55話 破棄
「我が国は、ラズブリッダ王国との同盟を今日をもって破棄する」
玉座の間に響き渡るその無慈悲な言葉に王やレーシャ家臣達や、それが何を意味するのか理解したクラスメイトの一部の表情が絶望色に染め上げられる。
その光景を満足そうに見つめる皇帝はひとしきり絶望している者達を見て楽しんだ後に再び口を開く。
「同盟は破棄する……だが。それだけでは酷であろう?我は慈悲深いのでな。一つ救いの手を差し伸べてやろう」
そんな甘言を口にした皇帝に視線が集まる。その言葉に王やレーシャや家臣達は怪訝な表情を浮かべたが、クラスメイト達は懇願するような……縋るような目を皇帝に向ける。
俺はといえば、皇帝の言葉に嫌な予感しかしない。人の不幸をあそこまで楽しげに笑うような奴が救済を与えるなんて考えられないからな。それにこいつを最初に見た時から思っていた事がある……こいつは悪意に満ち溢れている。
その予想は次の皇帝の言葉で確信へと変わり、俺は胃の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような気持ち悪さを感じた。
「同盟は破棄するが、我が国に隷属するのであれば、今まで通り兵を貸し与えてやろう。その場合、我の手足となり文字通り奴隷として扱わせてもらうがな」
上機嫌にそんな提案をしてくる皇帝に反吐がでる。俺と同い年くらいのはずなのにどう生きればあんな下卑た笑みを浮かべる事が出来るのだろう……そう思ったのは俺だけではなく、王様も激昂するようにして声を荒げる。
「そんな事――」
「そんな事許せるはずがないか?だが、我が国の支援を断ったこの国が早晩滅ぶのは間違いないぞ、我が国の後ろ盾があったからこそ今までこの国を保つ事が出来ていたのではないか?」
「こちらも食料の支援などしていたではないか!」
「それが必要なくなったからこうして同盟を破棄するのではないか」
「ど……どういう事だ?」
皇帝の言葉に反論していた王様だったが、食糧支援はもう必要ないと一蹴する皇帝に焦りの表情を浮かべ気勢を削がれる。
「言った通りの意味だよ、ゼーブル国王陛下。食糧事情に関してはとっくの昔に解決していたんだよ、今までは我の慈悲で同盟を結んでやっていただけの事、弱小国家が図に乗るなよ」
同盟を破棄したからだろうか不快だという表情を隠しもせずに王様を見て侮蔑の言葉を発し、食料という手札が消えた事に王様は何も言えなくなってしまった。
ここまで強気でいるという事は本当に食料支援は必要ないという事だろう……一連の話と前皇帝の名前を聞き、俺はある事に思い至る。
前皇帝の名前がコウイチ……前にアルが前皇帝は勇者召喚によってやってきた勇者だと言っていた。
武力に重きを置いているだろうヴェルスタン帝国が平行して食料確保の為の政策もとっていたという事は……おそらく内政チートだろう。
異世界の知識を使って効率の良い農作業をさせて、ラズブリッタの手を借りなくても自分達の国でどうにかするだけの力をつけたって訳か……
今までは緑豊かなラズブリッタが食料支援をする事で、武力国家であるヴェルスタンと上手くやっていけたのだろう。その支援が必要なくなったと言われた今ラズブリッタにはもはや打つ手はない。
「どうするかはそなたらの自由だ。滅びる前に決断する事だな」
それだけを言い捨て王様から視線を外すと、今度はクラスメイト達に視線を向ける。
「さて、次は勇者として召喚された貴様等だが……正直さっきの脅しで足腰が立たなくなるような奴等が戦力になるとは思っていない。だが、私は慈悲深いのでな貴様等にも生きる術を与えてやる」
正直どの口で慈悲深いなどと口にするんだと言いたいところだが、ここで事を荒立てるのは得策ではない。思いっきり一発ぶん殴りたい衝動をなんとか抑える。
クラスメイトが皇帝の言葉に耳を傾ける姿勢になると皇帝は満足そうに笑みを浮かべる。
「戦えぬ奴でも神から我が役立つであろうと思った加護をもらった奴には、それ相応の待遇を約束しよう。戦う意思のある者であれば実績次第では良い暮らしを保証してやる」
「あの……皇帝陛下のお眼鏡に適わない……戦う力の無い者はどうなるのでしょう?」
クラスメイトの一人がおそるおそるといった感じに皇帝へと質問する。
役に立たなければどうなるのか……それは誰しも思った事だろう。その質問に皇帝は質問したクラスメイトをつまらなそうに見る。
「そんな奴、生きてる必要があるのか?でもそうだな……役に立たぬものでも我が役立たせてやる。今我が国にいる奴隷と同じように過酷な労働で貢献してもらおうではないか」
その言葉にほとんどの者が青白い顔をする。この皇帝の言っている事は遠まわしに死刑宣告をしているようなものだ。
「そういえば貴様等の無様な姿を見てわざわざ我みずから来た目的を思い出した。礼を言うぞ」
皇帝の言葉に返す者は誰もいない。もうみんなの心が折れかけているのを感じ、目からは力が失われていたのだ。そんな状態になっているみんなを尻目に皇帝の言葉は続く。
今度は一体どんな事をほざくのだろうか?こんな不快な思いをするくらいだったら来なければ良かったと本気で思う。
そろそろ自分の感情を抑えるのに限界を感じている俺だったが、皇帝の次の一言を聞いて他人事ではなくなってしまった。
「ヒール丸薬を作れる……たぶん薬剤師の加護をもらった者、名乗り出ろ」
「……」
