決死の戦い……!
1.エッダ水道-【提灯あんこう】秘密基地
善意ってのは厄介だよな。
さしもの俺もサプライズプレゼントアタックされたドラゴンスーツをハサミでブッタ切ってカーテンにするほど非情にはなれなかった。
ポチョとスズキの金髪ロリコンビにはドラゴン戦隊という野望があるらしく、メンバー全員の都合がつくまで新マップ挑戦はお預けということになった。
なお、件のドラゴンスーツだが。アットムは意外と喜んでいた。あいつも身内には甘いところがあるからな。言うべきことはハッキリ言うもんだから、度々ギスるけど。まぁ何やかんやでアットムくんも丸くなったよ。
ともあれ、新マップは後回しだ。俺も別に攻略最前線に居たいって訳じゃないから、それはまったく構わない。放っておけば他の誰かが勝手に攻略進めてくれるしな。
目下の悩みはサトゥ氏が定期的にラブコールめいたポエムを送ってくることくらいだ。要約すると、俺を最前線に送り込みたくて仕方ないらしい。でも、あいつは俺の身体だけが目当てだからな。目さえあれば誰でもいいんだろう。だからさっさと俺の代わりを見つければいいのによぉ。何もイチから育てんでも探せば一人や二人くらい見つかるだろ。MPKは俺の専売特許じゃねえんだ。
まぁサトゥ氏も特定の個人を当てにするのはどうかと思ってるらしく、ポエムの内容が段々交換日記みたいになってきた。期待の大型新人、メガロッパがリチェットに懐いていて少し寂しいようだ。セブンはネカマ六人衆と追いかけっこする日々を送っている。古参メンバーは他にも居るからサトゥ氏が孤立してるってことはないようだが。あいつ結構寂しがり屋だからな。今度、土産でも持って行ってやるか。
新マップ関連が落ち着いたらニジゲンに会いに行くつもりだ。もはや駄々をこねてる場合じゃねえ。信義の問題だ。俺は筋は通す。借りは返さないと気が済まねえ。
「……ホモなの?」
誰がホモだ。
俺にあらぬ嫌疑を掛けたのは妹弟子のマゴットである。
今日はネフィリアの秘密基地にお邪魔している。定期的に顔を見せねえと、またメインがどうたらとうるせえんだよな。俺のお師匠様だけあってネフィリアは身内を束縛するタイプだ。
ところが会いに来たらお師匠様は留守と来た。ログインはしてるみたいだし、また懲りずに悪さしてんのか。仕方ねえ女だなぁ。
まぁネフィリアは会うたびに魔石を恵んでくれるから俺としてもあまり強くは言えない。さすがにウチの子たちが取ってくる分だけじゃ足りないんだよ。デサントになってからというもの、魔石の消費が半端ない。俺のクラフトって実質的に銭投げなんだよな。もうちょっと燃費良くならんもんかね?
普通に俺に付いてきた赤カブトが首を傾げた。
「デサントって増えてるんだよね? 他の人たちのクラフトはペタさんのとは違うの?」
こいつの人脈って何気に凄いよな。【敗残兵】と【提灯あんこう】、敵対してるクラン両方に出入りできるって正直どうよ? 節操のねえ女だぜ。
俺は内心そんなことを考えながら、赤カブトの質問に答えてやった。
あんまり数居ねえからハッキリしたことは言えないんだけどな。デサントのクラフト技能は個人によって向き不向きがある。俺みたいに耐久度を削るやつも居れば、そうじゃないやつも居る。命令文を薄くして武器としてのクォリティを上げたりな。俺としてはそっちの方が良かったんだけどなぁ。俺、レベル低いからよ。今んトコ方向性を絞るしかねえんだよ。
「そうなんだ。なんか面白そう。私も一度デサントやってみようかな」
おお、歓迎するぜ。ジョブは一通り触っておくべきってのが俺の持論だからな。ただ、デサントになるためには先に鍛冶師か細工師に転職しないとダメらしい。まずはレ氏の書類審査に通らなくちゃな。
「うん、分かった。あ、でもテイマーも楽しそうだね」
楽しそうっつーか……。俺は言葉を濁した。
そう、国内サーバーの我らがゴミ一同は遂にテイマーの解放に成功した。まぁ、レ氏からほとんど答えを教えて貰ったようなもんだからな。
粗方の予想通り、テイマーは薬剤師の二次職だった。嬉しいことに攻撃魔法も使える。さすがに二段階目の魔法は使えないようだが、これまでせっせとメシを作ってきたメシ屋が前線に出れるようになった。これは大きい。
そして、こうも言えるだろう。テイマーは魔法使いの上位職でもある。つまり魔法使いにはウィザードとテイマー、二通りの進路が用意されてたって訳だ。
レ氏にしては気が利くじゃねえか。そう思ってたよ。実物を目にするまではな。
俺は、テイマーに転職したマゴットに尋ねた。
あのさ、俺食われてるんだけど、こいつ言うこと聞くの?
