44話 来客
「ふわぁぁ~……」
俺は大きなあくびとともに目が覚める。昨日はあれから泥のように眠った。疲れていたせいか夢をみるような事もなく、眠る事が出来た。
「おはようございます。イチヤ様」
そんな俺に優しい声が降り注ぎ女神のような笑顔で俺に微笑みかけて来る少女、どうやら彼女は俺が起きるのを待っていてくれたようだ。
「おはよう、リアネ……そして……おやすみなさい……すぅ……すぅ……」
「ちょっとイチヤ様?!寝直さないで下さい!」
「う~ん……あと三日……」
「長いです!長いですよ!イチヤ様!」
リアネに挨拶をし、再びまどろみの中に身を任せようとしたところでリアネに体を揺すられる。昨日は色々ありすぎて疲れたのでもう少し寝たかったのできちんと期日を決めて頼んだのだが、俺の願いは無慈悲にもリアネに却下されてしまった。
「昨日はいろいろあって疲れたんだよ……女神様なら慈愛に満ちたように微笑んで許してくれるだろ……?」
「そう言われると照れますね……って騙されませんよ!三日目も寝たままなんていくら神様でも許すはずないじゃないですか!」
「女神が許さなくてもリアネなら許してくれるだろ?」
「許しませんよ!私ならってなんですか私ならって!……確かにイチヤ様の寝顔をずっと見てたい気持ちはありますが……ってちがう!お願いですから起きてください」
どうやらこれ以上のおふざけは許してくれないらしい。少し強めに俺の体を揺すってくるリアネ。だが、その揺さぶりが心地よい。心地よいのだが……
さすがにこれ以上駄々をこねるとリアネが怒りそうだよな。怒ったところを見た事ないけど
あ、拗ねてるところなら見た事あるか
そんなやりとりをしていたところに一つの声が聞こえてくる。
「うぅ……二人とも少し静かにしてくれないかい……」
唸り声を上げながら抗議してくる声の方に視線を向けると頭をおさえて唸っているレイラの姿があった。どうやら二日酔いらしい。まぁあんだけ飲んだら二日酔いにもなるわな。自業自得だ。
「大丈夫ですか?」
「まぁ、昨日ちょっと飲みすぎちゃっただけだからね。いたた……少ししたら良くなると思うから気にしないでくれ」
リアネが心配そうレイラに声をかけると、気にしないでくれと返してくる。まぁリアネは昨日の惨状を見てないからな。あの時は部屋が異様な匂いを漂わせていたので、リアネにはそのまま自分の部屋に戻ってゆっくり休むように言って帰した。
これに懲りてアルの酒の誘いは断るようになってくれるとありがたい。
さてレイラがこんな状態だという事はもしかしてアルも二日酔いの状態でここにやってくるのだろうか?
そう思っているとキィっと扉の開く音が聞こえてきた。噂をすればか
「おはよ――う!?」
「おはようございま――」
扉を開けやってきた人物にあたりをつけ挨拶をする。リアネも同じように考えたのか扉の方に顔を向け挨拶をしようとした……のだが、俺は驚き変な挨拶になり、リアネも驚き挨拶の言葉が途中で中断される。扉から現れた人物は予想通りの人物だった――のだが……
「ほふぁほふ」
「「……」」
こいつは何を言っているんだろう。というか……誰?
そう思ったのも無理はない。扉の前に立っている人物の顔はぱんぱんに膨れ上がり元の原型を留めていない位ひどい事になっている。昨日帰った後に何があったんだ……?
「ひひは、ひーふはんはふふへ」
「は?」
俺の方を向いて何かを言っているのだが、何を言われているのかがわからない。目の前の醜い生物が何かを伝えたいのはわかるんだが、いかんせん人語を話せていない。
「ははら!ひーふはんはふふへ!」
「すまん。何を言っているのかわからん」
「ひーふはんはふはよ!ひーふはんはふ!」
ひーふはんはふってなんだよ?ひーふはんはふ……ひーふはんはふ……うん。繰り返してみるがまったくわからん
「おそらくですが……ヒール丸薬が欲しい……のではないでしょうか?」
語尾を疑問系にしながらリアネがそう言ってくる。その言葉にアル?がぶんぶんと激しく首を縦に振る。あの言葉でよく理解できたな?!
