45話 頼み事
姫様はゆっくりとやってくると軽く頭を下げ挨拶をしてくる。
「イチヤ様以外とはお久しぶりですね。みなさんお元気そうで何よりです」
緩和な笑み、それに姫というオーラのようなものを感じ、余計にこの場には合ってない姫様の登場に俺達は全員驚いたまま呆然と何も口にできずに口を開けて呆けていた。
この状況下の中唯一人いち早く立ち直ったアルが姫の下まで素早く移動し片膝を吐き礼を尽くす姿勢になり、そのまま深く頭を下げる。
「姫殿下!ここの牢番を申し付かっているアルドルです。挨拶が遅れ申し訳ございません!」
普段のどこか飄々とした態度はなりを潜めまるで別人のような態度で姫様に接しているアルを見て他のメイド達も我に返り姫様に深く頭を下げ、ピア、フィニ達のような小さい子達は状況が良くわかっていない様子だが年長達の様子を見てよくわからないまま同じような姿勢でお辞儀の姿勢を取る。
あ、ピアがあまりに前屈みのお辞儀をしているのでぷるぷる震えている。大丈夫だろうか?
「みなさん、頭を上げて楽にしてください。本日は公務などではないので姫としてではなく普通に接していただいて構いませんよ」
「そう言われましても……」
顔を上げたアルが困惑したような顔をしている。いくら姫様にそう言われたからといってもここに勤務しているアルからすれば無理な話だろう。それはメイド達も同じようで、確かに彼女達は今は俺の奴隷メイドという身分であるが元はこの王城に勤めていたので王族である姫様にそんな態度をとれようはずもない。レイラにいたっては我関せずといった感じで黙している。
「じゃあ姫様もこう言ってるし普通に話させてもらうわ」
「えぇ、それでお願いします」
「お、おい!」
「だってこのままだといつまで経っても話は進まないだろ?」
「それはそうだが……」
俺の言葉に姫様は笑顔で頷き、アルが渋い顔で静止の声をかけてくるのだが、姫様の了解を得たので話を続けていこうと声を発する。
「姫様昨日ぶり。みんなが萎縮してるので代表して聞くけど、こんなところに何しに来たんだ?姫様が来るなんて珍しいじゃん」
この一言にみんなが青ざめた表情をするのがわかる。いきなり姫様相手にタメ口で話しているので、普通はそういう反応になるだろうが、俺は気にしない。だって姫様が普通にって言ってるんだから大丈夫だろう。その予想は当たっていたようで、姫様の方は特に気にした様子もなさそうだ。
「そうですね。前に来た時は……その……イチヤ様を牢屋に入れる時以来でしょうか……」
「あぁ、その件に関しては気にしなくていいよ。むしろ感謝してるくらいだ。後姫様が普通に接して良いと言ってくれたんだ。それだったら俺の事もイチヤで良い。なんか姫様に様付けとかってむず痒いんでな」
「そうですか?ではイチヤさんでよろしいでしょうか?」
「あぁ、出来ればさん付けもいらないくらいだけど、さすがに強要しようとは思わないからそれで」
俺達のやりとりに全員が顔面蒼白にしてそのやりとりをただ黙ってみている俺以外の全員を置き去りにして話を進める。
「それでさっきの質問に戻るんだけど、今日はどうしたんだ?アルにでも用事か?」
「いえ、アル殿ではなく本日はイチヤ様……ではなくイチヤさんに用事があって参りました」
「俺に?」
特に見に覚えがないのだが、一体何の用事だろう?襲撃とかならわかるんだが、姫の様子からしてそれは違うだろうからな。それだったらもう少し焦っていると思うし……だったらなんだ?面倒事じゃなければいいなぁ……もしそうなら断れば良いだけの話しか
「えぇ。用事というのは昨日イチヤさんが奴隷にしたっていう兄妹のお二方の事です」
「あぁ!!!!」
突如大声を上げた俺に少しだけ驚いた姫様の様子に気を遣う余裕もなく姫様のおかげで今日ずっとひっかかっていた違和感をようやく思い出す事が出来た。
そうだよ!昨日の飲み会のインパクトが強すぎてその前の多少強かった出来事がすっかり頭から抜け落ちていた
食事時の違和感はあの二人が場にいなかったのが原因か……納得納得
「急に大声を上げてしまってごめん。いやぁ……あの二人の事、頭の中からすっかり忘れてたもので……」
「忘れてたんですか!?一応私が身分を保証した手前、何か起こされると困るんですが!!??」
「あはは……」
「あははじゃないですよ!本当にお願いしますよ!?」
姫様が普段の澄ました様な感じではなくうろたえたような様子に俺は苦笑いを浮かべてごまかそうとしたのだが、さすがに姫様も二人を保証した手前そこは俺に念押ししてくる。だが、俺はあれから二人には会っていない。
そういえば何処にいるんだ?
