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70話 殺した結果

 しばらく嘔吐えずき、胃の中のモノを空にした俺だったが、吐くモノがなくなった体は更にモノを吐き出させようとして口から胃液が吐き出させる。口の中に酸味が広がり、気分は最悪という他ない。


「はぁ……はぁ……うぇ……」


 肩で息をしながら胃液も吐き出し終え、吐き出すモノがなくなった体で肩を上下させながら、少しでも口の酸味がとれるようにと滲み出た唾液を嚥下する……。


「気分も治まってきた様だな……」


 だいぶ時間も経った頃ようやく落ち着いてくると、それを見たアルが声をかけて来る。


 俺が視線を向けると人が死ぬという状況になれているのか、動じていない様子でメイドの首のある前にやってくる。


「アル……?」


 不思議に思い声をかけると、アルは無造作にメイドの髪を掴みその首を持ち上げる。


「おい……」

「もう十分休んだだろ。ついて来い」

「ついて来いって……どこに……?」

「ついて来るりゃわかる」


 そう言ってアルはメイドの首を持ったまま歩き出す。正直だるくてあまり体に力が入らないのだが、強引に足を動かしてアルの後をついていく。





 また階下を下り、その階を歩く。どうやらアルは見回りが来ない場所を歩いていたようで、誰にもすれ違わない。


 そして着いた先は前に獣人族がリアネ達を襲っていた場所……人族のメイドが集まる部屋の前に到着した。


 部屋の前で一旦立ち止まり、アルがドアノブを掴みゆっくりとドアを開けると、中には褒賞の際に呼ばれたメイド全員が集まっており、休憩時間なのか、楽しそうに話をしていた。


 だが俺とアルが入った事に気付いたメイド達は明るい雰囲気から一変し、アルの持っているモノを見ると、驚愕の表情を浮かべる者、信じられないと膝を折る者、泣き叫ぶ者などにより阿鼻叫喚の地獄絵図になり場が騒然とした。



 ……なんでわざわざこんな事を……アルの真意がわからない……



 憔悴しきった状態で疑問を浮かべると、次の瞬間アルが騒ぎたてるメイド達に向かって持っていた生首を放り投げる。


 生首を放り投げられたメイド達が一斉に悲鳴をあげ、その首を見てかつて自分達と仕事をしていた女のモノだとわかると顔を青白くさせる。



 自分の知人が殺されるというのはどれほどの衝撃を伴うのだろう……?



 どこかおぼろげな頭でそう考えていると、妙齢の……メイド長が気丈に立ち上がる。


「一体何故このような真似を!この子が何をしたというんですか!?」


 このメイドを殺す前の自分であれば、怒りに任せて言い返していただろう。だが自覚した状態での初めての殺しを体験した今の俺は気力をごっそり持っていかれ口を開くことが出来ない。


 そんな俺の代わりにアルがメイド長に向き合い口を開く。


「その女がこいつ――イチヤの奴隷に手を出した。一人は重傷だった。他の奴等も傷つけられた。だから”イチヤ”が首をはねて殺した」


 ――俺が殺した、その言葉に殺した事を改めて自覚しビクッと体を震わせる。


 無表情で淡々と事情を語るアルに、聞かされるメイド達も青白い顔のままお互いを抱きしめながら震えていた。


「だからと言って……殺す事はないじゃありませんか……!」


 メイド長はかつて自分の部下でもあったメイドの亡骸を見て涙を浮かべながら、悲しみの瞳をアルに……次に俺に向け、その瞳をきつく細め、抗議の声をあげる。


「先に手を出したのはそこのメイドだぞ、それに法では他者の所持する奴隷に手を出した場合いかなる処分でもその主が行う事ができる。もちろん王宮で働くメイドならわかっているはずだ」

「それは……ですが……」


 アルが正論をメイド長に語ると、王国の法をわかっている彼女は口を噤み項垂れる。そんな風にアルとメイド長がやりとりをしていると。


「ふざけんじゃないわよ……」


 声のした方に顔を向けると、静かに怒りの炎を燃やしたように、憎しみの籠もった目をして俺の方を見るメイドと目が合った。


「正論言われて引き下がるとでも思ってるの……そんな事でベラが死んだ事を納得しろと!?ふざけんじゃないわよ!ベラを返しなさいよ!私の親友を……返しなさいよ……」


 泣き叫び、ベラと呼ばれたメイドの亡骸を抱きしめながら睨みつけてくる彼女の憎しみの感情が伝わってくる。


 そのメイドの気持ちが伝播するように泣き崩れたメイド達も殺した張本人である俺に、憎しみの視線を送ってくる。一斉に送られた負の視線が集中し、その視線に耐えられなくなった俺が顔を伏せた。