皇帝の言葉に俺の心臓が跳ねる。なぜヒール丸薬の事をこの男が知っているのだろう?皇帝が知っている事に疑問を持ったが、表情には出さずに素知らぬ顔をして他の者達と同様に言葉を発さなかった。
幸いこの中にいる者が口を割る事はなかった。他の者の前でも薬を使った事はあるのだが、覚えてないのか生気が失われたような目の者は口を開く事も元気も無い様子で俺の名前を挙げる者は誰一人としていない。
いつまで経っても名乗りをあげない事に諦めた様子を見せる皇帝。
「まぁ良い、ここにいる者の中にいる事は確かだろうからな。貴様等の誰かは知らぬが、もし我の下につくというのであれば、いつでも好待遇で迎えてやろう。それくらいの価値があの薬にはある」
いくら待遇が良かろうが、お前の下につくなんてまっぴらごめんだ。
心の中で悪態を吐きだからおくびにも出さずに皇帝を見る。一瞬皇帝と目が合ったように感じたのだが、気のせいだったようだ。
「さて、国王陛下にはこの国が滅びるまでには決断してもらうとして、貴様等も身の振り方くらいは考えて置け、もっともほとんどの者が戦力としてはクズだという事はわかっているので……そうだなぁ。男はまだ採掘されていない鉱山奴隷。女には優秀な者の子を産む道具として我が国に来てもらおうか。相手によっては幸せになれるかもしれんぞ。まぁ我が国の連中は強さ至上主義なので荒くれ者が多いがな。まぁ恨むんなら無能な自分か加護を与えてくれなかったこの国の神を恨むんだな。クックック」
そういう未来が来る事を確信しているとばかりに上機嫌な皇帝の下に静かに歩み寄る人物ががいた。その人物は気丈に皇帝の前に立ち、彼をにらみ付けると腕を振り上げる。
パンッという音が部屋中に響き渡り辺りを静寂が包み込む。
この事態は誰も想定していなかっのだろう。誰もが驚きの表情をして頬を張った人物――レーシャへと視線が集中する。
「これは何の真似かなレイシア姫殿下」
「私やこの国が武力政策を怠ってきたのは我々の落ち度です。ですが、彼等に対しての無礼な物言いを私は見過ごすことなど出来ません!」
皇帝をにらみつけるレーシャは俺達に対する暴言に怒ってくれている。自分の事ではなく俺達の為に……そんなレーシャに頬を張られたにも関わらず、皇帝は心底愉快そうに不快な笑みをうかべて盛大に笑った。
「ハハハハハ!しばらく会わないうちに言うようになったではないか。見違えたなレーシャ」
「っ?!もうあなたにそう呼ばれたくはありません!あなたは本当に変わってしまわれましたね。前皇帝であるあなたの父上にそっくりです!」
「褒め言葉として受け取っておこう」
「!」
皇帝の言葉に手を振り上げるレーシャだったがその手が再び奴の頬に触れる事はなかった。皇帝がレーシャの振り上げた手を掴んだからだ。
上機嫌な皇帝は厭らしい笑みを浮かべてレーシャを舐めるように眺める。それとは逆に奴の配下の顔が徐々に堅くなると鞘から剣を抜こうと柄に手を触れさせる。自分の主を傷つけた姫の行動がよほど腹に据えかねているといった感じだ。
「クレイグ、ダアラ、エスイット……止めろ」
「……申し訳ありません。出すぎた真似を致しました」
視線を後ろに向け、三人の名前を呼び諌めるような皇帝の言葉に、彼に付き従っていた三人がゆっくりと戦闘態勢に入っていた体を解き、控えるように姿勢に戻る。
それを見届け再びレーシャに視線を戻した皇帝は、唇同士がつくんじゃないかという距離まで顔を寄せる。
「まさか、殿下がここまで良い女になっていようとは。昔はつまらん女だと思っていたのだが……殿下との婚約破棄の件に関しては実に惜しいことをしたと思っている。だからこうしよう……我が国に隷属した暁には殿下には俺の子を産んでもらおうではないか」
「ふざけた事を!!」
舌なめずりする皇帝にレーシャが黙ってにらみつけていると、ついに我慢できなくなった王様が激昂した表情で皇帝の下まで歩み寄ろうとするがその行動はすぐに皇帝の言葉で止められる事になる。
「良いのか?今俺に手を出せば隷属の件すら白紙になるんだぞ?父としての一時の感情で全てを無にするのは構わんが、我はともかく国民はどう思うだろうなぁ?」
「くっ……」
その言葉を聞き歩き出そうとしていた足を止め、今にも血が滲み出さんほどに唇をかみ締める王様、よほど悔しいという事が伝わってくる。
大臣やジェルドも王様と似たような表情を浮かべ手から血が滴り落ちるほどに拳を握り固めていた。
そんな様子を楽しんだ皇帝が、掴んでない方の手でレーシャの顎に手を添え自分に目と合わせる為に持ち上げる。
「気丈なお前が我に屈服する姿が今から楽しみだ」
「……誰があなたになんか……!」
「いずれその時が来るのを楽しみにしている。――それとこれは先程の返礼だ。受け取れ」
「きゃっ!?」
急に両手を解放し、解放した左手の甲でレーシャの頬を叩き、彼女は無防備な姿勢のまま床に倒れ付す。
「すまんすまん、先程の返礼にしては少し強かったか。まさか殿下がここまで非力だとは思っていなかったのでな」
そう言って笑う皇帝を見て、俺の怒りが爆発した。
「いい加減にしろよ!てめぇ!」
読んでいただきありがとうございます。
正直書いている私が言うのもなんですが……この皇帝の態度が胸糞悪くて仕方ありません!
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