89話 獣神決闘 リーディVSレレガーダ
次で結花視点を終わらせると言ってしまったので、頑張って終わらせたらいつもより長くなってしまいました。
第一試合が終わって休むまもなく、第二試合が始まろうとしていた。
リーディさんは決意を固めた表情で、まっすぐに試合の場所まで向かうと、すでに戦う為の準備をしている鳥の獣人族がいた。
水色を若干濃くしたような長髪に、キリっとした目つき、口には何かを塗っているかのような赤い紅が施されていて長身の美人な女性と言っても差し支えのない出で立ちだ。
「あらん、アタシの対戦相手はずいぶん可愛い娘のようねん」
だがしゃべった瞬間、私の中から美人と言う印象が掻き消える。
その声は野太く――――はっきり言えば男性の声だった。
異世界にもいるのね……オカマ……
こんな状況にも関わらず、私は呆れてしまったのだが、リーディさんを見てみると動揺した様子は一切なく真剣な表情で相手と対峙している。
「初めまして、私はラズブリッタ第二騎士団所属、隊長のリーディ・プリステルです」
「まぁ! 隊長さんなのねん、アタシは獣人将の一人レレガーダよ。全然そんな風には見えないけど”ラズブリッタ”では相当強いって事かしら?」
「……それなりには」
「じゃあ少しは楽しませてよん。――――とは言っても御子様方にさっさと終わらせろと言われているから、悪いんだけど最初から本気でいかせてもらうわねん」
「それは……願ったり叶ったりですね」
挑発的な笑みするすオカマ……レレガーダにリーディさんも一泊置いてから笑みを返した。
二人はそれで会話は終了だと言わんばかりに十歩ずつ下がり、それを確認した獣人族の審判が準備が出来ているかの確認をする。
「これより獣神決闘第二試合を開始する! 二人とも準備はよろしいかな?」
「はい!」
「いつでもいいわよん」
「……では、始め」
審判の合図と共に獣神決闘第二試合が始まった。
開始直後、レレガーダがバグズがやったように体に力を込めると、徐々に脚の筋肉が盛り上がる――――寸前で、リーディさんが動く。
「させません! ウィンド・エッジ!」
無詠唱で魔法を発動させ、風の刃が手から二本現れると、その刃がレレガーダに向かって飛んでいく。
「せっかちさん……ね!」
レレガーダが体から力を抜き持っていた穂先が三つに分かれた長槍(確かパルチザンという名前だったはず)でウィンド・エッジを弾き飛ばす。
だが、リーディの攻撃は止まらない。
ウィンド・エッジが防がれるのは想定済みだったのか、レレガーダとの距離を一気に縮めいつの間にか抜き放っていた細身のロングソードを一閃させる。
「やるじゃない!」
「風の息吹」
そのリーディの一閃をひらりとかわすレレガーダに接近する際に詠唱していたのか、離れた瞬間魔法名を口にした。
風の中級魔法である風の息吹は対象であるレレガーダを吹き飛ばす。
ウィンド・エッジと違い風の息吹は範囲攻撃の魔法である為レレガーダも避ける術がないようで、そのまま地面を何度かバウンドして、派手に砂塵を撒き散らしながら転がっていった。
凄い……私との模擬戦の時よりも遥かに動きにキレがある……手加減されてたのは知ってたけど、まさかこんなに強かったなんて思わなかった。
これなら獣人将のレレガーダにも勝てるかもしれない!
しかし私が心の中で希望を抱いているのとは反対に、リーディさんに目を向けると難色を示しているような顔をしている。
優勢であるはずなのにどうしてあんな顔を? 確かにまだ決着はついてないけど、このまま戦えばリーディさんが勝つんじゃ?
