どん底
1.ちびナイ劇場
【ちょーせんじょー!】
恒例の五感ジャックである。
イベントか……。
いつも思うんだが、嫌がらせとしか思えないタイミングでブチ込んで来やがるな。
で、挑戦状が何だって?
ちびナイが挑戦状とやらを広げてみせる。
おぅ、汚ねえ字だな。なるほど、挑戦状だな。ころしたいのでうちへきてください、とある。もはや挑戦状の域を越えて殺人予告に等しい文面であった。
ちびナイがバタバタと手を振って事の重大さを全身で表現する。
【ど、どうしよう、プレイヤーのみんな! 家に帰ったらこんなのがポストに入ってたの!】
家ってどこだよ。チュートリアル空間のことか? だったら真っ先に疑うべきは内部犯だろ。
【お姉ちゃん、落ち着いて!】
そして最も疑わしいのは、過去に女神の加護の剥脱を目論んだ妹キャラである。
舞台袖から飛び出してきた容疑者ちびマレが、ちびナイの手から挑戦状を引ったくる。
【ちょっと貸して! 何かヒントが隠されてる筈!】
【い、妹よー!】
虫メガネを取り出した容疑者が挑戦状を丹念に観察する。
【こ、これは!】
【何か分かったの!?】
ちびマレがばーんと挑戦状を広げた。
【ここ! ここにモグラさんの手形があるよ!】
おい、書かせただろ。
マールマールさんが日本語知ってる訳ねえだろ。ウチの御神体に何やらせてんだ。
【しかもよく見ると! ここにマッチ棒みたいなのが書かれてる!】
マッチ棒っつーか、アルファベットのiだな。
【これは、きっと人間!】
……嘘でしょ? 既に頭取れてるじゃん。マールマールさん的には俺らってデフォで頭取れてる印象なの?
【つまりこれはモグラさんからプレイヤーのみんなに宛てた挑戦状なんだよ!】
【な、なんですとー!?】
そうかなぁ。レイド級って運営側に【戒律】で縛られてるみたいだし、【NAi】を殺したいくらい恨んでても不思議じゃない気がするんだよな。
俺の予想が正しければ、レイド級は位階が高いほど重い行動制限を課せられている。マールマールさんは神獣。その位階は使徒に次ぐ。性格が悪い運営にさぞやこき使われていることであろう。同情の余地がある。
しかしマールマールさんが俺らに挑戦状を叩き付けたというのは、もはや既定路線のようだ。
うーん。年越しイベントで結構惜しいところまで行ったからな。レンジャー部隊もかくやという素早さで縦穴に逃げ込んだマールマールさんにレイド級の威厳はなかった。恨みに思っていたのかもしれん。
不要としか思えない推理パートを終えたちび姉妹が居住まいを正して今回のイベントについて説明を始めた。
【という訳でねっ、今回のイベントはモグラさんとのリベンジマッチ!】
【でもお姉ちゃん。どうしてモグラさんなの?】
どうしてって挑戦状を叩き付けられたからと違うんか。そこを無視して話を先に進めるのは正直どうよ?
