4話 奴隷メイド
「奴隷メイド……?」
聞いたことがない単語だが、大体は想像がつく
ようするに奴隷になった者がメイドの仕事をしているという事だろう。
「異世界から来たイチヤには聞き覚えのない単語だろうが。単語から大体想像出来るだろ……?」
「まぁ大体は……だがリアネは何でそんなものになったんだ?」
「彼女が猫人族という獣人だからだよ」
「いやいや!何で獣人が王宮で奴隷メイドなんかやってんだ?」
「それも含めて話してやるよ、戦争の歴史から話をする事になるから少し長くなるんだが平気か?」
「構わない。どうせ食っちゃ寝して暇つぶしに魔法で遊ぶくらいしかやる事がないからな」
「それでいいのかって思うが……まぁいいわ」
俺の発言に少々毒気を抜かれたのか軽くため息をつくアルだが、気を引き締めなおすと語りだす。
「多種族との戦争が始まったのは今から二十年前。主な理由は領土の拡大。それ以外にも自分達が信仰する神以外を崇めている事が許せないなどの宗教上の理由、自分の種族の方が優れているなどの他種族への蔑視、まぁあげてったらきりがないほどあげられる。それまでは小規模でのいざこざはあったんだが、戦争と呼べるようなものじゃなく、すぐに収まった」
確かに人同士であってもいざこざなんて起こるのに、それが種族間となってくれば、小規模なものだったら起こり得るのはわかる。
「じゃあなんで二十年前から戦争が始まったんだ?」
国同士の戦争なんてよっぽどの事がないと起こらないと俺は思っている。
「その原因となる自然災害が二十五年前に起こったんだよ。通称”魔獣災害”」
「魔獣……モンスターって認識でいいか?」
「あぁ。その認識であってる。で、魔獣災害ってのは強大な力を持った魔獣が無差別に人の住んでる土地を襲う現象を魔獣災害っていうんだ。その時の災害の規模がひどくて全種族あわせて数十万近い死者がでた」
「それでその魔獣ってのはどうなったんだ?」
「討伐されたよ、当時の勇者達によってな。魔獣災害は過去何度か起こったんだが、その時の魔獣は今まで起きた魔獣の中でも強力で、勇者は六人召喚されたんだが、生き残ったのは一人だけだった」
人々はその当時も世界の危機に勇者召喚を行った。だが召喚された勇者でもその魔獣を倒すのに多くの犠牲を出してやっと倒せるくらいだったのか。当時の勇者の力がどんなものか想像もつかないが死者数なんかみるとそれがどんなにひどいものだったのか想像くらいは出来る。
「まぁ詳しく話しておいてなんだが、魔獣災害の件は正直どうでもいい。頭の片隅にでも入れておいてくれ」
「どうでもいいのかよっ!?」
「だってイチヤが知りたい事ってこんな事じゃないだろ?」
「確かに」
確かにそうなんだが、この世界に住んでる人間としてそれでいいのかと思わなくはない。アルの場合生まれてなかったからそんな認識なのか?
「で、それぞれの種族は多大な被害を受けた。俺達人族は六つあった国が四つくらい滅んで現在二つだけとなった。他の種族も似たような感じだったそうだ。それを五年くらいかけて復興した際に残った二つの国で話し合いが行われた。話し合いの内容は、次の魔獣災害が起こった時にどうするかという話になった。話し合いの結果、他の種族を従属させて次の災害に望むという結論に至った」
「頭ぶっとんでる発想だなぁ」
「この世界で生きてる俺が言うのもなんだが俺もそう思うが、この意見を出したのは生き残った勇者らしい」
「は?」
「人族側は残った二つの国、この国ともう片方の国、勇者を召喚した国でヴェルスタン帝国っていうんだが、魔獣災害の際に王族全員なくなってしまって。その時人望があった勇者が王になったんだよ」
まぁそんな凶悪な魔獣を自分の命を懸けて倒したらそりゃあ人気も集中するわな
個人的にはそんなんで一国の王を決めてしまって良いのかって思うが…
人望はあるかもしれないが、その意見出した話聞くと短絡的過ぎる気がする
「それでだ。人間側が最初に標的にしたのが一番復興が進んでいなかった獣人族達だった。獣人族って一括りにしているがその中でも色々種族があって当時はそれぞれの集落で暮らしていたからこの戦争に対して対処できなかった。人間側も殺すのが目的じゃなく従わせるのが目的だった為捕まえて奴隷にした」
「それに怒った他の獣人族が連合を組んで今の獣人連合が結成されたわけか」