「ほんっと~に! 忌々しいくらい強いわね。オネェさんが獣化する時間くらい頂戴よ。まぁ吹き飛ばされてる間に獣化させてもらったから良いけどねん」
「え……?」
砂塵の方から平然とした声を聞き、私は思わずマヌケな声を上げてしまう。
声のした方に目を向けると、少しずつ砂塵が止み、声の主を浮かび上がらせる。
そこに立っていた人物……レレガーダが姿を現し、先程のバグズと同じように姿を変えていた。
その姿は、戦う前に見た時は気持ち程度しか生えていなかった羽が、今はコンドルのような大きな翼を持ち、太ももから脛までが変身前よりも盛り上がっており、ダチョウのように指が二本、鋭い爪が一本になっていた。
「アタシあんまりこの姿好きじゃないのよねん。なんか美しくなくない? 高貴なアタシとしてはもっとこう……煌びやかな感じに獣化出来るようになりたかったわ~ん。あなたもそう思わない?」
「――――」
「だんまりとは失礼ねぇ……せめて何か一言言って頂戴よん、獣人族のみんなからは色々感想を聞いたけど、まだ他種族が私のこの姿を見てどう思うのか聞いた事ないから興味があるのよねん」
「そうですか……本当は戦闘中に指示以外での無駄口は叩きたくないんですが……」
「何かしら? ちょっとワクワクよん!」
「はっきり申し上げるのでしたら……気持ち悪いですね」
「あ゛?」
私も思っていた事だが、リーディさんが無表情のような……冷めた目をレレガーダに向け素直な感想を口にすると、それを聞いたレレガーダは通常よりも1トーン低い威圧するような野太い声を上げる。
「聞こえなかったですか? 気持ち悪いと言ったんですよ。男の癖に女みたいに化粧して、言葉遣いもどこか嘘っぽいですし、何より野太い声でそんな話し方してたら誰だって気持ち悪いと思うでしょうね」
「……んだとっ! このクソア゛マァッ!」
リーディさんの言葉を聞き額に青筋を浮かべて完全にブチ切れ状態のレレガーダ。
「アタシをバカにした事を後悔させてやっからな!」
ブチ切れると言葉遣いまで変わるようで、一人称は変わっていないがさっきのようなオネェ言葉ではなく普通に男としての言葉遣いだった。
きっとアレが素の話し方なのだろう。
レレガーダが怒り心頭のまま翼をはためかせ空中に登っていき、地上から五メートルくらいの位置で静止する。
「獣神決闘のルールでは殺しは禁止されてるから命までは取らないでおいてやるけどよ、それ以外だったら大半の事は許される。本当は半殺し程度で許してやろうと思ってたんだが、あそこまでアタシをバカにしたんだ。試合が終わっても満足のいく生活を送れると思うなよ」
「……元よりそんな考えは持ち合わせていませんよ」
その言葉を最後に二人は無言で睨み合う。
リーディさん……剣の届かない位置まで移動されて、どう戦うんだろうか……?
二人の戦いを固唾を呑んで見守っていると、やはり最初に動いたのは上空にいるレレガーダだった。
激しく翼をはためかせ、翼から抜け出る無数の羽根がどういう原理かわからないが、ダーツを投げた時のように一直線にリーディさんに向かって飛んでいく。
「風の盾」
まるで機関銃のように飛んでいった羽根をリーディさんが風の魔法を使い身を守るが、風で作られた盾は無数の羽根によ徐々にひびが入り最後にはバリンッとガラスが砕けるような音をたてて消え去った。
「ぐっ……」
「リーディさん!」
レレガーダによって放たれた羽根によってリーディさんの体に無数の切り傷がつけられる。
もちろん、防具などで覆われた部分は無事だったのだが、その防具にもたくさんの傷がついており、焦った私は思わずリーディさんの名を叫ぶ。
「いい気味ねん、アタシをバカにするからそんな目に合うのよん」
今の攻撃でリーディさんが苦しそうにしているのを見て、先程リーディさんが言った感想への溜飲が下がったのかいつもの口調に戻ったレレガーダは気持ち悪いほど口角を吊り上げる。
対してリーディさんは荒い息を吐きつつ剣を握り締めぼそぼそと何かを呟く。
「あらん、命乞いかしら? だったらもう少しはっきり言わないと、アタシには聞こえないわよん。尤もそんな事をされても許すつもりはないけどねん」
「――――」
「だから聞こえないって言ってんでしょう……が!」
ボソボソと呟き何を言っているのかわからなくてイラだったのか、レレガーダが再び翼をばたつかせて無数の羽根を飛ばす。
その攻撃をリーディさんはかわす事なく口以外の部位を動かさないまま全て受けてしまう。
両手両足に何本もの羽根が突き刺さり、先程よりも切り傷も増え……とても痛々しい状態で、それでも何かを口走っている。
「リーディさん! もう良いから! 後は私が頑張るから! お願いだから棄権して!」
あまりのリーディさんの状態に私の口から思わずそんな言葉が口をついて出てきた。
正直獣人将であるバグズやレレガーダの戦いを見て、獣人将がいかに強いのかは理解したつもりだ……それでもこれ以上リーディさんのあんな痛々しい姿は見ていられないよ……
祈るように両手を組み合わせ、棄権してほしいと懇願するようにリーディさんを見ると――――彼女と目が合い、私は息を呑んだ。
リーディさん……なんで……なんでそんな状態なのに笑ってるの……?
