48話 読書
レーシャが再びこの牢に訪れ、俺に文字の読み書きを教えてくれるという事になって一ヶ月が過ぎた。この一ヶ月は他の種族が攻めてきたり何かトラブルが起きるようなこともなく、平和に過ごす事が出来たので、レーシャが公務のない時には文字の読み書きを教えてもらいそれに専念する事が出来た。
他に一ヶ月であった事といえば、エヴィとクルエの兄妹の事だろうか……
エヴィはあの聞くのも恐ろしいディアッタの教育のかいもあり牢屋に戻ってきた頃には清清しい顔で態度が一変して、俺に対しての態度が主と従者と言った感じになっていて正直最初に思ったのは中身が入れ替わったんじゃないかという戸惑いだった。あの時の出来事を聞かないというのはディアッタを知る者全員の暗黙の了解となっている。
そんなエヴィなのだが、仕事ぶりは真面目なようで最初に言っておいたやってもらう仕事も順調にこなして、週に一度の薬屋へのヒール丸薬を売りに行ってもらい、それ以外の仕事といえばメイドに代わって物資の受け取りなどをしてくれ、それ以外の時間で他のメイドの仕事を手伝ってくれている。
メイド達に仕事ぶりを聞いてみてもかなり助かっているとの事だ。やはり男手があると違うらしい。
次にクルエなのだが、こちらはエヴィやメイド達とは違い奴隷ではないので、無理に仕事をさせようとは思わなかったのだが、本人たっての希望だったのでみんなと同じように仕事をしてもらっている。
ただそれでは悪いと思ったので、彼女に働いた分の給金をヒール丸薬を売った金で支払っている。いわゆるお給料という奴だ。
最初は助けてくれた恩返しですと頑なに拒んでいた彼女だが、それじゃあ俺が罪悪感を感じると告げると、苦笑しながら受け取ってくれたのだが、その金額を見て驚いた後……なぜか説教をくらった。
なぜそんな事になったかというと渡した金額があまりにも法外だったそうで、一月に大金貨一枚はおかしいらしい。話を聞くと、大金貨二枚で一年は余裕で遊んで暮らせるらしいのだ。
その話を聞いた俺は確かにその金額はおかしいと思い彼女の説教を甘んじて受け、給金の方は話し合って小銀貨三枚という形に話はまとまったが、その後しばらくお金の大切さについてみっちりと正座させられながら聞かされた。
これでディアッタに続いて俺に正座させて説教するメイドは二人目だがどうでも良い情報である……
そんな事もあったが、個人的には平和で楽しい生活を送れている。
そして今現在、俺はレーシャに恒例となった文字の読み書きを教えてもらっている最中だ。
「ふぅ……こんなものかな。レーシャ、間違ってる部分とかないか?」
「えっと……はい。大丈夫です。まさか異世界の人間であるイチヤさんがここまで早く覚えるとは、正直予想してませんでした!凄いです!」
「いや、レーシャの教え方が上手かったんだよ、教えてくれてありがとな」
驚きと称賛の声を上げて俺に笑顔を向けてくれるレーシャに感謝の言葉を伝える。レーシャも姫という立場で忙しいだろうにちゃんと毎日時間を作って教えてくれた事には本当に感謝している。
勉強はそこそこ出来たけどあまり好きではなかった。だけど、興味のある知識を覚えていくというのは楽しいと感じる。ネトゲをやっていた時もわからない事時なども色々な攻略サイトを巡って目に穴が開くんじゃないかというくらい読み込んで検証などもしたからな。
あぁ……ネトゲやりたい……
なので、普通じゃ絶対に習わないような異世界文字を覚えるというのは本当に楽しかった。
レーシャの教え方は俺にわかるように、あきないようにという工夫を感じられたのも大きいだろう。レーシャは姫であるが教師としての才能もあると思う。何処かのクズ教師にも見習って欲しいものだ。
「とりあえず、私が教えられる事は教えましたので、イチヤさんに読み書きを教えるのは今日で最後になりますね……」