「お前等の憎む気持ちはわかる。だがな、こっちだって同じ気持ちだ。何でこんな事が起きたかと言えば、リアネ達を傷つけられたからだ。こいつの執事は重症だって負った。だから”イチヤ”は殺したんだ。そいつが手を出さなければ”イチヤ”だって手を出さなかった。」

「あんな獣共とベラの価値が同じだって言うの!?獣人族と人族を同列に扱うんじゃないわよ!」

「何だと……?」

「何よ!本当の事をいって何が悪いのよ!?」


 俺は罪悪感に押し潰されそうになりながらアルやメイド達の話を口を挟めず聞いていたのだが……流石に聞き逃せない言葉を聞き怒りが湧き起こる。


「その言葉だけは聞き捨てならない。そこの死体になった女よりリアネ達の方が価値が下だと……同列に扱うなだと……ふざけんな!確かにお前等の価値観からすればそうかも知れねぇ!だけどな、俺にとってはリアネ達はかけがえのない存在だ!何者にも代え難い存在だ!それを傷つけることは誰にも許さねぇ!絶対にだ!もしそこのメイドの件で憎しみを抱いているんなら……その矛先は俺に向けろ……憎む相手を間違えるな……それだけだ」

「「「……」」」

「……これは警告だ。もしも次に何かすれば今度はお前等の誰かが同じ目に合うと思え」


 俺の発言にメイド全員が黙り込み、最後にアルがそう締めくくり俺達は部屋の扉に向かう。最後に部屋の中に視線を送ると、メイド達は俺に呪いをかけるかのように憎しみの視線が集中していたが、俺はそれを背中で受け止め、黙って部屋を後にした。


 バタンと扉が閉まる音を聞き、再び罪悪感に心が押し潰されそうになる。自覚を持って殺すという事が、ここまで苦しい事だとは、日本にいた時の俺には想像も出来ないだろう。


 普通に死ね、殺すぞなんていっても法治国家である日本で本当にそれを実行する者は少ない。冗談の範疇で使う者が大半だ。


 この異世界に来て、死がいかに簡単に奪えるものかというのを今回の件で理解した……その言葉の持つ意味がいかに重いのかという事を理解した。


「なぁアル……何で俺をここに連れてきた……?」


たくさんの憎しみの視線に晒され、疲れた表情でアルに疑問を投げかける。こんな風に憎まれる事はアルだってわかっていたはずなのに……何故俺をここに連れてきたのか理由が知りたかった。


「理由は二つ、一つは最後に言ったように今後こんな悲劇が起きないように……リアネ達に危害を加えればどんな目にあうか知らしめる為の……ようは牽制だ。十分恐怖と悲しみを植えつけられたろうからこれで馬鹿な真似をする奴は出てこないだろう」

「二つ目は?」

「……お前に……人を殺すという事がどういう事なのか。悲しむ人間。殺した相手に憎悪する人間……殺した結果を見せる為だ」

「……」

「殺した相手にだって家族や友人、恋人だっているかもしれない。そんな奴等がどう思うのか。それを理解させたかった」

「どうしてそんな事を?」

「殺すという事がそれだけ重いんだって頭ではなく心で理解して欲しかった……そうすればもう……」


 最後の方はよく聞き取れなかったが、殺す事を自覚した今の俺はアルの言葉を重く受ける。


 それからの俺達は特に何かを話すことなく、無言のまま帰路を歩き、牢屋に到着すると軽く一言挨拶してから自分の牢のベットに横たわる。


 リアネ達があれからどうなったのかは気になるが、戻って来ると同時に訪れた睡魔に襲われ体が言う事を聞いてくれない……体よりも心の方が疲れている……


「疲れた……今は何も考えたくない」


 その呟きを最後に眠りの淵へと落ちていった。

次の更新は1月15日(日)を予定しております。


5月23日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。

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