46話 報告
「それで、姫様……」
「レーシャ!です!」
俺が呼び方を間違えると姫様……レーシャが訂正してくるので、俺は頭を掻く。まったく予想外のレーシャの頼み困惑している状態だ。
「レーシャ……」
「はい!何でしょう?」
彼女を愛称で呼ぶとレーシャは元気よく返事をしてくれるが、まったく状況を飲み込めない身としては、これはどうしたものかと考える。
「どうしてレーシャはこんな頼みにしたんだ?」
「こんなとは?」
「いや、愛称で呼んで欲しいなんて頼みだよ、普通一国の姫として俺への頼みって国を守ってくれってことじゃないのか?」
てっきり頼み事というのがこの国が危機に陥った際に助けてほしい……そういった願いだと俺は思っていたのだが俺からしたらレーシャの願い事は斜め上の回答だったのだ。だから彼女にこの願いの真意を聞いてみようと思った。
「確かに普通ならそういった願いをするのが普通だと思いますが……イチヤさんにそれをお願いしたら了承して頂けますか?」
「それは……たぶん断るだろうな」
俺は確かに勇者召喚されてこの異世界にやってきたが正直戦争なんかには興味ないしどの種族にも肩入れしようなどとは思っていない。獣人族に関しては長年人族の奴隷に成り下がっていて同情の余地はあるのだが、だからといって”俺が”戦争をする理由にはならない。
もちろん親しい人間……例えばリアネが不当な扱いや暴力にさらされた時や自分に危害を加える輩が現れた時には全力をもって対処しようとは思っている。だがそれ以外で自分の力を使うつもりはない。例え借り物の力だとしても今は俺の力だ。どう使おうと俺の自由だと思っている。
「ですよね。最初に勇者召喚で会った際にも戦争には乗り気ではなかったので、そうだと思いました。だったら国の事ではなく私個人の願いを尊重した方が良いと思いまして」
「いや、それで何でそんな願いになるのか意味がわからないんだが……」
「イチヤ……」
そんな俺とレーシャのやり取りを見てアルが盛大にため息を吐く。
なんだ?俺何か変な事いったんだろうか?身に覚えが全くないんだが……
「イチヤさん、お願いですからその辺は私に言わせず察して頂けると……その……」
もじもじしながら指を突き合わせ頬を紅潮させるレーシャを見ても理解できなので、顎先に指をあてしばし考えてみる。
俺は戦争に参加する意思はない事はレーシャもわかっている……その上で私個人の願い……この二つから察しろという事だろ?
それはつまり俺と仲良くしたい?仮にそうだとして、どうしてだ……?俺と仲良くしてレーシャが得する事……得する事……あっ!
「なるほどな……そういう事か」
「わかって頂けましたか?!」
「あぁ……レーシャが何を考えていたのかようやくわかった」
「それは嬉しいですけど……少し恥ずかしいですね……」
「別に恥ずかしい事じゃないと思うぞ。立派だと思う」
「そ……そんな事は……そう考えるのは私だけではないと思いますので……」
納得顔をして、頬を染めるレーシャを見つめる俺はレーシャがいかにこの国を愛しているのかを悟る。
確かに少しでも俺と仲良くなれば、いざという時に力を貸す事もあるかもしれない、だから少しでも仲良くなれるようにまずは愛称で呼び合い徐々に親交を深める。
ビッチ呼ばわりした俺を許してまで仲良くなろうとするレーシャは懐が深いと思う。
利用される事に関しては若干不快な気持ちもあるが、それもこの国を愛していればこそだ。
大切な国民や親しい人たちを助ける為に嫌いな相手とでも仲良くするとは、レーシャはまさに姫と呼ぶに相応しい人格者だと思うよ。
あの時はひどい事を言ってごめんな……
「レーシャの気持ちはよくわかった……全部……とは言えないけど、俺が納得出来る事で手伝える事があるなら手伝うからその時は頼ってくれ」
「え?あ、はい。ありがとうございます?」
俺はレーシャにそう言って彼女に対して微笑みを浮かべると、彼女は耳まで真っ赤にしてうつむいてしまう。
「こいつ絶対わかってねぇな……」
そんなアルの呟きは誰の耳にも届く事のないほど小さなものだった――。
「あのぉ~……そろそろ私も発言してもよろしいでしょうか……?」
「!?」
ふと申し訳なさそうな声が聞こえる。
ここにいるのは、俺、アル、レイラ、レーシャの四人だけのはずなのにこの中のどの声とも一致しない声が室内に響く。
「誰だ!」
今までしなかった声に警戒の色を混ぜ声を発する。
「危害を加えるつもりなんて微塵もありませんからそんな警戒しないでください」
声の主を探しあたりをきょろきょろと彷徨わせ、声のした方へと視線を向けるとレーシャの背後からひょこっと小柄な少女……いや、女性?が現れ、その女性を視認した時、俺の警戒心が解かれる。
「なんであなたがこんなところに……というかいつからいた?」
「姫様と一緒に来たんだから最初からいましたよ!」
そう言って憤慨する女性、リーディがぷりぷりと怒ったような表情で俺に恨めし気な視線を送ってきた。
「すみません……マジで全然気づかなかった」
「ひどい!」
「だってちっちゃすぎるんだもん」
「だもんじゃないですよだもんじゃ……」
俺の心無い一言にそう返すと顔をうつむかせてうなだれた状態になったリーディ。その彼女に更に追い打ちがかけられる。
「すみませんリーディ……私も途中からあなたの存在をすっかり忘れてました」
「ちょっ?!姫様!??!?私が同行してた事忘れるってどういう事ですか?!」
「すみません……イチヤさんと話してたらすっかり頭から抜け落ちていました……」
謝罪の言葉の後はぼそぼそと呟いててよく聞こえなかったけど、レーシャも忘れてたのか。俺はちっこくて見えなかったんだけど、レーシャには忘れられたとか……これはレーシャが天然なのか、それともリーディの影が薄いのか……どっちなんだろう?