「おいイチヤ、奴隷って何の事だよ?俺何も聞かされてないぞ」
「ア゛ァ゛」
「な……なんだよ……?」
アルが小声で非難するように俺に質問してきたので、俺はそれに対して恫喝するような声で返すと、少し驚いた様子で俺を見ている。
「昨日の件でいつ話せって言うんだ!?あれのせいで二人の事なんて頭の隅からすっぱり消え去ったっつ~の!」
「う……」
「イチヤさん、昨日の件とは?」
「姫殿下!なんでもありません!何も問題はないので姫殿下はお気になさらずに!」
「そ……そうですか」
姫に昨日の飲み会という名の惨状の件を聞かれ勢いよく立ち上がりアルが答えると、アルの鬼気迫るような態度に姫様は若干たじろぎ追及は免れた。まぁ確かに聞かれたらまずいしな。アルが……
仕方ない。話題を逸らしてやるか
「リアネ。昨日の二人が今何処にいるかわかるか?そういやどうするとか何も言わなかったような気がするんだが……」
「お二人でしたら個室の方に待機してもらっていますよ。同じ立場といってもどういう扱いをすればいいのかわからなかったので、ディアが判断してそのようにしてもらってます」
「そか。じゃあちょっと呼んで来て貰えるか」
「わかりました」
「それとディアッタも呼んでくれ」
「?わかりました」
二人を呼んできて貰うように頼むとリアネは姫様の手前もあると考えたのか少し畏まったような口ぶりで俺の指示に従い呼びにいこうと牢から出ようとしたところに待ったをかけついでにディアッタも呼んでもらうように追加で指示を出すと疑問の表情を浮かべそのまま出て行こうとする。
その時リアネが姫様の横を通り過ぎる際に若干驚きの表情を浮かべたが俺の指示を優先させたのか何も言わず牢の扉を開け出て行った。
リアネは一体何に驚いたんだろう?
まぁそれは後でリアネに直接聞けば良いとして、この間にアルに頼もうと思っていた事を伝える。
「は?俺に文字の読み書きを教えろだ?」
「あぁ、昨日本屋に行って本を手に入れてきたんだが、俺はこの世界の文字が読めないから教えてくれ」
「う~ん……つってもなぁ」
「ダメか?」
「いや……ダメって訳じゃねぇんだけど、俺教えるの上手くねぇぞ。剣術とかそっちは体に叩き込めばいいんだけどよ、文字の読み書きなんてのはどう叩き込めば良いのかよくわかんねぇんだ」
叩きのめすかどうかで判断するなよ……アル……
頼んでおいてなんだがなんかダメそうだ……
「あ!あの!私!私が教えますわ!」
そんな俺達のやりとりを聞いていたのだろう。なぜか姫が今までにないほど素の感情を顕にして俺へと迫ってきて自分が教えると提案してくれる。
「さすがに姫様に教えてもらうってのはどうなんだ?姫っていう立場だし、忙しいんじゃないのか?」
「時間なら作りますからぜひ!」
何でそんなに乗り気なんだろう?教える事で俺に貸しでも作りたいんだろうか?作りたいんだろうなぁ……でもまぁアルじゃなんかダメそうだし、姫様に頼むしかないか。
「は、はい!よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく」
そう言って姫に手を伸ばすと姫は頬を紅潮させながら俺の手を握り返してくれた。これで文字の読み書きが覚えられそうだ。そう考えていると姫様がおずおずと俺を窺うような仕草で見てくる。
「それで私も一つお願いしたいことがあるんですが……」
なるほど、貸しを作るんじゃなく取引か
たぶんまた誰かが攻めてきた時に助けて欲しいってところだろうか?
「一応俺にも聞ける頼みと聞けない頼みがある。だから言ってみてくれ。姫様は何を望むんだ?」
状況によっては姫様の願いを断るかもしれない。だけど叶えられる頼みだったら叶えるつもりだ。だから姫様の願いを聞いてから判断しようと思う。その為に姫様の次の言葉を待つ。
姫様は俺の言葉を聞きじっと俺を見つめて真剣な表情を作ると息を飲みこみ、深呼吸を繰り返し、自分を落ち着けるようにして胸に手をあてる。
しばらくそうしていると、ようやく決心がついたようにして口を開く。
「では言わせてしまいます……」
「あぁ……」
「私を名前で呼んでくれませんか!?」
……
…………
………………
は?
「えっと……姫様?」
「姫様ではありません!私の名前はレイシア・ラズブリッダ。愛称はレーシャです。どうぞレーシャとお呼びください!」
「はぁ……あ?わかっ……た?」
口ではどうにかそう紡ぐことが出来たが頭では良く理解できていない。
姫様……レーシャは何を考えているのだろう?
読んで頂きありがとうございます。
なんとか用事の前に書くことが出来ました。あと二、三話書きたかったんですが帰ってきてから書く事になりますのでしばしお待ちください。




