54話 皇帝
本日二度目の投稿となります。
着替えの時の悲劇や、レーシャの天然っぷりを見せられ落ち込む余裕もなく、無慈悲にも皇帝は家臣を引き連れ、この玉座の間へと入ってきた。
「久しぶりだな。ユージット・ゼン・ヴェルスタン皇帝陛下」
「そちらも息災でなによりだ。ゼーブル国王陛下」
俺と同い年くらいの青年が一歩前に出てこの国の王であるゼーブルと挨拶を交わす。その青年の後ろには三人の騎士風の男達が黙って控えている。
「ユージット陛下、一年ぶりでしょうか……しばらく会わない内に亡き前皇帝であるコウイチ陛下のように凛々しくなられましたね」
「ふんっ!世辞はいらんよ、レイシア殿下」
何故か顔を強張らせているレーシャが皇帝に挨拶すると王に対してのものとはあきらかに違う態度で一つ鼻をならし返事をする。あまり褒められた態度ではない皇帝の行動に俺は顔を竦める。まだ会って数分しか経っていないが、俺はこの男が嫌いだ。
そう思ったのは俺だけではないようで、皇帝の態度に王や大臣、騎士団長であるジェルドなどが険しい表情になっているのだが、言った本人である皇帝は何処吹く風といった感じで気にした様子は見られない。
いきなり険悪な雰囲気だな……一体どういう事なんだ?
そんな疑問が頭に浮かんだが、その疑問は今解消するものではないというのもわかっているので、口を閉じ、大人しく話が進むのを見守る。
「それで、わざわざ忙しい皇帝であるそなたが遠路はるばるこの地にやってきたのはどのような理由なのだ?」
「理由はいくつかあるのだがな……まず最初に聞きたいのはこの国で行った勇者召喚と、獣風情がこの国に攻めてきたとの話を聞いてな。心配になって様子を見に来たのだよ」
「それは、陛下に気苦労をかけてしまい、申し訳なかったな」
先程あったレーシャと皇帝のやりとりが余程気に入らなかったのだろう。王様はいつもの表情を取り繕ってはいるが、言葉の端々が刺々しい物言いをしている。
皇帝の方もその事に気付いているのだろうが、些細な事だという感じで話を続ける。
「それで話して頂けるのかな?」
「……その前に聞きたいことがあるのだが、よろしいか?」
「こちらが聞きたい事を教えていただけるのでしたら構いませんよ」
その言葉に王様は眉間に皺を寄せ、重々しく口を開き睨みつけるようにして皇帝を見る。
「半年前――どうして……レイシアとの婚約を破棄した……?」
王様の放った言葉に家臣である大臣やジェルドは息を飲む。訳のわからない話が持ち上がった事に俺やクラスメイト達は困惑した。
俺達が召喚される二ヶ月前にレーシャは皇帝に婚約を破棄された?同盟国である姫との婚約を破棄するなんてデメリットしかないだろうに……
そんな王様の言葉でクラスメイト達はざわめき出し、ひそひそと話し出したのだが、その声は皇帝の側に控えていた一人の騎士によって中断する事になった。
「……うるさい」
そう言った騎士からは何か禍々しいほどの青黒い光が発せられ、それが周囲に満ちると、怖気のようなものが体中を駆け巡る感覚に襲われる。
なんだこれは……?一体何をしたんだ……?