「リアネ……すごいな……」
「そうですか……えへへ」
俺が簡単の声を上げつい頭を撫でると嬉しそうにはにかみながら彼女は嬉しそうに微笑んでいる。リアネちゃんマジ可愛いな!
「ひひゃふひへはひへはひゃふふれ!!」
リアネの頭を撫でながらほっこりしているとアル?が焦れたように抗議の視線を送りながら俺の牢の前までやってくる。
ったく……こいつは空気の読めない奴だな。せっかくリアネに癒されてたのに
非難の視線を向け俺は創生魔法でヒール丸薬を作り出す。昨日売ってしまったのでストックがなかったのですぐに創ってやった。
「ほれ」
皮袋に入れたヒール丸薬をアルに放るとそれを受け取りアルは一粒皮袋から取り出しそれを口に含み飲み下す。
するとアル?の顔からだんだんと腫れが引いていきやがていつものアルへと姿を変えていく。
「ふぅ……」
元の姿へと戻ったアルが長い溜息を吐き自分の頬をぺたぺたと触りながら安心した様子でこちらに近寄ってくる。
「いやぁ……腫れがひどくて話しにくいし痛みでなかなか寝付けなかったしで大変だったからまじで助かったわ」
「腫れがひどいってレベルじゃなかったと思うんだが……まるで化物が王城に攻め入ったのかと思ったぞ」
「ひどい言われようだな!?まぁ確かに門番にも不審者扱いで捕まりかかったけどな!」
「よくここまで来れたな……」
門番に捕まりかけるとか……まぁ顔が別人みたいだったから仕方ないっちゃ仕方ないんだが
「ステータスカード見せてようやく通してくれたんだよ……」
「それは災難だったな。一体何で化物になってたんだ?」
「なってねぇよ!」
「どう見ても化物だったんだが……質問を変えよう。一体何があったんだ?」
最初の方をアルに聞こえないくらいの小さな声で呟くとリアネも若干ではあるが首を縦に振る。リアネにもそう見えたんだな。そして質問を変え一体何があったのか聞いてみることにすると、アルは神妙な顔付きになり一言呟いた。
「バレた……」
「バレた……って何がバレたんだ?」
主語を抜いて何があったのか話しているアルに聞き返すとアルは何か恐ろしい事を思いだしている様子でぶるぶると震えている。こないだの獣人族を容易く倒していたくらい強いアルがここまで怯えた様子を見せるって事はたぶん……
「奥さんにバレたのか?」
俺の発した言葉にアルはビクッと震えた後に静かに頷く。なるほど、それでこの仕打ちか。それにしてもこんな激しく自分の夫であるアルに暴力を振るうとは……DVか?でも今までこんな姿でやってきた事はないし前科もあるみたいだしな。
「まぁアルが酒を持ち込んで職務放棄して飲み会開いてたんだから……アルの自業自得か」
「何でだよ?!普通ここまでしないだろ?!?!」
「いや、前の牢番の時も同じ事をして左遷されたみたいだし、そりゃあ奥さんだって怒るだろ」
「うちは怒るの度合いがひどすぎるんだよ!」
確かに顔の原型が変わるくらいぼっこぼこにされたみたいだから同情の余地は……ないな
そう思っているとアルが俺をを半眼で見ながら抗議の声を送ってきた。
「というか、バレた原因はイチヤにもあるんだぞ!」
「は?」
アルからそう言われても思い当たる節はない。俺何かしたっけ?