【それは私から説明しよう】
舞台袖からタコみたいなのが出てきた。久し振りに見たな……。
ちびナイがころりとステージを転がって驚きを露わにする。
【あ、あなたはもしや運営ディレクターのョ%レ氏!?】
【そうとも。私が運営ディレクターのョ%レ氏だ】
……このゲームのアクティブユーザーがどれくらい居るのかは公表されていないが、バザーの物流を見る限り順調にプレイヤーが増えているようではある。
ちびナイ劇場を初めて目にする新規ユーザーも居ることだろう。そうした層に向けて暫定エイリアンの一味は運営ディレクターを強力プッシュしてくる。
スポットライトに照らされて進み出たョ%レ氏にちびマレが恭しく挑戦状を手渡した。
ョ%レ氏は挑戦状を一瞥し、
【察しの良いものは気が付いているだろうが、このゲームのストーリーはプレイヤーの功績によって決まる。レイド級の討伐はその最たるものだ】
まぁそうだろうな。強靭な肉体を持つティナンをしてレイド級は手がつけられない怪獣だ。そのレイド級を倒したとなれば、プレイヤーを見る目が変わるのは至極当然であろう。
【そしてこの場を借りて言っておくが、期限内にエッダを打倒せしめた勢力は一つもなかった。たったの一つもだ。不甲斐ない……】
何なんだよ、いちいち見下しやがって。そんなの仕方ねえだろ。俺ら人間様の身体にはエラ呼吸なんていう高度な機能は備わってねんだよ。
しかし一つも、か。それは少し意外だったな。世界は広い。エラ呼吸とまでは行かなくとも、何らかの攻略法を編み出した連中が居ても不思議じゃないと思っていたが……。
ョ%レ氏は触手の一本をうにょると掲げた。
【そこで私は考えた。どうやら諸君ら二本足には荷が重いらしい。諸君らヒューマンにエッダは倒せない。まず足の本数からして負けている……】
足の本数は関係ねえだろ。
しかしョ%レ氏至上主義のカイワレ大根は反論するつもりはないらしい。うんうんと頷いている。
一方、鬼畜ナビゲーターは俺らを使って何かを企んでいるらしく、そんなことはないと反意を示した。はい、はーいと元気よく挙手し、
【ョ%レ氏! 今しばし! 今しばしの猶予を〜! じ、実はですね、もうちょっとでエラ呼吸にメドが立ちそうっていうか〜】
ホラ吹きやがった!? おい、待て! そんなもんメド立つ訳ねえだろ! 地球人舐めんな! 俺らがクソ便利なエラ呼吸を捨ててクソ猛毒の酸素が猛威を振るう陸に打ち上げられたのは数億年越しのドラマがあるんだよ!
【ほう?】
うっ、ョ%レ氏の瞳が真っ赤に染まった。攻撃色だ。ナウシカの王蟲みたいな生態してやがる……。
【ううっ……】
大地の怒りに触れたちびナイが気圧される。しょせん他人様を利用して甘い汁を吸おうとしている鬼畜ナビゲーターに金色の野に降り立つ資格はないようだ。
後ずさりするちびナイをョ%レ氏はじっと見つめてから、不意に瞳を閉ざした。一見タコのように見えるが他人の空似であることは疑いようもない暫定エイリアンである。まぶたがシュコッシュコッと上下左右にスライドし、緑色の瞳が露わになる。怒りの感情を押し殺したようだ。
【よかろう。ならば証明してみ給え。近々、新マップの解放を予定している。神獣マールマールを打倒せよ。諸君らの戦果次第で予定を前倒しにする準備がある】
ちびナイが瞠目した。
【マールマールを!?】
え? いや、最初からそういう話だったじゃん。これ完全に脚本通りだろ。プロレスかよっつー。
しかし五感ジャックされて観客席に押し込まれている俺らに声を上げる自由などないのだ。
安い脚本通りにョ%レ氏から挑戦状を引ったくったちびナイが、挑戦状をばーんと広げた。
【ややや、やれらぁ! 天下分け目の、けっ、決闘だぁー!】
そういうことになった。
2.マールマール鉱山-深部
しかしこれはチャンスだ。
ョ%レ氏の口振りから、エッダは無理でもマールマールの討伐に成功した勢力はあると見るべきだろう。ここで俺らがマールマールを倒せば、そいつらに一つ追いつける。
マールマールの超重力は強力な魔法だ。以前にサトゥ氏が言っていた通り、もはや人間同士の衝突は不可避。マールマールの超重力は、クソ強力な回復魔法と蘇生魔法を無効化できる。あるとないではまったく話が違ってくる筈だ。
かくしてマールマール鉱山に集結したゴミ一同は、モグラさんとのリベンジマッチに挑まんとしていた。
以前と同じく、頭はサトゥ氏である。この男にはマールマールの超重力を華麗に回避した実績がある。当然ながら指揮官は長生きすることが望ましい。
そして例によって例のごとく俺は斥候の真似事を強要されている。くそっ、何なんだよ。俺は鍛冶屋だぞ。目がいいやつをワントップに置きたいなら予め育てとけよ。簡単だろ。ホイホイと加入してきた新メンバーの装備を剥ぎ取って千回くらい魔物の群れに放り込めばいいんだよ。
「無茶言うな。そんな可哀想なコトできるか。レベルも上がらなくなるし」
俺が雑魚野郎とでも言いたげだな!?
