REC
1.クランハウス
生産職は横の繋がりが強い。
経験値稼ぎに呪いの藁人形をクラフトしていると、フレンドのシルシルさんからささやきが入った。
『コタタマりんコタタマりん! 今ちょっといいですか?』
シルシルさんはアクセサリーを専門で取り扱う細工師だ。アクセサリーは武器や防具ほど大きな効果は見込めないが、小さいので壊れにくいという特徴を持つ。フレンドのPKerも持ち運びがしやすくて換金性が高いと絶賛していた。
俺は今ちょっと経験値稼ぎで忙しいのだが、シルシルさんが色っぽい声を上げてささやいているのかと思うと対応せざるを得なかった。
「んんっ……!」
負けじと恥ずかしい声を上げる俺。
『シルシルりんシルシルりん! どうしたんだい?』
俺はシルシルさんと話しているとキャラがおかしくなる。直答は避け、ひとまず事情を伺う。
『ありがとうコタタマりん! バザーで頭のおかしい人が暴れてるの』
シルシルさんはさり気なく俺の退路を潰しに掛かってくる。
「んああっ……!」
俺は反射的にクランを代表して謝罪していた。
『頭のおかしい人ってウチの? ごめんね、可能なら殺しておいてくれると助かるかな』
『ポチョりんは頭おかしくないよ! ちょっと日本語が不自由なだけだよ!』
ポチョりんは何故か生産職仲間の間では人気がある。
「はぁんっ……」
ムキになって反論してくるシルシルさんに、俺はあの女がいかに頭おかしいかを言って聞かせねばならなかった。
『頭おかしくない人は、とりあえず殺そうで済ませたりはしないんだよシルシルりん』
うっ、脳幹が熱い……。
くそっ、マナが足りねえ。なんなんだ、このゲーム。一体どういうつもりなんだ……。
『バザーに来て』
シルシルりんも力尽きたか。
しかしおおよその事情は把握できた。バザーで暴れてるゴミを分別しろということだろう。俺は何故かバザーのクレーム担当みたいな感じになっている。
仕方ねえ。現地に向かうか。
俺はしくしくと熱を発する脳幹をなだめすかしながら立ち上がった。
「またよその女のトコ行くの?」
うお!? なんだ、スズキか。本当にコイツは存在感ねえな。無言で俺の後ろに立つなと何度言ったら分かるんだ。
よその女ぁ? ああ、リチェットさんのことか。戦闘狂の彼女とは話してみたら案外気が合ったので、先日一緒に嵐の中を沖釣りに出掛けたらボートが転覆して仲良く溺死した。やむを得ず女神像に土下座して死体の回収をお願いしたら目撃者多数につき、スズキシリーズの情報網に引っ掛かった。
ちなみにサトゥ氏をMPKした件は先生経由でウチの子たちにはバレており、クランマスターをキルしておきながらそこの女を引っ掛けるとかちょっと手が付けられないとまで言われた。
俺は劣化ティナンに留守番を頼むことにした。
「バザーで揉め事があったらしい。ちょっと行ってくる」
行き先を告げたのは失敗だった。無口キャラは無言で俺について来た。
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
「舐めッとんのかワレぇー!」
おぅ、今日も露店バザーは熱く燃えてるな。値切り交渉がこじれたか。大方、耐久度が下がった装備を売りに出したら、ろくに確認もしないまま使って壊れたどうしてくれるんだといったところだろう。よくある話だ。耐久度は素人が少し手に持ったくらいじゃ分からない程度には補修できるからな。
このゲームに鑑定なんて気の利いたスキルは存在しないから、手痛い教訓から学ぼうとしない者は金を搾り取られて牙を失った獣のように朽ちて死ぬ。
仕方ない。穏便に済ませることができればいいんだが……。俺は耐久度詐欺に遭った哀れな被害者に背後から忍び寄ると、彼の肩をぐいっと引っ張った。
「なんっ……!」
主導権の握り合いは交渉の基本だ。俺は反射的に振り返ったチンピラの胸ぐらを掴むと、間髪入れずに鼻っ面に頭突きを入れた。チンピラがひるんだ隙に至近距離から怒声を浴びせる。
「オンドレぁ誰に断ってワシのシマに手出ししとんのじゃァ! おっるるるァァァ!」
よく見たら俺のフレンドだった。つい先日、新入りに粗大ゴミを売り付けようとしていた彼だ。友達になったんだ。彼のキャラメイクには何か相通じるものを感じたからね。
しかし友達だからといって横暴を許す訳には行かない。いや友達だからこそだ。ここで手を引けば俺もチンピラの仲間だと思われてしまうだろう。それは避けたい。ヤツも同じことを考えたのか、俺の胸ぐらを掴んで乱暴に揺さぶってくる。
「崖っぷちのぉ……オメェは関係ねえじゃろがァ! すっこんどれやァッ!」
俺は何故かバザーの悪徳商人から崖っぷちと呼ばれる。
一瞬のアイコンタクトを交わした俺たちは、揉み合ってごろごろと地面を転がって一緒に川に落ちた。まさしく水に流した訳だな。
「コタタマ!」
「コタタマりーん!」
川を覗き込んで叫び声を上げたスズキりんとシルシルりんが俺たちの演技に一役買ってくれた。
3.とあるティナンの家の屋根の上
⚫︎REC
俺を川から引っ張り上げようとしてくれた二人を全力で抵抗して川に引きずり込んだことに深い意味はない。思ったよりも川の水が冷たくてむしゃくしゃしてやっただけだ。
