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69話 殺すという事

「アルゥゥゥウウアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 後少しでこの惨劇を生み出した元凶であるメイドの足を切り落とせそうなところで、邪魔をしてきたアルに向かい、怒りと憎しみの咆哮を放つ。 憎悪の眼差しで睨みつけるがアルはどこか冷めたような目になると、こちらに視線を合わせ、何かを口にしたがよく聞き取れない。


「そいつが何をしたかわかってんのかアル!!!!!!」

「……」


 俺がそう問いかけるもアルは無言で見ているだけ……その態度に更に俺の怒りがアルへと向けられ……憎悪が膨れ上がるとそれを我慢する事が出来なくなった俺は、もう片方の手にもロングソードを創り出し、怒りの形相でアルに向かって駆け出した。


「邪魔を……するなぁァアアア!!!」


 叫びと同時に右手の剣をなぎ払い、アルが受け止めたところで剣を引き、左手の剣で下から上に切り上げる。


 間髪いれずに更に剣の速度を上げ、多種多様な動きで、アルに向けて切りかかる。皮肉なものだが全てアルとの特訓で得た戦い方だ。



 まさかここに来て自分の成長を把握するとはな……それに特訓していた時よりも体のキレが良い……体が自由に動く感じだ……



 一気に勝負をつける為、地面を抉る勢いで足に力を込めると、アルへと肉薄する。


 ガキンッ!ガンッ!ギンッ!ガガンッ!


 防戦一方のアルに反撃の隙を与えない為、俺が知ってるすべての知識を使って攻撃する。アルが焦りの表情を浮かべている事に小さく笑う。今までの特訓でもアルがこんな表情をした事は一度もない。


 このままではまずいと思ったのか、アルが大きく飛び退こうとするが俺はそれを許さない。下がった分だけ進み、攻撃の手を緩めずに更に攻撃速度を上げる。


「ちっ」


 俺の攻撃に苦闘するアルからそんな風に舌打ちが聞こえる。ここまで追い詰めているという事に歓喜しそうだ。


 そして幾度かの攻撃でついに、アルの頬に傷をつける。頬からツーッと一筋の血が流れた事に、俺は興奮した。



 ……ついにようやくコイツに傷をつける事が出来た。今まで散々苦汁を舐めさせられてきたがようやく……いける……これならいける!コイツを殺してあのメイドを殺せる!



 高揚する意識の中で自分の勝利を確信した……勝てると思って油断して……コイツに距離を取らせたのが間違いだった。


 いや、そうじゃない……そもそもアルと敵対した事自体、間違いだった……次の瞬間、俺は本当の恐怖というものを知る。


 

「――調子に乗るなよ、小僧……」

「何……?」


 アルが言葉を発した瞬間空気が塊のように重くなったように感じ、背筋に怖気が走る。その事に、思わずアルを見ると、無表情だったアルの瞳に憤怒の色が窺え、圧倒的な威圧感が俺を包み込む。


