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72話 朝の一幕 1

 朝の日差しが外とを隔てる鉄格子から降り注ぎ、少し肌寒い風が部屋の赤へと吹き抜け、その感触を味わうかのようにして俺の意識は少しずつ覚醒へと導かれていく。


「眠い……」


 そんな呟きと共に自分の頬に触れる暖かく柔らかい感触に顔を埋めると、その心地よさに再びまどろみの淵に落ちようとしたところで、眠たい頭に疑問が浮かんでくる。


 あれ?俺、創生魔法でこんなに心地良い枕創ったっけ?


 むにゅっ


 目を開けるのが面倒臭かったので、手で枕の感触を確かめるとそんな擬音が返ってくる。


 保温もしっかりしていて尚且つこの手にすいつくような感触が癖になる。


「あっ……あの……イチヤ様……さすがにそう何度も揉まれると……その……恥ずかしいのですが……」

「……へ?」


 あまりの心地よさに顔を深々と埋めて、何度もむにむにと感触を味わっていると、前から……いや、俺の少し上の方から聞き覚えのある声が、なんとも気まずそうにして降ってくる。


 その声に反応し、枕から顔を押し付けたまま顔だけを上にずらして、声の主の方向に向けゆっくりと目を開けると、リアネと目が合い、俺が顔を押し付けて手でふにふにしていた感触が何だったのかを知り、急速に眠気が吹き飛んだ。


「うわっ!!?」


 ズテンッ


 そんな声を上げて、枕の正体であるリアネに抱きついていた顔と手を放して慌てて飛び退き、リアネから距離を取ると……ベットから転げ落ち、頭を打ち付けた。


 牢屋のベットは壁際に設置してあり、リアネの位置は壁側、俺の位置は床側にあった為自然とこうなったのだが、慌てていた俺がそんな事を考えられるはずもないので、自然とこうなったわけだ。


「いつぅ~」

「大丈夫ですか!?」


 ベットから投げ出された体を九の字にして、頭を押さえて蹲り痛みを堪えると、そんな俺を心配してリアネがベットから降りて俺の心配をしてくれる。


 落ち着いているリアネとは裏腹に痛みが引いてきた俺が、先程自分がしでかした事が脳裏を過ぎり顔を真っ赤にする。


「ななななな何でリアネがこんな朝から俺のベットに?!?!?!?!」


 混乱する頭でどうにかその質問をする事が出来たのだが、混乱しているのがバレバレなくらい俺の言葉には動揺の色が見られた。


 そんな俺の質問にリアネは顔をポッと頬を染めるとためらいつつも俺と一緒に寝た経緯を話してくれる。


「あの……昨晩は、イチヤ様が私の体から離れてくれなくて、そのまま一晩……」



 うつむき加減に顔を伏せ、人差し指をあわせてもじもじするリアネがかわ……じゃなくて!


 どゆこと!?え!?俺、自分でも知らないうちに大人になっちゃったって事なの?!?!どうなの!?



「もしかしてイチヤ様、昨日の事覚えてないんですか?」

「すまん……リアネ……まったく記憶にないんだ……だけど覚えてなくてもリアネは大切な存在だ。責任は取るよ」

「はい?」

「え?」


 責任は取る。自覚はなくとも大人になったんだ。リアネを悲しませるような事は絶対にしない。


 その決意を秘めた眼差しでリアネに告げたんだが、リアネから返ってきたのは首をかしげた疑問の表情だ。


「あれ?俺変な事言ったか?」

「えっと……申し訳ありません……大切な存在って言っていただけたのは嬉しいのですが、責任を取るというのがどういう意味なのかがわからないんです……毎日幸せに暮らせると保証という事でしたら今のままでもイチヤ様には十分よくしてもらっていて凄く感謝しています」


 リアネの返答にここに来て日本と異世界での違いを思い知らされる。


 どうやらこの異世界では”責任を取る”=”プロポーズ”の公式は結びつかないらしい。


 一大決心して言ったのだが、伝わらなかった……再び言うには勇気がいるのでインターバルが欲しい。


 そんな事を考えていると、奥の牢屋――レイラの牢屋の方からクククッと声を押し殺したような笑い声が聞こえる。


 声のした方に顔を向ける俺とリアネに、目元を緩ませたレイラがどうにか真剣な表情を作り話に入ってきた。


「いや、すまない……イチヤとリアネの話のかみ合わなさに思わず笑ってしまったよ、聞くつもりはなかったんだけど、少々声が大きかったようだから、意識を向けてしまった」

「それは良いんだけど、話がかみ合ってなかった?どの辺から?」


 薄々感じてはいたが、どの変でおかしくなったのだろう?