さっきから俺に食いついて離れない白くてデカい犬はマゴットがリアルで飼ってるワンちゃんであるらしい。名前をペスという。
「んー。あんまり。お手はできるかも」
ええ? でもお前、テイマーになったんだろ? テイマーってさ、ポケモンマスターみたいなもんじゃないの? ピカチュウがサトシの指示を既読スルーしてるのあんまり見たことないんだけど……。
「そう? でも動物だし。人間の言うこと完ペキに聞くペットって逆にキモくない?」
キモくはないだろ。忠犬じゃん。カッケーって。絶対。
「そっかなぁ。や、キモいって。なんつーか……動物ってシンプルじゃん。赤ん坊みたいっていうか。そういうトコがラブいんだよ」
ラブいかぁ?
なあ。さっきから俺食われてるんだけど、こいつ戦力になるんか?
「え? 戦力とか……それ違くない?」
違くなくない? 立派な戦力じゃん。こうして食われてっとさ、やっぱモノが違うなってハッキリ分かんだよね。筋肉の質が違うっていうか、まさに戦うために生まれて来たんだなって思うもん。肌で感じるよ。文字通り。
「えー? 可愛いっしょ。ぬいぐるみじゃん。完ペキぬいぐるみ」
完璧かぁ? 俺のこと食ってるじゃん。対象年齢、若干高すぎだろ。全国のチルドレンにはオススメできねーなぁ。ぬいぐるみってさ、なんつーか、あんまり上手く言えないけど、動かないじゃん。噛みつかないっつーか。人のこと食わないよね。
「その子、大人しいから。噛んだりしないよ。家で飼ってるからかなー。全然吠えないし」
ああ、室内犬な。でもさ、俺のこと噛んでるし。噛んで、かつ振り回してる訳じゃん? おっと、今のは効いたわ。ガツーン来た。パワーあるなぁ。アマチュアだったら死んでたんじゃねえか? まぁ俺はセミプロだから受け身取ったけどな。
あ、受け身で思い出したんだけどさ、ウチのアットム。知ってる? アットム。お前、面識あったっけ?
「知ってる。あんまり一緒に遊んだことないけど、キレーな顔した子だよね」
そうそう。あいつ綺麗な顔してるよな。そのアットムがさ、投げ技ってどうなんだろうって。ウチの先生がさ、スッゲー投げ技上手いんだよ。ぶっちゃけ柔道な。だから先生に習ったら?って俺。そしたらさー、やっぱ柔道って強いんだよな。何が強いってさ、投げ技って体重が掛かるじゃん。打撃の比じゃないんだよ。あれ、何気に殺人技だぜ。
「えっ。あんた投げられたの?」
おう。やっぱ投げ技って対人用だからさ。人間相手じゃないと変な癖付きそうじゃん。いやぁ、柔道凄いわ。どしーんって来る。そうそう、こんな感じ。どしーん。あ、ヤバい。死にそう。受け身ミスったわ。俺、あんまりセンスないんだよな。つーか血が足りねえわ。いや、つーかさ……俺食われてんだけど! 何とかしろや、飼い主!
俺は吠えた。
ペスさんが獰猛な唸り声を上げる。
あ、さーせん。俺は従順になった。
……怖ぇよ。犬、怖い。こんなの勝てっこねえじゃん。さすがにモンスターほどじゃないけど、十分戦力になるって。
でも言うこと聞かねえの? テイマーになったからって意思の疎通ができる訳じゃねえの?