「調子に乗るなと言ったんだ!小僧!」


 ダンッ!とアルが足で地面に叩きつけた瞬間、地面が抉れて陥没する。


 それだけではない。急に体が小刻みに震え、がくっと膝から力が抜けて尻餅をついてしまう。


「な……何を――」


 最後まで言葉を言い終えることも出来なかった……アルから向けられる視線は肉食獣のそれと同じで、その目を向けられるだけでここから逃げ出したくなるほどの恐怖を感じた。


 恐怖という感情が俺の脳を占め、殺してやりたいという感情が消された事で、俺から吹き荒れていた黒いオーラが霧散し両手の剣を取り落とす。


「はぁ……」


 なぜか、それを見たアルが怒りの表情を消し溜息を一つ、血を軽く拭うとその手で頭をガシガシと掻く。


 途端、俺に放たれていた威圧感が消え、緊張していた体に活力が戻り、息をするのを思い出したかのように、過呼吸気味に酸素を求める。


俺の行動を見て、途端に興味をなくしたアルが蹲ってぶるぶると震えるメイドの下に歩み寄る。


「大丈夫か?」

「ひっ……」


 アルが手を差し出すと、ビクッとして怯えた目をアルに向ける。


「もう大丈夫だ」

「あ……」


 その言葉に途端に安堵の表情を浮かべて立とうとするが、膝に力が入らないのかすぐに膝をつく。


 そんなアルとメイドの様子を見て、俺は呼吸が落ち着くと怒りの声を上げる。


「そいつはエヴィやクルエ、ディアッタ達を殺そうとしたんだぞ!なのに何で助ける!!?」

「……」


 俺の怒声にもアルは動じない、それどころかこちらを一瞥もせずにメイドに優し気な表情を浮かべ、膝に力が入らないメイドを両手で持ち上げるとゆっくりと部屋の扉に体を向け歩き出す。


「なんでこいつらを殺そうとしたんだ?」

「当たり前でしょ!今私達は獣人のせいでこんなにも苦しんでるのに、こいつらはここでのうのうと平和に暮らしてるのよ!そんなの許せない!獣なんかと同じ空気をすってるだけでも反吐が出る!」

「そか」


 何気ないようにアルがメイドに問いを向けると動かない体で顔だけを動かしディアッタ達を睨みつけながら言葉を荒げる。アルはそれに短く答えた。


 訳のわからないアルの行動に再び怒りが沸くが、さっきの感覚を思い出し、もう一度向かおうという気が湧いてこない。恐怖が体をまだ完全には抜け切っていない。


 そんな俺の気持ちなど関係ないという感じでアルが扉に手をかける。その横にはリアネが泣きはらして目を赤くしながらも俺に心配そうに見つめている。


「リアネ、後を頼む……」


 何を思ったか、アルがリアネにそう小さく呟き部屋の扉を開け……出ようとしたところで俺にも声がかけられた。


「イチヤ、ついて来い」

「……は?ふざけんな」



 あと少しでディアッタ達を傷つけたメイドをなぶり殺しに出来たところで、邪魔されてアルには怒りしか沸いてこないのにその指示に従えと?



「良いからさっさと来い……」

「……」


 その言葉には有無を言わさぬ強い意志が込められており、逆らう事を一切許さないという思いが伝わり、渋々と言った感じでアルの後を追った――。









 部屋を出て、階段を下り、俺達は四階の……先程リアネとぶつかった場所を曲がった辺りまでやってくると、アルは急に足を止め、いきなりの事にアルの背に鼻をぶつける。


「……いてぇな……なに急に止まってんだよ……」


 アルの背に向かい文句を言うが、その言葉を無視したアルは人がいないのを確認するようにして左右を見る。


「……ここなら大丈夫だろう。イチヤ、レイピアを四本創れ」

「……」

「早くしろ」


 急にアルにそう言われ訳がわからず内心困惑していると、鋭い視線に射すくめられ、素直にレイピアを四本精製した。


 それを確認したアルは誰もいないこの場で、抱き上げていたメイドを無造作に床へと捨てると、その腹を踏みつける。


「がはっ!」

「!?」


 いきなりのアルのその奇行に俺は驚愕の表情を浮かべるが、アルの行動はこれだけには止まらない。


 俺が精製したレイピアを乱暴に掴むと一本一本メイドの四肢に突き刺し床へと縫いつける。


「おまっ!何をやって!??!」


 アルの行動にそんな風に驚き思わずそんな声をあげると、ようやくアルが俺へと顔を向け視線を合わせる。


「……何をも何もこの女を殺す準備をしているだけだが?」

「は?」

「当たり前だろ。俺があいつ等を傷つけられて何も感じていないと、そう思ってんのか?」


 思わず素っ頓狂な声をあげる俺に腹のそこから響くような声でイラだたしそうにそう告げるアル。


「だったら何でさっきは俺の邪魔をしたんだ!それならさっき殺しておけば良かったんじゃ――」

「お前馬鹿か?あの場にはまだ小さいガキだって居たのにそんなところで殺してトラウマ植えつけさせるとか出来るわけねぇじゃねぇか。ただでさえ怖い思いをしたはずなのにこれ以上怖がらせてどうすんだ」