未だレベル1の快挙を成し遂げている俺はサトゥ氏に食って掛かった。
「そうは言ってない。言ってないが、お前よくゲームを続ける気になったな」
ネフィリアに騙されたんだよ! あいつっ、純情な俺を色仕掛けで誑かしやがって……!
ネフィリアは目を鍛えれば裸のチャンネーが見放題だと俺に言った。確かにそう言った。しかし実際はどうだ? 俺の目は俺の趣味嗜好を強く反映している。チラリズム原理主義者たる俺は、ラッキースケベを愛するがゆえにどんなに願っても女キャラの裸を見ることができない。それは無意識の領域において俺が望んだことなのだろう。つまり原因は俺なのだが、じゃあエロ本買うのやめるわって訳には行かねえだろ。理屈じゃねえんだ。
ネフィリアめぇ……! むしろ俺はネフィリアの裸を見るためにがんばったんだ! その俺の思いをっ、純白たる願いをっ、あいつは裏切ったんだ! 許すまじ……!
裸になってくれないネフィリアに俺は怒りを燃やした。
「その調子だ。その調子でマールマールに怒りをぶつけてくれ」
また俺が先陣を切るのかよ? やらねえって言ってんだろ。お前な、殺されに行くってのは勇気が要るんだぞ。どんなに死に慣れても怪獣の目の前に立つのは怖いんだよ。せめて二人くらい付けてくれよ。仲間と一緒なら、そこに色々なドラマが生まれるだろ。仲間は女がいいな。綺麗どころを揃えてくれ。そうだな、髪はロングがいい。まぁそれは言うまでもねえか。ネトゲーの女キャラは髪が長いやつが多い。それはリアルだと手入れが面倒臭かったりするが、ゲームでは単純に見た目が変わるだけだからだ。
目はこう切れ長でよ、綺麗系がいいな。見た目だけならウチのポチョみたいな感じだ。背は〜あんまり拘りないな。ただ全身のバランスは大事よ。だからってウチのスズキみてえなちんちくりんを寄越されても困るぜ。全体のアウトラインで言うと色っぽい感じで頼む。
サトゥ氏よ、お前んトコは大手クランだからな。一人や二人くらい俺の要望を満たすメンバーが居るだろ。頼んまっせ。へへへっ……。
「……メガロッパ辺りか?」
何言ってんの? やだよ。あいつ性格悪いもん。俺のことお前呼ばわりしてくるんだぜ。口が悪ぃよ。
「ワガママだなぁ。女キャラ付けるのは構わないけどさ、コタタマ氏は判断が早いからなぁ。結局置いてけぼりになるんじゃないか?」
ならねえよ。俺は死にたがりじゃねえ。仲間が居れば合わせるよ。
おっとお散歩中のマールマールさん発見。環境は? 悪くない。むっ、こっちをガン見してるな。先手を取られる。やらせるかよ。
死に晒せよやぁー!
