57話 変貌
悲痛な叫びと共にクレイグに切られた箇所を右腕で掴み、のた打ち回る。止血しなければ死んでしまうほど血を流し、俺の思考は痛みによって染められる。
――痛い!痛い!痛い!痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
頭の中で痛いという単語だけが締めくくり、それ以外の思考を放棄し、先程までのた打ち回っていた体を丸め真っ赤な絨毯を自分の血赤黒い血で染め上げた上に歯を食いしばり必死に痛みを堪える。
「はっ!それがてめぇが分を弁えずに陛下に楯突いた結果だ。存分に苦しめ!もがけ!自分の愚かさを痛みと共にかみ締めろや!」
そんなクレイグの言葉も今の俺にはどうでも良い。とにかくこの痛みから逃れる術が欲しい……ただその思考でいっぱいだ。奥歯が砕けるんじゃないかと思うほど食いしばり口端から血が滴り落ちる。いつの間にか唇を強く噛んでいたようだ。
――寒い……
しばらく痛覚に支配されていた思考が徐々に痛みに慣れてきたのか、痛覚以外のものを感じ取った感覚が寒さだった。少しだけ周りを見る余裕も戻って来て自分が倒れ伏している床を見て納得する。
なるほど……どうやら血を流しすぎたようだ……
次第に意識が朦朧としてきて”死”というものを実感する。
朦朧とする意識の中、誰かが泣き叫ぶ声が聞こえるが、それが誰の声なのか今の俺には判別する事が出来ない。
レーシャか……それとも委員長か……どっちにしても俺に力がないせいで二人を悲しませてしまった事には違いない……本当に不甲斐ないが、俺にはもう……どうする事もできない……このまま死を迎えるしかないのだ……
悔しい――自分を慕ってくれた者を助けられない事が
悔しい――自分を庇ってくれた者を助けられない事が
悔しい……自分に力がない事が悔しい
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しいクヤしいクヤしいクヤしいクヤしいクヤしいクヤしいくやシいくやシいくやシいくやシいクやしイクやしイクやしイくヤシいくヤシいくヤシいくヤシいくヤシいくやしいくやしいくやしい!!!!!!!!
俺は狂ったようにその単語を頭の中で繰り返し繰り返し唱える。もう俺に出来るのはそれくらいしかなかったから……せめてこの憎悪と後悔の念であいつらを呪い殺せたらと願いながら……
――そんなに悔しいか?無力な自分が
悔しい
その時、死の淵にたたされた俺に誰かもわからない声が語りかけ、その声に疑問も抱かず、声の主へと返答する。
――憎いか?お前を傷つけ苦しめる相手が
憎い
――殺したいか?お前を殺そうとした相手を
殺したい
――良いだろう……だったらオレに身をゆだねろ。お前に”殺す為”の力を与えてやる
わかった。あいつらを殺す力が手に入るならどんな事でもやってやる――
その言葉を最後に俺は意識を手放した……
「鏑木君!起きてよ!ねぇ!鏑木君!死んじゃやだよぉ!」
「はっ!死んだのか、ざまぁねぇな」
「殺さないって言ったくせに……!」
「弱者が死ぬのは当たり前だろうが!てめぇも喚くんならそいつと一緒に送ってやろうか!?ア゛?」
女が涙を流しながら横たわるオレに向かい悲痛な声を上げているのを耳障りな雑音のように感じ、その声が、男と女の言い争う声へと変わり、いい加減うるさく感じたオレはゆっくりと目を開けた。実に不快な目覚めだ……
「なに!?」
死んだと思ったオレが目を覚ました事に小娘の近くに歩み寄っていた男は驚きの表情を浮かべ、男とは逆に目に涙を溜めた女――いや、女というには若すぎるか――小娘が嬉しそうにオレへと視線を送ってくる。
「鏑木君!」
「――いい加減黙れ小娘」
「かぶらぎ……くん……?」