「アガッ」


今まで我慢していたのだろう。アルはその怒りをぶつけるかのように足をぐりぐりと回し、メイドの腹を踏みつけ、メイドは口から血をこぼす。


 一頻りその行為を行ったアルが、再び口を開く。


「イチヤ、お前が殺せ」

「……わかった」


 その言葉に頷き、創生魔法で創り上げた剣を持ち女の顔の前へとやってくる。


「ひっ……やめてっ!誰か助けて!!いやっ死にたくない!誰か!だれ――っもが!」


 俺がやってきた事によりさらに怯えの色が強くなり叫び出すメイドにアルは懐から布のような物を取り出すとそれをメイドの口の中へと入れる。


 声が出ないようにされたメイドは涙を流しながら激しく首を振り、死の恐怖に怯えている。


 その姿を見て、俺の怒りが更に沸いてきた。


「自分はリアネ達を殺そうとした癖に自分が死にそうになったら……ふざけんじゃねぇ!」


 激昂の声と同時に黒いオーラが湧き出て剣を振り上げ――


「待て」


 急に腕を捕まれ今にも振り下ろそうとしていた腕が止められる。


「なんだよ!」


 後少しのところでまた邪魔された事に怒りの表情でアルを睨みつけると……凍えるような冷酷な瞳に口を噤む。黒いオーラも掻き消える。それを見届けたアルが手を放す。


「……殺すんだったら自分の意思で殺せ」

「何を言って……今殺そうとしたのは俺の意思だ!」

「だったらそんな禍々しいオーラなんて出さずに殺せよ、どんな能力かはわかんねぇけど、そんなもんなくたってこの女は四肢を動かせない状態にしてんだ。何も問題ねぇだろ」

「ちっ!わかったよ」


 この黒いオーラは俺が黒き衝動を発動させた事によって生じているのだろう。怒りや強い憎しみによって発動する事は何度か使用するうちにわかったので、深呼吸を一つ繰り返して自分の心を落ち着け、再びメイドに振るおうと手に力を込める。



 憎い、怒りが多少は沸いてくるが、何とか黒いオーラを出さずに見る事が出来る。そして剣を振り上げ……メイドの恐怖する顔を見て……手が止まる。


「どうした?さっさと殺せよ」

「……」


 アルに急かされるが、この恐怖と怯えの顔を見ていると、どうしても振り下ろす事が出来ない。



 こいつはリアネ達を殺そうとしたのに何故……エヴィだってこいつに重症を負わされた……ディアッタやクルエだって傷つけられた……なのに何で手が動かない!



 心の中で苛立ち何度も何度も振り下ろす決意をするのだが、体がいう事をきいてくれない……ついに俺はメイドの首に剣を当てることなく、その剣を下ろす。


「……何やってんだ?イチヤ」

「自分でもわかんねぇ……殺したいはずなのに……憎いはずなのに……こいつの目を見てるとどうしても首をはねる事が……体が拒否するんだ……」


 その問いに今の俺の心情と自分の体が自分の体じゃないように動かない事を素直に吐露すると、アルが一つ溜息を吐く。


「お前の感じているそれが人を殺す恐怖だ……それが……殺すって事だ」

「!?それだったら獣人族の襲撃の時に……」


 ――俺は獣人族を殺した。殺せた!そう言おうとしたがそれを言う前にアルの言葉に遮られた。


「獣人族の襲撃の時にもその黒いオーラを垂れ流していたな。その時も人を殺すという自覚があやふやなままに殺したんだろ?たぶんその能力……身体能力の向上の代償として……感情か、あるいは判断能力を鈍らせるんじゃないのか?」

「どうしてそれを……」


 アルの指摘に驚きの声を漏らす。



 確かにステータスカードの概要には判断力低下と書いてあった。だけどこの能力について一度もアルに話した事はない。なのにどうしてアルは知っているんだ……?