俺は奇声を上げてマールマールさんに突っ込んだ。開戦。
3.マールマール戦
「一度は追い詰めた相手だ! 俺たちは強くなってる! 確実に勝てる!」
サトゥ氏の檄が飛ぶ。
表向きのデータだけ見ればその通りだ。プレイヤーの総戦力は確実に上がっている。理屈で言えば、年越しイベントと同じことをすれば勝てるだろう。
【冒険者たちがマールマール鉱山を強襲しました】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:11.79.89…88…87…】
【目標……】
【神獣】【Mare-Mare】【Level-3006】
制限時間はティナン時で十二刻。つまり二十四時間だ。
……ん? なんかマールマールのレベル落ちてないか? 気の所為か? 初めて戦った時は3020とかだったような……。
いや、まぁいいや。ちょっとヤバそうな雰囲気だが、仮にマールマールのレベルが変動していたとしても気付いたのが俺だけってことはないだろう。他の誰かが何とかしてくれるさ。
そうさ。勝てる。勝つんだ。
ネガティブな要素は幾らでも思いつく。以前と同じようには行かないだろう。
だが、それでも俺たちは確実に強くなってる。新職、デサントとウィザードは着実に増えているし、猟兵の転職イベントは大分落ち着いてきたと聞く。猟兵の【戒律】は装備重量制限と食事制限だ。デメリットは意外と思えるほど少ない。食事制限が案外キツイと聞くが、まぁ笑い話だ。そう、笑い話……。
ポチョの言葉が俺の脳裏を過った。
(スズキは別に太ってないと思う)
まさか。
いや、考えるな。
スズキがダイエットのために猟兵を目指したなんて、そんなことは……。
真っ先に死に戻りした俺は、なんとなく背後を振り返る。弓矢で援護しているスズキと目が合った。
「なぁに?」
ニコッとはにかむスズキは、むちむちとした太ももが魅力的な半端ロリである。大抵の女キャラが棒かよってくらい細い身体をしている中、コイツは一味違う。そこのところを俺は高く評価しているのだが……。
いや。俺は何でもないと首を横に振って、ニコリと笑った。
「勝てるさ」
スズキも笑った。
「そうだね! がんばろ!」
……だが、この戦いにおいて、俺たちは歴史的な大敗を喫した。
俺たちは、以前と同じどころか、マールマールの防護壁を打ち破ることすらできなかった。
原因は幾つかある。
ダイジェストでお送りしよう。
「下がって。前に出過ぎちゃダメ」
「マスター? ですが……」
M1部隊の中軸を為す【目抜き梟】のクランマスター、リリララは早期の段階で不穏な気配を察していた。
しかし今回のイベントの頭を張っているのはサトゥ氏である。
指揮系統の一本化はネトゲーのレイド戦において絶対に欠かすことができない柱だ。リアルとは違う。命令の複雑化にプレイヤーは対応できない。それは数多くのオンゲーを経てトップクランが辿り着いた真理の一つであった。
サトゥ氏もおそらくは理解していた。この戦いは厳しいものになる。しかし、だからこそ短期決戦に持ち込むしかなかった。誰の目にも明らかな優勢に持って行くこと。勝機があるとすれば、そこしかなかった。
だからサトゥ氏が前に出ろと命じたなら、リリララはそれに従うしかなかった。
「ダメ。聖騎士が居る」
言下にアナウンスが走る。
【警告】
【強制執行】
【異教徒の粛清】
強制執行に落ちた聖騎士がM1部隊に襲い掛かる。
【スライドリード(速い)】を駆使して迫る聖騎士に、魔法使いたちは為すすべなく切り殺されていく。
モッニカ女史がリリララを突き飛ばした。
「リリララ! 逃げっ……!」
モッニカ女史、討死……。
「モニカ」
世間一般的に【目抜き梟】はリリララのワンマンクランだと言われているが、実情は大きく異なる。
リリララはワガママボディとは裏腹に精神的に幼い部分があり、先を見据える目を持つがゆえに他者との軋轢を生むタイプだ。
優れた副官をなくして名将はその力を発揮することができない。
モッニカ女史を失ったリリララは、カカシのように立ち尽くすばかりであった。
リリララ、討死……。
将を失ったM1部隊は崩壊した。残された兵たちは、魔法を撃つのか、撃たないのか、それすら判断できずに死んでいった。たった一人の聖騎士によって、それは引き起こされたのだ。
