燃える雪原!オーバードライブ……!
1.クランハウス-居間
メシを食べ終わったキャメルとDQ1の報酬で揉めている。
竜王が勇者に世界の半分をやろうと持ち掛けてくるあれだ。
半分。半分か〜。もうちょっと何とかならん?
「えっ。半分ですよ? 世界の半分って凄くないですか?」
でもさ、俺勇者じゃん? 言ってみれば人類に残された最後の希望なんよ。その俺がお前の側につくってのはもう完全に王手だろ。少なくともお前はそう考えた訳だよな? だから半分っていう、一見すると破格の報酬をチラつかせた……。そう、一見するとだよ。俺は人間だからさ、お前ほど長生きしないだろうし、お前らの魔王軍に合流してもモンスターたちは打ち解けてくれないだろって思うのね。でもさ、実際はどのモンスターよりも戦功を立てれる自信あんのよ。今からちょっとラダトームの王様殺して来てって言われたら、俺余裕でやれるからね。それくらいの信用得てるから。
「な、なるほど……」
ん、今なるほどって言ったね。つまりお前は俺の運用について俺ほどには考えてなかったんだな。だったらここは俺の言う通りにしてみようよ。半分なんてケチ臭いこと言うなよ。な?
「い、いや、でも私、魔王だし……。魔王より土地持ってる部下っておかしくないですか?」
なるほどな。それは一理ある。さすがは魔王だな。伊達に土地転がしてないわ。権威というものを理解してる。じゃあこうしよう。半分でいいわ。代わりに俺にラダトームくれ。
「ラダトームはやれませんよ。ウチのめっちゃ近所じゃないですか。何なら泳いで渡れるでしょ、あれ。いや魔力か何かでバリアみたいなのは張ってるんでしょうけど、バリア張り続けるのもしんどいですし……」
ラダトーム駄目なん? じゃあどうする? あ、こうしよう。メルキドくれ。メルキドならいいだろ。こっから遠いし。な?
「ヤですよ! あんなのどう見ても難攻不落の要塞じゃないですか! 何なら私もメルキドに住みたいですよ! そう思ってゴーレム置いてたのに……!」
ラダトームはダメ、メルキドもダメ。お前は器の小さい魔王やのう。ほら見ろ、キラーマシーンが不安そうにこっち見てるぞ。あれは俺がメルキド取った暁には俺について行こうかなって考えてる目だ。なぁ、どうするん? 魔王様としてはさ。部下にあんな目で見られて。ここは器の大きさ見せる場面でしょ。俺ごときちっぽけな人間に何ができるってさ。なぁ、気前良くポンとメルキドくれや。あとメルキドくれるなら事実上キメラは俺のだからな。キメラの指揮権も俺にくれ。
「キメラはやれんでしょ! キメラあげたらウチの航空戦力ズタズタじゃないですか! ドラキーだけ渡されてどうしろって言うんですか!」
メイジドラキー居るから大丈夫。この前、話聞いたらキメラもメイジドラキーは侮れないって言ってたよ。
「う、うーん……」
悩んでる悩んでる。くくくっ……アホめ。俺は胸中であざ笑った。
メルキドとキメラ揃ったら他に何も要らんわ。こんなちっぽけな城、半日で攻め落とせる。めでたく世界は俺のモノという寸法よ。
「コタタマ、コタタマ……」
第一、この鉄砲玉みたいな扱い何なん? 俺はロト様だぞ。人間の最上級品種みたいなもんだぞ。なんで一束幾らの雑種に命令されて身体張らにゃならんのよ。そこからして納得行かんわ。
「コタタマっ」
おぅ、びっくりした。アットムか。どうした?
「ゴメンね。あのさ、そろそろ話、先に進めよ? ドラクエじゃなしに」
竜王もといキャメルがハッとした。
「そ、そうだった……。わ、私、コタタマさんの口車に乗せられて!?」
またそうやって俺を悪者にする。魔王め。
アットムの指摘に、キャメルは慌てて片手を上げると、おっぱいを揉むような仕草をした。メニューを操作しているようだ。脳内で意識を傾ければ操作できるのだが、つい指を動かしてしまうというプレイヤーも珍しくない。むしろ慣れない内はそっちの方が楽だ。どう見てもおっぱいを揉んでるので、俺なんかは初日で脳内操作に切り替えたがな。見ろよ、あのヤラシイ手つき。完全に揉んでるぜ。
キャメルがおっぱいを揉み終えた。テーブルの上にパッと画像が浮かぶ。ョ%レ氏によるドラゴン攻略動画とやらか。……公式サイトの動画をゲーム内に持ち込むのは無理だ。ということは外部から引っ張ってきたのか?
