42話 どうしてこうなった……? 4
もう何もかも訳がわからない――
レイラはなぜ急にこんな事……
酔っていて饒舌になった……ここまでは良いさ
だけどどうしてそこまで委員長の事で俺を責めるような言い方をするんだろう?
どうして――俺を傷つけるんだろう?
何もかもがわからない――
「イチヤ?」
何も答えない俺を見て首を傾げて俺の名前を口にするレイラに俺は唇を噛んでうつむく。レイラは俺の様子を酒のグラスをゆっくりと置いてじっと観察する瞳を俺に向けている。
「レイラは……」
「ん?」
「レイラはどうして俺を苦しめるんだ……?苦しめて楽しいか?」
しばし沈黙が流れ、その沈黙がまた俺の心を締め付けるように感じた俺はゆっくりと……そして静かに口を開いてうつむいたままどこか責める様な物言いでレイラへと疑問の言葉を口にする。
俺の言葉を聞き、レイラがどんな表情をしているのか少しだけ顔を上げ彼女の顔をちらりと見る。――すると彼女はきょとんとした表情を浮かべ、次に意外そうな表情へと変わっていた。
そして彼女はグラスを再び持ち口を湿らす為だろうが軽く口をつけてから――
「責める?私がイチヤを?いつそんな事をしているつもりはなかったんだが」
この言葉を聞いた瞬間に俺の頭が沸騰したような怒りが沸いてくる。
酔っ払っているから?今までの会話を覚えてないのか?!どう考えたって俺を責めるような言い方をしてるじゃねぇか!
「いつそんな事をした……だと……今現在俺を責めてるじゃねぇか!」
感情が爆発したと同時に俺は声を荒げてキッ!とレイラを睨みつける。視線だけで人を殺す事が出来るんだったらきっと今頃レイラを殺しているだろう。そんな瞳で睨みつける。
だが、レイラの方は特に気にした様子もなく自然な状態で俺を見つめている。まさに柳に風といった態度だ。その態度に更に怒りを覚える。
「何でそんな平然としてるんだよ!!」
「何でと言われても私はイチヤに怒りを向けられる覚えがないしそもそもイチヤを責めているつもりもないからね。だから普通にしているんだが、何かおかしいかい?」
「は?」
レイラはいつもとは違う。饒舌だし、どことなく雰囲気は妖艶でいつもは無表情なのに今は笑顔だ。酔っているのはわかるのだが、ここまで訳のわからない存在になるものなのか?
「まぁ私が責めるとしたら一つだね。イチヤ……私は言ったはずだよ。『誤解しないで聞いて欲しいんだが、私は別にイチヤを責めているわけじゃないよ』とね。人の話はちゃんと聞いて欲しいものだ」
「……確かにそう言ってはいたけど、実際責めているじゃねぇか!最初に思いやりがたりないだのなんだの言って!委員長の事を何度も質問して!まるで俺を責めたてる様に!」
「君のダメなところその二」
俺の言葉を断ち切るようにレイラは二つの指を立て俺に突きつける。
「感情的になりやすい。人間的には仕方ないのかもしれないが、それでいつか失敗する事もあるからね。まぁ年を経てそこはじっくり成長していくんだろう。君はまだ若いからね、これから成長していくのを楽しみにしているよ。普段感情の起伏が乏しい私が言うのも変な感じだがね」
苦笑いを浮けべ俺に突きつけていた指をもう一本増やす。
「そしてその三だ」
どうやらまだあるようだ。怒りは収まっていないけど、レイラの言葉を遮るような術を俺はもっていない。
「そして次にすぐに視野が狭くなる。これに関して言えば誰かしらが抑制してくれれば良いんだが、必ずしもそういった人間がいるとは限らないから自分でどうにかして欲しい。だからこの場では抑制ではなく注意させてもらうよ」
「どうして……今なんだよ……?」
搾り出すような俺の言葉に彼女は微笑して、今のこの場にはそぐわない照れたような表情を浮かべる。
「まぁイチヤも知っていると思うが私は長年この牢屋にいてコミュニケーション能力というものが低下していてね。いつ、どのタイミングでこういう真面目な話をして良いのかわからない。それに今現在イチヤが感じている心の機微というものも理解しきれていない部分もあってね。そのせいで君に不快な思いをさせているみたいだ。そこは本当に申し訳ないと思っているよ、ただ、今くらいしか私はイチヤに真面目な話をしてあげられない。今後もしも私が言ってなかったせいでイチヤが苦しい思いをした時、それがわかった時に私は後悔すると思うんだ。だからお酒の力を借りて酒の場という事にしてこの場で言わせてもらっている……厳しい事を言っている自覚は持っているんだけどどうしても言わせてもらいたかったんだよ」
レイラが軽く頭を下げる。長い彼女の言葉を無言で聞きながらもレイラが普段何を考えてきたのか、そういう事が少しわかったような気がするが、だからといって俺の触れて欲しくない部分を切り刻まれる感覚に彼女に対して抱いた悪感情が消えるわけもない。
「厳しい事を言われるのは構わない。だけど委員長の事で非難される謂れはない。これは俺の問題であってレイラには関係ない事だからな。人の心に土足で踏み込んでくるような行為はどうかと思うんだけど、そこんところレイラはどう考えてるんだ?」
「そうだね。まずはイチヤが責めらているという誤解はどうにかしたいね。……イチヤがダメなところを私は二つ上げたんだが、理解してはもらえていないか。言葉というのは難しいね。いいかいさっきなぜ二つ上げたのか。まずその二に関して言えば君が感情的になりすぎて他者の言葉を上手く汲み取れてない。言葉の裏を理解してないという事だ。その上でその三で視野が狭くなっていて相手に思惑に乗ってしまう恐れがある」
「そんな回りくどい事を聞いてるんじゃない!わかりやすく言ってくれよ!」
言葉が長すぎる上によくわからない事をぐだぐだ言っているように聞こえた俺が感情任せに大声を上げる。すると少し考え込むような仕草になるレイラ。
「わかりやすくか……むずかしいね。う~ん……そもそも最初のレディーファーストの話でイチヤに思いやりが足りないという話で責めた話と結花君に対しての私が抱いた疑問の話は別物だ」
「は?」
いや、言っている意味がわからない。ずっと意味がわからなかったが、今の言葉もまったくわからない。
「だから指摘と疑問だよ、その二つはまったくの別物だ」
きっぱりという彼女に頭が混乱する。
レイラは俺に何をさせたい?どうして欲しいのだろうか?
