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67話 不安

 初日にボッコボコにされた俺だったが、あれから一週間経った今でもアルのしごきに耐えている。相変わらずというか更にアルの指導は苛烈を増し、毎日のように地面に顔を押し付け、苦汁をなめる思いを味わっているが、一度でも根を上げれば本当にアルは俺に教える事をやめるという確信を持っている為、自分を鼓舞しながらも頑張っている。



 一ヶ月という短い期間でどのくらい強くなれるかはわからないが、このきつさが俺を強くしてくれると思うとまだ頑張れる……



「オラ!足捌きがまるでなってねぇ!フェイント入れんなら目線にも気をつけろ!今まで何学んでたんだ!ア゛ァ゛!?」

「ぐほっ!ゲホゲホッ!」


 一瞬で懐に入られると、腹部を剣の柄の部分で思いっきり殴られる。むせ返り、思わず腹を押さえるとそこに追加の一撃が後頭部にお見舞いされた。


「まだ一時間も経ってねぇんだから休んでんじゃねぇよ!そんなんじゃいつまで経っても強くなれねぇぞ。それとももう終わりにするか?」


 俺を見下ろすようにしてそう告げるアルを、うずくまりながらも睨みつけるような視線を向け、ゆっくりと立ち上がる。


「ま……まだだ……!」

「もうぼろぼろじゃねぇか、そんなんで戦えるのか」



 ぼろぼろじゃねぇかって、お前がやったんだろうが!



 声を大にしてそう叫びたかったが、話すのもきつい状況だが……今日アルに一発ぶち込んでやろうという思いを持って再び木剣を持つ手に力を入れて、アルに向かって駆け出した。







 こんな風に毎日の稽古をつけてもらっている間にも状況というのは進み、この一週間に緊急貴族会議と今ラズブリッタに起こっている危機的状況についての説明が国民に執り行われた。


 貴族との緊急会議については、俺が頼んだ獣人族全員の奴隷解放の件について貴族の一部から猛反対されたそうだが、王やレーシャの権力と、それに他種族に偏見を持たない貴族がいた事もあり、なんとか話を良い方向にまとめる出来たとレーシャから聞かされた。


 次に国民への説明なのだが、貴族会議よりもこちらの方が問題で、話を聞いた王都の国民、辺境などでの貴族からの説明を受けた領民などが、不安の声を漏らし、重く沈んだ空気が充満している。一部では村を捨てて帝国に亡命する者、不安が爆発して暴動を起こす者もいるようで、その対処に負われる貴族もいるようだ。





「毎日精が出ますねぇ」


 二時間の訓練が終わった頃にそう言ってやってくる足音にへばった体をなんとか起こして声の方に顔だけを向ける。


「リーディか……」

「こんにちは、大丈夫ですか……?」

「この姿を見て大丈夫に見えるか?」


 そう言った俺にリーディは苦笑を浮かべるのみだ。彼女もアルのしごきがいかにきついか知っている為その後の言葉を言えないのであろう。



 まぁこの姿を見て大丈夫ですね!なんて言ったらしばき倒していたところだ……マジで……!



「まぁでも少しは強くなっている感じはあるんじゃないですか?四日前くらいから見てますが、前よりは立ち直りが早いじゃないですか!それに動きも少しずつですが改善されているように見えますよ」


 リーディとはここで訓練をするようになってからよく顔を合わせる。それというのも彼女が奮起したクラスメイトの女子の指南役を引き受けている為、騎士団の訓練以外でもこの場所でクラスメイトを教えているからだ。


 そのリーディも教える際にこちらの方も時々見ているので俺がどんな状態なのか知っている為成長していると判断してくれているのだろう。


 確かにリーディのいうとおり、初日に地面に突っ伏して、三十分は体中を痛みが走り、指先一つ動かせなかった時よりは成長しているように感じるが……この一週間アルに一太刀もあびせる事が出来ていない状況に自分の成長に疑問が浮かぶ。


 なんというか……体力はついているけど、技量などといったものがまったく上がっていないように思う。自分の不甲斐なさが原因なのだが、俺は本当に強くなっているのだろうか?



 少しずつ強くなっていけば良い。一ヶ月という期間がなければこんな風に思えるのだろうが、残り三週間という事もあって焦りの気持ちが徐々に強くなっている……



 気持ちを引き締めリーディに気取られないようにして、立ち上がる。


「そういやアルは?」


 いつの間にか側を姿を消したアルを探し首をめぐらせるとリーディが答えてくれる・


「アルさんなら私が教えている子達に軽く訓練してくれてますよ」

「それ大丈夫なの!?」


 慌てて委員長達が訓練している方に視線を向けるとそこには多対一で相手取っているアルの姿があった。もちろん一というのはアルだ。


 訓練を受けている俺だからわかる……あんな訓練を受けたら奮起したクラスメイトも心が折れる。下手したら委員長でも心が折れるかもしれない。泣き出す奴もいるのではないだろうか。そう思って次の瞬間起こるであろう地獄絵図を想像して顔を強張らせるが……