こいつ……。俺はキャメルを見た。状態2か……。
ハード本体に納まっている謎の発光物体にスマホの端子を咥えさせ、二、三日ほど放置しておくとスマホに角が生える。それが状態1だ。状態1のスマホはゲーム内で撮った画像を外部に持ち出せる。
また状態1のスマホを電波が届かない所に持って行って二、三日ほど放置すると、今度は角が枝分かれし始める。それが状態2。状態2のスマホはリアルからデータを引っ張ってこれることが判明している。
噂によると状態3なんてのもあるらしいが、ハッキリしたことは分かっていない。まず状態2の時点で、枝分かれした角がとても邪魔臭いらしいからな……。布団の上に置いても角が邪魔して水平にならないと聞く。
データの持ち出しと持ち込みは不正な行為だ。しかし運営はユーザーが勝手にやってることなど知ったことではないらしく、完全に無視している。つまりバレなければ何をしてもいいのだ。
キャメルはさも当然のような顔をして、動画サイトにアップされているデータを別の会社が運営しているゲームの中で再生し始めた。
「キャメル。やめなさい」
先生の鶴の一言。
先生はルールを大事にする。バレなければ良いという問題ではない。
先生は繰り返し言った。
「やめなさい」
先生の提案により、公式サイトにアップされている動画を各自確認してから再度集合することになった。
2.運営ディレクター無双
どうやら新マップの難易度が高すぎるというクレームが運営に殺到したらしい。
俺は決してそうは思わないが、感じ方は人それぞれだからな。実質的にタップの回数を競ってるだけのソシャゲー勢からしてみると、このゲームの新マップは難易度が高いのだろう。防寒着さえ揃えればどうにでもなりそうだが。
しかし、あのタコ野郎がメカドラゴンに挑むとあっては興味を引かれない筈もなく。
傲岸不遜を絵に描いたようなョ%レ氏のことだ。きっとソシャゲー勢の鼻を明かしてくれるに違いない。今回に限っては俺はョ%レ氏を応援するぜ。新マップは特別難易度が高いとは思わなかったからな。あの身を切るような寒さに関しても苦痛とは感じなかった。このゲームのキャラクターは良い意味で脳みそを改造されているらしく、ユーザーに苦痛が伝わることはない。例外は、無理に強化した五感を酷使して潰れた時くらいだ。
公式サイトにアップされたドラゴン討伐動画は、ドキュメンタリー形式によるものだった。
カメラマンは、おそらくGMマレだろう。ョ%レ氏を捉えるアングルに執念めいたものを感じる。
猛吹雪の中、命の火に包まれた一人の男がゆっくりと歩いてくる。
ョ%レ氏のアバター。リア充の権化バージョンだ。片手をポケットに突っ込み、雪原を歩いている。吹きつける風雪を気にした様子はない。【心身燃焼】によるリジェネ効果だろう。
メカドラゴンが上空を舞っている。縄張りに足を踏み入れた慮外者に、彼らは一切容赦しない。口腔を晒し、レーザーブレスのチャージを始める。
足を止めて頭上を仰いだョ%レ氏は、チャージが終わるのを待っている。ただ待っているのも退屈に感じたらしく、魔石を二つほど取り出して掌で転がし始める。
チャージが終わった。
メカドラゴンの群れが一斉にレーザー砲みたいなのをブッ放す。
しかしョ%レ氏は無傷。何をしたのかよく分からない。
スローモーションでもう一度。メカドラゴンがレーザー砲をブッ放す。光線がョ%レ氏に迫る。完全に直撃コースだ。ョ%レ氏の身体の輪郭が仄かな輝きを放つ。形成された光の輪とレーザー砲が接触した。閃光が画面を埋め尽くす。
つまり【全身強打】でレーザー砲を相殺したようだ。
何の参考にもならなかった。【全身強打】の魔法は味方にも普通に当たる。プレイヤーがョ%レ氏と同じように相殺しようとすれば、周りのプレイヤーが全滅する。
……どうする。これ、まったく参考にならねえぞ。
しかしョ%レ氏の参考にならない攻略動画は続く。
メカドラゴンはレーザーブレスを連発できないようだ。上空を旋回し、ョ%レ氏を威嚇している。
ョ%レ氏はメカドラゴンを無視してさっさと先に進もうとしている。さくさくと雪原を踏んで歩く運営ディレクターに、一機のメカドラゴンが足止めに回る。
眼前に降り立つ巨体に、ョ%レ氏はまったく脅威を感じていないようだ。足取りを乱すことなく一直線にメカドラゴンへと歩み寄っていく。
メカドラゴンの猛攻が始まった。
ョ%レ氏は【スライドリード(速い)】を発動。手加減しているらしく、それでもトップクラスのプレイヤーと同程度の速度を維持してメカドラゴンの攻撃を躱していく。際立った戦闘技術など一切見られなかった。メカドラゴンが頭を狙えば上半身を逸らして避ける。地面ごとなぎ払おうとすればジャンプして躱す。最低限の動きしかしていない。多分、相手をするのが面倒臭いのだ。
むしろスーツが汚れるのを嫌っているらしく、ョ%レ氏はスーツに掛かった雪を手で払いのけながらメカドラゴンの登頂を始めた。歩道橋を渡るくらいの軽い感じでメカドラゴンの前足に飛び乗り、革靴でカツカツと機体の表面を歩いていく。