オレの一言に驚く小娘の事を一瞥した後、オレの体に違和感を覚える。何年ぶりかの体であるが、それにしてもおかしいと思い体を見回すと、本来あるはずの左腕がなく地面に無造作に転がっていた。
「なるほど、違和感の原因はこれか……」
そう言ってこいつの記憶を漁ったオレは、無造作に転がっていた腕を切断面にくっつけると黒の魔力光で繋ぎとめ、あいつが創って持ち歩いていただろう物の入った袋を右手で探すと目当てのものに触れ一粒取り出す。
「確かヒール丸薬とか言ったか、今度の奴は有用な物を創るじゃないか」
感心すると共にオレは取り出したヒール丸薬を口に含み飲み下す。すると一瞬のうちに切断された腕が魔力光なしに繋ぎ止められ修復された。
左手の動作を確認するため開いては閉じるを繰り返す。
「しっかりくっついてるな……」
動作確認終了……さてと、じゃあ”時間が来るまで”楽しませてもらいますか。少し血が足りないが、問題ないだろう。
オレは先程小娘と言い争っていた男に目を向け、全身に黒の魔力光を収束させる。
「おい」
「ア?」
「さっきの続きをしようか、本当の剣技というものを教えてくれるんだろう?」
オレの挑発に男は険しい表情を浮かべる……それを確認するとこいつの記憶の中にあった創生魔法を使い剣を二つの剣を精製――その剣に黒の魔力光を纏わせるとゆったりと構える。
「まさか言葉も理解できねぇ馬鹿とはな……もう殺すしかねぇか……雑魚が粋がるなっつったよなあ!」
「鏑木君!」
正直安い挑発だと思ったんだが、思いの他効果があったのか小娘の近くにいた男が激昂して、物凄い勢いで迫ってきた。
「死んであの世で後悔してろや!クソガキイイイイイイ!」
男が渾身の一撃とばかりに大剣を振り下ろす。常人から見れば重く速い一撃に見えるのだろうが、オレはそれを苦もなく片方の剣で受け止める。
「なに!?」
「これが本当の剣技というものか?拍子抜けだな……それと」
驚愕する男の剣を受け流し、跳躍して男の背後に回りこみ、男が振り向いたところで剣を振るい、男にも見える速度で俺の剣戟を大剣で”受け止めさせる”
オレの攻撃に防戦一方になる男。その男の大剣に何度も何度も二つの剣を叩きつけ、次第に男の持っている大剣にひびが入り、数十回ほど打ち込んだら音を立てて真っ二つに折れた。
信じられないといったように驚きの表情を貼り付けた男に、オレは先程こいつがもらった仕返しとばかりに腹部へと強烈な蹴りを放つ。
「ガハッ!グハァッ!」
放った蹴りにより床を何度かバウンドして壁に激突すると、玉座の間の壁が抉れ、男は口を大きく開き盛大に吐血した。肋骨を砕く感触があったから内蔵にもダメージがあったのだろう。
そんな男にゆっくりと歩み寄り蔑んだ目を向け、さっき言いかけた言葉を口にする。
「――死ぬのはお前だ」
「げほっ……てめぇ……なにもんだ……?」
一瞬にして瀕死におい込んだのだが、しっかりと意識を保ちオレを睨みつけるようにしてそんな質問をしてくる男に、静かに言い放つ。
「言う必要があるのか?」
「ガァァァアアアアアアア゛ア゛ア゛!!!!」
その言葉を呟いた瞬間、オレは持っている剣で男の両腕を切り落とすと、男が痛みに体を句の字にし、オレがそれを見下ろす構図はさっきこいつと男がしていた構図と逆の立ち位置となった。
唯一つ違う点と言えば男には抑える腕がないということか
オレはおもむろに二つの剣を床につき立て、男の頭を掴むと目線が合う高さまで持ち上げ、にやりとした笑みを浮かべる。
「弱者が這い蹲る姿は実に滑稽だ。お前もさっきそう思ってたんだろう?」
上機嫌にそう問いかけたのだが、男は憎々しげな視線をオレに向けるだけで一切口を開く事はなかったが、その目が狂気に満ち溢れどんなにオレを殺したいかが伝わってきてゾクゾクさせられる……
死ぬ直前の男にこのような目を向けられるとは……実に気分が良い!