彼女は笑っていた。
それも今まで見た事ないくらいの笑顔で。
まるで私に大丈夫ですからというように……
安心させるように……
でもその笑顔を見た私の感情は安心とは間逆のものだった。
「リーディさん! ダメ!」
私が不安に駆られ思わずそう叫ぶも、次の瞬間にはリーディさんの視線が上空にいるレレガーダに向けられ、私の静止の声など聞いていないかというように次の行動へと移る。
「天使の羽 風道」
二つの魔法名を唱えた途端、リーディさんのかかとの部分に天使の羽のようなものが浮かび、次の瞬間、リーディさんが浮いたかと思うと、空中に滞在しているレレガーダに向かい一気に飛んでいった。
一瞬だけ、驚くような表情見せるレレガーダだったが、すぐに状況を把握し、接近してくるリーディさんを迎えうった。
「小賢しいわね! さすがは人族! さっきぼそぼそ呟いてたのは詠唱してたって事なのね!」
鋼と鋼がぶつかり合う音と共に、レレガーダのパルチザンとリーディさんのロングソードが交差する。
何度も剣と槍が交わり、激しい空中戦が行われる。
リーディさんはさっきの攻撃で体からいくつもの血を垂れ流しながらも獣人将であるレレガーダと互角の戦いを繰り広げた。
いや……傷ついていながらもその剣技で徐々に優勢になっていく。
「本当に忌々しいな! 早くくたばっちゃえよ!」
またレレガーダに余裕がなくなって来たのか、口調が男のそれに戻り、何度も槍を突き出すが、その全てをリーディさんが巧に受け止めた。
しばらくそんな攻防を繰り返していた二人だったが、焦れてきていたレレガーダの渾身の一突きをリーディさんが軌道をずらしたと同時に彼女は更に上空へと跳躍する。
凄まじい勢いで上空へと舞い上がったリーディさんはまるで空中に壁があるかのように三角とびでもするかのように空中を移動し、レレガーダの背後に回り込み、彼の片翼を切り飛ばした。
「ギィヤァァァアアアッ!」
やはり翼にも神経が通っているのか、悲鳴と共にレレガーダが叫びをあげて上空に手を伸ばしながら落ちていく。
そんなレレガーダと共にリーディも下降していき、落ちていくレレガーダに接敵すると、彼の肩に剣を突き刺し、レレガーダと共に地面へと落下していった。
ドガンッという音と一緒に二人が地面に落ちると、砂塵が巻き起こり二人の様子が見えなくなる。
これならいくら獣人将でもひとたまりもないだろう。
リーディさんが勝った!
そう私が確信を持ちながら砂塵が収まるのを見つめていると二人の影がちらりと見え、徐々に砂塵が収まっていき、ようやく二人を視界に捉えると驚きの光景が目に映った。
「はぁはぁ……小娘如きが、まさかここまでアタシを追い詰めるとはね……正直驚いた」
息を切らせながらも剣が刺さっていない方の手で槍をリーディさんのわき腹に指し、レレガーダは憎悪の眼差しをリーディさんに向けている。
リーディさんの方は……意識はあるようだが、満身創痍の状態で光が失われかけているような目でレレガーダを見ているだけだ。
たぶんさっきの落下の衝撃で小柄なリーディさんが態勢を整えようとした隙をついて一足早く立て直し終えたレレガーダに槍で突き刺されたのだろう……
「でも、これでてめぇはもう何も出来やしないだろう。アタシが味わった屈辱、存分に味わわせてやる」
槍を手放し、リーディさんの頭を無造作に持ち上げると、殺意の入り混じった目で愉悦の笑みをこぼす。
この時、私を含めたこの場にいる全員がリーディさんの様子を見て、もう何も出来ないと思っていた。
それはリーディさんの頭を掴んでいるレレガーダが一番思っている事だろう。
だからこそ、リーディさんの思惑に気付かずに、レレガーダはここ一番で油断した。
――――誰もが彼女の負けを確信していた次の瞬間に
――――リーディさんが魔法名を呟いた。
「風精霊の怒り」
「なにっ!?」
リーディさんがわずかに口を動かして魔法名を唱えた瞬間、レレガーダが驚きの表情を浮かべたが、その時にはリーディさんとレレガーダを巻き込むようにして巨大な竜巻が起こり、二人を飲み込んだ。
「ギャアアアアアアアアッ! 解け! 今すぐこの魔法を解けぇぇええええ!」
レレガーダのそんな声が竜巻の中から聞こえる。
巨大な竜巻の周りにはいくつものかまいたちが起こっており、誰も近づけない状態だ……たぶんレレガーダのあの声から察するに中でも同じような現象が起こっているのだろう……リーディさん……お願いだから無事でいて……
今の私は祈る事しか出来ない……だから目をぎゅっと瞑り竜巻が消えるまでリーディさんの無事を祈っていた。
