恨み骨髄に至り候
1.面会室
鉱石を掘っていたらお隣さんがやって来たので挨拶したら一切の躊躇なくキルされ貯め込んだ鉱石を奪われた。
恨み骨髄に至り、わずかな手掛かりからヤサを突き止めMPKを敢行。本懐を成し遂げるも、警備兵に捕まった。
罪状は魔王容疑。誤認逮捕だった。
さめざめと涙を零しながら自供したところ、絶句するクランマスターをよそにサブマスターのポチョさんは一つ頷き、
「それでこそだ」
と感心したように言った。
俺は泣いた。
ポチョさんは常識人ぶっているが、パーティー内の不和を嘆いて味方を皆殺しにするような女だ。そんな彼女に認められてもちっとも嬉しくなかった。
身柄は拘束されたものの、プレイヤー同士の諍いにNPCはあまり干渉してこない。
釈放された俺は晴れて自由の身となり、頭のおかしい女に慰められながら帰途に着いた。
2.クランハウス
「だから一人は危ないって言ったじゃないか」
などと、事情を聞いたクランメンバーのアットムは呆れたとばかりに首を振った。
自分を連れて行けば問題は起こらなかったと言いたいらしい。
笑えない冗談だ。俺は聞こえなかったふりをした。連れて行って問題を起こさないような素敵な人材が居るようなら、最初からソロでダンジョンに籠ったりはしない。
唯一の例外が、クランマスターの先生だ。ぼっちの俺をクランに誘ってくれた大恩ある先生が一緒なら世界の果てまで同行する所存なのだが、漏れなく問題児がついて来るため断念せざるを得ない。
クラン【ふれあい牧場】。
それが俺が所属しているクランの名称だ。
クランマスターは先生。この「先生」というのは名前ではなく通り名のようなものだ。どこに行ってもそう呼ばれるため、俺らもそう呼ばせて貰っている。
先生はいわゆる「β組」というやつで、とても有名なプレイヤーだ。
しかしその知名度に反比例するかのように、彼が率いるクラン【ふれあい牧場】はショボい。
原因はコイツらだ。
俺は親の仇を見るような目で問題児どもを睨みつけた。
直後、狩人のスズキさんから無言でパーティー申請が飛んできた。
俺は命乞いをした。
フレンドリーファイアを装って味方を暗殺するのが彼女の手口なのだ。
誤解を招かないよう言っておくが、べつに【ふれあい牧場】はPK専門の暗殺部隊という訳では決してない。
ただ、面倒見が良すぎる先生が率先して問題児を引き取った結果、問題児だけが残ったという悲しい歴史を持つ。
……俺だけはまともだと思っていたのに、ついに警察のご厄介になってしまった。
そのことが、とても悲しい。恩を仇で返してしまった。
テーブルに突っ伏した俺の肩を、何故か背後で仁王立ちしていたポチョさんが優しく叩いた。
ハッとして振り返る。彼女は名前こそ変だし頭もおかしいが、黙って立っていれば聖騎士という肩書きに相応しいだけの貫禄があるような気もするのだ。
「それで、どこの誰にやられたんだ? 言え。私が始末してやる」
気のせいだった。
俺は泣いた。
この騎士キャラは血の気が多すぎる。仲間意識の強さをアピールしているようだが、アットムとスズキを最も多くキルしているのはモンスターではなくこの女だ。
聖騎士を始めとする上級職には【戒律】という制限が設けられている。
聖騎士の【戒律】に「人を殺めてはならない」という基本的事項がすっぽ抜けていることが悔やまれる。そこを制限したらゲームにならないと言われれば納得せざるを得ないのだが、もう少し何とかならなかったのか。
獣のような唸り声を上げて反抗的な眼差しを向ける俺に、ポチョさんは無言でパーティー申請を飛ばした。
俺は命乞いした。
3.マスター帰還
俺がご厄介になった警察署で詳しい事情を聞き込みしてきた先生がクランハウスに戻ってきた。
先生は開口一番こう言った。
「コタタマ。君はやりすぎたんだ」
コタタマ。つまり俺。
やりすぎたというのはMPKの件だろう。
やりすぎ……そうだろうか。俺はそうは思っていない。けれど先生の貴重な時間を割いてしまったのは確かなので、何はともあれ土下座した。
「ごめんなさい」
床に頭をこすりつけると、スズキとかいう無口キャラが無断で俺の頭を踏みつけてきた。よし殺そうと俺は決意したが、その決意はパーティー申請を前にして跡形もなく消失した。
カッとなって無口キャラとか心で思ってしまったが、スズキさんの名前をバカにした訳ではない。
サトウシリーズ、ヤマダシリーズに続く第三の勢力、スズキシリーズを敵に回すなど恐ろしくてとてもできない。