「この一ヶ月本当にお世話になりました」
少し寂しそうにしているレーシャに俺は深く頭を下げる。一ヶ月という期間で毎日教わっていたので、正直俺もこの勉強会のようなものが終わるのを寂しく感じていた。
「あの……」
「ん?」
声をかけられ頭を上げてレーシャの方へと彼女は何かを言い淀むように口をわずかに開いては閉じてまた開いては閉じてを繰り返している。
言いたい事があるのだろう。そう思った俺は彼女が決心するまで待つ事にした。
今日までは時間を作って毎日会っていたが、レーシャは王族という立場の人間だ。
今までは俺の為に無理に時間を作ってくれていたんだろうが、この勉強会が終わってしまったらしばらくは会う機会もないだろう。もしかしたらこれが普通に接する事が出来る最後の機会かもしれない。だから彼女が言いたい事を素直に言わせて上げよう。
「あ、あの!イチヤ様、またここに来てもよろしいですか!?」
「へ?」
レーシャが言った言葉があまりにも予想外だった為に思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、途端に頬が熱くなる。まさかレーシャにそんな風に言われるとは思わなかった。
「ダメ……ですか?」
「ダメじゃない!ダメじゃないから。いつでも遊びに来てくれ」
予想していなかった質問だった為に思考が停止していて返事が遅れてしまった事で、レーシャは勘違いしてしまい、涙目になってうつむいてしまったので、慌てて俺はそう答える。
「本当ですか……?」
少し不安そうに上目遣いの目を向けられ不覚にも少しドキッとさせられた。元々の美貌にその涙目の上目遣いは反則だと思う。
「本当だ。まぁ俺はレーシャと違い大抵暇してるからな。レーシャの好きな時に来てくれれば、話相手くらいは出来るからいつでも来てくれ」
「はい!」
俺の返事に満面の笑顔になったレーシャに俺もにっこりと微笑みを返す。
あまり好かれてないと思ってたんだけど、この一ヶ月で結構関係は良好になったんじゃないかな
そう思えるくらいにはたくさん話をしたし、読み書きも教わったという自覚はある。転移初日に牢屋に入れられた時の俺からは想像できないくらい進展したと思う。
「では時間を作って窺わせていただきます!イチヤ様、ありがとうございます!」
「別に礼を言われるような事じゃないから気にしないでくれ。俺もレーシャと話すのは楽しいんだからな」
そんな俺の何気ない一言。だけどレーシャは熱に浮かされたような表情になって熱い視線を俺に向けてきて、軽く俺の腕を掴んでくる。
「どうかした?」
「あ……いえ!なんでもありません!」
一体どうしたのだろう?疑問の言葉を発すると、俺の一言で自分が何をしていたのか気付いたレーシャは慌てたようにバッっと手を放して耳まで真っ赤になると視線を泳がせ、その仕草に更に俺の疑問が大きくなるが、彼女が慌てている姿を見て、俺の読み書きの先生としての凛とした姿とのギャップに可愛いと思いつつも口には出さない事にした。これ以上動揺させたら可哀想だからな。
「そ、それでは今日はこの後に用事がありますので、今度またお邪魔させてもらいますね!それでは失礼します!」
「お、おう!それじゃあまた」
レーシャは俺から視線をそらし扉の方へ急ぎ足で牢屋から去って行った。
そんな彼女の姿を見て慌てて怪我をしないかだけが心配だった。
「なんか姫様が慌てて出て行ってすっ転んでたんだが何があったんだ?」
姫様と入れ替わりにアルがやってきて俺に問いかけてくる。
うん。全然大丈夫じゃなかったようだ――。
ちなみにレイラなのだがその話を聞いてクスクスと笑っていた。
レーシャの心配もそこそこに俺は期待に胸を膨らませている。なぜかって?ようやく異世界の文字を習得出来、今までにない本を読むことが出来るのだ!これで心踊らない奴がいるだろうか!?いやいない!