「大丈夫ですよ」


 俺の肩に手を置いたリーディの顔を見ると微笑を浮かべてると同時に何処か怒っている雰囲気を漂わせる。


 その様子を疑問に思ったが、アル達の様子の方が気になった為彼等の模擬戦に意識を集中した。


「やっ!」


 気合の掛け声と同時に一番最初に剣で切りかかったのは予想通り委員長だった。委員長は上段に構えた剣でアルに向かって振り下ろすとそれをアルは木剣で受け止め軌道をずらし、委員長の剣は地面に吸い込まれるようにしてカンッという音と共に打ち下ろされる。


「嬢ちゃんはもう少し筋力を鍛えた方がいいな。ちょっと木剣に振られているって印象を――っと」


 委員長に軽く説明を加えている途中に二人の女子が左右から切りかかってくるのを事も無げに片方は右手に持った木剣で受け止め、もう片方は首だけをそらしてかわす。


「不意打ちっていうのは戦いにおいて有効な場面もあるが、タイミングってのは重要だ。次試す時は相手の動きをよく観察してから動く事だ」


 切りかかった二人を余裕で交わし、微笑みながら指南するアルの姿を見て、俺との訓練との差に呆然とする。


 その後も四人が一斉に攻撃したり、六人が上手く連携をしたて切りかかったが誰もアルに一撃を加える事ができなかった。


「やっ!」


 俺が呆然とする中、何度が打ち合いを続けるアルとクラスメイト達であったが、その気合の声と同時に切りかかった女の子の一撃をアルが木剣で払うと勢いがつき過ぎたのか、彼女の持っていた木剣が手から離れて地面を転がる。


「きゃっ!」

「大丈夫か?」


 そう言って尻餅をつく女の子にアルは駆け寄り手を貸すと、尻餅をついた事が恥ずかしかったのか顔を赤くし、アルに手を引かれてもじもじと立ち上がる。


「悪いな。ちょっと勢いをつけすぎちまった。怪我してないか」

「いえ……あぅ……そんな」


 真剣な表情で女の子の手首を動かし、痛みがないか確かめる。そんなアルのいきなりの行動に女の子が更に顔を赤くして、ぽーっとした様子でアルを眺めている。


「おいリーディ……」

「……なんでしょうイチヤさん?」

「あれは何だ?俺の時と全然違うんだが……」

「師匠は”女性”に対してはいつもあんな感じですよ」

「じゃああれはわざとやってるのか?」

「いえ、前に確認したんですが……あれは”素”です!ちなみに私は師匠にあんな風に優しくされた事は一度もありません」



 なるほど……さっき怒ってたのはおそらくアルとの訓練の時に俺のような対応をされていたからか……女の子なのに……大事な事だから二回言うが女の”子”なのに、幼女なのに。



「イチヤさん……ミンチにしますよ……」

「……」



 リーディに殺意のこもって目を向けられる。どうやら俺がリーディの体の一部を見て何を考えているのか悟られたようだ……自重しよう。



 気を取り直しアルと周囲の女の子達を冷ややかな視線で見る俺とリーディ、周りの女の子の一部がアルへと熱い視線を送っているのがわかる。



 ……滅べ……妻帯者。



「でもあんな教え方だったら男はともかく女の子は残ったんじゃないのか。何でリーディしか残らなかったんだ?」

「あぁ、女性は”私”含めて五人ばかり残りましたよ。ただ私以外は訓練と呼べるようなものではなかったですし、最終的には私以外は師匠が適当な理由をつけて訓練を中断しましたがね……」


 当時の事を思い出しているのか、リーディの目が憎々しげにアルにロックオンされている。アルの特訓をある程度まで乗り切ったリーディに一体何があったんだ……?



 今は俺がアルから訓練を受けている為もの凄く不安になるのだが……



 だが……それを聞いてしまうと今後の訓練に差し障るかもしれないと思い聞く事はしなかった。


 そうして俺とリーディはアルとクラスメイト達の訓練が終わるまで、その様子を眺め続けるのだった。









――――ちょうどイチヤとリーディがクラスメイトの訓練を眺めている頃


 とある王城の地下にある武器庫で一人、不安と不満を心に宿した人物が、それを爆発させて倉庫内にある物を滅茶苦茶に引っ掻き回す。


「クソ……!クソクソクソクソクソ!!全部アイツ等の!アイツ等さえいなければ!!!!」


 その行動は子供の癇癪のように……けれど実態はもっとドス黒い感情で醜悪だ……


 一頻り暴れてスッキリしたのか、暴れるのを止め武器の入った木箱の上に座り、静かに暗い笑みを浮かべる。


 普段の彼女と接している人物がその様子を見れば別人と見間違うほどに彼女の笑みが邪悪なモノへと染め上げられている。


「そう……そうだよ。アイツ等さえいなければこんな事にはならなかったんだ……」


 ほの暗い感情を宿しながら周りを見回す。様々な物が散乱している様子を眺め、ちょうどそこに先程暴れて転がったと思われる一つのナイフが目に入り、口が裂けるほどの笑みへと変わる。


「なんだ……簡単な事じゃないか――」


 ナイフを手に取り、ばれないようにして懐にしまう――。


「こんな事をしたアイツ等には」


 ――――死んでもらえば良いんだ。


 濁った目を向け、荒らした武器庫をそのままに歩き出す。


 不安と死の足音は目的を果たす為……静かにこの場を後にした……

読んでいただきありがとうございます。


次の更新は明日の0時を予定しています。


5月23日 誤字報告があり修正しました。ご報告ありがとうございました。

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