「何度か見てりゃあ推測も出来んだろ」

「何度も……?」

「あぁ、獣人族の襲撃の時、あの嬢ちゃんが初めて牢屋にやってきた時、それにさっきもそうだ。流石にそんだけ見せられりゃあ推測だって出来る」



 獣人族の襲撃の時とさっきは自覚があったのだが、まさか委員長が初めてやってきた時の事を言われ驚いた。あの時に発動していたなど、まったく自覚していなかった。



「イチヤ、この世界の死と言うモノは軽い。戦争での死はもちろん魔物に殺される事だってよくある。だけどそんな世界でも死を軽んじて良いわけじゃねぇ……殺すという事は殺した奴の最後を覚えておく責任がある。そんな能力に頼って殺すなんてもっての他だ」

「……」


 アルの言った言葉に重みを感じ思わず口ごもってしまうと、アルは表情を引き締めもう一度剣を持っている俺の手を掴みその剣をメイドの首に当てる。


「殺せ……」

「……」

「お前が最初に殺すと言ったんだ。俺はお前にその言葉を撤回させるつもりはねぇ」

「……」

「お前の世界じゃどうか知らねぇがな……殺す……死ねという言葉は気軽に使って良いもんじゃねぇ……もしも一度でもその言葉を口にしたんだったら必ず行え、その覚悟を持ってその言葉を使え」

「……」


 俺は何も返す事が出来ずに口を結んでいると、アルが掴んだ手を強く握り、メイドの首からツーっと血が少し滴る。


「殺せ」


 その一言を聞き、再び視線をメイドに向ける。


「ん゛ん゛ん~ッ!」


 醜悪なくらいに顔を歪め、一体どのくらい泣いたのかわからない泣き腫らした目をこちらに向け死にたくないと目で訴えながらここから逃げたいという意思を持って体をよじろうとするが、四肢を縫い付られていて体を動かす事が出来ずに首だけを必死に振る。


「早く殺せ」


 自分の手が震えているのがわかる……だがアルの言葉には、逆らう事を決して許さない意思が込められている。


 アルの言葉に従い剣を振り上げるが、そこで俺の動きが止まる。


「殺せ」


 手が震え、思わず目を瞑る。


「目を瞑るな!しっかりとこの女の最後の姿をしっかりと刻め」


 アルの怒声に目を開ける。


 ――そしてアルの怒声と共に、このメイドは最後の瞬間を迎える。


「殺せ!」


 剣を振り下り下瞬間……サシュッ……そんな音と共にメイドの首は胴体と切り離され地面を転がる……血が飛沫を上げ、その返り血を顔に浴び……メイドから吹き出た血が口の中に入ってきたが殺す恐怖というものを初めて感じた俺は呆然としたまま剣を振り下ろした状態で固まる。


 人の肉を切った感触が手にこびり付き、それが徐所に伝わるようにして脳へと伝わってきて、殺す恐怖というモノを自覚する。


 呆然とした状態のまま転がったメイドの顔に視線を向けると、恐怖の表情で最後を迎えた事がわかる。


 そして死んだメイドの目が合うと思わず内からこみ上げてくるものを感じる。


「ゲェェェっ!おぇっ……うぇ……!」


 転がったメイドと視線があい、その凄惨な様子に思わず口からモノを吐き出し涙をにじませる……。


 


 ――――こうして俺は殺すという事……その重み……その意味を……身を持って自覚した。

読んでいただきありがとうございます。

次の更新は1月14日(土)AM10:00を予定しています。

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