バザーのお祭りで何度か川に飛び込んだことがある俺は、ずぶ濡れになった三人をとっておきのスポットに案内した。とあるティナンの家の屋根の上である。ここなら日当たりがいいから服の乾きが早いし、下からは死角になっていて覗かれる心配もない。おまけに見晴らしが良いと来てる。他人の家の屋根であることを除けば絶好の花火スポットだ。
シルシルさんは淡い水色の髪に蒼みがかった翠の瞳というゲームならではの配色をした小柄な女性である。裸足になった彼女は濡れて肌に張り付いた服の裾を絞りながら、俺の無体な行いに不満の声を上げた。
「もー! コタタマりんは無茶しすぎですよー!」
ウチのですます調の立場が危うい。
俺の視線に気が付いた無口キャラが噛み付くように吠えた。
「こっち見んな!」
狂犬ぶりがとどまるところを知らないウチの子に、半裸で仁王立ちする俺は肩を竦めた。
こっちを見るなだって? そいつは無理な注文だな。俺の身体がそっちを向いている以上、自然と顔もそっちに向くし、そうなると必然的に目もそちらに向くことになる。ネカマだろうが何だろうが見た目が女なら俺はそれを否定しないし、プレイスタイルの一環として受け取るまでだ。言うなれば俺流のロールプレイ、ってトコかな。
微動だにしない俺をシルシルさんはジト目で見つめている。
「これほどまでに物怖じしない人を初めて見ました。コタタマりんも少しはそちらの紳士を見習ってですね……紳士!?」
シルシルさんは自分で言って自分でびっくりした。ああ、和むなぁ。彼女は俺の知り合いでとても希少なまともな人間であり、フレンドリストで先生と一緒のフォルダに入っている。それがどれほど素晴らしいことなのかを彼女は知らない。とても名誉なことなんだよ、シルシルさん。
そんな彼女が紳士と評したのは、硬派ぶって明後日の方向を向いているチンピラである。濡れた髪をオールバックにして普段は外している眼鏡を掛けると、この男はまったく異なった印象になる。ほとんどインテリヤクザだ。
自営業の方は半腰になって両膝に手を当てると、静かな気迫を込めて自己紹介した。
「ワシ、金魚と言います……!」
「き、キンギョさん?」
突然のキャラ変貌にシルシルさんは戸惑いを隠せない。
このゲームのキャラクターネームはカタカナかアルファベットの二択だ。ひらがなや記号は使えない。世界観を壊さないための配慮であるらしい。キャラクターネームの重複は可能だが、注意文は出るため避けるプレイヤーが多い。結果として珍妙な名前になる。アットムやポチョがいい例だ。
「縁日でシノいどる金魚すくいの金魚ですわ……! ケチな商売しとりますから、周りのモンから金魚、金魚と」
金ちゃんは人前で決して本名を明かそうとはしない。そういうロールプレイなのだろう。
金ちゃんはちらっと俺を見た。もう行っていいかということだろう。俺は首を横に振った。余計なお世話かもしれないが、俺は金ちゃんにもっと他のプレイヤーと素の自分で触れ合って欲しいと考えている。
俺と金ちゃんの無言の遣り取りに、シルシルさんが素っ頓狂な声を上げた。
「えっ、知り合い!?」
おっと、察しがいいな。でもチンピラだって生きてるんだ。俺の知り合いには反社会的なプレイヤーが多いんだよ。フレンドのプロフィールをざっと眺めただけで犯行計画の日時と場所を特定できるくらいには。
俺は金ちゃんに目で合図して話の続きを促した。金ちゃんが渋々と頷く。
「ワシ、この街のバザーの行く末を見届けたいと思っとるんですわ……!」
このゲームには、本当に様々なプレイヤーが居る。おそらくはレイド戦を主眼に見据えたサトゥ氏のようなプレイヤーが主流なのだろうが、モンスターとの戦いにまったく興味を示さないプレイヤーだって居る。金ちゃんはその一人だ。
「ワシ、こう思っとります。今しばらくは、自分の目方を計りたい、と……!」
金ちゃんは頭を下げた。
「崖っぷちのたっての願いとあって同席しましたが、お二人にはワシのこと、今ここでお話したこと胸の内に仕舞っておいて欲しいんですわ……!」
「え、でもキンギョさんはコタタマりんのお友達なんですよね……?」
そういえばそうだな。ソロ気質の金ちゃんが俺には割と胸襟を開いてくれているのは何故なんだろうか。
すると金ちゃんはじっと俺を見つめ、
「ワシ、崖っぷちと出会った時に直感しました……! この男は、ワシの障害になる。いつか、必ず殺し合うことになる、と……!」
え、マジかよ。普通に嫌なんだけど。
しかし金ちゃんはこう言って嬉しそうに破顔したのだ。
「ワシ、敵にフレンド申請したんですわ……!」
そんな顔されちゃ何も言えないな。
さも愉快そうに笑いながら去って行く金ちゃんを、シルシルさんとスズキはまるで理解できないというようにぽかんとして見送った。
けど俺には金ちゃんの言いたいことが何となく分かった。
世界で一人くらいは金ちゃんの本名を知ってるやつが居てもいい。そいつに金ちゃんは自分の最期を看取るであろう敵を選んだんだ。いや看取らねーけど。べつに敵対するつもりもねーし。
ま、金ちゃんらしいと言えばらしいね。
俺は苦笑を浮かべつつ、録画モードを静かに切った。
これは、とあるVRMMOの物語。
世に何かを残したいと考えるのは人の本能のようなものだ。彼らは自らを動物の延長上にあると考えているようだが、進化の先にまったく異なる本能が根付くこともある。彼らは生物として明らかに異端だ。それは間違いない。
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