「うぅ……みなさんひどいですよ……さっきのメイドさんも姫様の横を通り過ぎた時ようやく私の存在を把握したようで、ギョっとした表情を送ってきましたし……」
あぁ……なるほど、リアネがさっき驚いてたのはリーディにだったのか。そりゃあ確かに自分たち以外に誰もいないと思っていたらレーシャの背後にもう一人いたら驚くか
「だったらレーシャと一緒に挨拶すれば良かったじゃないですか」
「あの状況でどう挨拶しろと?!みなさん姫様に驚いていて私の挨拶するタイミングなんてまったくなかったじゃないですか!」
「まぁ確かに」
「師匠は気付いていたみたいなのに何も言ってくれませんし……」
リーディはアルへと半眼の目を向け非難するような声を送る。
「師匠?」
「はい。アルドルさんは私の剣の師匠なんですよ」
「なるほど、だから師匠なのか。でもアルって人にものを教えるのは苦手なんじゃなかったのか?」
「苦手だな。どうしていいのかわかんねぇよ」
「あぁ……まぁ確かに師匠は苦手っちゃあ苦手ですね」
アルがはっきりと苦手と伝えるとリーディの方も苦笑いを浮かべてその言葉を肯定しているのだが、それでどうしてアルの弟子なんてやってるんだろうかと疑問が浮かぶ。
「じゃあ何で二人は師匠と弟子の関係なんだ?」
普通に抱いた疑問を口にすると、二人はお互いの顔を見合わせて同時に呟く。
「「自然とそうなった」」
ますます意味がわからない!自然ってなんだよ?!自然って!
意味がわからないと言ったように困惑の表情を浮かべる俺に苦笑しながらもリーディがどういった経緯でアルとの師弟関係になったかの経緯を話してくれる。
「えっとですね。師匠がこの王都に来て訓練の際に剣で卓越した技量を見せてくれて教えを乞う人が続出したんですよ、ちなみにですけど師匠は槍や短剣などもかなりの技量を持ってますけどね。ふふん」
「自慢は良いから続けてください」
まるで我が事のように鼻を高くするリーディに先を促す。
「それで私も教えを乞う一人だったんですよ。確か師匠に弟子入りしたのって三十名くらいでしたよね?」
「あぁ、確か”初日に”来たのは、そんなもんだったんじゃないか」
「すごいな……」
技量が凄いからって弟子入り志願してくる人数が三十人って凄いと思い思わず感嘆の声を上げる。
「凄いですよね。ですけど、二日目に残ったのは十名前後です」
「は!?一体何があったんだ?」
「単純に着いていけなかっただけですよ、師匠の教え方って戦う上での基礎や型なんかを軽く口頭で説明した後、やってみろっていう実践形式でしたから。ほとんど体に叩き込む……いえ、刻み込むって言った方が正しいですね」
「凄まじいですね……」
なるほど、教え下手なアルについていけたからあの技量なのか……正直納得した。アルの実力はまだ全部見たわけじゃないけど相当高いのはわかるからなぁ
「はい。まぁ私も努力と根性でどうにかなる方が性に合ってたからよかったですけどね。それで、最終的に師匠の弟子として残ったのは私一人なんですよ。と言っても私も師匠の技は三割程度しか教わってないらしいんですけどね」
あはは、と苦笑を漏らすリーディだが、それでも三十人の中で生き残ったリーディは凄いと思う。
いや、違うな……単純にこの二人の考え方が脳筋なだけだろう。呆れと同時に本当にレーシャを教師に選んで本当に良かったと、内心で安堵のため息を溢した。
「それでリーディさん。今日はレーシャの護衛としてついてきたんですか?」
アルとリーディの脳筋的な付き合いを教えてもらい、もう興味もなくなったので、どうしてリーディがレーシャと一緒にやってきたのか理由を尋ねることにする。
レーシャは姫という立場なので普通なら近衛騎士を共につれてくるはずなのだが、なぜか第二騎士団団長であるリーディが共をしているのだ。
近衛騎士が忙しくてレーシャの護衛が出来ない……なんて事はないと思うので、リーディが何か用事があってレーシャの護衛をしているのだろう。
「はい。私もイチヤさんに用事があって、姫様と共にやってまいりました」
「リーディさんも俺に用事?……昨日の件?」
「はい」
それしかないだろうなと思い、崩してあった姿勢を少し正し聞く姿勢になりどういった結果になったのか目で続きを促す。
「その前にですが……」
「ん?」
リーディはそう言うと、少し言い辛そうな顔つきになり俺に視線を送る。