しばらく巨大な竜巻がうねりながらその場に留まり続けたが、徐々に魔法の効力がなくなってきたのか勢いをなくし、最後に短い風を巻き起こしながら消えていった。
竜巻の消え去った場所には横たわる二つの陰……私はいち早くそこに向かうと、二人の様子を見て愕然とする。
レレガーダは折れた方の翼に無数の傷をつくっており、無事だった方の翼の何箇所も折れて原形を保っていない。
体にはえぐられたような後が何箇所もついており、右腕と右足に至っては変な方向に折れ曲がっていた。
リーディさんの方は……一目見ただけで全身骨折だと言う事がわかるくらいあらぬ方向に両手両足が向いており、先程傷つけられた傷なんかとは比べ物にならないくらいの大きな傷がついていた……まるで巨大な猛獣にえぐられたようなその傷に思わず目を瞑りたくなったが、それよりも先にやる事がある。
「誰か! 誰か来て! 二人とも危険な状態なの!」
私の必死の叫びで呆然としていた人族と獣人族が我を取り戻したように慌ててかけより、それぞれの種族が二人を運んでいく。
奇跡的に呼吸をしていた二人だったが、重篤と言っても良い常態だ。
この世界の治療技術がどのくらいのものかはしらないけど、もし治せたとしても今後の生活に影響が出るのではないのかと思うくらいの……
――――ねぇ……このくらいしないと私達人族は獣人族と互角に渡り合えないの……?
思わずそんな事を心の中で呟くと、審判である獣人族が二人が倒れていた場所までやってくる。
「え~……獣神決闘第二試合ですが、二人の戦闘不能により引き分けとします! なおすぐに第三試合を行いたいと思いますので、次の選手は速やかに準備をお願いします」
「こんな事態になってまで……まだ試合を行うって言うの!?」
私は平然と試合を進行しようとしている心配に食って掛かる。
今の試合は人族だけでなく獣人族であるレレガーダだって重症を負ったのになんでそんなに普通にしてられるのよ! おかしいわよ!
そんな憤りと共に審判の獣人族をにらみつけるが、審判は感情のこもってない目で私を見ると冷淡に告げる。
「獣神決闘に”多少の”怪我はつきものです。我々獣人族は長きにわたりそうやって獣神決闘を行ってきました。人族であるあなたにはわからないと思いますけどね。もしかして第三試合の人族の代表はあなたでしたか? もしそうなのでしたら、怖いなら棄権する事をおススメしますよ。怪我を恐れるような臆病者に神聖な獣神決闘はふさわしくありませんから」
その言葉に怒りを覚えた私は参加する意思を表明するために立ちあがろうとする。
しかし私の心に反し、体の方が私の言う事を聞いてくれない。
太ももから下が、がくがくと震えていてうまく立ち上がれないのだ……
お願いだから言う事を聞いてよ! もしここで棄権なんて事になったらリーディさんの決死の覚悟が無駄になっちゃう! せっかく次につなげる為にあんなに頑張ってくれたのに……私が鏑木君達が来るまでの時間を稼がなくちゃいけないのに!
ここで私の負けがすんなり決まってしまったら、次はタッグ戦になっていしまう。
私が時間を稼いで鏑木君が間に合ってくれれば、勝ちの芽はあるが、このままタッグ戦になってしまえばもうラズブリッタが勝つ事は不可能だろう。
私は目に涙を浮かべながら何度も立ち上がろうとするが、その度に崩れ落ちる。
それを見ていた獣人族の審判が短くため息を吐く。
「これでは戦えませんね。次の第三試合は――――」
「お願い! まっ――――」
私の様子を見て、第三試合の獣人族側の不戦勝を告げようとした審判の言葉を遮ろうとした時、上空から巨大な火の鳥が飛来し、私は目を丸くする。
ズガアアアンっという音と同時にその巨大な火の鳥は私達のいる場所から五十メートルくらい離れた位置に落下し、白煙が吹き荒れここまで熱が襲ってきた。
誰もが驚きの表情で固まる中、白煙が消え、数人の人影が確認できた。
それは私達が待ち焦がれていた人物達。
ラズブリッタの希望とも呼べる人物達だ。
だが、その人物達の一人に目を向けた私は不安を抱く。
本当に彼に任せて大丈夫なのだろうかと……
――――ようやくやってきた希望とも呼べる人物の一人が地べたに這い蹲っていたのだ。
読んでいただきありがとうございます。
次の更新は11日の予定となっております。
少しでも面白いと思っていただけましたらブクマ、評価、よろしくお願いします。
5月23日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。