これにより、近接職と後衛職の信頼関係は完全に絶たれた。
暴走した聖騎士の首を刎ねたサトゥ氏は凄まじい形相で魔法使い部隊に後退を命じる。
敗戦の足音が聞こえてきた……。
一方、セブン率いる弓部隊の末路は凄惨を極めた。
「か、囲まれてます!」
どこからともなく現れた魔物の群れにより、弓部隊は分断。
狩人と猟兵に共通する弓使いの致命的な弱点は、【スライドリード(速い)】を持たないことだ。こと近接戦においては生産職とほとんど変わりない。
「人生五十年、か。突貫する。血路を切り開くぞ」
魔物の群れに包囲されたセブンは決死の突撃を決断。
猟兵だけならば、あるいは何とかなったかもしれない。しかし、弓部隊の大部分は狩人で構成されている。ここで狩人を見捨ててしまえば、弓部隊は崩壊する。
共に戦い、共に死ぬことだけが最後に残された手段だった。
「俺が殿を務める。一人でも多く生き残れ」
セブンはその手に矢を握り、モグラさんの群れに真っ向から立ち向かった。血反吐を撒き散らしながら厚い毛皮に何度も矢を突き立て、そして最期にはモグラさんに抱き締められ、背骨をへし折られて果てた。
セブン、討死……。
魔物は戦術を用いない。それが、これまでに考えられてきた常識だった。
眷属が姿を現すとすれば、必ず前兆が見られる。そう考えられてきた。
だが突如として押し寄せたモグラさんの群れにより、俺たちはマールマールと戦っている場合ではなくなった。
予想外の事態。プレイヤーの不安や不満は総大将のサトゥ氏に向けられる。
「なんだっ、これは……! サトゥ! 一体どうなってる!?」
「お前が勝てるというから俺たちは……!」
「サトゥ! お前は一体何なんだ!? 前回に引き続き、今回まで……!」
もはや勝ち目など見えなかった。
押し寄せるモグラさんの群れを前に、サトゥ氏は呆然と立ち尽くし、
「……俺を頭に指名したのはお前らだろ?」
へらっと笑った。
心がへし折れる音が聞こえた気がした。
サトゥ氏は陽気な足取りで俺に歩み寄り、ぽんと軽く肩を叩いた。
「ちょっとマズったかな。でも俺の所為じゃない。こんなの予測しろってのは無理だよ。お前は分かってくれるよな? な?」
縋るように話し掛けてくるサトゥ氏に、俺は「ああ、そうだな」と言って振り返った。
ギョッとしたサトゥ氏がふらりと後ずさる。
「お前、その目は……」
俺の片目は潰れていた。
クッ……。俺は笑いを堪えた。ゆっくりと顔を上げてぼそりと吐き捨てる。
「ゴミどもが」
よくも先生を殺そうとしたな……。
そう、俺はあの日の恨みを忘れていなかった。俺はいい。俺が幾ら殺されても俺は水に流せる。
だが、先生はダメだ。先生を処刑しようとしておきながら、謝れば許してくれるなんて考えるのは甘い。
先生の命は俺よりも重い。遥かに重い。それを知らしめてやらねばならないと、ずっと考えていた。
ここだと思った。
モグラさんの群れが地響きを立てて迫っている。俺が呼び寄せた群れだ。
死ね。どいつもこいつも死んでしまえ。
くくくっ……。俺は笑った。
「ふはははははははははははははははっ!」
甘いんだよ! 勝手になかったことにしやがって!
よくもよくもよくもっ、俺の先生を処刑しようとしやがったな!
だが俺は寛大だ……。
俺は笑いを抑えて両腕を広げた。
お前らは失敗しろ。それで手打ちにしてやる。まぁ俺が何もせずとも失敗しただろうがな。そこだけが不満と言えば不満だ。
聖騎士が暴走するのは分かってた。この場に居るのは千人くらいか? 目には見えないだけでもっと居るんだろうな。セブンはチャンネルを開いたとか言っていたが、そういうことなんだろうな。
MO。インスタントダンジョンに近いんだろう。アクティブユーザーがまとめて詰め寄せたら、どんなダンジョンもパンクする。収容人数を越えた連中は別のチャンネルに居るんだろう。しかし例えばサトゥ氏、お前のように強い影響力を持ったプレイヤーは全チャンネルに共通して見えているという訳だ。
具体的にどういう理屈になってるのかはさっぱり分からねえが、まぁ今更だ。俺たちは得体の知れない技術で原理なんざまるで分からねえゲームをやってる。
話を聞いても食い違いがねえからな。強い影響力を持つプレイヤーは、チャンネルをまたいで他のプレイヤーに干渉できる。
じゃあ今の俺の声も届いてるかな?
