79話 獣人連合 1
獣人連合の本部には今、十一人の種族の代表が集まり、なにやら重苦しい雰囲気の中で会議が始まろうとしていた。
「それでは会議を始める」
猿の獣人族である猿人の族長が会議の開始を告げ、それぞれの族長が険しい顔付きの中虎人の族長が机をバンッと叩き怒りの形相を他の族長達へと向ける。
「何故だ! 何故人族などに獣人族にとって神聖な獣神決闘をせねばならん! 獣神決闘をしなくともラズブリッタなぞひねり潰せたではないか!」
虎人の族長の言うとおり、今の獣人連合の戦力を考えれば、ラズブリッタを滅ぼすことなど造作もない。
その事は他の族長達も同じ気持ちのようで、誰からの反論もない。人族から獣神決闘の申し出を受け入れた牛人族と兎人族以外は……
「虎人の、そういきり立つでない。好戦的なのは虎人族の良いところで、戦力という意味でもそなたら種族の功績も大きいのはわかっておるが、こちらにも事情というモノがある」
「牛人よ! 理由とはなんだ? このような大切な事を連合会議もなしで勝手に決めるような理由があるというなら申してみよ!」
机を壊さんばかりの勢いで両手を叩きつけた虎人の族長を宥めようと発言した牛人の族長に対して、虎人の族長が射殺さんばかりの視線で牛人の族長を睨みつける。
「少し落ち着け、話だけでも聞いてみようではないか?」
「話だと! そんなもの聞いたところでこの怒りが消える事は――」
「ここは話し合う場であって恫喝するような場ではない! 種族の代表者たるお主がそんな事でどうする!」
「ぐっ……」
馬人の族長が落ち着けようとするが、虎人の族長が聞く耳をもたない様子で今度は馬人の族長に食ってかかろうとしたところ馬人の族長が冷ややかな目を向け、虎人の族長を一喝するとようやく押し黙った。
その様子を見て、議長の役割を果たしているのだろう猿人族は牛人と兎人の族長に顔を向ける。
「してなぜお二方はこのような大切な事を会議もなしに決めよった? 確か人族の使者の書簡を読みそのまま返事をしたと聞いておるが?」
何処か責めるようなその物言いだったが、会議もなしに独断で返事をした二人は他の族長達に目を合わせると、なぜこの様な事をしたのか、兎人の族長が簡潔に答える。
「御子様方の判断じゃ」
「「「なっ!?」」」
兎人族のその言葉に牛人族以外の族長達が驚愕の表情を浮かべ、どよめき出す。
「丁度、人族の使者が書簡を持って来た時に近くにいての……わしらと一緒に中を確認し、すぐに御子様方から承諾の返事をするように言われたんじゃ」
どういう経緯があったのか、牛人の族長が事情を説明すると他の族長達が黙り込む。
御子様――獣人族にとって崇拝するべき人物で、獣人連合での決定権は族長達よりも上の存在。そんな人物の決定とあっては、先程、怒りを顕にしていた虎人の族長も文句をいう事は出来ない。
「しかし何故、御子様方はそんな提案をしたんじゃ? わざわざ獣人連合に何の益もないような提案を受ける意味がまったくわからんぞ」
「たぶん被害を抑えての事じゃろう」
「何を馬鹿な事をいっておる牛人よ。獣人連合がラズブリッタ如きに遅れを取るなどありえん!」
「主こそ襲撃の際の被害を忘れたのか? あの国には業火の魔女がおるのだぞ」
前回の襲撃の際に業火の魔女であるシャティナによって出た被害は千名以上に及び、その被害は獣人連合にとっては軽視出来ない数であった。
「だが、前回は業火の魔女がいるという事を知らなかったが故に出た被害だ。業火の魔女がいる事がわかっておれば対策も立てられよう。それに今回は我々虎人族も戦線に加えるつもりだ。魔女の一人くらいどうという事は――」
「つまり虎人族は私達の決定に従わないという事かにゃ? 族長である君がそう発言するという事はそれが種族の総意と見なすけど、それで良いかにゃ?」
「なっ!?」
虎人の族長の発言に割って入ってきた声に族長全員が顔を向け、声の主を見た虎人の族長が顔を青褪めさせる。
「御子様方……」
「やぁやぁ。皆さん会議の方は進んでいるかい?」
震える声で声の主を呼ぶ虎人の族長に対し、二人の少女の内、虎人の少女がなんとも軽い感じで族長達に手を振りながら会議室へと入ってくる。
その後に続くようにして、大人しそうな少女が口を開かず、ぺこりと頭を下げると同じようにして入室した。