「そのとおり。怒り狂った獣人連合はすぐさまこっちの国に攻め入ってきたよ。だけど復興が思いの外進んでいない獣人族は軍備がきちんと揃えられていない状態だった為に大敗。多くの獣人族が奴隷になった」
「獣人族も短絡的な指導者だったんだな」
「んや、そうゆう訳じゃないさ。端的に言うなら連合を作ったばかりでまとめきれなかった。暴走した若者が先走っちまったらしい。獣人の各族長達は守備を固めたかったらしいんだがな」
「詳しいんだな」
「ここに赴任する前は騎士団の牢番してたからな。そこに捕まってる獣人の元族長と飲んだことがある」
「待て。飲んでたって一体どこで飲んだんだ?」
「こっちと違って向こうは夜間勤務もあるんだが、巡回してる時に少し話したら気が合ってな。それで夜間勤務してる時に予め隠しといた酒で語り合ってた。」
なんというかこいつすごいな
俺はさすがに真似できないぞ
「よくばれなかったな……」
「いや、ばれたぞ。だからここにいる」
なるほど、バレて左遷のような感じでここに異動させられたのか……
「ととっ。話が脱線しちまったな」
「そうだな。話を戻そう。そんな大敗した獣人族が何で今も連合として成り立ってるんだ?」
「人族と獣人族だけの戦争だったらもう終わってるだろうが、この戦争に介入してきた種族がいる。それが魔族だ。魔族は表向き人族が獣人族を奴隷にしている事を大義名分にして人族に戦争を仕掛けてきた。本当の介入の目的は人間の思想、勇者の存在などを危険視してたためだって推測されてる」
「エルフ族は介入しなかったのか?」
「エルフ族はこの時は参戦しなかったな。でだ、これで多種族戦争が勃発してエルフ以外の全ての種族が疲弊してったんだ。特にひどかったのは当然二つの種族を相手取ってた人族だわな。かなりの領土が奪われた」
「そんなもん自業自得だろう」
自分達から獣人に戦争吹っかけといて負けそうになるとか馬鹿じゃないのかって思うな
「まぁそうなんだが、相手の二つの種族も人族よりはってだけで、向こうの被害も相当だった。ただもうこっちも向こうも後に引けない状態になってて泥沼化してたんだよ。それに待ったをかけたのがエルフ族。ここで初めてエルフ族が戦争に介入してきた。もちろん戦うためじゃなく止める為にな」
「なんで今まで介入してこなかったんだ?」
「復興はそれなりに早かったんだが、人族が獣人に戦争をしかけたという情報を掴んだエルフ族は守備を固める準備を進めていて介入しなかったそうだ。エルフはあまり争いを好まない種族ってのもあるのかもしれんが。それで頃合を見計らって各種族、人族、獣人族、魔族の代表者達に使者を送り種族間での協定を結ぼうとした。それが今から3年前だよ」
「えっ?だったら何で今も戦争してるんだ?」
俺の当然の疑問を、アルが苦々しい、それでいて悔しそうな顔になって話を続ける。
「その三年前の種族間で行われた会議が原因で戦争が過激化したんだ……」
「どういうことだ?話が決裂したのか?そこまで人族、獣人族、魔族はアホだったのか?」
「いや……殺されたんだ。全員毒殺だったらしい……護衛に来てた者以外全員死んだ。この国の先代国王、帝国の王様、つまり魔獣を倒した勇者、獣人連合の族長2名、魔族の王とその大臣、エルフ族の議長と副議長全員な」
「犯人は?それに魔法で治癒できなかったのか?」
「即効性の毒だったらしい、犯人も未だわからない。どの種族かもな。この犯人がわからないっていうのが問題だったんだ。せっかく終戦するかと思ったら、まさか各種族の代表が全員死んだんだからな。当時その情報が舞い込んだ時には俺も含めて国民全員大混乱だった。」
それはそうだ
いきなり自分の国の代表が死にましたなんて話を聞いて平然としてられる奴なんていないだろう
「先代の王はかなり国民から慕われてたからな。獣人も奴隷という名目で捕まえたんだが人道的に扱う法を作ったりしてたし、本当は獣人族との戦争なんて望んでなかったんだと俺は思ってる。」
「じゃあ何で戦争なんてしてたんだ?」
「戦争の始まり当初のこの国はヴェルスタン帝国より復興が遅れてたみたいで、それで色々な支援を受けてたんだよ。それに加えて魔獣退治をした勇者がその国を治めてる。向こうの国の条件を飲むほかなかったんだ」
その当時の勇者って勇者召喚されてこの世界にやってきたんだろ?