存分に楽しませてもらったところで黒の魔力光を男を掴んでいない腕に収束させると、別れの言葉を口にする。
「じゃぁな……恨むんなら自分の力を過信した己を恨むことだ」
その言葉を死に往く男のたむけとし、オレは魔力光を纏った腕で――心臓部分目掛けて突き刺し、男の心臓を抉り取った。
「ゴフッ……」
男は口から血を吐き出し、それがオレへと浴びせられ真っ赤に染め上げられる。そんな風に吐血し痙攣しだした男はしばらくすると絶命し、人形のように動かなくなった。
「アハハハハ!」
男が絶命したにも関わらず、オレの手にある心臓はまだ温かく脈を打っている事にどうしてだか笑いがこみ上げオレは天井を向きながら盛大に笑った。正直自分でもどうしてこんなに愉快なのかわからないが、高揚感で満たされているのだ。
ひとしきり笑い終えたオレは持っていた心臓を握りつぶす。プチュッという音と血が噴出した事にまた笑みがこぼれるが、まだやらねばならない事があるのでなんとか自制する事にした。
「さ~てと、まだまだ殺し足りないんでな……他に楽しませてくれそうな奴は――」
「血の束縛」
「お?」
そんな声が聞こえて来たかと思うとオレと男の周りに出来た血だまりが浮かび上がり、輪を描きながらオレの両手足を拘束した。
「よくも……クレイグを!」
「絶対コロス!コロシテコロシテコロシ尽くしてやる!」
仲間がやられた事で今まで動かなかった奴等が憎悪の表情でオレを見ている。さっき驚愕して仲間がやられてるのに動けなかった奴等と同一人物だと思えないくらいの表情だ。
「その憎悪に満ちた表情そそるねぇ……」
こいつらがこの後絶望の表情になる事を想像して思わず舌なめずりをしてしまう。
オレのその行動に不気味さを感じたのが片方が怒声をオレに浴びせる。
「上級魔法で練り上げたその拘束がそう簡単に解けると思うな!お前は何も出来ずに死んでいくんだ!」
この拘束にずいぶん自信がおありのようで――。
オレは黒の魔力光を使い、拘束している魔力の輪の脆い箇所を探し出すと、その場所に黒の魔力光を流し綻びを拡張させ後は力任せに両手両足に力を入れて拘束していた魔力の輪を破壊した。
「なっ!?」
この魔法を使ったであろう男は驚愕に目を見開き信じられないといった様子で俺の事を眺める。隣にいる男も似たような表情だ。二人とも実に良い表情をしている。
「感情的になり過ぎて魔力の練りが甘すぎるだな……オレの身動きを封じたいんなら両手両足を切り落とすくらいしたらどうだ?……尤もお前等如きにそれが出来るとは思わんが」
「この!」
「言わせて置けば!!シネシネシネェ!」
オレの言葉に激昂した男達が迫ってくる……先程殺した男もそうだが、すぐ挑発にのって突っ込んでくる短絡的な思考を持った奴しかいないのか。
嫌いではないが久しぶりに目覚めた身としてはもう少しは運動をさせて欲しいものだが。まぁ代わりにこいつらには絶望の表情をプレゼントしてもらおうか。
「血の束縛……」
「「なっ!?」」
先程オレを縛っていたものと同じ呪文を呟くと今度はオレではなく二人を拘束し、男達は訳がわからないと言った様子で自分の体を見ている。
「どうだ?自分が使える魔法で拘束される気分は?一つ違う事と言えばお前のように感情が混ざって魔力の練りが甘くなった物ではないので絶対に外せない事だ」
「くそっ!」
オレの言葉に逆らうように男が力任せに腕を振るうが輪はぴくりとも動かなかった。
二人の男があきらめずに何度も輪を引きちぎろうと努力する姿をサーカスのショーを見るようにひとしきり楽しんだ。
「まぁお前等は何も出来ない無力さに絶望していろ。後でしっかりと殺してやるから……それよりそろそろメインを頂きたいんだよな」
そう言って拘束した二人の横を悠然と通り過ぎ、こいつが憎しみを抱いていたもう一人の相手、皇帝へと視線を向けた。
「さて、拘束した二人には自分の主が死ぬところを特等席で観戦してもらうとして、皇帝さん……死ぬ準備は済んだか?」
二つの剣を創り直し、それを構えたオレは皇帝に笑みを向けると、俺を見た皇帝も笑み返してきた。
「残念ながら我は死なんよ……貴様には殺せん。なぜなら――」
皇帝の言葉を最後まで聞くことなくオレの意識が深淵の奥へと引きずりこまれる。もちろんオレにはそれがなんなのかわかっていたので驚く事はないが一つ気になるのは皇帝がその事に気付いていた様子だ。
何故奴が今のオレに時間制限がある事を知っている?気のせいか……?
深淵に引きずり込まれる最後の瞬間にオレが見たものは……皇帝の――実に嬉しそうな笑みだった。
読んでいただきありがとうございます。
ブクマ、評価をぽちぽちっとしてくださると次の執筆の励みになりますので、少しでも面白いと感じていただけたらよろしくお願いします。
今回については多くの伏線を入れたので意味がわからない点が多々あるでしょうが、今後の事を予想しながら楽しんでいただけたら嬉しいです。それではまた次回に!




