺との付き合いも非難を浴びていたに違いない。それら様々な要因が重なり、限界まで張り詰めた糸がぷつりと切れたのがマールマールさんとのリベンジマッチだった。

 サトゥ氏は、敗戦の責任を問うプレイヤーたちに対して「俺は悪くない」と言った。どんなに正しく理に適っていようとも、頭を張る人間が口に出してはならない言葉というものがある。あの時、サトゥ氏にはそれが見えていなかった。いや、気にする余裕がなかったのだ。

 一敗地にまみれ、どん底に落ちたサトゥ氏。しかしヤツは自力で立ち直った。

 国内サーバー最大手のトップクラン【敗残兵】は、数多くのネトゲーを渡り歩いてきた歴戦の勇士の集まりだ。これまでに多くの危機に直面し、そのたびに乗り越えてきたのだろう。【敗残兵】の幹部らはサトゥ氏のしぶとさを信じ、サトゥ氏はそれに応えた。

 メカドラゴンは強敵だった。執拗に地上へと引きずり落とそうとするゴミどもに、急降下攻撃を繰り出してあわや全滅かと危ぶまれた場面もあったらしい。レーザーブレスの水平掃射に対して、ゴミどもは決死の突撃を敢行した。メカドラゴンの口に嫌がるゴミを突っ込んで自爆を狙うなんて無茶もやったらしい。それに対しメカドラゴンはオーバードライブ、超高熱を発して焼肉プレートみたいになって燃えるゴミを圧倒した。

 しかしゴミどもは最後まで諦めなかった。数々の試練を乗り越え……。そして今、遂に最後の一機を打ち倒した。

 完全に沈黙したメカドラゴンに、リチェットがぽつりと呟く。


「や、やったのか……?」


 マナを使い切ってしまったようで、立ち上がることすらままならないようだ。雪の上で四つん這いになって激戦を制したサトゥ氏に這い寄ろうとする。

 サトゥ氏は沈黙したメカドラゴンを凄まじい形相で睨み付けている。片手を上げてリチェットを制止した。


「来るな。コイツ、まだ……」


 言うが早いか、メカドラゴンの背面の装甲が弾け飛ぶ。位置的には首の付け根。そこから、見慣れたポンコツが這い出てきた。

 リビングアーマーだ。

 ゴミどもがどよめく。俺も少なからず驚いた。

 つまりそういうことだ。

 メカドラゴンを操縦していたのは、リビングアーマーだった。この新マップはポンコツどもの巣ということになる。

 サトゥ氏がふらつきながらも剣を構える。メカドラゴンの背を足場に、ポンコツがサトゥ氏を見下ろす。

 二週間に渡る激戦の果て。

 今、最後の戦いが始まろうとしていた。


 学園祭みたいな軽いノリで着ぐるみなんぞ装着している俺たちは、それらをじっと見つめる。とても手出しできる雰囲気ではない。アウェー感が半端ない。ヤバい。



 2.対決


 かろうじて剣を構えたサトゥ氏だが、剣先が定まらない。疲弊している。魔力もろくに残っていないのだろう。

 しかし、それは裏を返せば他のゴミどもが結託してサトゥ氏を温存したということでもある。一時は人望を失ったサトゥ氏を、それでも最後に何かやってくれるのはこの男であると、ゴミどもは信じたのだ。

 サトゥ氏がふらつくたびに、ゴミどもから小さな悲鳴が漏れる。殴りつけるような吹雪がそれらを呑み込み、ゴミどもの熱量を容赦なく奪っていく。

 メカドラゴンにはパイロットが居た。救援要請を送られたかもしれない。仮に援軍が迫っているとしても、悪天候が視界を閉ざしており、それと知る手段はこちらにない。祈ることしかできない。

 しかしサトゥ氏の目に映るのは、一機のリビングアーマーのみ。

 今を乗り越えねば、未来はない。


 ポンコツが動く。見渡す限りゴミの山だが、連中は戦える状態にはない。唯一、戦闘態勢を維持しているサトゥ氏にしても体力は限界に達しようとしている。だが、おそらくメカドラゴン最後の一機に対して決定的な仕事をしたのはサトゥ氏だ。ヘイトは存分に稼いでいることだろう。彼我の戦力差に大きな隔たりはない。ポンコツはそう見る。ならば。

 飛ぶ……。俺の呟きを拾ったキャメルが「えっ」と驚きの声を上げ、サトゥ氏を見る。

 ここからサトゥ氏までは距離が開いている。俺の声がサトゥ氏に届く道理などない。だが、サトゥ氏は一瞬だけこちらを見て、コクリと小さく頷いた。

 何が起こった? 分からない。確かなことは何も言えない。だが、ナウシカ事件の時もそうだった。

 圧倒的な危機的状況。絶望的な戦況下にあって、プレイヤーは覚醒する。

 サトゥ氏のアビリティが、今確実に作動している。それも、かつてない精度で。


 ポンコツ背部の気筒が火を吹いた。高速で宙を駆ける機兵の突進を、サトゥ氏は倒れ込むように避ける。カウンターを取ろうとしたようだが、寒さによるパフォーマンスの低下が著しい。