確かに生死をかけた戦いに、関係ないのにいきなり召喚されて戦わせられたんだ。多少のわがままくらいならこの世界の奴等は聞いてやる義務があると思うが、王にしちゃあかんだろ王にしちゃ
いくら魔獣を倒した勇者だからって他所の世界の人間を王にするなんて間違ってる。魔獣を倒す事が出来るからって政治が出来るわけじゃないんだがなぁ。その結果が戦争だし。
ただこの勇者も他の世界で戦争おっぱじめるなんて狂ってるな。そんな勇者召喚しちゃ駄目だろ
まぁその当時の背景をしらない俺があれこれいっても仕方ないんだけどな
関係ないし
「また話が少しそれちまったけど、ここからが本題だ。先代国王の息子、まぁ現国王だな。あの方が就任して少しだが国も落ち着いた。各国も似たような感じで少しずつ冷静さを取り戻していった。だが冷静さを取り戻した国民は次に何を考えどんな行動に出る思う?」
「誰が自国の代表ごと各種族の代表を毒殺したか……か?」
「正解だ。どの国も疑心暗鬼になってな。疑おうと思えばいくらでも疑える要素がある。なんせ戦争を始めたのは人族なのだから人族がやったんだろう。獣人はあと少しで人族を追い詰められたのに戦争終結になりそうだから戦争を継続するためにやった。魔族は代表を毒殺して混乱している隙に他種族を支配しようと目論んだ。この多種族会議を行ったのはエルフ。今まで戦争に介入して来なかったのにどうして急に介入してきた?こんな感じで戦争が過激化していった。自分達以外の種族は敵だという感じでな」
「最悪の展開になったな」
「あぁ、そしてこの事件で一番影響を受けたのが戦争中に捕まった他種族。ほとんどが獣人族だな。代表会議に参加すると決めた際に体裁があるからと、国は奴隷制度を一時休止、戦争終結したら奴隷を解放する話まで出てたんだが、この事件でそれもなくなり、一時休止していた奴隷制度も復活、苛烈化した。人道的に扱う法は無視され、過度な労働を強いられたり、憎悪のはけ口に利用されたりした。この時、奴隷になってた連中がたくさん死んだ。先代が死ぬまでは、立場はあってもそれなりに上手く折り合いが付けられてたんだ」
「つまり現国王が無能だったって事か」
「いや。この国の俺が言っても信じられないかもしれないけど、今の王様は上手くやってると思うぞ。ただその当時は急遽先代の王がなくなって、王に就任したばかり。苦肉の策として王宮で奴隷たちを雇用する策がとられた。リアネもその一人だ。ただたくさん死んだと言ってもそれなりに奴隷の数も多くてな。雇用されなかった者も多く出た。それに奴隷問題以外にも今後の戦争やらなんやら、いろいろな問題があって対処しきれなかった。戦時中だがこれでも三年でかなり落ち着いた感じなんだ」
「落ち着いたと言っても勇者を勇者召喚するくらいに国は危機に陥ってるし、奴隷の扱いも影で何をされたりさせられたりしているかわかったもんじゃない。現にリアネは今も憎しみのはけ口にされている」
俺に見えたのは足首のあたりについた青いあざだ。
普通にこけただけならあんなところにあざはつかない
ロングスカートで隠れるように巧妙に、普通に立っているだけじゃ見えないだろう。
あれはそんな人為的につけられたものだ。
だから彼女は最初、椅子に座るのを拒んだのか
可能性は低いがあざが見えてしまうから
たぶん他にも見えないだけで暴行を受けた可能性はあるだろう……
俺も彼女がいたがる素振りを見せなければ気付かなかった。
何かしたわけじゃないのに、獣人族ってだけで酷い仕打ちを受けている
あの子が何をした?
ここ一週間くらい毎日手の込んだ料理を作ってくれて、それをニコニコしながら自分が作った料理だからおいしそうに食べてる俺達を見て喜んでくれるような子がなんでそんな不当に扱われなきゃならないんだ!