ペットじゃん。それ単にペットをゲームに連れて来てるだけじゃん。
猛犬ペスさんはイケそうだけど、大抵のペットはモンスターに立ち向かえねえだろ。尻尾巻くわ。俺だって尻尾あったら巻くもんよ。
ええ……? テイマー。ええ〜?
テイマーっていうか……それ単にペット飼ってる人じゃん。
……動物園勤務のユーザーとか居ねえのかなぁ。もういっそ誰か熊でも連れて来いよ。地球を代表するエリート戦士のパワーを見せつけてやろうぜ。ゴミとは違うんだってトコを示してやりたい。
俺の惨状を見かねてか、マゴットがぽんぽんと手を叩いた。
「ペス。ペス〜。こっち。こっちおいで」
名前を呼ばれたペスさんが俺を解放してくれた。のそのそとマゴットに近寄って隣にお座りする。
ったく、ひでえ目に遭ったぜ。死ぬかと思ったよ。まぁ死んだけどな。俺は死に戻りしてペスの隣にお座りした。
いやー、やっぱ犬はいいよな。俺、犬派なんだよ。忠犬っつーんですか? 上下関係をキッチリ守るってのがさ、大和魂を感じさせる訳よ。俺らのご先祖様は腹切れって言われたら腹切ってたからね。同族って感じする。
ちょっと乗ってみていい? 俺、大型犬の背中に乗って走るのスゲー憧れてるんだよね。完全にもののけ姫じゃんね。
マゴットはペスの前足を手に取っていじくっている。
「別にいいけど、また噛まれるんじゃね? 嫌いなヤツが上に乗って来たら普通に噛むっしょ」
噛まねーって。俺、動物には好かれる方なんだよ。知らんけど。さっきは緊張してたんだもんな?
俺はペスの頭を撫でた。そしてのしかかられて頚動脈を噛み千切られた。マジかよ。急所じゃん。本能的なものなんかね? 本能スゲー。俺は死んだ。
復活して来てペスを撫でる。また死んだ。
三回ほど殺されて、俺は不意に気が付いた。あれっ、俺ひょっとして嫌われてんのかな?
おっかしいなー。動物って心の綺麗な人間に懐くもんじゃねーの? 漫画だとそうなんだけどなぁ。まぁストーリー上の都合ってやつがあるからな。心の綺麗なやつが噛まれたら、じゃあ何のために犬出したんだよっつー話になるわな。
やい、妹弟子。
「なに?」
お前、俺の悪口をペスに吹き込んだろ。ペットはなー、そういう飼い主の言葉っつーか気配に敏感だって聞くぞ。
「はぁ? なんで私が。ペスはねー。基本、パパの言うことしか聞かないの。なんかしたとしたら、あんたがウチのパパに何かしたんじゃないの?」
俺とお前の親父さんに接点はないだろ。でも、そうか。ペスさん、結構ご高齢みたいだしな。お前のこと実の娘みたいに思ってるのかもな。泣かせるじゃねえか。
俺が知ったかぶってうんうんと頷いていると、赤カブトがくすくすと笑い出した。あんだよ?
「ペタさんとマゴットちゃんって、なんか兄妹みたい。いいな〜」
そうかぁ? 俺と血が繋がってたらもうちょっと賢いだろ。な、ペス。俺は目を使った。
魔眼・鳥獣戯画の型ッ。
びくっとしたペスが俺を見る。
ふん、畜生風情が。下手に出てたらいい気になりやがって。そろそろ互いの立場をハッキリさせようや。俺は斧を投げ捨てた。袖を捲り上げて吠える。
「掛かって来やがれっ」
とはいえ、さすがに飼い主の前で犬畜生を殴ったり蹴ったりはできない。イメージが悪すぎる。飛び掛かって来たペスを俺はレスリングスタイルで迎え撃つ。
人間様の底力を見せてやんよぉー!
アッー!