「昨日あの後、嬢ちゃんをおぶって送り届けただろ?」
「あぁ」
「それがバレる原因になったんだよ……」
長い長い溜息を吐きアルは昨日あった出来事を話してくれた。
どうやら委員長を送っていった後、前回の轍を踏まないと心に誓い誰にも気付かれずに慎重に王城を出て真っ直ぐ帰宅したそうだ。ここまでは予定通りで後はどこかで飲んでいた事にすれば全てが丸く収まる予定……だった。
自宅に帰ったアルは夜遅いにも関わらず寝ないで待ってくれていた奥さんに出迎えられた。ここまでも何も問題なかったようなのだが、問題が起きたのはここからだった。
「いつもと違う女性の匂いがするとか言ってそのまま正座させられて……一時間尋問された後に飲み会やってた事を自白させられてよ……そのまま何発も何発も平手打ちをするんだぜ?!ひどいと思わねぇか?!」
「……いい奥さんだな」
「何処がだよ?!!?」
事情を聞き終えての俺の第一声がこの一言だ。菩薩のような笑みをアルに向けてやると、これに対しアルは抗議の声を発するが、取り合う気にもならない……
だってなぁ……どう見てもアルの自業自得じゃん。ちょっとやりすぎだとは思うけど。
「まぁこれに懲りたら飲み会で飲む量なんかはほどほどにするんだな。はっちゃけ過ぎなければ今回みたいな事にはならないだろう。アル……お前はやりすぎた」
「返す言葉もねぇ……」
一応は自分にも非がある事は内心ではわかっていたのだろう。うな垂れながらも俺の言葉を素直に受け入れているようだ。
アルも納得したところで、この話はこれで終わりにし、リアネの方へを顔を向ける。すると彼女は何か考え事をしている様子で小さな口を動かして何かを呟いている。
何を呟いてるのか気になった俺はリアネの方に顔を寄せ彼女の口へを耳を近づけると、何を呟いているのか聞き取る事が出来た。
「イチヤ様の考える良い奥さんとはアルさんの奥さんのような人……なるほど、私が見習うべきはアルさんの奥さんなんですね。精進していかなければ……頑張れ私」
「いやいやいや!!!!リアネさん、確かに良い奥さんとは言ったけどDVは見習わなくて良いですからね?!リアネはそのままで十分可愛いから!暴力ダメ!絶対!」
「ふぇっ?!」
思いっきりリアネの肩を掴んで揺すると考え事をしていたリアネは我に返り驚きの表情で俺の方を見る。俺は我に返ったリアネに長々とアルの奥さんのようにならないように、いかにリアネが素晴らしいかを説いた。リアネは俺の言葉を聞き顔を真っ赤にしながらも笑顔を向けて納得してくれたので、俺は安堵の溜息を吐く。
良かった。リアネに暴力を振るわれる未来が来なくて……本当によかった……
そんな一幕もあった朝も終わり、今は昼近くになったので、みんなで集まって昼食を取っている。昨日酔っ払っていた二人、アルは俺のヒール丸薬で顔の腫れもなくなり、もともと二日酔いとかはなかったようでもりもりと出された料理を頬張っていた。
レイラの方も朝の二日酔いもなくなった様子でアルとは対照的に静かに食事を取っている。食欲があるという事はもう大丈夫なのだろう。メイド達も賑やかだが行儀良く昼食を取っている。
「平和だなぁ……」
昨日色々あった為か思わずそんな言葉が口から飛び出し、俺もリアネ達が作ってくれた料理に舌鼓を打ち、食欲を満たしながらもささやかな幸せに満足していた。
しかし、心の隅には何かしこりのようなものを感じる。魚の骨がのどに刺さったような……何か引っかかる違和感だ。だがそれがなんなのかわからない。
まぁ気にしても仕方ない事だし、すぐに思い出せないって事は大した事じゃないんだろう
そう自分に言い聞かせ俺は食事を終了した俺は、同じく食事を終えて満足そうに腹をさすっているアルに向かって話しかける。
「なぁアル――」
アルに声をかけようとしたと同時に、扉がゆっくりと開いて俺の声が遮られ最後まで俺の台詞が紡がれる事がなかった。誰だよ、今から話そうと思ったのに空気の読めない馬鹿野郎は!
そんな思いを抱きながら扉が開かれるとそこには意外な人物が立っていた。この場にいる事がありえない人物――
「「「姫様!?」」」
現れた人物を見て全員の驚きの声がハモッた。
全員の声を聞き姫様は柔らかい笑顔をこちらへと向けてくる。
姫様がここへやってきたのは初日を含め二度目。一体何をしに来たのだろう?
読んでいただきありがとうございます。
26日から29日の四日ほど用事があって更新する事ができません。一応今日中に書けるだけ書いて予約投稿をしようとは思っていますが……30日以降から更新頻度をあげたいと思っていますので読んでいただけばと思います。それではみなさんメリークリスマス!