まして彼女は栄光ある純スズキだ。キャラクターネームの重複を避けつつ奇をてらった挙句に珍妙な響きに着地したアットムやポチョとは格が違う。
パーティー申請が吹き荒れる俺の視界で、先生が悩ましげに溜息を漏らした。
「うん、謝罪は受け入れよう。しかし、それだけの良識があって、どうして魔物の大群をぶつけるなんて発想に辿り着くのか……」
俺の特技はMPKだ。
モンスタープレイヤーキル。つまり魔物を誘き寄せて他のプレイヤーにぶつける。
何しろクランメンバーが頼りにならないものだから、純生産職の俺が単独で素材を集めるためには魔物同士のフレンドリーファイアを誘発するしか生き残る道がなかった。
そして、俺と同じことをやっているプレイヤーは数えるほどしか目にしたことがない。
旨味がないからだ。
モンスターがモンスターを倒す訳だから俺に経験値は入らないし、ドロップアイテムも獲得できない。
ついでに言うと、素早く動くタイプのモンスターが最後に残ると手詰まりになる。複雑な動きをするタイプのモンスターも苦手だ。初見だとまず逃げ切れない。
とはいえ普段からやっていることなので、報復しようとすればMPKという発想に至るのは、俺からしてみるとごく自然なことである。
しかし俺は反論しなかった。黒いものも先生が白いと言えば白いのだ。
それなのに余計な口を挟んだのはアットムだ。
「コタタマは先生の前では猫を被ってるからね」
猫とは何だ。そんなものは被った覚えはない。
ただ人前でやると新種の魔物と勘違いされるから大人しく死に戻りするだけだ。
……アットムとは、俺がまだ人間という生き物に希望を抱いていた頃、何度かパーティーを組んだことがある。
俺はアットムに無言でパーティー申請を飛ばした。受諾された。解せぬ。
無事にパーティーを結成した俺に、アットムは下手なウィンクを寄越した。ここは自分に任せておけと言いたいらしいが、とても任せる気分にはなれない。
俺は最後の切り札を出した。アットムにパーティーチャットを送る。
『黙れ。鍛冶師より』
最短でアットムの口を封じた。
俺は【ふれあい牧場】唯一の純生産職だ。
俺の機嫌を損ねるということは、すなわち装備面での優遇を失うことを意味する。
先生の手前、あまりあからさまなことはできないが、あれこれと理由をでっち上げてポチョさんスズキさんに最新の装備を逸早くお届けすることはできる。そして彼女たちとパーティーを組むアットムは藁のように死ぬ。
アットムはにこりと笑って毒にも薬にもならないことを口にした。
「猫、可愛いよね。僕は断然猫派だな」
うん。猫は可愛いよね。
「私の家はペットを飼えない」
どうでもいい話題にポチョさんが食いついた。この女はいつも余計なことしかしない。
ちなみに彼女とパーティーを組んだのはイベントでやむを得ずに数回くらいだ。彼女の前で「狩らせ」をやったことはない。
どうせネカマなんだろうが、見た目が女子というだけで俺のような純情派はパーティーを組めなくなるのである。
仕方なく俺は心底興味がない話題を広げに掛かる。
「孤高って言うかな。馴れ合いはしないっていう感じがいいよね、猫」
「は?」
地雷を踏んだ。スズキさんだ。
犬派ならまだ良かった。しかし彼女はガチだった。
「それ、聞いたまま言ってるだけです。なんにも分かってない……」
苛立ち紛れの溜息プライスレス。
……まずい。ガチだ。生粋の猫派だ。
猫派の敵は犬派ではない。同門派である。もっと言うなら軟弱な猫派だ。
スズキさんを敵に回すのはまずい。この無口キャラは俺に匹敵するほど存在感が薄いため、近くに居ても気付かないことが多々ある。つまりどんな情報を握っているか知れたものではない。
俺は話題を変えた。
「今日、最高に天気良くない? 青空、大好き」
自分自身の底の浅さに吐き気がした。
「こいつ、MMKのプロです。動画で撮ってある。見る?」
スズキさんは食いついてくれなかった。
あとMMKって言うんですね。初めて知りました。ですぅ。
「いや、それは知ってる」
そして先生にはとっくにバレていた。
俺、犬死に。
4.やりすぎた
俺は床に正座した。
【ふれあい牧場】きっての良心である先生のお説教だ。聞いておいて損はない。
「コタタマくん。ちょっとそこに座りなさい」
もう座ってます。万事抜かりなし。
「あのね、PKってのは、基本的に隠れてやるもんだよ」