2.全敗記録更新中
くそっ、ダメだ。勝てねえ。こんな筈じゃなかったんだが……。
俺は半裸でペスに後ろから覆い被さり、ぜぇぜぇと呼吸を荒げる。ちょっと休憩だ。ここからどうしていいのか分からねえ。この犬畜生、少しでも締め付けると暴れやがる。だが、しょせんは室内犬よ。家の中でぬくぬくと育てられたコイツには野生を感じない。具体的にはスタミナがあまりないようだ。まぁそれは俺も同じこと。体力が底をつきかけているもの同士、俺とペスは膠着状態に陥った。俺とペスが密着して互いの体温を感じ合っていると、俺たちの異種格闘技戦を観戦していたマゴットが妙なことを言い出した。
「通報したから」
あ? おい、さっきからジャムジェムと何をこそこそと……。通報だ? 一体誰に……。
答えはすぐに出た。お犬様だ。どうやらお犬様と面識がある赤カブトがささやきを送ったらしい。
居間に姿を現したお犬様に、俺は這々の体で縋り付いた。
お犬様〜。お犬様、どうかこの猛犬を俺に懐かせてやってください。背中に乗って草原を思い切り駆け回りたいのです。
「君、難しいこと言うな。ワシは確かに見た目犬だけど中身人間だぞ。言葉通じないのにどうしろっつーんじゃ。まぁ試しにやってみるけども」
お犬様はペスの目を覗き込んだ。ペスは尻尾をブンブンと振っている。好感触? 好感触だ。さすがはお犬様。犬の頂点に立つお方よ。
何やらペスと通じ合った様子のお犬様が俺を見る。ペスも俺を見る。尻尾がぴたりと止まった。何だと……。テンション落ちすぎぃ。
そんな俺たちの様子をお犬様はじっと観察している。
「んー。君は、この子の飼い主と仲が良すぎるのかもしれんな。犬は上下関係気にするって言うから。どっちが上かハッキリせんから噛みつくんと違うか?」
おお、なるほど。つまり俺がマゴットをやっつければ必然的に俺はペスの上ということに?
「それはならんな、ペタタマの。どうして逆に行こうとするかな。君は飼い主の子と仲良くなりなさい。無理にしつけたら混乱するよ」
そうなのですか。
分かりました。マゴット、こっちへ来なさい。
「は!?」
は?ではない。思えば俺はお前に兄弟子らしいことを何もしてやれなかった。しかしペスの手前、今後はちょいちょいと兄弟子らしいところを見せて行きたいと今思った。
来なさい。撫でてあげよう。
俺は片手を持ち上げて、ちんちくりん二号の頭を撫でる体勢をキープした。視界の端に映った上着を拾い上げて肩に引っ掛ける。ペスの爪と牙でズタズタに引き裂かれた上着のポケットから、ぽろりとマゴットのパンツがまろび出た。ッ……。
おっと失礼。俺は慌てず騒がずパンツを回収した。ハンカチと言えば押し通せる。上着のポケットからパンツが出てくるなんて常識的に考えてあり得ないからな。
ところがパンツの持ち主はそうは考えなかったようだ。あるいは……パンツが一枚足りていないことを把握していたのかもな。
「それっ、私のパンっ……」
パンツがどうした? 俺は強気に出た。そうだ、冷静に考えたら俺は悪くねえ。ネフィリアが勝手に寄越してそのまま返し忘れていただけだ。
マゴットは顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。
くっ……! 俺はがくりと片膝を付いた。消耗している。ペスとの戦いで俺はとうに限界を超えていた。握力もろくに残っちゃいない。俺の手からするりと零れ落ちたパンツがはらりと床に広がった。
「ペタさん……?」
赤カブトか……。
ふっ。どうやらハンカチと言い張っても無駄なようだな。
すらりと剣を抜いた赤カブトを、俺は鋭く見上げる。ああ、分かってるさ。俺を殺すんだろう?
俺は満身創痍だ。とても戦える身体じゃない。絶体絶命の状況下……。しかし、俺は笑った。
これほどまでに死を身近に感じたのは久し振りだった。
だが、俺は心のどこかでこうなることを望んでいたのかもしれない。
「生きてるって感じだぜぇ……!」
以前から感じていたことだ。
俺は、殺されるから赦されてるみたいなトコがある。
ならば俺は。……俺は、俺を殺してくれる赤カブトと一緒ならどこまでも行ける。
まるで二つで一つのようだ。もしも運命というものがあるとすれば、俺と赤カブトの出会いがそうだったのかもしれない。
俺と赤カブトの視線が交錯し火花を散らした。
俺は吠えた。
「来いっ……!」
これは、とあるVRMMOの物語。
他のプレイヤーはドラゴンと戦ってるよ。
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