「それで、虎の族長である君のさっきの発言なんだけど、あーしにはあーし達の決定を無視して戦争をしようというように聞こえたんだけど」
「いや……それは……」
「もう一度聞くよ~? 君のその発言を虎人族の総意と見なすけど良いかにゃ?」
「申し訳ありませんでした! 先程の発言をどうか取り消させてはもらえないでしょうか!? 何卒! 何卒お願い申し上げます!」
そう言って額を床に擦りつけ、少女に土下座をする虎人の族長。
見た目だけで言えば、お爺さんと孫くらい離れている少女に必死に謝る様は、滑稽にも見えるだろう。
「御子様、虎人も反省しているようですし、その辺で許してやってはもらえないでしょうか?」
虎人の族長の様子を見かねた猿人の族長がそう言って御子と呼ばれる少女の一人を宥めるような感じで発言するが、腰が引けている様子だ。
それもそのはず、獣人族にとって、御子達の影響力というのは絶大で、彼女達の発言一つで、族長の首はおろか、連合でのその種族の立場すら危うくされるのだ。
「まぁ別に良いけどね。特に何かあった訳じゃないし、今回は不問にするよ~」
御子の一人が言ったその発言に皆安堵の溜息を吐くと、それを見計らったようにして彼女は続ける。
「ただ、二度目はないからね。もし次に私の決定を無視するような発言をした場合……わかってるね?」
「は、はい! 重々承知しております。この度は不用意な発言をしてしまい、真に申し訳ありませんでした!」
再び床に額を擦りつけた虎人の族長を一瞥すると、御子の一人が呆れたように溜息を吐く。
「まぁ私も同じ虎人族だから好戦的になる気持ちもわかるんだけどさ、族長なんだからもう少し思慮深く合ってほしいね」
「ん、脳筋駄目、ララと同じ」
「ちょっと! あーしと同じってどういう事よ?! ねぇシィちゃん!」
「言葉の通り」
ララと呼ばれた御子の一人が族長を諌めるように言った言葉をもう一人の御子であるシィちゃんと呼ばれた少女に自分も同じだと言われ、声を大にして抗議の声を挙げるが、シィはそれに取り合わず何処吹く風といった感じだ。
一見すると少女二人が楽しそうにじゃれあっているように見え、彼女達の事を知らなければ微笑ましく見える光景だが、誰も彼女達のやりとりに口を挟まない。
しばらく二人のやりとりは続いたが、シィに言葉では勝てないと悟ると、急にララが猿人の族長に向き直る。
「それでこの会議は何処まで進んだのかな?」
「申し訳ございません! ほとんど何も決まっておりません……」
「そっか。じゃあ今回の会議で何を話すのかを聞いてもいいかな?」
「議題については、ラズブリッタとの獣神決闘におけるこちらの希望をどうするかと、獣人将の中の誰を参加させるかについてですね」
「う~ん……希望については興味ないかにゃ~」
「あ……あの……」
「ん?」
おそるおそると言った感じで、ララに声をかける猿人の族長を、ララは不思議そうに見返す。
「御子様は何故、ラズブリッタからの獣神決闘の提案の受けられたのでしょうか? 私には御子様の崇高なお考えを推し量る事など出来ぬ故、出来ればお教え頂ければと思っておるのですが」
「ん~……まぁ理由は色々あるんだけどねぇ~……」
猿人の族長の言葉に、人差し指を顎に当て、上目遣いで天井を見ながら何かを考えるような仕草をするララに族長達の視線が集中する。
ごくりと唾を飲み込む族長達に、ようやく考えがまとまったのか、ララが視線を猿人の族長に戻すと満面の笑みを作り、答えを告げた。
「一番の理由は……面白そうだったから」
「は?」
「だ~か~ら~! 面白そうだったからだよ! だって人族が獣神決闘を申し込んできたんだよ! こんなの何百年ぶりだと思ってるの!」
興奮気味に語るララだが、族長達はその答えにどう答えて良いのかわからない顔をする。
しかし、そんな事はおかまいなしにララは更に族長達が驚くべき発言を口にした。
「あと、今回の獣神決闘なんだけどね、タッグ戦にはあーしとシィちゃんが出るからよろしくね!」
「「「なっ?!」」」
読んで頂きありがとうございます。
次の更新は明日を予定しておりますが、諸事情により時間はいつになるかわかりません。楽しみにして頂いてる方がいれば申し訳ないです><
5月23日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。