妙なテンションになってしまったので心を落ち着けるために深呼吸を一回し、一ヶ月前に買った本のタイトルに目を通す。
一応少しずつ読み書きの練習をしてた時にタイトルは読めるようにはなっていたんだが、習得した今改めてタイトルを見る。
本のタイトルは『始まりの勇者物語』『ボンクラ貴族でもわかる生活魔法』『属性魔法の初歩の初歩』の三冊だ。
さっそく読んでみる事にして、最初は始まりの勇者物語からだ。
内容は初代勇者と呼ばれた勇者が世界を旅して人々を救い幸せにしたという冒険譚だ。様々な苦悩や各地での苦労、魔獣との戦いなど引き込まれる良い物語だ。
だが、この本にはこの勇者がどうなったのか、元の世界に帰る方法を見つけ帰ったのか、それとも見つけられずにこの世界で一生を過ごしたのか、詳しい事は乗っていなかった。人々を救ってハッピーエンドで締められている。
次にボンクラ貴族でもわかる生活魔法、最初にこのタイトルを見た感想は、とにかくひどい!よくこんなタイトルで出版出来たな!というものだ。
この世界に来て貴族というものにあった事がないんだが、貴族という概念がある以上存在しているのだろう。
知識としては偏見かもしれないが、かなり傲慢な感じで威張っているという感じなのだが、もしそうならこの著者はどうなったんだろう……本よりもそっちの方が気になるぞ。
とりあえず内容を確認してみたのだが、タイトルとは違い内容は凄くまともだった。どうやら生活魔法とは他の魔法とは毛色が違うようで、魔力消費が非情に低く、日常のちょっとした事に役に立つもののようだ。
例えば体の汚れなどの綺麗にする”クリニ・ボディ”や手洗いなどに使われる”ウォッシュ”濡れた物を乾かす”ディライ”といったものの他に様々な日常で役に立つ魔法が載っていた。
パラパラっとめくった感じの感想としては元の世界にある科学の力でやってきた事をこの異世界では、魔法で行っているという感じだ。
この魔法の良い所は覚えれば誰でも使えるという事らしい。
本来魔法と言うのは生まれ持った属性によって得意不得意が存在している為、個人によって使えない魔法もあるという事なのだが、どうやら生活魔法というものは無属性のようで、詠唱を覚えればどんなに魔法の才能がない人間でも発動できるらしいのだ。
この本には使う為のスペルも懇切丁寧に載っていてとても読みやすい解説も載っていた。どうしてこんなにちゃんとした内容が書かれてるのにタイトルがあれなんだ……残念臭が半端ないぞ……
ようやく文字も覚えたし時間を見つけて生活魔法を覚えていこう
とりあえず今はそういう魔法があるという認識で本を閉じた。スペルが書いてあるせいか結構分厚くなっているので、読むのに時間がかかりそうだった為後に回そうと思った。
そして最後に属性魔法の初歩の初歩に手を伸ばす。前にタイトルを確認した時にこの本は当たりだと思っていたので、買った三冊の中で一番楽しみにしていたので、さっそく読んでみた。
この本は先程の生活魔法とは違い生まれ持った属性の魔法を行使する為の本のようだ。属性とはこの異世界にある大気に含まれるマナと呼ばれるものと自身の魂から発生する余剰分の魔力、オドの二種類に分けられるようだ。
その二つのどちらかの魔力を属性に変換して発動させる魔法を属性魔法という。
属性魔法の体系は火、水、風、土、の基本四元素というものと、光、闇の二つ。おおまかに計六属性に分けられるらしい。
「なるほど、読んだ感じだと俺も六つある属性のいずれかに該当する訳か、どれなのか楽しみだ。あれ?でも――」
疑問に思い、創生魔法でヒール丸薬を精製した後に自分の手を閉じたり握ったりを繰り返す。
「創生魔法って基本どんな物でも創る事が出来るんだけど……これ、どの属性に該当するんだ?」
ステータスカードの能力欄に創生”魔法”と書いてあったので魔法なのは間違いないんだが、何でも創る事の出来る創生魔法がどの属性に当てはまるのかわからない。
試しに創生魔法で基本四元素と呼ばれる火、水、風、土属性を順々に創ってみる事にした。
最初に掌を上にかざし、火の玉を創ると掌のちょっと上の部分に火の玉が浮かび上がったのだが、ただ浮かんでいるだけでどうしたら良いのかわからない。ちょっと試しに掴んでみるか……
「あっちぃぃいぃぃ!」
掴もうとするが思いの外熱すぎた為に持つことが出来なかった。他の属性も同様で水の玉を創っても掴もうとしても普通に水に触れる感じで持つ事はできない。風属性で創った玉なんてかまいたちのようになっていて掴もうとしたらいくつも切り傷を作ってすっごく痛かった!すぐにヒール丸薬を飲んだから良かったようなもののかなり危険だ……最後に土の玉を創ってみたのだが……これ完全に泥団子だよな……
ものは試しと光と闇も挑戦してみたのだがどちらも掴む事が出来なかった。唯一光の玉の用途として暗くなったら読書用に使えるかなって思ったのだが、武器やヒール丸薬と違い創生魔法で創ってもしばらくしたら消えてしまうので(泥団子だけは残っていたが……)全然役にたたない。
どうやら創生魔法も万能ではないようだ。
あけましておめでとうございます!
今年もこの異世界チート(ニート)の牢屋生活を応援していただけると、かなり励みになりますのでどうかよろしくお願いします!
今年の目標はエタらない!これですかねぇ……近々新たな物語が、もしかしたらやるかもしれないのにみていただければと思ってます。
それではみなさんまた次回に!