メカドラゴンは暴れたが、ョ%レ氏を振り落とすことはできなかった。【スライドリード】のシフトチェンジを駆使しているのだろうが、鍛冶屋の俺にはそれが凄いことなのかどうか今ひとつぴんと来ない。
登頂を終えたョ%レ氏がするするとメカドラゴンの背中を降りていく。メカドラゴンがバランスを崩して転倒した。手間が省けたとばかりにョ%レ氏は雪原に降りる。
ョ%レ氏が僚機から離れたことで、他のメカドラゴンが一斉に動いた。レーザーブレスは温存か? 同士討ちを避けるくらいの知恵はあるようだ。高度を落とし、低空を維持しつつョ%レ氏に迫る。
ョ%レ氏は振り返りもしない。スーツに掛かった雪を払っていた手を、さっと振る。たったそれだけの挙動で、メカドラゴンの群れが一斉に地に這いつくばった。
メカドラゴンの機体がギシギシと軋み、強い負荷が掛かっていることが分かる。
……マールマールの超重力だ。
ョ%レ氏は振り返らない。メカドラゴンを無視して、いや、最初から眼中になかった。ただひたすら歩き続ける。そのまま、吹雪の向こうに消えて行った。
なんの参考にもならないお散歩動画であった。
しかし何だろう。
え? そこ? みたいな……。そこで詰まるの? みたいな呆れを通り越した驚き。おちょくろうにも低次元すぎてどうにもならない、というような意思を感じましたねぇ。
困ったものです。
3.クランハウス-居間
「うっ……」
ログインするなり俺は仰け反った。
白、黒、青、緑、赤。
ど、ドラゴン戦隊だ……。
俺がョ%レ氏のお散歩動画をじっくりと眺めている間にログインして着替えたのか。
改めて見ると、こりゃひでえ。
お遊戯感は言わずもがな、着ぐるみon着ぐるみの先生に至っては怪獣に丸呑みされた羊さんのようだ。
ブラックドラゴンのアットムくんがしきりに身体をひねっては照れ笑いを浮かべている。
「なんか照れるね」
……満更でもない? 満更でもない感じだ。
お、俺は……。俺は、正直に言うと、できることなら避けたい。できることなら避けたいんだ。
しかしウチの三人娘は可愛い可愛いと連呼してキャッキャとはしゃいでいる。
くそっ、お前らは元々可愛いじゃねえか。俺は男だぞ……。アットムみたいに女装したら見た目まんま女の子でドキッ系のキャラでもねえんだよ……。
先生は微笑ましそうにウチの子たちを眺めてる。ううっ……。先生が生徒の父兄の方々モードに入ってる。これは、もはや俺が何を言ったところで……。
キャメルがぽかんとしている。
「こ、コタタマさん。これは? 何かのパーティーですか?」
そうじゃねえ。そうじゃねえんだ……。
俺はキャメルの質問に答えることができなかった。優しい目をしている先生に声を掛ける。
先生、ちょっと……。
「うん、行って来なさい。待っているよ。大丈夫だ」
そう、ですか。
俺はトボトボと自室に引っ込んだ。
バンシーバージョンに早変わりしてピンクの着ぐるみに袖を通す。
ずるずると尻尾を引きずって居間に戻る。
「コタタマっ、可愛い!」
おふっ。
ブルードラゴンのポチョにショルダータックルをかまされた。
床をころころと転がった俺に、レッドドラゴンとグリーンドラゴンのフライングボディーアタックが立て続けに襲い掛かる。
……なんで俺はピンクなんだろう? ピンクドラゴンなんて聞いたことない。よろよろと立ち上がった俺は、キャメルの肩にぽふとグローブみてえになった手を置いた。
「コタタマは死んだ。俺は……。俺はバンシーだ」
コタタマさんは急な用事があって帰った。その線で行こう。
キャミー。お前が生き証人になるんだ。
キャメルは察しのいい女だった。ハッとして言う。
「ま、まさか? 行くんですかっ? そ、その格好で。新、マップに……?」
ああ、行くのさ。行かいでか。
レ氏は歩いてメカドラゴンを突破した。
俺たちは、着ぐるみでメカドラゴンに挑む。
さあ、果たしてどっちが上かな……?
キャメルはかろうじて言った。
「いい、記事が書けそうです」
書くなや。殺すぞ。
あ、お前、今メニューを操作したな? 何をした? 動画だろ! おいっ、撮るんじゃねえ!
俺はキャメルの首をぐいぐいと締めた。しかし分厚い生地越しでうまく力が伝わらない。クズ女はふくふくと笑っている。
「いやー。バンシーさんはピンクが似合いますねぇ。私、アリだと思います!」
やかましい!
先生っ……! 出発の号令を!
俺たちがメンバー全員で出掛けることなんて滅多にない。しかしクランマスターであらせられる先生は、きっとこの日を待ち望んでいたのだ。
先生はコクリと頷いた。メンバーを順々を見つめ、さっと万歳する。
「どーらごーん!」
先生!?
これは、とあるVRMMOの物語。
迫る、決戦の時……!
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