「私はイチヤは転げ落ちた辺りから話を聞いていたんだけど、リアネが昨日の事を覚えてないんですか?と聞いた辺りから君が変な勘違いをしたんじゃないかな」


 レイラにそう言われ先程の話を思い出すが会話自体におかしな点が見当たらない。


「言っておくけど、昨晩、君とリアネがエッチな事はしてないよ、私が保証する。もしそんな事になっていたら私が気付かないわけないだろう?」


 確かにそうだが、恥ずかしげもなくそう言われるとこっちの方が恥ずかしい……その証拠にリアネも恥ずかしそうにしていた。



 でもそっか……エッチな事はしてないのか……俺の童貞はまだ健在のようだ………はぁ……



 心の中で溜息をつき、昨日の事を思い出す。


 頭の中も時間が経った事により血が巡っている感じで、昨日の事を鮮明に思い出せたのだが、思い出した途端に俺の顔が沈む。


「……どうやら思い出したようだね」

「あぁ……」


 人を殺した事を思い出した途端に気分が少しだけ沈む……それでも昨日に比べれば大分ましだ。


 きっとそれは一日寝て殺した感触などが薄れていった……などではなく。リアネに抱きしめてもらい、彼女の胸の中で泣かせてもらったからだと思う。


 そしてその事を思い出した途端、再び恥ずかしさがこみ上げてくる。



 昨日の精神状態じゃ無理もないが……俺はなんて事をしたんだ!女の子の胸の中でわんわん泣いてただなんて恥ずかしすぎる!



 両手で顔を押さえ思わず天を仰ぐとリアネとレイラは不思議そうな顔を向けてくるが、俺がどうしてそうなっているのかは一生わからないままで居て欲しい。


 そうやって俺が恥ずかしがっていると、牢屋の扉が勢い良く開け放たれ、アルが牢屋へと入ってくる。


「おはよーさん、みんな元気か?」

「……」

「おはようございます」

「おはよう、アルも元気そうだね」


 アルの挨拶に二人は挨拶を返すが、俺は返せずにいた。


 昨日あんな事があり、アルの違う側面を見てしまった俺は、アルに普段どう接して良いのかわからなかったのだ。


 そんな俺にアルが真剣な表情を向けて、俺の方へと歩いてくる。


 さすがに挨拶くらいは返さないと不審に思われるよな。


 今の俺の心情がばれないように普段どう接していたのかを思い出し、アルへと挨拶をしようとしたが、俺よりも先にアルが声を発した。


「おめでとう」

「え?」


 何を言われたのか理解出来なかった。


 おめでとう?俺は何か祝われるような事をしたのだろうか?


 そう思いアルに視線を向けるとアルは真剣な表情で俺とリアネを交互に見てなにやら納得顔を浮かべている。


 そうして気付いた……アルが何に対して俺にそんな言葉を告げたのか……だが早合点はいけない……それでさっきは恥ずかしい目にあったからな。


 確かめねばならない……アルが何に対してその言葉を言ったのか……


「アル、おめでとうって一体何の事だ?」

「決まってるだろ。お前が大人になった祝いだよ」


 まぁ予想していた事だが、アルにそういわれた瞬間、昨日のアルの態度の事が気にならなくなり、俺は立ち上がると牢の扉をガチャリと開け、笑顔を貼り付けてアルの前に立つ。


「いやぁ……めでたい……お前も嬉しそうで何よりだ。本当によかっ――ぶべらっ!?」


 完全に油断していたアルの顔面に思いっきり拳を叩き込むと、意表をつかれたアルが盛大に壁際までぶっ飛び、ぶつかった壁にめり込む。


 ここまで綺麗に決まった事など特訓の時には一度もない。


「いきなりなにすんだっ!イチヤ!」

「ど…………にか?」

「は?今何て?」


 俺の呟きが聞こえなかったようで、もう一度聞き返すアルに今度は聞こえるように怒声を発する。


「童貞ですが何か!!?」


 アルが俺と同じような勘違いをした事を棚に上げて、顔を真っ赤にしながら壁にめり込むアルの鳩尾に更に一撃をお見舞いした。

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