ですよね。うちのサブマスターみたいに人前でパーティーメンバーの首をはねるって、よそじゃあんまり聞かないですし。
「隠れてやることだから、身元も隠す。わざわざ自分はPKやってますなんて言わないし、むしろ疑われないように立ち回るのが普通だ」
分かります。公開処刑とか頭がおかしいですよね。
ちらっちらっとポチョさんを見る。
おっとパーティー申請。御免被る。
「当然、素知らぬ顔でクランに潜り込むことだってある。PK撲滅を公約に掲げるクランのリーダーがPKerだったなんて話もある」
ちなみにウチの公約は「迷惑行為禁止」だ。
レイド戦のど真ん中でパーティー内でギスったウチのサブリーダー御一行様がよそ様に多大なる迷惑を掛けたけど、先生が除名に踏み切るよりも早く犠牲者の方々から「野に放たないでくれ」とお便りを頂いた伝説のパーティーだ。
PK専門でも何でもないのに常識的に考えてあり得ないような修羅場を潜ってるから対人戦のスキルがクソ並外れて高いサブリーダー御一行様だよ。
うんうんじゃないよ。
見なよ。たとえ話だったのに、全然他人事じゃないから先生が天を仰いでるじゃないか。
「つまりだ」
先生が気を取り直した。
「コタタマ。君がMPKを仕出かしたクランには罪もないプレイヤー達も多数所属していて、彼らは巻き添えで全員一人残らずデスペナを食らった」
このゲームのデスペナルティは、一定時間のステータス減少だ。
手持ちのアイテムを失ったりはしない。
PK被害に遭った俺とは違って。
だから先生には申し訳ないけど、彼らに同情するつもりはない。けど先生が頭を下げろと言うなら俺は従おう。
「よってコタタマ。公約に従い君を除名する」
「心から反省しています」
俺は心から反省した。罪もないプレイヤーの皆さんを傷付けてしまったのだ。俺は何てことを仕出かしてしまったのだろう。良心の呵責に今にも押し潰されてしまいそうだ。
「しかし先生。この男は相当量の鉱石を奪われたと聞く。とんとんじゃないか?」
何がとんとんなのかは分からないが、珍しくポチョさんが良いことを言った。
その通りだ。俺は何も悪いことはしていない。
人命と金銭をはかりに掛けてとんとんと言い放った聖騎士様を先生は無視した。
「と言いたいところだけど……犠牲者の方々からのお便りで。君のようなトンデモプレイヤーが、これまで悪事を控えていたのは奇跡的な出来事であると」
ありがとうございます、ありがとうございます。
俺は、魔物の大群に踏み潰して貰ったクランの方角にぺこぺこと頭を下げた。
先生が仕方ないとばかりに溜息を吐いた。
「とりあえず、後日正式に謝罪させると返信しておいたよ」
後日正式に謝罪させて頂きます。靴を舐めろと言われたなら舐めさせて頂きます。
何の恨みもない方々ですが、今や感謝で胸が一杯です。
「……納得いかん」
ポチョさんは黙って!
本当に困った子だよ、あなたは!
5.後日
「申し訳ありませんでした」
俺は問答無用で土下座した。
過日、魔物の大群にプチっと轢き潰されたクラン【野良犬】のリーダーは人格者だ。
あの忌まわしき事件当日、一心にクランメンバーを守ろうとしたのだろう。誰よりも早く反応し、いつもの癖でタウントスキルを発動、丁寧に俺からタゲを剥がし取ってくれた人物である。
お陰で俺は生還できた。普段の狩りの様子を遠目にウォッチャーしていたし小規模の群れで何度か実験したから想定内ではあったが、死地よりの帰還に胸が熱くなったことを覚えている。
よって彼には好印象しかない。キルしてごめんね。
しかし好印象の彼は土下座する俺に、怯えたように震える声でこう言ったのだ。
「君が……魔王か」
…………。
【野良犬】の皆さんは、雁首を揃えてとある動画を視聴していた。
リビングアーマーの群れを引き連れてダンジョンを練り歩く俺の図だ。
彼らは足が遅くて頑丈なので重宝している。一定の距離を保たないとすぐに持ち場に戻ってしまうのが難点だな。
……隠し撮りしたとしか思えない動画の発信源は、間違いなく無口キャラだ。
俺は居住まいを正して立ち上がると、無言でスズキさんにパーティー申請を飛ばした。
フレンドリーファイアはPKではない。
不幸な事故なのだ。
だから赦される。
これは、とあるVRMMOの物語。
仮想空間を思うがままに生きることができるから、プレイヤーと不幸な事故は密接に結び付き、人間関係は果てしなく破綻していく。
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