何だろう?前置きするような用事なんてあったか?昨日はチンピラの件以外で特に……もしかして騎士の無礼を謝りたいとかか?もしそうなら気にしてないから本題に入って欲しいんだが……
そう当たりをつけてリーディの言葉を待つと、彼女は予想外の事を口にした。
「出来れば私の事は普通にリーディと呼び捨てで呼んでください。あと敬語も不要です」
「え?」
まるで先ほどの姫に言われたような事を言われ頭にたくさんのクエスチョンマークが浮かぶ。
「いや……俺としてはその方が話しやすいんですが、何ででしょう?」
「さっきの話を聞いてイチヤさんと話してて思ったんですが、姫様が呼び捨てなのに対し私がさん付けなのはどうも居心地が悪いと言いますか……」
バツが悪そうにそう口にするリーディに納得する。
確かに自分より身分の人間が呼び捨てな上にタメ口なのに対し、自分がさん付けでしかも敬語を使われているのは確かに居心地が悪いだろう。
「……わかった。じゃあこれからはリーディって呼ばせてもらうよ、俺もリーディに対して敬語なのは違和感あったからな。さすがに幼女に敬語っていうのはどうにも……」
「いや!私幼女じゃないですから!!イチヤさんより年上なんですからね!?もっと年上を敬った発言を……あ、いや、違う……この場合どうすればいいの!??!?!」
俺の発言に対して修正しようとしたのだが、それだと敬語を使えという事になり、リーディは混乱しているように頭に手を当ててうんうん唸っている。
もしも彼女を絵にしてタイトルをつけるとしたら苦労する幼女とつけられる事だろう。
「そんな些細な問題は置いといて」
「全然些細じゃないですからね!私には深刻な問題なんですから!」
「些細な問題は置いといて」
両手で物をどけるようなジェスチャーをしてリーディの問題を脇に置いて置くと強調すると、彼女は唇を尖らせ拗ねたような表情をした。
このままでは話も進まないし、俺の方から切り出すか
「それで昨日の件はどうなったんだ」
「ふんっ……もう良いですよ……」
拗ねたような態度をとり恨めし気な表情で俺をにらむように見た後にため息を吐きつつも気持ちを切り替えたのか、騎士団長の誇りがそうさせるのかわからないが表情を真面目なものに変え話し出す。
「昨日の件なんですが問題なく片付きました。イチヤさんの証言通り彼らは金品などを奪おうとしたところイチヤさんによって阻止されたらしく、騎士団に助けを求めたのもイチヤさんへのいやがらせの部分が大きかったみたいです。あわよくは私達にイチヤさん達を捕縛させたかったみたいですね」
「それはまぁ……なんとも」
馬鹿な話である。
それで自分が捕まっていたら世話ないだろうに……
「それで更に拷問……失礼。問い質したところ同じような事を何件もやっていたようで――」
ちょっと待て……今”拷問”って言わなかったか?!
もしかして俺やエヴィも取り調べさせられたら同じ対応されていたのか?
もしそうだったらと思い想像してみたら寒気を感じた。
さすがに元の世界のように様々な器具を使うわけではない……と信じたいが、少なくとも鞭打ちくらいはありそうだからな……
「まだ余罪はありそうですので全てを追求してもしも殺人などを犯していた場合は処刑、行われてなかったとしても奴隷落ちが決定しています」
「そっか、確か俺、腕をぶった切っちゃった奴がいるんだけどそいつはどうなった?」
「あぁ……イチヤさん、一応一言注意を、あれはやりすぎです!その男が腕を持っていたのと回復魔法が使える人間がいたから繋がりましたが、最悪の場合裁く前に死んでいた場合がありますからね。今後は気をつけてぼこぼこにするくらいに留めてください。もちろん悪人だけですよ!」
失敗した……気になったから聞いてみたら藪蛇だったようだ……というか別に俺は自分や知り合いに危害を加えなければ何かするつもりはないのにこいつは一体俺をどういう目で見てるんだ
ってかぼこぼこにするくらいに留めろって問題発言じゃないのか……?
問い質したくなったが、聞くのが恐ろしかったので喉まで出かかった言葉をなんとか抑える。また叱られるのは勘弁願いたい。
「とりあえず報告は以上ですね」
そう言って彼女が報告を終え、俺もそれに頷く。とりあえず俺やエヴィが何か罰則を受ける事がなくて安心する事ができた。
読んでいただきありがとうございます。
用事も済みましたので、私の書く速度にもよりますが、休みに入っていますので更新速度が少しあがると思うのでお付き合いくださればと思います。