特に何かされたわけではない。その騎士も一言注意の言葉を口にしただけなのだが、喉元にナイフを突きつけられたような錯覚すら覚え言葉を発する事が出来ない。
どうやらその感覚を味わっているのは俺だけではないようで、クラスメイトや騎士達は膝を折り、尻餅をつく形で座り込んでしまっている。なんとか立っているのは俺と騎士団長であるジェルドだけのようだ。
「――クレイグ、その辺にしておけ」
「はっ……差し出がましい事をして申し訳ありません。陛下」
皇帝がクレイグと呼ばれた騎士を諌めると膝を曲げ深く頭を下げて許しを請う。
「我の為であろう?許そう」
「ありがたきお言葉……」
それだけを口にして再び皇帝の側に控える。
「一体何があったのだ……!?」
さすがに王様とレーシャはターゲットになっていなかったのか何が起こったのかわからないという感じで、困惑した表情を浮かべ辺りを見回す。
「そんな些事をを気にしていて良いのか?国王陛下、知りたいのは婚約破棄についてだろう」
「……」
「ではその質問に答えよう……」
この惨状が気にならないでもないが、やはりレーシャの父である王様にとっては娘の事の方が気になるのだろう。口を噤んで皇帝に話の続きを促す。それを見た皇帝は今までつまらなそうにしていた表情を酷薄な笑みへと変える。
「必要なくなったからだよ」
「必要なくなった……だと!それはレイシアの事か!!!!」
皇帝の言葉を聞き席を立つ王様は青筋を浮かべて射殺さんばかりの表情で睨みつけたのだが、王様を見た皇帝は溜息を吐き、冷めた目を向ける。
「それよりも我は答えたんだ。次はそちらの番ではないか?」
「答えになっておらんではないか!」
「そちらの質問はなぜ婚約破棄したのか、という質問だったはずだ。それに対しての答えはしっかりと答えたつもりだ」
ふざけた回答だと思う。でも何故破棄したか……必要なくなったからと答えてはいるので、間違ってはいないと思う……だけどそんな答えで納得しろという方が無理だ。同盟国相手にそんな回答をしていいのだろうか?婚約破棄の次は同盟破棄になるんじゃないのか……これ……
「まぁ確かにこの回答ではそちらも納得しないだろう。だから我の質問について答えてくれたのであればどんな質問にもしっかりと答えよう」
「……神に誓えるのか?」
「我らの神であるベラルディーアに誓おう」
その言葉に不承不承といった感じの王様だが、どうにか感情を押し殺している。俺はこんな奴と対峙しなきゃいけない王様に同情した。
「確かそなたが聞きたかったのは勇者召喚についてと獣人族による襲撃についてだったな」
「そのつもりだったんだがな。勇者召喚についてはもう良い」
酷く冷たく言い放つ皇帝に王様やレーシャや家臣だけでなく、クラスメイト達にも動揺が走る。先程まで聞きたがっていたはずの質問を皇帝は撤回した。
「なぜじゃ?」
そう思うのも当然だろう。この皇帝は本当に訳がわからない。雰囲気からも何か不気味さを感じるが、それよりも言動が意味不明だ。そんな皇帝は周囲――というクラスメイト達を侮蔑するように見回した。
「勇者というからどんな強者がいるかと思えば、クレイグが少し脅しただけで膝を折る弱者しかいないではないか。正直拍子抜けだ。そんな奴等の事を聞く価値などなかろう」
無情に響くその台詞に憤慨するクラスメイト達だが、皇帝の側に控えている騎士との実力差をわかっているのだろう。誰一人として皇帝に向かっていくものはいなかった。
「それよりも獣共についての件だ。我が貸していた兵は無事であろうな?」
「……そなたに借りた兵ならば周辺の町や村へと派遣して、魔物の脅威から人々を守ってもらっていたので、誰一人として死者は出てはいないはずだ……」
「そうか」
唇をかみ締め苦々しい表情でそう告げる王様。
それとは逆に退屈そうに皇帝は短くそう呟くと、獣人族について他に聞きたい事はない様子で佇んでいる。
「勇者召喚については聞く気はないという事だが、そなたの話はこれで終いか?だったら先程の質問に答えて欲しいのだが」
「わかっているとも、わざわざ我がこの国に来た本題もそれに関係するのでな」
「本題……だと?」
皇帝の言葉に怪訝な様子で疑問の言葉を口にすると、何が面白いのかニタニタと本当に厭らしい笑みを浮かべる。
「では先程の必要ないの意味を教えてやろう。我が必要ないと言ったのは何も殿下の事だけではない」
「何を――」
「ちゃんと言わなければわからんか?」
王様にそう問いかける皇帝だが、王様は何も答えない。そんな王様に無慈悲に告げられる言葉。
「――――」
「なん……だと……!?」
その言葉に辺りが騒然となる。誰もが信じたくないといった様子だ。
「なんだ。聞こえなかったのか、ではもう一度言ってやろう」
皇帝は本当に愉快そうに周囲を見回し先程言った言葉を再び口にする。
「――――」
無慈悲とも呼べるその言葉に、この場にいる全員が絶望に包まれた――。
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