もう分かってるだろ。
魔法職の天敵はそれ以外の人間だ。単純なジャンケンの関係じゃねえ。近接職に潜り込まれたら勝ち目はねえし、弓使いは魔法使いを一方的に撃ち殺せる。
お前らは聖騎士がヤバいってことが分かっておきながら、魔法使いを保護する仕組みを作れなかった。その時点で、今回の負けは決まってた。
「コタタマ氏……」
サトゥ氏がふらふらと俺に近付いてくる。
俺を殺すか? 構わねえぜ。俺の仕事は終わったからな。俺が死んだところで魔物の群れは止まらねえ。
サトゥ氏。俺の勝ちだ。お前らは、たった一人の俺に負けた屈辱を抱えて生きていけ。
最近少し大人しくしてたからな。油断したか? この日のためだよ。
次に先生に手出ししたなら、この程度じゃ済まさねえぞ。アホは殺す。もっとアホならもっと殺す。何度でも殺す。二度と取り返しの付かないタイミングで殺してやるよ。
サトゥ氏が剣を振り上げる。
そうだ。殺せ。お前には次がある。今日のところは俺が負けを背負ってやるよ。世話の焼けるやつだぜ。
だが、サトゥ氏は俺を殺すことができなかった。
この日のサトゥ氏は精彩を欠いた。内面的なものが作用していたのかもしれない。得意の直感は働かず、あっさりと狙撃に倒れた。
サトゥ氏、討死……。
横倒しになったサトゥ氏を、俺はとっさに抱きかかえた。サトゥ氏……! 狙撃だと?
サトゥ氏は即死だ。側頭部を撃ち抜かれてる。俺は弾道を計算して振り返った。
「ネフィリアぁ……!」
ネフィリア率いるクソ虫どもの軍団だ。
俺は吠えた。
こんなところで何してやがる! 引っ込んでろ! お前が出しゃばると俺の戦果がボヤけるんだよ!
ネフィリアは笑った。
「そうしたいのは山々だが、お前は詰めが甘いからな」
レイド級を倒すことでプレイヤーの魔法は解放されていく。
プレイヤーの戦力が上がるのは、クソ虫どもにとって百害あって一利なしだ。
だからクソ虫どもと通じるネフィリアは、俺たちの邪魔をしに来たんだろう。
ネフィリアは俺を指差した。
「それに、お前が悪い。お前が【ギルド】に余計なことを教えたから、こいつらは戦術というものを学んだ」
あ? 狙撃の遣り方の話か? そんなもん俺が教えるまでもなく、ちょっと考えれば分かるだろ。
「お前は【ギルド】を操っている誰かが居ると考えている。本当のところは私にも分からないが。お前は無意識の内に、その誰かに人間と同程度の知性体を想定している。それがお前の悪い癖だ。視野が狭く、既存の物事を無理に当て嵌めようとする。仮に異世界人などというものが存在したとして、人と同じ理屈で動く道理などない」
……クソ虫どもに戦術という概念を与えたのが俺だって言いたいのか。
それは……そうかもしれねえよ。確かにな。クソ虫どもは一時的に戦線を離脱してもすぐに戻ってくる。本当の意味で死ぬことがない。戦術ってのは、まず大前提として負ければ死ぬってのがある。死にたくないから勝ちたい。その心理が最初からないなら、まったく別の価値観が基盤になるだろう。
俺は取り返しのつかないもんをクソ虫どもに教えちまったのかもしれねえ。ああ、そうだ。悪いのは俺だ。
だが……。
俺は、腕の中で眠るサトゥ氏を見つめた。
だからって、こりゃねえだろ。友達なんだよ……。
俺はサトゥ氏を地面に横たえ、斧を握った。
ネフィリアぁ〜!
俺はネフィリアに向かって一直線に駆け出した。
「ふっ」
小さく笑ったネフィリアが杖を突き出す。
クソ虫どもが銃身を突き出す。数多の銃口が火を吹き、飛び出した銃弾が俺の身体を削り取っていく。
避けようなどとは考えなかった。そんなことは無理だと分かっていた。
俺は斧を振り上げた。銃弾が俺の額に命中する。けっ、これまでかよ。ガラにもなく熱くなっちまったな。が、これが末路か……。
俺、討死……。
この日、俺たちは歴史的な大敗を喫した。
それは、これまで俺らが目を瞑って来たもの、何とかなるだろうと楽観的に考えて来たもの、それら全てのツケが回って来たような、ひどい負け戦だった……。
これは、とあるVRMMOの物語。
最大の敗因が友情を盾にちょっとイイ話に仕上げようとしている。
GunS Guilds Online