 スポーツ選手はよく身体の柔らかさが大事だと言われる。それは、人間の身体がとっさの場面でダメージを減らすよう動くからだ。

 人間の身体は60%が水分で出来ている。水は凍る。氷は、落とせば割れる。柔軟性を失った人間は簡単に怪我をする。関節の可動域は低下し、思うように動けなくなる。


 ポンコツはサトゥ氏が一定の戦闘能力を維持していると判定した。接近は避け、サトゥ氏の周囲を猛スピードで飛び回る。

 死角からの遠距離攻撃……。

 俺の呟きにサトゥ氏が反応する。それは単なる偶然なのか。それとも……。

 サトゥ氏の背後に回ったポンコツがロケットパンチを繰り出した。サトゥ氏が雪の上を転がって躱す。雪原に剣を突き立て、ガクガクと膝を揺らして立ち上がる。

 ポンコツは大きく弧を描いて飛び、空中で片腕を回収した。短期戦を想定した動きではない。徹底して接近戦を避けようとしている。サトゥ氏を強く警戒している。メカドラゴン搭乗時によほど手ひどくやられたようだ。そうだよな。分かるよ。サトゥ氏は厄介なんだ。

 でも、お前が思う以上に厄介なんだ。

 サトゥ氏が俺を見る。俺は頷いた。一瞬のアイコンタクト。


 なぁ、サトゥ氏……。俺は心の中でサトゥ氏に語り掛けた。俺の可愛いアッガイ一号機はお前のクランメンバーなんだろ? 正体なんて俺は興味ないんだ。アッガイはアッガイだからな……。

 ただ、お前は俺がファーストガンダム派であることを見抜いていた。なんでかな。俺もそんな気がしていたよ。俺たちは、どこかで繋がってる。そんな気がしていた。だから……。

 ポンコツはロケットパンチを連発してサトゥ氏を追い詰めていく。堅実な戦法だ。人間は自在に空を飛ぶことができない。

 大きく体勢を崩したサトゥ氏が、雪原にうつ伏せに倒れ込む。しかし、俺は見た。その目だ。一見すると人の好さそうな瞳に隠されて普段は見えない、ドス黒い意思の光。それは、きっとボトラーの闇なのだろう。

 俺はポンコツを見る。どんなに速く動こうが、俺の目からは逃れられない。


 魔眼・鳥獣戯画の型!


 俺の中でメイドロボと化したポンコツがハッとして減速する。

 サトゥ氏が吠えた。


「アアッー!」


 爆発的な膂力で反転したサトゥ氏が、ベッドから跳ね起きたような姿勢でぴたりと静止する。あれは、ポチョの……。

 尾を引く残像が幽気のごとく立ち昇る。それを振り払うようにサトゥ氏は剣を投擲した。全精力を込められたサトゥ氏の剣が、火花を散らして直上に撃ち放たれた。

 減速したポンコツがサトゥ氏の頭上に差し掛かる。

 ラストシューティング。

 それは不思議な光景だった。空中で旋回したポンコツは、まるで自ら弱点を晒したかのようだった。しかし偶然ではない。ロケットパンチを回収するタイミングを俺がずらした。一挙動で回収するためにはサトゥ氏に背を向けるしかなかった。俺はそうなるよう計算して目を使った。

 しかしサトゥ氏はどうだろうか? 俺にはポンコツの動きが見えていた。行動パターンも把握している。だが、多対多の戦闘を旨とするサトゥ氏が俺ほどにモンスターのロジックに通じているとは思えない。

 これがサトゥ氏に備わる直感のアビリティなのか。ほとんどニュータイプじゃねえか。


 サトゥ氏は国内サーバー最強の男と言われている。それは、アットムが目指す強さとは異なるものだ。

 サトゥ氏の強さ。それは、プレイヤーを導き、彼らの願いを実現する力。

 サトゥ氏の撃ち放った剣が、ポンコツの操縦席を串刺しにした。

 俺のフォローがあったにせよ、一体どれだけのプレイヤーが同じことをやれる?

 サトゥ氏。お前は……。


「凄い……」


 俺の隣に立つポチョがぼそりと呟いた。

 そうか。ポチョをして、凄いと言わしめるか。

 サトゥ氏は、世界に通用する男だ。大したやつだよ、お前は。


 操縦席を貫かれたポンコツは、墜落して沈黙した。程なくして自壊が始まる。

 のろのろと立ち上がったサトゥ氏が、やっぱり立てなくて四つん這いになる。


「はぁっ、はぁっ……!」


 ハァハァして、ふらふらと握り拳を突き上げた。


「俺たちのっ、勝ちだっ……!」


 歓喜が爆発した。

 ゴミどもがワッと歓声を上げてサトゥ氏に駆け寄る。

 サトゥ氏は胴上げされながら文句を垂れた。


「なんだよっ、お前ら元気じゃねーか! 手伝えよぉ! 体力温存してんじゃねーよ! あっ、ダメ。死ぬっ。死んじゃうっ。らめぇっ」


 胴上げされて死に掛けているサトゥ氏を、ドラゴン戦隊は優しく見守る。

 どうする。今からこそっと混じるか? 最初から居ましたけどみたいな顔して。

 いや……。さすがに通用しそうにない。

 ヤバい。




 これは、とあるVRMMOの物語。

 ヤバい。



 GunS Guilds Online


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