「レイラの言っている事をたぶん俺は半分も理解出来ていない。だから教えてくれ。レイラは俺に何をして欲しいんだ?」
「今は特に何かして欲しいってわけじゃないよ。でもそうだね……しいて言うなら私の言った意味を覚えておいて、これから少しずつで良いから理解して言ってくれると嬉しいね。後は……結花君の事かな」
正直またかとは思ったが、レイラにも思う事があるのだろう。
話したくない内容であるがさっき言われたように感情的になりやすいって指摘は当たっているという自覚はある。
「委員長についてってさっきの質問か?」
「ん?質問の答えも気になるけどそれよりもして欲しい事の方だね……もう少し優しく接して欲しいとは思うよ。強制はしないけどね。そんな事したところでどちらも不幸にしかならないさ」
「なんでそんなに委員長の事を気にするんだよ?」
ずっと疑問に思っていた。レイラは委員長に今回含めても二回しか会っていない筈だ。レイラは牢屋から出る事が出来ないからそれは確実のはず……それなのに委員長を気にする理由が俺はまったくわからない。
「ただの気まぐれだよ、でもそうだね……一回目に会った時の思いつめた顔、それとみんなの為に死を躊躇わなかった事への危うさ。これに関して言うなら死ねと言ったイチヤには注意したところだ。毛嫌いしている事は知っているけど感情任せに死ねといった事に関しては褒められた行いじゃないね。もしアルが止めていなかったらたぶん私が止めていたと思うよ」
「それは……」
思わず言い淀んでしまう。今思えばいくら毛嫌いしている相手が来て冷静ではなかったとは言え、後になって考えてみれば死ねというのはまずかったとは思う。あの時アルが止めていなかったら委員長は本当に死んでいた。
「後は今回来た時も泣いてはいなかったが涙を溜めて相当へこんでいたように見受けたね」
それを聞くと心が痛まないではない。素直に反省したくない気持ちとせめぎ合っているが……
「何もされていないんだったら結花君も女の子なんだし、もう少し手加減してあげて欲しいとは思うよ……たださっきも言ったようにこんな事は強制することじゃないからね。それはイチヤ次第だと思ってる」
「俺次第ね」
「君次第さ。私もアルも相談なんかには乗るけど最終的な彼女との関係は君次第。ちなみに補足だけど、初日に委員長ではなく葉山が来てイチヤと同じやりとりをしていた場合は私とおそらくアルは止めてなかったと思うよ、そこは結花君だから止めたという認識をしといてくれ」
つまり委員長に何か感じ入るものがあったという事だ。だから何度も委員長を毛嫌いする理由を聞いたのか?よくわからない。
話していくうちにレイラへの怒りが静まってきて、委員長の事でしつこかったので少し考えてみる。委員長をここまで嫌う理由を――
毛嫌いする理由……俺が苦しんでいる時に何もしてくれなかった……事情を知らない上にたかだが一ヶ月くらいしか一緒にいない顔見知り程度の関係に肩入れする人間なんていないだろう。少なくとも今の俺だったら例え知っていたとしても助けないだろう。後で知ったところでそんな事があったのかくらいの認識をして終わる。
じゃあ米田の愚痴を注意した時はどうだ?確かにむかついたが、確かに言われてみれば別に教師を悪く言っていたのを咎めたんじゃなく俺が悪口を言った事を注意していた……?確かそうだ。あの時は米田の悪口を言っていたから注意されたと思ったんだけど、まぁ米田が俺の悩みを聞いてくれず傷口に塩を塗るようなタイミングでそんな事を言われて嫌悪してたが、昔の…正義感の強い俺なら同じことをしそうだった。それ以外で委員長との接点ってないな。
そう考えると……
「あれ?俺が委員長を嫌う理由ってないんじゃないか?」
確かに一回目にここに来た時、色々勝手に俺の事決め付けたり、パーティーを汲んで欲しいなんて勝手な願いを言ってきたのにはむかついたが。死んで欲しいと思うほどではない。悪気があれば謝るしな。というか委員長って強引なところがあるが悪意があるようには見えない。悪意があればわかるしな……
それをふまえて考えると、委員長に対して俺結構ひどい事してたのか?
「なぁレイラ、俺委員長に対してもしかしてひどい事してたか……?」
考え直してみて思ったんだけど、第三者から見たらどう映るのか気になったので聞いてみた。
「――まぁなんだ。若さ故の過ちだろう、まぁ彼女も視野が狭く正義感もあるから…やはり、若さ故の過ちだろう」
それだけを告げて並々と注がれた酒をぐいっと呷るレイラだった――
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