俺の中で沸々と何か黒いモノが湧き上がってくる。
たぶん今まで感じた事がないほどの憎しみだろう。
それが俺の心を急速に冷やしていく。
怒っていて頭に血が昇ってるような感じではない。
そんな状態はとっくに過ぎた。
「アル……」
「なんだ?」
「鍵開けてくれ。王様をぶちのめすか、傷つけてる奴をぶち殺すかしてくる」
「だめだ」
アルは一瞬驚いたが、すぐに眼を細めて俺をにらみつける
「害虫は駆除しなきゃならんだろ」
「お前なぁ……」
「そんな事をして何になる?」
俺達の会話に混ざる声、ふと声の方を向くとレイラが何の感情も抱いていないような無表情な目で、俺を見つめていた。
「何だって……?」
「だから、そんな事をして何になるかと聞いたんだ」
「別にどうにかなるなんて思ってない。ただ自分の自己満足の為にやろうとしているだけだ」
そんな事はわかっている
ぶち殺した先に良い未来が待っているなんて俺だって思っていない
王様をぶちのめした傷つけた奴を殺したところで待っているのは言い訳の通じない処刑という結末だけだ
ただこの怒り……いや憎しみのような気持ちを他にどう発散すればいいのかがわからない
だから発散する
頭の中はその考えで満たされていた。
「じゃあそれを実行した結果がどうなるか。考えてはみたか?」
「普通に考えて俺は処刑されるだろうな」
どちらにしても人を傷つけたり殺めたりしたら当然の結果だろう
「私が聞いたのは君の事ではない。君の行動によって起こり得る周りの結果について質問したんだよ」
「周り?」
「そうだ。周りだ。私は特に影響ないだろう。ただアルやリアネは違うと思うが?」
そう言われて、自分が事を起こした場合のアルやリアネが周りからどういう扱いを受けるのかを考え、はっと我に返った。
「気付いたようだね。君が力を持っただけの馬鹿な男じゃなくて良かったよ」
「……」
「そう。もし君が事を起こした場合、被害を被るのはこの二人だ。アルは君を脱獄させた共犯者として良くて牢屋に入れられるか、結果次第では処刑」
「そんな未来は考えたくもないな……」
アルは苦笑いしているが、若干顔が青くなっている。当然だ。まだ21年しか生きていないのに、いきなりイチヤのせいで死刑宣告をくらうかもしれないんだから。
「次にリアネだが……今現在ですら一部からひどい扱いを受けているのに、食事だけとはいえ罪人の世話をしていたという事実が公になれば今度は一部だけじゃなく大勢の者から迫害を受けるだろうな。ましてや彼女は獣人。敵国にいるようなものだ。そんな彼女がどんな目に合うかは想像できよう?」
「あぁ……」
「そっちの未来も考えたくねぇけどよ、確実に殺されるだろうな」
「まぁ私が言いたいのはどちらかというとイチヤの行動の結果よりもその結果によって起こった気持ちの方だがな」
「気持ち……?」
「そう。気持ちだよ。君がそんな行動に出た結果処刑されて、それで大事な友人のアルが、私にだってわかるくらい明るい良い子のリアネが何も思わないと思っているのかい?」
「?!」
その一言を聞いて俺の黒い感情は冷水を浴びせられたかのように消え去る。
「それはもちろん私もだがね。君がいないとまた一人で退屈な日々を過ごす事になるじゃないか」
レイラにしては珍しく冗談交じりに言ってくる。
しかも少し照れながらだ。
「そんな照れるなら言わなければいいのに、でもそう言ってくれてこっちも嬉しいよ」
「そっちこそ照れているじゃないか」
二人して笑い合う。
レイラはイチヤの目を見てどろどろとした黒い感情が消えたことに安堵した。
「二人で談笑するのはいいんだけどよ、俺の事忘れてねぇか?」
「ん?あぁ……そういやいたっけ……?すまん」
「お前さっきレイラが言ってた”大事な友人”っての否定しなかったよな!?お前にとっての大事な友人の扱いひどくねぇか?!」
「まぁ大事な友人って言ってもアルはアルだしな。諦めろ」
「大事な友人って分類でもまるで俺ならぞんざいに扱っても構わないような言い方だな?」
「全世界共通認識だろ」
「そんな認識ねぇよ!ってかそんな世界俺が嫌だよ!!」
とりあえず、アルをいじって残りのもやもやを解消した
アルが憤慨して、俺とレイラはそれをみて笑っている。俺は指をさしながらだ。
もしレイラが止めてくれなかったら俺は自分の命と共にこうゆう日常も捨ててただろう。
だから彼女に感謝する。
それはもちろんアルにもだ。たぶんレイラが止めてくれなかったら、アルが身を呈してでも止めてくれただろう。
口には絶対に出さないが、アルは良い奴だ。
だからわかる。こいつは他人の為に体をはれる奴だと。
俺は二人に心の中で「ありがとな」と伝える。
リアネの件は解決できてない
何をしてやれるのかもわからない
だけど最初にやることは決まっている
次に彼女に会ったら怖がらせたことを謝ろう
自分にはまだ出来ることは少ないが、出来る事から始めようと俺は決意したのだった。
読んでくれた方、ブックマークしてくれた方感謝です!誤字脱字あれば感想にでも書いていただけるとありがたいです。
仕事の都合上、少し間が空きましたが、なるべく早めに投稿できるようにがんばりますのでよろしくお願いします。
2月20日 誤字修正しました。報告ありがとうございます!
3月11日 誤字報告があり修正しました。報告ありがとうございました。
5月23日 誤字報告があり修正しました。報告ありがとうございました。